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【登場人物】
*シャルギエル=グレアム・ジャンセン(十六歳)……名家ジャンセン伯爵の御曹子。超傲慢怖い物知らずな挑戦的性格で不良に憧れてスラム入りし、ストリートギャングウォリアーの新トップになる。

*カノン・クラレンス(十四歳)……ストリートチルドレンの少女。スパニッシュ系の気は強いが優しく面倒見がいい。シャルギエルの恋人。

*ローディス・エヴァンス(十一歳)……愛称ロード。同じくストリートチルドレンの男児で同居している義姉のカノンを大事に思っている。

*エリート(二十歳)……温和で優しげな冷静沈着なストリートギャングハスラー(商売人)のトップ。シャルギエルとは別のストリートチルドレンを束ねている。インドとギリシャの混血で褐色肌に金髪碧眼の美青年。本名、ルシフェウス=ベルーガ=エルシャンク・カルディナーレ。愛称ルシファー。

*チェルシー=アンジェラ=エルシャンク・カルディナーレ(二十歳)……元金持ちのスパニッシュ娘。殺人を犯した後自殺を図ろうとしているところ、エリートに拾われる。エリートの妻。マックィーンの手により殺害される。

*アダム=レイ・トンプソン(二十九歳)…シャルギエルの母親側にあたる従兄。インターポール捜査官をしているが、そうは見えない楽観的粗暴のプレイボーイ。

*トーマス・モイラ(二十八歳)……アスサブル署の刑事で、配属されてきたアダムの手足として相棒役を務めている。

忍鷹銀紫おしたかぎんし(十六歳)……同じくシャルギエルが束ねるウォリアーの一人。常に読書をしている。日系白人でシャルギエルの理解者でもある友人。

*アースン(十四歳)……シャルギエルが束ねるストリートチルドレングループのリーダーの一人。タイ人風アジア系の少年だが、自称乙女。

*ダグラス・マックィーン(五十歳)…SCCのボスで、臓器提供移植運搬会社の社長。元外科医の死体破壊型性愛者サイコスリラー殺人鬼。

*闇医者(六十一歳)……マックィーンと一緒に臓器密売に加担しているが、本来の目的から歪曲してゆく人助けのやり方に、疑問を抱き続けていた。今は後悔から、罪を償う懺悔を行う。

【固有名詞】
*SCC……シークレットセレブリティークラブハウスの省略名。スラム街に身を隠すように佇む、裕福な上流階級者ご用達の、地下世界に存在する危険な娯楽場。
【第二章】 ギャングハスラー苦闘編
act,56:正義への代償

「緊急事態だ!! 大至急現場に疾行し一気にそのまま突入だ!! 目標はマックィーンだが、もし現場にいるエリートも何らかの事件を起こせば、千載一遇のチャンスだ! その時は逃さず一緒に逮捕しろ!! 急げ! ここでどちらも失う訳にはいかん!! 絶対に死なせずに逮捕するんだ!! 急げ! 急げ!!」
 拡声器を引っ掴むや否や突然放たれたアダムの大絶叫に、待機中だった刑事達は手にある物を放り出し、ドタバタと慌ただしく車に飛び乗り急発進させて現場へ、矢の様に飛んで行った。モイラの車内にいたシャルギエルも、そのまま彼と一緒に現場へ急行する。最後に取り残された指揮権しか持たないICPO(インターポール)のアダムも、みんなが出動したのを確認して車に飛び乗るとエンジンを掛けるのも煩わしげに、忍鷹(おしたか)を助手席にそれらを追い駆けるように突進して行った。

 彼は見たんだ。あのチェリーさんを。見てしまったんだエリートは。あのチェリーさんの、変わり果てた残酷な姿を。
 ローディスの脳裏に、自分もこの目で確認した彼女の姿が駆け巡る。自分ですらショックを受けたのだ。夫であるエリートが受けたショックは、更に想像を絶するものだろう。
 現場に駆けつけると、そこにはこちらを向いて激昂(げっこう)しているエリートの姿と、全裸姿のまま血飛沫で真紅に染まっているマックィーンの後ろ姿が目に入った。つまりつい今しがたまでマックィーンは、自分の嗜虐趣向(しぎゃくしゅこう)の性処理中だったのだろう。二人は一室の出入口を間に、その前にある通路で仁王立ちに向かい合っている。
 荒々しい息遣いで憤怒を露にしているエリートと、余裕そうにニヒャニヒャいやらしく笑っているマックィーン。よほど今この瞬間の修羅的状況に興奮しているのか、この変態殺人者の男根は隆々(りゅうりゅう)とそそり立っている。だがただ一つ気になるのはそんな見苦しいモノよりも、マックィーンが片手にしている火炎瓶だった。
「ィィイヒッヒー! エル~。どうだぁ? お前の奥さん(ワイフ)、最高に美しかっただろう!? 俺にとっても最高傑作なんだよ。ヘーーーーッギャッギャッギャッギャッギャ!!」
「よくも! よくもよくもよくもよーくーもーっ!! 俺のチェリーを、あんな姿にいいいいいーーー!! 絶対に! 絶対に許さんぞ貴様あああああああーーーーー!!」
 そうして語尾と共にエリートは、銃を片手にマックィーンへと向けて構えた。と、同時にその銃は空しくその手から滑り落ちてしまった。何故なら、その銃を持っていた彼の腕の筋に、アースンが投げ放ったナイフが深々と突き刺さっていたからだ。
 しかしエリートは激昂の余り、最早標的であるマックィーンしか見えておらず、一体自分の身に何が起こったのかさえ、理解しようともしていないようだった。何度も何度も、足元に落とした銃を拾おうとするが筋に入っているナイフが、それを掴ませようとはしない。
 その様子にマックィーンだけが雰囲気に気付き、ふと自分の背後を顔のみで振り返る。そしてそこに佇んでいる、本当なら地下牢にいる筈である子供達の姿を確認したが、今は全く興味なさそうに再び正面のエリートへと向き直った。そうしてライターに火を点けながら、半ば落胆したかのように沈んだ声で言った。
「そうか。あんな姿(・・・・)は、気に入らなかったか。せっかくお前の為を思いながら、丹精込めて“作った”のに。残念だ――」
 言い終わらない内にマックィーンは、唐突にその火を点けた火炎瓶をチェルシーの一部が保管してある、部屋の中へと放り込んだ。
 ボゥン!! と音と共に(たちま)ち一気に室内を火が燃え上がる。それを見るや否や、エリートはまるで眼球が零れ落ちんばかりに目を見開く。
「!!? 何をする!! チェルシー! チェルシー!! チェルシイイイイイイイイーーーーー!!」
「何だあ? 気に入らなかったんだろう!? だったら処分するっきゃねぇじゃねぇか! ギャーーガガガガガガ!!」
 慌てふためくエリートの反応に、マックィーンはこれ以上にないくらい愉快げに踏ん反り返って、ケダモノの奇笑を上げる。
「危ないエリート!! やめろ!! 死ぬ気か!!」
 咄嗟に大声で呼び掛けるローディスの声も聞こえないらしく、エリートはまさに紅蓮の炎が舐め尽す室内へと飛び込もうとしていた。ところが、突然エリートは物凄い勢いでその場から吹っ飛んだ。
 突入してきたシャルギエルが、マックィーンの横をすり抜けてエリートの鳩尾(みぞおち)に肘鉄を入れると共に、タックルしたのだ。エリートは目を剥いて宙を見上げると、小刻みに体を震わせ酸素を肺に取り込もうと喘ぎながらも、そのままガクリと意識を失ってしまった。そんな自分の腕の中で気を失った彼を、ゆっくりと奥の通路に横たえるとシャルギエルは立ち上がり、マックィーンへと体を向けた。
「これで終わりだ。ダグラス・マックィーン」
「貴様……。ジャンセン卿の小僧か。仕方ねぇ。てめぇの親父は馬鹿なりにお得意様だったが、それもここまでだな。死ねぃ! こぞ――う!?」
 エリートが落とした銃を拾っていたマックィーンは、そう叫んで銃を構えかけた瞬間ビクリと弾んだかと思うと、突然膝を折ってその場に立ち崩れた。背後には、忍鷹が立っていた。彼が持っていたスタンガンの電流を、マックィーンの朱色の裸体に喰らわせたのだ。マックィーンは体を痺れさせながら、愉快そうに呟いた。
「見ろこのバカが……。てめぇが余計な事しやがったせいで……つい射精しちまったじゃねぇか……ヒヒヒヒッヒ……」
 見ると、マックィーンの血で汚れている醜い肉棒が、スタンガンで受けた刺激により精液を垂れ流しながらビクビクと、別の生き物の様に脈打っていた。
 スタンガンを受けても人は気を失う事はない。せいぜい全身が痺れ筋肉が硬直し、二、三十秒程動けなくなるだけである。
 その間に、シャルギエルを自分の車に乗せて一緒にやって来た筈の、トーマス・モイラも息を切らしながら駆けつける。
「やっぱり十代の子は動きが機敏だなぁ」
「痩せろ」
 そう言って横を通過して行ったのは、アダムだった。
「何言ってんですか。別に太っちゃいませんよ。ただ中肉が付いてるだけです」
「それも消費しろ。全く。やっと見つけたぞダグラス・マックィーン。……何だその姿は。全裸で血塗れとは、大した度胸じゃねぇかこの変態。その下に付いてる異物、踏み潰してやろうか」
 背後の部下に付け加えた後でアダムは、足元で開き直り大の字で寝転がっているマックィーンを、冷ややかな視線で見下す。そんな自分よりずっと若い彼に向かって、マックィーンは平然と見上げながら笑った。
「じゃあその前に、あんたがこの精液拭き取ってくれよ。そのお口でな! グフフフフフフ!!」
 しかしそんな彼の挑発などに、まったく反応を示す事無く聞き流すとアダムは、お約束の言葉を冷静に言い渡す。
「ではダグラス・マックィーン。貴様を殺人及び死体損壊の罪で逮捕する。それ以外の容疑も全て揃い済みだ。生涯ムショの中で優雅に暮らせ。ま、百割方死刑だろうがな」
 アダムの号令と共に、半ば嫌々そうに他の刑事達がまずは布を上から被せて、取り押さえる。また、数人の刑事は懸命に燃え盛る室内の消火活動に、取り組んでいる。アダムは疲労を含んだ嘆息を吐いて、背後で囮の子供達と一緒にいる闇医者へ振り返ると、静かに声を掛けた。
「それじゃああんたも、もう覚悟はしているみたいだし一緒に来てもらおう」
「ああ。――助かるよ」
 闇医者はそう一言言うと、ニッコリと安堵の笑顔を見せた……。
「エリートはどうしますか」
 そうアダムにモイラが訊ねる。その言葉に、アダムは面倒そうに頭を掻き毟った。
「どうするもこうするもなぁ。見ての通りこれじゃあ、今のこいつはただの被害者だ。逮捕したくても証拠が何もねぇだろ」
 そう言ってひとまず気を失っているエリートの服を(まさぐ)ったが、麻薬らしい物等一切何も持ち合わせてはいなかった。
「じゃあ見逃すんですか」
「ならお前だったらどうやって捕まえるのか、逆に教えてくれよ」
「う……」
 アダムに言われて、言葉を詰まらせるモイラ。
 ちなみにエリートを連れてきた悪徳刑事は、彼を降ろすなり瞬く間に先に戻ってしまっていた。
 こうして、ついにSCCのボスであり長年に亘る連続殺人者で、臓器密売及び人身売買をしていた元外科医、ダグラス・マックィーンは逮捕されたのであった。



 二日後。
 アスサブル署にて、シャルギエルはカメラマン志望と言うチルドレンが撮った証拠写真を見て、衝撃を受けた。
 そこには、チェルシー・アンジェラの剥製(はくせい)にされた姿が写っていたのだ。しかも、胸部から上だけを壁に飾られる格好で。まさに同じように剥製にされてよく大富豪の壁等に飾られている、鹿やシマウマの頭部の姿と等しく。そのチェルシーの剥製は皮肉な事に、とてもとても、それは見事に美しかった。それこそ桜に舞う放浪の天使(ジプシーエンジェル)の如く……。
 しかしまた更に無残にも、炎の中で消滅してしまったのだ。生前彼女の夫であった、エリートの目の前で――。
「今回はエリート逮捕まで出来なかったが、マックィーン一人だけで十二分の価値がある。よって相当の成果があったぜ。現に今、次々とスラム管轄の汚職に関わった悪徳警察等が、検挙及び逮捕され始めている。特にあの闇医者が協力的でな。あいつは終身刑ではないだろうが、それでも懲役三十年から四十年。恐らく出所前に、中でその人生を終えるだろうな。その方が、あの闇医者にとっては幸せなのかも知れないが。毎日神父を呼んで懺悔の日々だそうだ。謙虚な事だ」
「……」
 刑事課の簡易応接用ソファーで、すっかり沈み込んでいるシャルギエルの横でアダムは、その肘掛に腰を乗せ腕を組んだ姿勢で背中を向けたまま、話しかけるがその相手から返ってくるのは無言のみだ。
「何だ。元気ねぇじゃねぇか。お前が今回、持ち込んでくれたお蔭でこれだけの大事件が、少しずつ解決して行ってるんだ。……エリートはどうしてる」
「……あいつなら家にも帰らず、SCCの事務所のソファーで魂のない抜け殻の様になってるよ。見て――いられねぇくらい……」
 シャルギエルは、テーブルの上に広げた証拠写真を掻き集めていくモイラの手の動きを、ボンヤリと眺めながらうわ言の様に呟いた。そんな幼い従弟の反応に、アダムは嘆息雑じりに吐き捨てる。
「相変わらずやっぱりてめぇは、甘いなシャーグ。いずれエリートも逮捕されるんだぜ」
 アダムの言葉に、それまで呆けていた表情がハッと反応を示す。
「今次々に汚職警務等が捕まってるんだ。誰かが(うた)う。そうすれば自ずと密輸ルートもバレる。これで指示していたエリートも逮捕出来る。お前の目指していた平和なスラム街が築ける。何もかもがめでたしめでたしだ。そうだろう?」
 そのアダムのからかい半分入った言い方に、カッとなったシャルギエルは思わず彼に、殴り掛かっていた。だが所詮、経験的にも立場的にもアダムの方が、格段に上だった。アッサリと避けられ、軽く腕を捩じ上げられて足を払われると、床に突き倒されてしまった。
「どうした。ムカついたのかお坊ちゃまよ。何事も問題なく平和的に全てが解決し、丸く収まるとでも思ったか。裏社会を、犯罪を、世の中をナメちゃあいかんよ坊や。人生たぁな。何かを得る為には、それ相応の代償も支払わなきゃなんねぇんだよ。もしお前が考える通りの虫がいい世界なら、俺等ICPO(インターポール)も必要ねぇってもんだ。それこそドラッグなしで幸せ優雅に、お花畑でマイムマイムが踊れるぜ」
「どうせ俺はガキだからな! 辛いと感じれば涙も出るし、放っとけないと思ったからこそ、今回こうして手を差し延べた! それが迂闊(うかつ)だったと言うのなら、本当の正義が何かを教えてくれよ!!」
 シャルギエルは、倒れ込んでいる自分を両膝に手を突く姿勢で覗き込むアダムを立ち上がり様に突き飛ばすと、そのまま振り返る事無く足早に出て行ってしまった。
「……トンプソンさん。いくら血縁関係でも、相手はまだ十六の子供なんですよ。もう少し、言葉を選んであげて下さい」
「いいんだよあいつは。俺はちゃあんと最初に忠告した。その手を振り払って挑みかかったのは自分だ。だからこそあいつには、この扱い方が丁度いいんだ」
 アダムは立ち上がりながら、出て行ったシャルギエルを気遣うモイラにそう答えると、ふと嘆息と共に笑みを浮かべてソファーに身を投げた。
「強くなれシャルギエル。大切な者を、守れるように」


 今やボスは愚か、指導的立場であるエリートも機能を停止してしまい、SCCは混沌としていた。
 店としては頼りなく、経営も成り立たずに客足は遠のいていたし、マックィーンの逮捕は世界規模のレベルでメディアの絶頂な好餌(こうじ)となり、毎日マックィーン関連のニュースが垂れ流されている。なのでこのSCCの常連客は彼自身を知っているだけに、尚の事すっかり来なくなってしまっていた。
 スモールが献身的にエリートの世話を頑張ってはいるが、それでもエリートはまるで植物人間のようだった。この状態から刻一刻と時は流れ、ついに一週間が経過してしまった。それにとうとう耐え切れなくなったスモールは、まだ正午にもならない内にカノンの家に飛び込んで来るや、彼女と親友のローディスに泣き付いて来た。
「どうしよう! このままじゃエル(にぃ)死んじゃうよ!! 餓死して死んじゃうよぉ!! ヤダよ! ヤダよ! 誰か助けてよ! エル兄ちゃんを助けてよ!! これじゃあエル(にぃ)が余りにも、可哀相だよぉ!!」
 それまで、まだ少しチェルシーの死で悲しみに暮れていた為一週間経った今日までは、彼女の家でゆっくりさせておこうとローディスに留守を頼み買い物に出ているシャルギエルの思い遣りで、家に引きこもっていたカノンだったが、まるで何かが取り憑いたかのように突然怒りを露に椅子から立ち上がった。
「カ、カノン姉ちゃん!?」
 その唐突的な反応に、スモールを相手にしていたローディスが振り返り目を瞬かせる。
「行ってくる」
「へ?」
「あたい、エリートさんの所に行ってくる!」
 そう怒鳴るや否や猛然たる足取りで玄関へ向かうカノンに、ローディスは慌てて声を掛ける。
「えええ! 待ってよ! それじゃあオイラ達も一緒に――」
 しかしそんな義弟を鬼の形相で振り返ると、カノンは問答無用の勢いで言い返す。
「あんたはここでモリーを慰めておきな! 大丈夫さ。行って、ガツンと目を覚まさせてやるよ! 任せてな! 待っててねモリー。今にまた元気なお兄ちゃん、取り戻してあげるから!!」
「カノンちゃん……! ありがとう!!」
 そうして怒涛なる気迫で家を飛び出して行ったカノンを、ローディスとスモールはそれぞれ呆けた顔と嬉し泣きの笑顔で見送るのであった。

 ノックをしてから、エリートのいるSCC事務所に入るカノン。
 そこには、以前よりか痩せてしまっている、エリートの姿があった。接客用のソファーで横になっている。
「エリートさん。カノンです。入りますよ」
 そう声を掛けてから、ドアを閉める。全く何の反応も示さないエリート。ゆっくりと近寄り、もう一度声を掛ける。
「エリートさん。しっかりして下さい。スモールが今のあなたを見て、とても悲しんでいます。気持ちは分かりますが、元気を出して下さい」
 それでも無反応のまま、ボンヤリと虚空を見詰めているエリート。その様子に暫く黙考してからカノンは、ふとクッションに気付くとそれを(おもむろ)に掴んでエリートの顔面に、渾身の限りに投げ付けた。そして無意識の内に我鳴(がな)り上げていた。
「何よいい年した男がいつまでもクヨクヨと、みっともない! いい加減にしなよ! そんな弱りきった姿を、あなたを愛する人達が見て喜ぶと思ってるの!? そんなんじゃ、いつまで経ってもチェリーさんも安心して天国に逝けやしないわよ!! あなたを愛する者に心配掛けないで!!」
 ――“チェリー”――
 その名前に、ついにエリートはピクリと反応すると、まるで夢から醒めたような顔で、目の前にいるカノンを見詰めた……。


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