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【登場人物】
*シャルギエル=グレアム・ジャンセン(十五歳)……本作の主人公。名家ジャンセン伯爵の超わがままな超上流階級なセレブ美形息子。不良に憧れてスラムの世界に足を踏み入れるが……。

*カノン(十三歳)……スラム街に住む超貧困社会の住人であるストリートチルドレンの少女。

*ロード(十歳)……カノンと一緒に住む捨て子だった男児。同じくストリートチルドレン。
【第一章】 ギャングウォリアー力闘編
act,4:アモーラル

「ち……こんな事ならテイクアウトのチャイナフードでも買っておくんだったな」
 シャルギエルは溜め息混じりで言った。 
 ハンバーガーやヌードルといったジャンクフードが当たり前の様に出てこない辺りが、根っからのセレブ魂を感じさせる。
「何よ。お腹空いたのかい?」
 彼の上で頭を(もた)げて訊ねるカノン。
「いやそうじゃねぇけど雪だろう。バイク出せねぇからな。もう日も暮れるし……まさかここに家の車寄こしたら場所が場所だけに、一家騒動になるのが面倒(くせ)え」
「外泊はいいのかい?」
「まあ外泊はちょくちょく気分転換で、リゾートホテルとかに勝手に一人で何度もしてたりするから、今回もそうだとTELで誤魔化しておきゃあスルー出来るだろうが……って、俺をまさかここに泊める気か?」
「何だよそれ! どうせここはボロ家さ!」
 カノンはプッと膨れっ面になると、(ようや)くシャルギエルから飛び退いて木箱に腰を下ろす。
「いや、そうじゃねぇ。つかまぁ確かにボロは否定出来ねえけど、何つぅかその……同じ部屋でその……女子と寝るというのは初めてで……いやまあちゃんと間にロード(ガキ)もいるんだけどよ!」
 ムクリと上半身を起こしてから、何か口にすればする程余計気恥ずかしい事を言ってそうで、一人アタフタしては早口になる。
「……何だい。欲情しちまうって言いたいのかい?」
 カノンがからかう様に髪を後ろに払うと、足を組んで見せる。
「だっ! だから誰がまだ子供のお前を相手にするか! セレブとしての(たしな)みを言ってるんだ!」
 立ち上がりながら赤面し声を上げるシャルギエル。そして動揺を誤魔化す様にパタパタと体中の汚れを手で払いまくる。
「あたい、そんなにまだ子供っぽいかな……。これでも一応もう十歳から生理も来てるし、胸はまだ発育途中で申し分程度だけど、まぁ肉体的にはもうOKだと思うんだけど……」
 カノンは自分の胸元を見ながら両手を当てて、何事もないかの如くサラリと口にする。
 倒れた時に一緒に転げた一斗缶を中腰で立て直そうとしていたシャルギエルは、彼女の恥じらいのない性的発言に驚愕の余り体が硬直する。
「生……っっ!! お前……! 仮にもレディーともあろう者が、んな事軽々しく言ってんじゃねぇよ! いくらがさつでもそういう発言は女としてはしたないぞ! 返って性欲の的だろうが!」
「レディー? あたいがかい? そっか〜! 大丈夫だって! こんな事言ったのはあんたが初めてだし、まだちゃんと処女(バージン)だし」
 一丁前に後ろ髪を掻き上げながら、少し体をくねらせて女性的なラインを作って見せながら、カノンは僅かばかりだけ内心“レディー”の響きに酔いしれてみる。
「そういう問題でもねぇだろ! 十三で非処女(ノーバージン)の方が大問題だ!」
 そう喚きながら手にしていた一斗缶をガン! と騒々しく立て直すシャルギエル。
 するとカノンは、大きく溜め息を吐いて呆れた様に姿勢を戻す。そして座っている木箱の枠に両手を置いて、組んでいる片方の足をブラブラ揺らしながらぶっきら棒に言った。
「やーっぱボンボンは世界を知らないね。あのね。この辺じゃ下手すりゃ十歳にも満たないガキでもバージンを失くして、更には十歳を越える辺りに至っては妊娠、出産までしちまうのがザラなんだよ。ま、たいがい小児妊婦の場合は母子共に死ぬか、産み落とした直後に赤ん坊を残して母体側の女児が死ぬか、しかも小児妊婦だから七、八割が未熟児で結局生命力はそれこそネズミや虫より低い。……この町で赤ん坊の時にストリートチルドレンのグループに拾われて、育てられるガキの親は、そういう小児母だったりするのが二、三割だ。だけどそうならざるを得なくさせちまってるのはこの今の世の中だ」
 犠牲的、故意的の小児妊婦と様々だが、必ずしもその小児妊婦が悪いとは言えない。体を売るのも女としてこの町に生まれてしまった以上、生きていく為の金稼ぎ手段の一つになっている現実を責める事は出来ないのだ。
 (むし)ろ責めるべきは、そんな女児相手に性欲剥き出しにしている大人の男共だ。そういう理性より本能を何の躊躇(ためら)いもなく子供に向ける大人達は、人間じゃないケダモノだとも言える。
 だから“シークレットセレブリティクラブハウス(SCC)”含め大人そのものはカノンは大嫌いなのだ。大人になってるにも関わらず、自分の赤ん坊を平気で肥溜めに捨てたり殺したり出来る女もいたりする。そんな女は、度を超えたクソヤローだとカノンは思っていた。
 そう話したカノンは、話し終わった合図の様にその間中ずっとブラブラしていた組んだ側の片足を、(ようや)くストンと地に下ろした。
 それまで一斗缶を立て直したまま、両腕をその上で組みその場に座った状態で、彼女の横顔をジッと見詰めて話を聞いていたシャルギエルは、ゆっくりと立ち上がりながら答えた。
「何か……そこまで話が非常識を極めると、もう驚きの感覚が麻痺するっつーか……理解不能っつーか……少なくともそんなありえない日常の中で、何とかバージン貫き通して少しはマシな生き方をしているお前が、この町での初知り合いで良かったぜ」
「マシな生き方……か……。そうなるのかねぇ……」
 そう呟くカノンは視線を落とし、少し寂しげな顔をする。その表情は、立ち上がっているシャルギエルには見て取れなかった。
 そしていつの間にか、火の側で壁に(もた)れ掛かりマフラーを首に巻いてウトウト眠りこけてるロードを見やり、ふと笑った。
「フフ……余程あんたのマフラーが気持ち良かったみたいだね。幸せそうな寝顔だよ」
「そいつは結構」
 シャルギエルはゆっくりロードを抱き上げると、粗末なベッドの上にそっと横たえて毛布を四枚程重ね掛けてやる。
「まぁとにかくここであんたのセレブの(たしな)みだかしきたりだかは関係ないよ。別に同じベッドであたいと一緒に寝るんじゃなく、この子と一緒に眠りゃあいいんだから。泊まるからには客としてくつろげばいいだけさ。うちら二人は歓迎するよ」
 背後からカノンに言われ、何だか窮屈な上流階級の教訓から解放され、初めて人情みたいな自然体に触れた気がして、心が何故か穏やかになるのを覚えた。
「こいつと一緒か。寝相悪そうだな」
 シャルギエルは軽くチョンとロードの鼻先を突っつく。十歳の子供らしい寝顔だ。
 この年齢で独自に生きてきたんだな……。そう思うと、彼は今まで経験した事のない情熱が心を熱くさせた。
 たまには一瞬でも喜びや幸せとかってのを、与えてやったってバチは当たるまい。俺はともかく、こいつらは生まれた時からずっと頑張って今まで生きてきたんじゃねぇか。俺は別に神を気取る気はねえが、束の間の贅沢をこいつらに与えて何が悪い。人生時には褒美も必要ってもんだ。特に子供の内にはな。
「そういや夕飯……生憎(あいにく)小麦粉とジャガイモしかないんだ。口に合わないのは承知の上だけど、今からこれらでパンもどきと、蒸し芋を作ってやるから待ってな。何も食わないよか……」
 簡易キッチンの棚を(いじ)りながら言うカノンの言葉を遮る様に、シャルギエルは清々しげな声で口を挟んだ。
「この町店ぐらいあんだろう? 何か買ってきてやる」
 カノンは手を止めて振り返ると、何故か動揺した表情で言った。
「な、何言ってんだい。あんたは今ここじゃ客だよ! 客に食材もらうなんて事出来ないよ」
「何だよ。いいじゃねぇか俺がそうしてぇんだから。遠慮すんな! 泊めてもらう恩義と思え。それと、俺らが知り合った記念としても、な」
「そ、そんな事……してもらうのは初めてだ……。大概この辺りの常識じゃ何かしてもらうと、その見返りを莫大に要求されるから……。あ、あたいは本当に今してやれる以外何も出来ないから、もしその莫大な見返りを期待してるつもりなら……」
 戸惑いつつ表情を蒼褪め、カノンは声を震わせながら言う。
 しまった。シャルギエルは思った。
 良かれと思って言った事だったが、どうやらギブ&テイクに関して過去の出来事か、この町のルールでか、何かトラウマ的な嫌な経験があったのか。
 そういう何らかの矛盾的常識がここではまるで、雛鳥の摺りこみの如く植え付けられているのかも知れない。
 シャルギエルはここに来てやっと初めて推測、予測的な思考を働かせる事が出来た。
「カノン……」
 よっぽど苦労しているのか。俺が簡単に思いつかない程。自分では、ただ当たり前の事を当たり前に何の期待も無しに言っただけの事で、彼女がこんなに動揺するなんて。
「阿呆が。見返りなんざ期待しちゃいねぇよ。俺はただその……お前やロードを喜ばせたくて言っただけっつーか……笑え!」
 シャルギエルはガシッとカノンの頭を掴んで、強引に自分を見上げさせた。
「俺はお前の笑顔が見たい」
「え……」
 相変わらずまだ少し強張った表情で、目だけがキョトリとしている。
「見返りをどうしても気にするってんなら笑っとけ。俺への見返りは、その笑顔だけで十分だ」
 そう言って彼女の顔を覗き込んで言うと、ニカッとシャルギエルは笑って見せた。するとカノンは次第にゆっくりとだが、顔がほころんできた。
「そんな事言われたの……あんたで二人目だ……」
「二人目?」
「うん。一人目は私と二年間小さい時一緒にいてくれた神父様。私を拾ってくれて、まだ名無しだった私に、カノンって名前をくれた。私が教会前に辿り着いて倒れる時に、神父様がオルガンで弾いていた曲がパッヘルベルのカノンでね。その時の静かでゆったりとした音調に引き寄せられる様に、教会に辿り着いた。だからそういう色んな意味で、私は自分の名前が好きなんだ。……優しい事言ってくれてありがとう。やっぱりシャルギエルは、神父様が私達に遣わしてくれた天使様かも。雪天使様」
 カノンは涙を零しながら、彼の片手を取り自分の頬に当てた。
 彼がその手の親指で彼女の涙を拭うと、カノンはクスリと笑ってシャルギエルのその手首に軽く口づけをした。
 それをきっかけについカアッと胸が熱くなったシャルギエルは、思わず彼女にキスをしたい衝動に駆られたが、彼はかぶりを振った。まだだ。まだ気が早い。シャルギエルは理性で自分に言い聞かせると、ひとまずカノンの頭を自分の体に抱き寄せた。
「バーカ。天使なんかじゃねえよ。俺はただの、俺だ」
「ふふ。天使様の名をした、ね」
 彼の腕の中で静かに言うと、気持ちを切り替える様にカノンはパッと顔を上げた。
「あんたみたいなボンを一人でやったら危ないわ。あたいも一緒に行くよ」
「いくらこの町がスラムでも俺は男だぜ。それにロードを置いては……」
「大丈夫。平気さ。普段からよくお互い留守したりさせたりだからね。さ、行こう! 道案内も兼ねて、ね」
 ニコリと笑ってカノンは、シャルギエルの腕を取って引っ張る様に外に出た。

「お、おい。あんまり(なつ)くな。歩き難いだろう」
「あたいにくっ付かれるの、嫌かい?」
「そ、そうじゃねぇけど……! ガキのお守りは慣れてねえ」
 改めて照れる自分をはぐらかす様に悪態を吐く。
 カノンはもう片手でシャルギエルから借りて着ているコートの裾を、両サイド掴んで持ち上げて歩く。それでも後方は積もった雪の上を引き摺って、歩く分だけその跡が帯状に残る。
「たかが二つ違いでそこまでガキ扱いする事ないじゃないか。それにあたい……結構あんたが気に入ったし」
「え?」 
「シャルギエルが好きなの」
「好……!?」
 思わぬ彼女からの告白に、シャルギエルの心は激しく高鳴る。
「世の中ミカエル、ガブリエル、ラファエルと天使様の名前を持つ人って幾らでもいるけど、雪の天使様の名を選んだあんたの親って、結構ロマンチックな人なのね。そんなマイナーな天使様の名を知ってるなんて。私も初めてその名の天使様の存在知った時、素敵だなって思ったんだ。雪を司るって……綺麗じゃない」
 ……何だ。天使の事か。少しテンションが下がるシャルギエル。そもそもまだ出会って数時間だ。彼のカノンに対しての気持ちは一方的な……意識過剰らしい。彼の潜在意識からの返答によると。
 本来こういう感情を“一目惚れ”というんだろうが、彼は強がって内心で否定を決め込んでいるみたいだ。
「カノンも、だよな」
 雪降る道の先をぼんやり目で眺めて歩きながら、そっと彼は口を開く。
「パッヘルベルのカノンは不思議にも、テンポ次第で悲しくも楽しくも力強くも聴こえる。だからなのか、数あるカノン曲の中でもパッヘルベルの方は数多くのファンを持ち、世界中のほとんどから知名度も高い。ま、お前の名の意味を言い当てたのが俺が初めてと言う辺り、ここいらの奴等が無知なのか、無関心みてぇだが」
「そうね……あたい、別にいいんだ」
 カノンはシャルギエルに組んでいる腕にギュッと力を加える。
「今みたいに、貧乏でもさ。確かに苦労する事もいっぱいあるけど……。だからこそ真の大切さが何かも知る。そう知れば知る程感情豊かで経験豊富な人間になれる。そういう喜怒哀楽の感情の波と、それぞれテンポ次第のカノンのイメージがどこか似てるというか……。だから私もそんなカノンの曲の様な心を持てる人間にさえなれりゃあ、きっと今の生活もそれなりに何とか楽しめる」
 カノンの気が強い性格の割には謙虚な意見に、シャルギエルは素直な自分の思いを口にした。
「何か……少し強引な気がするけど、それはそれでお前のそういう考え方……(つえ)えな」
 雪雲の薄暗い道を歩く内に、ポツンと薄明るいが電気が店内に灯る建物の前にやって来た。
「ほら着いた」
 思いの他近い距離とその外装の店にキョトンとするシャルギエル。
「え? ここが?」
「シッ!」
 カノンがシャルギエルの考えに勘付き、慌てて口元に指をやる。
「だから元々住む世界が違うってんだろ! これでもここらじゃれっきとした店さ! 下手なケチでも付けて店主に絡まれちゃ迷惑なんだよ!」
 店の出入口に背を向けて彼女は小声でシャルギエルに言い聞かせると、組んでいた腕を解いて彼が先に入る様、肘で小突いた。
 ……だよな……。どう考えたってこの界隈に高級デパートまでは言わなくても、スーパーマーケットすらあるわきゃねえよな……。まだこの町に対する見方が俺は甘いな……早く馴染まねぇと。
 そう考えつつ、店内に入って買い物カゴを取り上げるとひとまず片っ端から飲食類を、カゴに投げ込み始めた。
 中は個人経営のコンビニ位の広さで、売っている物も差ほどそれとは変わらない様だ。BGMも全くなく、店主がレジの内側で見ている小さなTVの音声が微かに聞こえてくる。
「え、ちょ、ちょっと! あんた気は確か? もうちょっと考えてから……」
 てきぱきと足早で店内を歩き回って、手当たり次第商品をカゴに投げ込んでゆく。俗に言う“セレブ買い”を初めて目の当たりにしたカノンは、後ろから付いて来ながら彼の買物振りにたじろぐ。
 この町でそんな大買いをする客は決していない。多くてもせいぜい五、六品買う客ぐらいだ。
 一つの買い物カゴがいっぱいになるとそれをドンとひとまずレジに置き、再び空の買い物カゴを手に取って更に品物を流し込んでゆくシャルギエル。
 その異常なまでの正々堂々な行動に、TVを見ていた店主も流石に顔を(しか)めると、戸棚からそっと銃へと手を伸ばした。
 そして出入口側の通路から、ヒョコリと中身がいっぱいのカゴを手にしたシャルギエルが出て来るや否や、店主が彼に向けて銃を構えた。
「て、てめえ! そんなに堂々と盗もうとしやがるたぁ覚悟出来てんだろうなあ!!」
 思わずピタリと歩を止めて、店主の行動に顔を顰めるシャルギエル。
 それに大慌てでカノンが悲鳴を上げて、シャルギエルの前に進み出た。
「ち、違うのやめて! 別に盗みに来た訳じゃないの! ホントよ!」
「嘘を吐けこのクソガキ共が! ガキ風情がこんな大量の買い物が出来る訳……」
 喚く店長をお構い無しにフンと鼻を鳴らしてツカツカとレジへ歩み寄り、ドカッとレジにある先のカゴの横に二つ目のカゴを置いた。
「……盗む奴がこんな風に品物をわざわざ御丁寧に置いて見せんのかよ」
「……本気でこれだけの物を買おうってのか坊主」
「……何だここは。買い物に来る客すら疑いながら商売してんのか」
 呆れてそう言うシャルギエルを無視して、彼の横で必死に店主に説明するカノン。
「この人この町に来たの今日が初めてのよそ者で……! この町の状況も治安も何一つ分かっていない世間知らずなのよ! だから悪気も何も無い普通の常識人よ! 信じて!」
 せっかくカノンが必死にシャルギエルを庇って状況説明を捲くし立てているにも関わらず、シャルギエルは(わずら)わしそうに(ふところ)に手を差し入れた。
 それを見てバッと彼に銃を構える店主。カノンは更に悲鳴を上げてシャルギエルの腕にしがみ付く。
「……これじゃあおちおち財布も出せねぇ……」
 そう言うと店主の目を見詰めながら、そーっと静かに財布を手にして懐から出して見せる。
「これで買い物客だって少しは理解出来たか? さぁ分かったら早く銃より先に、レジの方をとっとと打ってくんねえかな。何せこんだけの量だ。時間かけずに手早く打ちやがれよ」
 シャルギエルの言葉に、店主は黙ったまま彼を睨み付けつつ銃を手元に置き、レジを打ち始めた。
 カノンが落ち着かない様子でソワソワしている。
「おい何そんなに焦ってんだよ」
「え……だ、だってその……こんなに買うなんて、この町では有り得ないわ……」
 明らかに動揺を見せるカノンを、店主が低い声でフォローしつつもしっかりいちゃもんを付けてくる。
「嬢ちゃんの言う通りだ坊主。お前計算出来ねぇとかじゃねぇだろなぁ!? こんだけの金額、本気で払おうってんなら払ってみやがれ! このクソ坊主!」
 そう言って店主は合計金額の出たレジの数字を指で指して見せるより先に、ピピピピッと素早く財布から高額紙幣を四枚取り出したシャルギエルは、それを店主の禿げ上がった広いでこにスパン! と叩き付けた。
「……ゴチャゴチャうるせえジジイだな。さっきから! こんだけありゃあ十分足りるだろうが! こうなったら釣りは要らねぇよ! あんたを不安にさせて、てめえ勝手にビビッた分のチップだと思え! そんなにビクつきながら商売するぐらいなら、とっとと店たたんじまえ! このクソジジイ!!」
 自分のでこに突き付けられた紙幣をそっと受け取りながら、店主は声を震わす。
「こんな金……どこから盗んで……」
 その言葉にすかさずシャルギエルは、眉間に皺を寄せて怒鳴った。
「ああぁ!? 初めっから親から貰った俺の金だこのクソボケが!! もう包装袋は要らん!! カゴごと持って帰らせてもらうぜ! 帰るぞ!!」
 品物いっぱいの二つのカゴをガシッと両手で引っ掴むや否や、ドスドスと出口へ向かうシャルギエルを、店主を気にしつつも慌てて後を追うカノン。
「そ、そうか! あんたきっとあのSCCの店に親と一緒に遊びに来ている坊ちゃんだな!! わ、悪かったよ! 是非また来てくれよ!!」
 大慌てでレジから大きく身を乗り出して作り笑いを向ける店主を振り返る事無く、シャルギエルは吐き捨てた。
「二度と来ねえよ! 生まれてこの方、こんなに最悪なサービスを受けた店は初めてだぜクソッタレ!!」

 両手にカゴを持ちながら大股でザクザクと頑丈な本革ブーツで雪道を蹴散らして歩く彼を、必死でコートの裾を持ち上げながら追いかけるカノン。
「ちょっとシャルギエル! 酷いよあんな言い方……!」
「こちとら銃を向けられてんだぞ! 酷いのはあっちだろう!!」
 雪降る中、歩を緩める事無くシャルギエルは前を見据えたまま言い返す。
「それだけここの治安が悪いって事が、どうして分かんないのさ!」
 なかなか彼の元に追いつかず、息がどんどん荒くなりながらも尚も叫びながら必死に追いかけるカノン。
「分かんねぇよ! どうせ俺ァ世間知らずの箱入りボンボンだからなぁっ! 俺が習ってきたのは寧ろ人としての社会的マナーとルール、そして常識だ! だからあのクソジジイがこの俺様に銃を向けやがったのは俺への侮辱だ! 本来ならとっとと買い物もせずに店を出る所だが、あのまま盗っ人扱いされたんじゃこの俺様のプライドが許さん! 金をチップ付で置いてっただけでも己の行いに反省しまくって、自殺せずにはいられんぐらいに死ぬほど感謝しろってもんだ!!」
「それだけあのおじさんも怖い思いをしてきたんだ! あそこはよく強盗、万引きが多発してるからね! そんな町でまさかマナーだのルールだのを守るまともな人間が大買いしてくれるとは思わなかったんだよ! そんなに金持ちは偉いのかい? そんなにプライドが大事かよ! あたいはそんなもんよかよっぽど思いやりの方が大事だね!!」
 大股で歩く彼を必死で追いかけながら漸く背後まで追いついたカノンは、白い息を弾ませながら叫んだ。
 その言葉にシャルギエルは突然ピタリと足を止めたので、カノンはウプッと彼の背中にぶつかる。そんな事を気にせずに、シャルギエルは振り向く事無く静かに言った。
「……銃を向けられてもかよ」
「だからそれだけ攻防体勢を取らざるを得ない経験が何度もあるから、咄嗟(とっさ)に取ったいつもの条件反射で銃を構えただけで、撃っちゃいないじゃないのよ! 文句なら撃たれてから言いな!」
 カノンはシャルギエルの前に進み出ると、今度は先を歩き始める。
「……アホか。撃たれてからじゃ(おせ)えだろう」
 シャルギエルもそう吐き捨てて、今度はカノンの後を追う形で再び歩き出す。
「銃はそう簡単に当たんないよ。反動で狙いが反れるからね。せいぜい当たっても(かす)る程度か、間近じゃない限り撃たれた奴の運が相当悪いかだよ」
「そりゃ撃つ奴が素人ならの話だろ」
「うっとおしい! ここらにゴロゴロプロがいるもんか!」
 ついにイラ立ちげにカノンは(きびす)を返すと、彼を睨みつける。
 しかしシャルギエルはプロとまでは言わないが、学校の授業で射撃を専攻していて高い成績を修めていたりする。だが(あえ)てその事には触れず、このまま言い合っていても仕方無いので妥協する事にした。
「ったく! はいはい! つまりここで俺の常識は通用しねぇって事だな」
「そして下手なプライドも命取りだよ!」
 指で彼の胸を突付くカノン。
「誰が下手なプライドだ!」
 すかさず自分の気高さだけは訂正しようと、不満げに言い返すシャルギエル。
 その時。
「おいおい、こりゃまた随分大荷物だなガキ!」
 突然声を掛けられてその方へ二人一緒に振り向く。
 するとそこには昼間カジノでシャルギエルに絡んできた、髪をシルバーグレイに染めたソフトモヒカンヘアーのアジア系、その後ろには爽やかな笑顔を見せる金髪褐色肌のウエイターが二人揃って立っていた。Rとエリートと呼ばれていた、この町の入り口にある車整備工の男が意味深に口にした二人組だ。
「ア、R……!」
 そう口にしたカノンの声は震え、顔を蒼褪めながら後退りし、たじろいだ。
「おぉぉー? 一緒にいんのはまさか……カ・ノ・ン、じゃあねえかあぁぁ〜!?」
 薄気味悪い笑みを満面に湛えたRは、不気味な言い回しでゆったりと首を傾げる様に顔を上へと上げると、視線を見下げた……。

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