こうして、シャルギエルのSCC常連客一掃作戦が実行され始めた。
久し振りにアダムが実家に来ているのを知ってシャルギエルは、現場指示を
忍鷹に任せカノンを連れて、我が家の私邸にアダムを招き入れて寛いでいた。
「ほぉ。お前、なかなか地味な事してんじゃねぇか」
シャルギエルから今の行動を聞くや、アダムは愉快そうに肩を揺すった。そんな従兄の軽薄な一言に、迷う事無くシャルギエルは反発する。
「地味とは何だ!! この計画にどれだけ金をつぎ込んでると思ってんだ! このクソアダム!!」
「どうせお前の
こづかいだろう。しかし相変わらずお前のやり方は、可愛いなぁ~♪」
アダムは穏やかな口調で言い宥めておきながらも、その従弟の顔に向かって煙草の煙を吹き掛ける。
「なめてんのか? バカにしてんのか!? ああ? コラ! このクールユーモアリスト!!」
リビングのソファーにて、のんびり煙草を燻らすアダムの真横に並んで座っているシャルギエルは、握った拳をアダムに見曝しながら口元を引き攣らせる。
カノンはただ黙って、テーブルを挟んだ向かいのソファーで目の前にあるおやつを嗜みながら、この二人の遣り取りをまるでバラエティー番組を見る如く、眺めては欠伸を洩らしている。
「何それ。俺のギャグがサブいって言いてぇのか? どこが? ねぇ、どこが? お前にこの俺の大人の笑いが理解出来て堪るかってんだ。こんなチンケな逆襲しか出来ねぇ腰抜けボウズ!」
アダムは口を尖らせながら吐き捨てると、これまた重そうで大きな、いざとなったら確実に凶器になり得る灰皿に、煙草を押し付けて揉み消す。
その彼を横目で睥睨するとシャルギエルは、ソファーの背凭れに両肘を乗っけた姿勢で、挑発的に反論するとその漆黒の長髪をサッと後ろに払って見せた。
「俺は平和主義者なんだよ。お上品な貴公子君なの! どこかの、なんちゃってセレブとは違ってそう簡単に、銃をぶっ放しゃあしねぇんだよ!」
その生意気な従弟の気取って澄ました言葉に反応するや、アダムは心外そうに声を上げてシャルギエルの両頬を、グイグイと
抓み始めた。
「んまーーーーーー!! どの口が!? この口がそんなクソ生意気な事言ってんの!? え!? いつぞやの夜にコンテナの上で、メェメェ仔ヤギのように鳴いていた坊やが何を言ってけつかるか!! そんな調子だと一生アウトローだとか、ハードボイルドだとかは語れませんねぇ! この
生卵Boy!!」
「いちぇちぇちぇ……!! しょ、しょりぇでおぼいじゃしちゃ(それで思い出した)。アーリュふぁじょにょじょーきょーぢゃ」
シャルギエルはアダムに両頬を容赦なく
抓られながら、構わず質問をする。そんな彼にあからさまに人をなめ腐った表情で、アダムは小首を傾げながら言い返す。
「はぁ~ん!? 何言ってるんですか~? さっぱり理解し兼ねますねぇ~!」
そんな二人の遣り取りを、ここにきて漸く面白そうに笑い出すカノン。
なのでアダムは喜んで余計に調子に乗ろうとするのを、シャルギエルが煩わしそうにその手を振り払うと抓られた頬を赤くさせて、イラ立ちながらアダムを睨みつけて言い返す。
「その後Rはどうしてるのかってんだよ。ムショの中で相変わらず暴れてんのか? だったら奴らしいけどな」
シャルギエルは言いながら、面白そうに嘲笑する。
「今度面会に行って、さんざんバカにして笑って帰ってやろうか。なぁ? カノン」
「もう放っておきなよ。もう一生シャバには出て来れないのに、これ以上
嗾ける必要はないだろう」
カノンはこのガキっぽい事を言う恋人に、苦笑しながら静かに答える。
そう。アダムはRが死んだ事を、わざわざシャルギエルに報告はしていないのだ。
聞かれない限りは、いちいち言う必要もないし、あの騒動の時シャルギエルは真っ先に自分の事より、Rの方を助けろと叫んだ。
そんな人間に、助けたはずの相手が実は死にましたなど、言えるはずが
「ああ。奴なら死んだよ」
――言える筈がないのだが、そこをサラリと他人事に言えてしまうのがこのアダムの、労りが
稀薄なところでもあった。そんな悠然とした態度でテーブルにあるドライフルーツパンケーキに手を伸ばし、余裕な表情で平然とそれを頬張るアダムの横顔を、シャルギエルは見開いた目で硬直しながら見詰める。
「……あ? 今、何て?」
明らかにショックを受けているシャルギエルに、アダムは構わずに軽口を叩く。
「奴なら死んだ。そう言ったんだよ。お耳悪いねぇ~、ボクチンは! このお耳はお飾りでちゅか?」
そう言ってからかいながら彼の耳を指で弾くアダムの手を、シャルギエルは容赦なく払い除ける。カノンも驚愕の表情で言葉を失っている。
「やめろ!! 今は冗談は要らねぇ!! マジで相手しろ!! どういう事だ! あの状況でどうやったら死ぬんだ! 俺があいつを見舞った時も、医者に聞いた時も、助かる見込みは100%だった! 何で死んだ! 言え! ムショ内で袋にでもされたのか!?」
シャルギエルは我を忘れて、アダムの襟首を掴みながら怒鳴り上げる。そんな扱いをされながらも、あくまで冷静沈着なアダムは、面倒そうに耳を指でかっぽじりながらぼやくように言いやる。
「あーもう。ヤダヤダ。小うるさいお子ちゃまは。お前ねぇ、ホンット世の中を知らないね。ああいうアングラの世界は特にな、今でこそお前は一応ギャングウォリアーの地位にいちゃいるが、まだまだ深く真っ暗な世界が広がってんの! お前はせいぜい、その入り口の前で片一歩だけ足を引け腰で突っ込んで見ている、だ・け!」
アダムは冷ややかに言うと、襟首を掴んでいるシャルギエルの手を払い除けて、不快そうに襟元を正す。何せ仕事の合間を縫って立ち寄っているので、服装はノーネクタイのスーツ姿だった。そうして再び煙草の箱を取り出すと、指で箱を弾いてその振動で中から一本覗き出させて取り出すと、口に咥えて火を点ける。
そして咥え煙草のまま煙草箱を懐に戻しながら、半ば面倒そうに投げやりに言葉を続ける。
「ホラ、あの、誰だったか。お前の友人としてイヴの日に一緒にいた日系の坊や。あいつはお前以上に
強かにアングラ世界の現実を、もっと正面から見据えて受け入れてるぞ。そんな魂を持った目をしてやがった。その上で敢えてお前にくっ付いてると言う事は、お前は奴に助けられている証拠だ。不安定ながらも熱い心を持ったお前が、放っておけないんだろう。いいダチ掴んだな。ああいった心が鋼で出来ている奴でなければ、こういう世界で上手く冷静に物事を見極めて行動には移せない。あの前のウォリアートップのガキが何故死んだかは、俺等も知らない。謎のままだが、死んじまった以上は正直我々組織にとっては、もう用済みの犯人だ。生きていなけりゃ役には立たんからな。だから解明する事無く、放っておいてある。口封じかも知れないし、逆恨みかも知れない。とにかく病院から連絡が入って、行って見たら奴はもう、死後硬直が始まっていたくらいの時間が経過していた。殺されたのさ。別の誰かにな。ただ周囲に安物の三流品覚醒剤の粉末が、散らばっていたのが不可解だったが、奴には直前までマリファナを吸っていた痕跡があった。って事は、直前まで犯人と仲良く一緒に寛いでいた証拠になる。断言は今となっては出来んが、お前ならだいたいの予測はつくだろう」
「まさか……エリートが!?」
「さぁてな。だがあの死にヅラを見る限り、心許せる相手だった事は、確かだろうな。額に一発、脳挫傷だ」
アダムは呟くと、苦々しい表情を浮かべた。
そう。Rの死に顔は、とても安らかなるものだった。こいつでもこんな表情が出来たのかと、疑いたくなるくらいに生きていた頃には恐らく見せる事のなかった、人間らしい穏やかな顔をしていた。一瞬、本当にこの遺体がR本人なのかを疑うくらいに、別人の様な幸福に満ちた死に顔。
逮捕する側のアダムにとっては、頭に来るくらいに死にながらも尚、Rはその口端に笑みを湛えていたのだから。
「……それで、Rは……」
「ああ。何か弟だって言うのが現れて、泣きながら遺体を引き取って行ったよ。お前と同じ年頃のチャイニーズだった。確かに奴にそっくりな顔をしていた。まだ可愛げある素直そうな目をしていたが」
「そうか……あいつ、結局死んだのか……結局……。しかもちゃんとした家族がいたんなら、生き抜いて欲しかった……」
シャルギエルのまるで自分ごとの様に落ち込む姿に、アダムは内心呆れる。そして本当にこんなんでスラムのウォリアーとして、革命を起こせるのかと心配をも覚えた。
奴が生き抜いても一生塀の中の人生で、外に家族がいれば余計に辛さも増す犯罪者の心理も、考えられないところはやはり、まだまだ箱入りお坊ちゃまらしい未熟さであるのが明瞭だったからだ。カノンは伊達にスラムで育ってはいない。静かに事態を受け入れると、後はただ黙ってシャルギエルの様子を見詰めていた。
「お前が聞いたりするからだ。聞かなければ知る事はなかった。……よくあるちっぽけな事件の、一片だ」
アダムは静かに言いやると、背後に広がるようにあるパノラマサイズの窓から外の庭園に、顔を向ける。彼はそんな経験を身に余る程してきた。
ICPOになった初めの内は、その度にやりきれない気持ちになったものだったが、当時の先輩と蓄積する経験が次第に彼の心を鍛えてくれた。
だから今の様に現場に入った瞬間から、氷の様に冷静で悪魔の様に無情になれる自分へと、成長するに至った。いちいち現場の惨劇に同情なんかしてはいられない。でなければ、
忽ち今頃精神病院行きだ。事件で成り立つ世界で必要とされるは、頑丈なる鋼の心――。
てめぇから飛び込み手を突っ込んだ道だ。シャルギエル。俺は例え従兄だろうが、手を差し延べねぇぞ。一度突っ込んだ足は、簡単にゃあ抜けやしない。責任以って、腹ァ括って強くなれシャルギエル。
アダムは無言のまま、力なく肩を落としているシャルギエルに、視線を移し見詰めるのだった。
帰り際、アダムはふと思い出したようにシャルギエルへと振り返った。
「……何だよ」
シャルギエルは半ばムッスリと不機嫌そうな態度で、そんな従兄を不満顔で睥睨する。
「んああ。ずっと考えてたんだけどな。どうせお前の正体もあのSCCボスのマックィーンに会えば、ハスラー側にバレる日がいずれは来るだろう。仮にもしそうなった時に、お前だけが一方的に尻尾を捕まれねぇ為に、心優しいこのお兄様のご好意で可愛い坊やに一つ、ハンデをくれてやろうと思うが、どうだ。いるかいらないか。お前の返事一つだ」
「ハンデだと? どこまでも俺を馬鹿にしやがって」
自分より長身のアダムの顔を、シャルギエルは悔しそうに睨み上げる。
「フ。やっぱそう来ると思った。つくづく素直じゃねぇな。あのスラムで……」
「馬鹿だよあんたは!! 言ったろう! スラムでは下手な意地やプライドは通用しない! 逆に命取りになるって!! ここは得られる情報を全て先に握った方が、勝ちなんだよ!!」
アダムの言葉を遮って、鋭くシャルギエルを咎めたのはカノンだった。彼女に言われて、シャルギエルは不満ながらもばつの悪そうな顔をして、そっぽ向く。
「さすがは野良猫として生きてきただけの事はある。荒野での上手な生き方を、一番この赤毛の仔猫ちゃんの方が、心得てんじゃねぇか」
アダムはカノンの彼氏への叱責に感心しながら、この意地っ張りな従弟を悠然と見下す。
「……いいだろう。何だよ」
カノンに指摘されて、渋々アダムの言葉を促がすシャルギエル。
「ハスラーの正体だ」
「――エリートの? あいつに隠された姿が、まだ他にあんのか?」
顔を顰めながらも、キョトンと不思議そうに尋ねるシャルギエルに改めて呆れるアダム。ああいう世界で生きている人間には、更に隠された奥の手があるのは基本である事まで、まだこのシャルギエルは予想すらしていなかったのだ。仮にも対するウォリアートップを務める立場でもある人間が、だ。
アダムはあからさまに大きな溜息と一緒に、言葉を続ける。
「もう無駄話をする気はない。あいつはな、お前より強ぇぞ」
「そんな事か? そんなのはいざ遣り合う時に……」
「違う。腕力の事じゃない。権力の事だ」
「ハスラーの事か」
「いや。表社会での事だ。奴の正体はな、正統な侯爵クラスの御曹子だ。今でこそあんな貧困街に身を置いちゃあいるが、あながちお前と似た立場かも知れん。まだそこまで調べてはいないが、もし侯爵の跡取りの契約が生きていたら、さすがの俺等も手が出し辛くなる」
「エリートが、侯爵の御曹子だと……!?」
侯爵は、伯爵家の御曹子であるシャルギエルよりか立場が上になる。万が一の時に頭を下げねばならないのは、シャルギエルの方になるかも知れないと言う事だ。これにはさすがの彼も驚愕し、絶句せざるを得なかった。
「奴はインドとギリシャの混血で、権力はインドの父親のものだ。一応両親は死んでいるが、もし世継ぎ契約が成立していればアウト。奴の身柄はインド政府の権利になり、そのままインド逃亡可能になる。だからなるべくそうならないように、極秘に極秘を重ねて隠密にインドのICPOには、まだこの情報を内密にしてある。だが、国籍はギリシャになっている。もしこれで契約が無効であった場合、ギリシャの手柄になって奴は間違いなく短期間に死刑宣告を受け、即刻銃殺刑だ。ギリシャの死刑執行は世界で唯一早く行われる国として、煩わしい死刑囚をギリシャに引き渡しも行われるくらい、言わば罪人流しの国でもある。ひとまず跡継ぎ契約の有無を今、我々は調べている。それ次第で奴の扱いは大きく変わるぞ。世界でも類を見ない、とんだ大物だと言う事だ。ちなみに奴の本名は、ルシフェウス=ベルーガ=エルシャンク・カルディナーレだ。今後奴をどう扱うかは、お前の力量次第だ。今のところはまだ、ただのスラムに居座るギャングハスラーの身の上でしかないからな。
篤とその未熟な腕前を、全力まで振り切って見せろ。これはもう、ただのアングラだけの抗争ではなくなるぞ。俺はのんびりと、お前の出方を拝見させてもらうよ」
アダムはここまで話し終えると、硬直しているシャルギエルの頭を強引に撫でてから、その彼の私邸を後にした。
シャルギエルは煩わしそうに、自分の長髪に指を絡めて黙考する。そして暫くそうしている内に、はたと傍で一緒に立ち尽くしているカノンに気付いた。見るとその顔は、真っ青になって震えている。
「どうした。カノン」
「だって……エリートの本名が……」
声まで震わせるほどの脅えようだ。シャルギエルは嘆息吐いて、苦笑する。
「ルシフェウス。つまり最高位天使にして追放され地獄に堕天後、その頂点に君臨した地獄の中の悪魔王ルシファーだと、そう言いたいんだな」
「大丈夫!? シャルギエル……!!」
幼い頃に神父から教えられた知識が、カノンにトラウマ的恐怖感を目覚めさせていた。それだけ彼女は、神や天使といった存在を素直に敬い、信じているのだ。
「バーカ。お前は神学論に囚われすぎだ。奴の本名の愛称がルシファーだから、この小物天使の名を持つ俺も弱いと、そう思ってんのか? いいか。聖書は人間が造った歴史上の最高傑作小説みたいなものだ。ならばその同じ人間である俺等が、そんな作り話通りに人生踊らされる訳がねぇって事だ。安心しろ」
シャルギエルは彼女を宥めるように優しい口調で諭すと、片手で抱き寄せる。
「でも怖い……。怖いよ。ルシファーは人間を嫌ってる。疎んでる。嫉妬して、憎みきっているんだよ。だから……」
「カノン。お前は何だ」
「え?」
シャルギエルの厳しい口調に、カノンは怯えながら彼を見上げる。するとシャルギエルは、小さい彼女を見下ろして優しくも力強く微笑みかけると、言い放った。
「俺の女だろうが。俺を信じろ。俺に身を任せていればいい。カノン。お前のその名は、本来神や天使達を賛美し謳歌する為の歌であり、また最も最高の神学上権力とする聖書の正典にして特に権威のあるもの、神々しきものを呼び現す称号でもあるのがその“カノン”の総合体だろう。つまり、地獄に堕ちて大悪魔王に成り果てたルシファーには、お前の存在は脅威であり失った栄光にして憧れざるモノとなる。だからお前は強い。お前の存在が俺の、この雪天使様の励みにもなる事を忘れるな。例え下級天使だろうがな」
「シャルギエル……」
カノンは涙で目を潤ませながらも、逆に彼の言葉に励まされて喜びに微笑みを浮かべる。そんな彼女をヒョイと軽々と抱き上げるシャルギエル。
「キャ!」
「軽いなァ! ……お前を抱くまでは、死ねるかよ」
「抱いても死んじゃダメに、決まってるでしょ」
「いつかお前の口から艶めかしい“カノン”を、俺の腕の中で聴いてみたいものだな」
シャルギエルは言いながら、そのままカノンを連れてリビングに戻ると静かに彼女をソファーへと下ろす。下ろされながらカノンは、シャルギエルの腕の中で呟いた。
「クス。エッチ……」
その彼女の愛らしさに、シャルギエルは堪らずカノンにキスをするのだった。
一方スラムでは、
忍鷹の監督の下でローディスとラバリィはSCCの駐車場で、計画を実行していた。
もれなくビーストも一緒である。ラバリィ、イコール、ビーストなのである。ちなみにビースト、イコールに必ずしもラバリィが付いて来る事はない。彼女は自由奔放なので、彼氏からの束縛を嫌う。ビーストの方がそんな彼女から離れないのだ。
勿論、エリートがいない時間帯を狙って、実行中である。
その他、シャルギエルに集うウォリアー手下数人が見張りに付いて、常時トランシーバーで忍鷹、ビーストと周囲の状況を交換している。
作業は迅速且つ丁寧に行われた。その為、ローディスは一週間前から常連客が乗って来る車種を記憶しその度、周囲の目を盗んで車の下に潜り込んでは発信機等の設置部を入念に観察、計算して何度もシミュレーションする綿密さだった。そして車内状況を細部に渡り記憶し、盗聴器の装着場所も計算した。
ラバリィは今回、ひとまず車の鍵を開けるだけの役目である。今回の主役はローディスだ。ラバリィの活躍は発信機でそれぞれの客の居場所を突き止めた後、さり気無く周囲をうろついてターゲットの体内にナノ盗聴器を仕込む、役割が待っている。
現在の時間は正午。SCCの動きが最も静まる時間帯であった。
「ん……あ、あぁ……ハァ、うん、ハァアン……」
歓楽街にあるエリートの部屋では、淫らな湿り気のある音に加えて熱い吐息と嬌声に満ちていた。
「チェリー……。俺はどうある」
エリートは己のモノで、チェルシーに挿入した恥部をゆっくりとした動きで責めながら、自分の下で汗ばんでいるチェルシーの赤毛を優しく撫で上げて訊ねた。
「それは、どっちの意味で……?」
彼に声を掛けられて、それまで瞑目して与えられる快楽に耽溺していたチェルシーは、静かに目を開けてエリートの蒼き双眸を見詰めると、その褐色の裸体をした腰に手を撫で下ろしながら聞き返す。
「俺は、醜くはないか……。俺はまだ、母から分け与えられたこの血肉を腐らせ、絆を断絶してしまってはいないか……」
するとチェルシーはふと微笑んで、エリートの美しく輝くブロンドの髪を掻き上げてから、じっくりと更に食い入るように彼の碧眼を見入ってから、答えた。
「大丈夫よルシファー。貴方は美しいわ……。お母様の血肉も絆もしっかり貴方にまだ、受け継がれているわ……。だから貴方に、今がある……」
「“今”か。だから俺は、チェリー。お前にめぐり会えたんだな……」
そう囁くと、エリートは深くゆっくりと彼女の奥へ己を突き入れて、焦らす様に先端で子宮の入り口を小突き刺激する。
「フゥウアァン! ハアァ……。私……なんかで、本当に良かったの、かしら……アン!」
彼女の謙虚な言葉を打ち消すように、更にエリートから小突かれてチェルシーは体をビクンと大きく仰け反らせる。
「さぁな。そんな事など、考えた事もない。ただ俺にとってはお前は、必要な存在であるのは間違いない」
「ルシファー……」
チェルシーは熱い息を荒げながら、艶めかしく囁く。そんな彼女のへーゼル色の双眸を見詰めて、エリートははっきりとした口調で言った。
「チェリー。俺の子を産んでくれ」
「え!?」
突然の言葉に、チェルシーは不意を突かれたようにそれまで感じていた陶酔感が、一気に吹っ飛ぶ。それも構わずにエリートは彼女の頬を、優しく撫でながら言葉を続ける。
「俺は父を愛していた。だが父は俺を疎んでいた。だから俺は、父と言う者になって俺が得られなかったモノを、我が子に与えてみたい。母が俺に、そう望んだように。少なくとも今の俺には、父の様な余計な権力などはない。だからそれだけ全力で、子供を俺は愛してやれる。――――結婚しよう。チェリー。俺の一生涯の、妻になれ」
「ああ……!! ルシファー!! ええ! 勿論、勿論イエスよ!! 愛してる。愛してるわルシファー!!」
「俺もこの世で一番、お前を愛している。チェリー……」
チェルシーは涙をいっぱいに溜めて喜ぶと、エリートの上半身を抱き寄せた。そんな彼女にエリートは熱い口づけを交わしながら、改めて再び肉体の快楽を貪り更なる愛の深みへと二人一緒に、落ちていくのだった。
季節はもうすぐ、寒い冬を終えて桜の季節となる春を、迎えようとしていた……。
「おいダグラス。貴重な商品を掻き壊されるのは困る。どうするんだ。あれじゃあ臓器提供品としては、もう無理だ」
白衣を着た一人の男が、地下から上がって来ると溜息を吐きながら顔を顰めてきた。どちらかというとふくよかと言える太った、白人の割には小柄な体躯をした気味の悪いなオーラを漂わせる老人だった。老人と言っても、まだ足腰もしっかりしていて、動きにもまだキレが残っている。恐らく六十歳手前辺りの年齢だろう。幾分頭部に白髪が混ざっている。
「臓器は無理でも、骨や細胞は残ってるだろう。そこら辺を削って売っておけばいい」
「あのな。お前も一番よく分かっているだろう。骨は使えても細胞は空気に長時間触れると、接着が難しいのを。肉の部分は個々の細胞が……」
「だったら
人肉食家にでも叩き売れ! 若い女の肉だから奴等も多少大金積んででも、喜んで買うだろうさ! 臓器用人材はまた調達してくれば済む事だ!」
口煩いこの太った小柄の闇医者に、その中肉中背の男は面倒そうに喚いた。そんな彼に、闇医者の男は溜息と共に言いながら、白衣を脱ぐ。
「最近お前の行為は、目に余る。依頼された病院からの定時期間内に、お前の突発的行動のせいでせっかく補充していた在庫臓器提供用密売人材が、直前で足りなくなる事態が最近多くなってきている。これではいつか信用を失くして、常連先まで失う事になるぞ」
そう言うとその闇医者は脱いだ白衣をクローゼットに仕舞ってから、帰路に向けてその建物を後にした。そこには、返り血を浴びて肌を真っ赤に染めた全裸姿の、マックィーン一人だけが取り残された。
しかし、地下には裏臓器密売用として生かされている、精神崩壊者や植物人間が監禁されている。今回マックィーンのお相手を務めたのは、恐ろしい目にあったせいで心を失い人形の様に虚ろ化した、成人間もない若い女だった。
「ふん。構うものか。誰のお蔭で医療行為が出来ると思っている。わざわざ生贄を調達してきてやってんだ。一人くらい、楽しみに譲ってくれたっていいだろう。なぁ……。ベイビー」
マックィーンは業務用デスクに腰を置いて、ウィスキーの入ったグラスを一口舐めると、再びそのグラスをデスクの上に戻しながらもう片手で、傍らに置いてあった二十分前に切り落としたばかりのその女の生首を、掴み上げた。
そして生首の彼女の、ブルネット色をした髪を優しく撫でながら、その口唇にそっとキスをする。そうやって何度も何度も熱いキスを彼女に与え続けると、やがて満足したようにマックィーンはその下口唇に歯を立てるや、ゆっくりと確認するように力を入れてゆきそのまま勢い良く噛み裂いた。
生首の女の歯茎が剥き出しになる。マックィーンは口内の肉片をべっと床に吐き捨てる。
次にゆっくりと、彼女の口の中を首の角度を変えながら覗き込むと、突然デスクの引き出しから
鑿を取り出して、彼女の歯を全てそれで取り除いていった。
そうしてすっかり、歯がなくなり歯茎だけになった生首を自分の下半身に持っていくと、再び勃起しそそり立ったペニスをその口に突っ込んで生首を上下に、激しく動かし始めた。
次第に顔を恍惚させていきながら息を荒げる。やがて顔を一瞬顰めたかと思うと、感嘆の声と共に生首の彼女の口内に射精した。同時に勢いで両手の親指を息み過ぎて、彼女の両目にズブリと突き刺してしまった。
マックィーンは息を荒げながら、ゆっくりと彼女の口から脈打つペニスを引き抜くと、その片目から眼球を引き摺り出して呟いた。
「これじゃあアイバンクにも、使えんな」

そうして感触を楽しむように暫くコロコロ指で転がしていたが、指に力を込めて押し潰し形の歪んだ眼球をポイと、まだ中にウィスキーが残っているグラスへと投げ込む。
こうして存分に無駄なく楽しんだマックィーンは、シャワールームに向かってその途中にある木製のハンガースタンドの、帽子を本来引っ掛ける為の突起部に生首の切断面を突き刺すと、鼻歌を歌いながらご機嫌そうにシャワールームへと姿を消した。
水を流す音が響き渡る中、その片目を失った女の真っ暗な洞窟の様な口内からは、マックィーンが放った精液がまるで
涎の如く零れ出して、床へと滴っていた……。