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本作には軽い性的な表現と、青少年の教育上良くない状況が含まれています。この事を御承知の上で御注意下さい。
【第一章】 ギャングウォリアー力闘編
act,1:カジノ


 ある日の昼下がり。
 下校後、我が家の自分専用の衣裳部屋にて着替えを済ませて廊下に出ると、彼は弧を描く白大理石の階段を駆け下りた。
「おやお坊ちゃま。お出掛けですか?」
 黒のタキシード姿の、ティーセットを手にした執事と思しき老紳士が、側を足早に通り掛かる少年にさらりと声をかける。
「ん」
 短く答えただけで歩調を緩める事もなく歩き去る少年へ、更に執事は首を伸ばしながら声をかけた。
「目的地まで、御車で御送り致しましょうか!?」
 すると少年は後ろで一つに束ねた長い黒髪をなびかせながら、クリッと体ごと振り返りつつも尚、そのまま後ろ歩きをしながら答えた。
「いやいいよ。どうせ暇潰しで適当にその辺、ぶらついてくるだけだから」
 そう言うとまたすぐに、体を元の進行方向に戻し歩き続ける。
「お気を付けて行ってらっしゃいませ!?」
 美しくスーツを着込んでいる老執事に背後から声をかけられ、“お坊ちゃま”と呼ばれる割にはそれらしくは見えない格好の少年。
 黒のミリタリー風ダウンロングコートに、シルバーカラーでファーのロングマフラーを首にかけた、ラフなファッションスタイルだ。
 少年は振り向く事無く片手をヒョイと軽く上げて返事の代わりにすると、執事の前からそのまま歩き去った。
 
 そうして少年は豪華な建物の玄関から飛び出すと、そのまま脇にある車庫へ向かい、ズラリと並ぶ高級車と高級バイクを前にして、ゆっくり品定めをする様に腕組みをしながら視線を流す。
 車整備士兼運転手を務めている車庫管理人の男が、車庫の片隅にある管理室から頭を低くしながら出てくると、言い辛そうに口を開いた。
「……大変申し訳御座いませんがお坊ちゃま……まだ未成年ですし、無免許ですので運転は……」
と言う男の言葉を無視したまま(しばら)く思案していた少年はよしと頷くと、指差す。
「あのシンプルな赤のバイクを!」 
「ですが……」 
 躊躇(ためら)う管理人に、投げ遣りに言ってキーを求めて手を差し出す。
「免許無しでも今まで俺は運転出来てただろうが」 
「しかし……」 
「親から乗せるなと言われたんなら、その親なんかにはお前から適当に誤魔化してくれりゃあいいだろう」
 相変わらずハッキリしない男に、少年は自分よりは二十程年上であろう相手に対して、苛立ち気味にひと睨みした。
 所詮(しょせん)雇われの身でしかない男は、わが子同然の年齢の子供に睨まれて渋々と、上着の内側にある専用ポケットからキーを一本取り出すと、突き出された少年の手に渡した。
「……ドゥカティですね。只今」
「サンクス」
 そう答えて手中の鍵を確かめる様に握り締めると、目的のバイクへと歩み寄って慣れた具合で身軽に(またが)る。
 そしてキーを差し込みエンジンをかけると、一、二回空ふかしした。
「お坊ちゃまヘルメットを……!」 
「何を今更」
 管理人が慌てながら言うのを振り払うかの様に、一言だけ返してそのまま走り出した。
 確かに昨日今日始まった事ではないとは言え、あの我が(まま)自己中ぶりに管理人の男は、片手を頭にやりながら渋った表情で見送らざるを得なかった。
 
 
 屋敷正面から門へと続く長い道のりをバイクで軽快に疾走する少年を、広大な敷地内で放し飼いにされている、数頭の大型番犬が顔を上げて見送る。
 数分かけて(ようや)く我が家の門に到着すると、守衛に開門させて門外へ飛び出した。
 高級住宅地を走り抜け、ビジネス街を抜け、一般住宅地を抜けると、歓楽街に出る。
 その先は鉄工団地やその他の工場地帯、そして貧民地区へと続く。
 そこを更に過ぎると産業開発予定が破綻になり、打ち捨てられた埋め立て湾岸地(ベイエリア)域があるが、貧民地区であるスラムの先にあるのも手伝って犯罪多発地帯と化してしまい、まともな人間は(ほとん)ど近寄らない場所だ。
 歓楽街に立ち寄った少年は、いつも行くゲームセンターの側にあるパーキングにバイクを止めると、その足でゲームセンターに入った。
 一時間程で一通り遊んで飽きると、暇を(もてあそ)ぶかの様に外に出てきて周囲を見渡してから、フムと考え込んだ。
 いつもだったらこの後は漫画や服を衝動買いしたり、映画を観たりして過ごす。
 門限は“とりあえずある”のだが、十二歳を過ぎた辺りから満足に守らなくなった。

 少年の名はシャルギエル=グレアム・ジャンセン。十五歳。
 名家ジャンセン一族の分家の息子で兄弟に一人妹がいて、伯爵の位を持つ父とその夫人の母の四人家族。
 これに先程の執事と車庫管理人、屋敷の警備及び門の守衛を務める警備員が三人と、数匹の番犬に十人のメイド。
 それから専用コックとパティシエが一人ずつに庭師が三人。
 別荘に至っては、放牧された馬や孔雀までいたりする。
 まぁ金持ちのお約束みたいなものだ。
 真ん中分けされた前髪に漆黒の長髪を後ろで一つに束ね、マリンブルーの瞳に整った顔立ち。
年の割にはスラリと高めの身長は、間違いなく将来が楽しみな少年だった。
 ……――性格を除いては。
 若かりし頃の両親は、初めて生まれた愛息子を至れり尽くせりと溺愛してきた。
 よって息子は苦労知らずの超我が侭で使用人を振り回しては、迷惑かけ放題な超自由な性格に成長し、それを下で見て育った五歳下の妹はそんな兄を反面教師に真面目に知的、現在もクールビューティーへの真っ只中に成長中である。
 しっかり者の妹とは逆にいい加減で自己中心な彼は金持ちの暮らしに退屈し、今や庶民の遊びに興味津々不良の道へまっしぐら進行中であった。
 しかし通う学校も当然財閥法人学園なので、そんな見苦しい落ちぶれた遊び方などに付き合ってくれる、物好きなクラスメイトはいやしない。
 どいつもこいつも高貴なプライドが、しっかり心に根差している者ばかりだ。
 高慢でツンと澄ました奴はいても、シャルギエルの様な超自己中からくる傲慢なプライドとは訳が違うらしい。
 彼にとっては映画によく出て来るマナーもルールも無視して、我が物顔で街を闊歩(かっぽ)する、アウトロー感溢れる悪が(しび)れるばかりに格好良い物に見えて仕方ないのだ。
 それでもやっと十五歳になったばかりの少年。
 参考や見本になる身近なモデルなど、この伯爵家の息子の周辺に当然いる筈もなく、手始めに今みたいな遊び方をしてはいるが、正直どこから手を付けていいのか分からずに、ひとまずブラブラしているだけでしかない。
 しかも遊びと言っても本当に子供の暇潰(ひまつぶ)し程度だ。

 ――ところが今日は違った。
 暫く考え込んでいたシャルギエルが顔を上げた先には、カジノ店があった。
 このカジノ店は今しがた彼が遊んでいたゲームセンターの真向かいにあり、未来ある若者を大人の世界に引き込まんとばかりに、昼間でも派手に目立つ看板。
挿絵(By みてみん)
 今この瞬間でもゲーセンから出て来る青少年等を狙うかの様に、真っ先に視界に侵入し誘惑しているみたいだ。
 大概(たいがい)ここでカジノに足を踏み入れた無邪気な若者達は、大人の世界のアメとムチを味わされ、それ次第では今後どの様な大人になるかが左右される。
 彼も以前からこの店の存在が気にはなっていたが、今一つ足を踏み入れる度胸が持てず、派手な店構えを後目にしつつスゴスゴと大人しく、CDショップや大して美味しくも無いファーストフード店に身を置いていた。
 しかし今日こそは中がどんな具合なのか、どの様な状況なのかこの身を持って実感してみたい。
 何せ財人専門の高級カジノ店とは違って、少年にとっては新鮮な下町カジノ店だ。
 如何(いか)にも映画に出て来るワイルドガイが利用しそうな、ど派手な看板の町カジノじゃあないか!
 ……そう思えて仕方がないらしい。
 シャルギエルはズボンのポケットに両手を突っ込んで少し余裕気な雰囲気を装うと、如何にも常連と言わんばかりに両肩張って店に近づいてみる。
 ……特別この若い未熟な客に手を差し延べるべく、待ち受けるドアマンも居ない。
 だから彼の知るロイヤルカジノとは訳が違うのだ。
 低庶民には低庶民のやり方がある。
 いちいち御丁寧に一人一人の客へにこやかに挨拶をし、ドアを開けて歓迎を示してくれる様な接客などありはしない。
 店の入り口はただぶっきら棒に、少し古めかしい木製のドアが立ち塞がっている。
 少年は背後にある自分の漆黒の毛束を、右肩から手繰(たぐ)り寄せて指先で摘まみ(こす)りながら、ドアレバーに手を掛けた。
 こうして自分の髪を(いじ)るのは悩んで瞬時の判断に迷う時の、彼の無意識的な癖らしい。
 シャルギエルは軽くタイミングを計る様に、ドアレバーに掛けた左手の五本の爪先で二回リズムを刻むと、レバーをひねってグッと力強く手前に引いた。
 ――と、薄暗い空間が眼前に広がる。
 表の派手な看板とは裏腹に、思いの他空気が重い気がする。
 いや、彼が知っている今までのカジノが余りにも華やかで豪華な内装すぎているのと比べ、町カジノのお粗末さがそう感じさせてしまうだけなのか。
 まるで世界が違うのは当然である。
 彼の住む世界はゴージャスで甘い香りが鼻先を(くすぐ)るセレブの世界で、今正に眼前広がるこの世界は、そんな物を微塵も感じさせない正反対の世界だ。
 唯一の共通点は“カジノ”である事だけである。
 まるで味わった事のないダークな空気と言うべきプレッシャーが、少年の心を(ひる)ませる。
 すると手前の丸テーブルでポーカーをしている四人の(いか)つい中年男達の内の一人が、シャルギエルを一(べつ)してボソリと漏らした。
「……何だ。ガキか」
 その言葉に思わず反応した。
 そうだ。自分は映画で見るこういったアンダーワールドの、アウトローに満ち溢れたハードボイルドな男に憧れていた筈だ。十五歳になった今、俺はもうガキじゃあない!
 そう内心虚勢を張る。本人にとっては十五歳になればもう立派な大人なのだ。
 少年は、握っていたドアレバーにギュッと力を込めて勇気を奮うと、足を一歩踏み入れた。
 先程の男達は、もうこんな未熟さたっぷりの少年など既に意識に無く、煙草を燻らせながら次の手のカードにすっかり集中している。
 彼は更に二、三歩進み背後でドアが静かに閉まるのを感じながら、店内に素早く視線を走らす。
 まず店の左端に上に上る階段がある。
 そして奥にはカウンターバーがあり、中には一人の中年のウエイターが三、四人の接客をしている。
 後は基本的カジノらしく、ルーレット、スロット、クラップスなどがあり数人の店員に十四、五人位の老若男女の客が、それぞれ好みのゲームをプレイしている。
 先程シャルギエルを無愛想に出迎えた男達が、個々勝手気(まま)にカードプレイをしている以外に、左奥の丸テーブルに青少年らしき二人の若い男が同じく何らかのカードをしている。見たところその二人は、黄色肌と褐色肌をした若者だ。
 たがカウンター内の中年ウエイターに声を掛けられて、その内の一人の褐色肌の青少年が席を立つと、ビールジョッキを二つ受け取って例の入り口側の丸テーブルでカードをしている、先程の中年男達へと運んだ。
 どうやらここでウエイターとして働きながら、カードプレイの相手も務めているらしい。
シャルギエルはさりげなく空いているスロットマシンの前に座ると、ひとまず手持ちのコインでプレイするが、周りの様子が気になって集中出来ず心ここにあらずだ。
 暫くスロットを回していたが、手持ちのコインが無くなった事に気付いてどうするかと考えたのも束の間、すかさず先程の若いウエイターがやって来て差し障りの無い感じのトーンで、彼に声を掛けてきた。
「もしまだ続けるんなら両替するよ?」
 そう言って来たこの若いウエイターをよく観ると、金髪ショートに褐色肌の笑顔が爽やかな好青年で、明らかにシャルギエルよりかは年上だがまだ成人には成りきってない年頃だ。
 そんな彼に言われて、シャルギエルは財布から紙幣を一枚つまんだが、ふと頭を振った。
「いや、やっぱり今回はこれでやめておこう」
「そう? じゃあ良かったらカウンターで何か飲んで、ゆっくりしてから帰るといいよ」
 若いウエイターは、素早くシャルギエルの財布の中身をチェックしておいてから、その言葉を続けた。
 そんな事も露知らず少年はこの若いウエイターの好意と勘違いし、すぐにその言葉を受け入れるとカウンターの左端に座る。
 少しここの店の雰囲気にも慣れてきた気がした。
「……いらっしゃい。何飲む」
 あからさまに子供寄りな若さを(かも)し出している少年に、“取り敢えず客だから”な見方と言葉を投げて寄こす中年ウエイターに咄嗟(とっさ)にシャルギエルは 「レモネードを……」 と答えた。
 すると中年ウエイターは、顔を(しか)めて投げやりに言った。
「レモネード!? そんなもん飲みたいんならお家に帰ってママにでも作ってもらうんだな! ここにゃあアルコールドリンクしか扱っちゃいない」
 レモネードの言葉に、シャルギエルの背後にある丸テーブルであの褐色肌の若いウエイターにカード相手をしてもらっていた黄色肌をした少年の客が、プッと吹き出すのに気付いた。
 それにムッとしたシャルギエルは、少し吐き捨てる様に言う。
「じゃなくてカフェロワイヤルだ」
 その注文を聞いた中年ウエイターが、途端険しい表情を緩める。
「……おやおや、今度はお上品な注文できたな。坊主、もしかしてどこぞの坊ちゃんかい?」
「――別に。無いんならワインでもいいけど」
 ぶっきら棒に答えを返す。
「……まぁ、この辺にゃあそいつを飲む様な輩が来る訳じゃないから、メニューには置いちゃあいねえが、材料は揃ってるから作ってはやれるさ。ちょっと待ってな」
 そう言ってウエイターはコーヒーを()て始めた。
 シャルギエルは、コーヒーメーカーから滴り落ちる滴をぼんやり頬杖突きながら眺めていたが、そういえば二階に続く階段があった事を思い出した。
「そういえばこの上……まだ何かのゲームとかがあるのか?」
 少年に問われ、中年ウエイターはブランデーを手に取りながらニッと笑みを作った。
「ああ、あるよ。キノが」
 それを聞いてシャルギエルは、母親が時々暇潰しなどで自宅や別荘で友人等を招き、開催したりして楽しんでいる事を思い出す。
 キノはゆったりと時間を過ごしながらする宝くじみたいなゲームで、長時間を要する為にパーティーをしたり映画鑑賞しながら、はたまたプールで泳いだりしながらプレイされる所謂(いわゆる)“ながらゲーム”だ。
「坊主はもうあっちの方は済ませてる方かい」
「あっち?」
「んだよ野暮なガキだな。すぐ通じねぇ所を見るとあながちまだ童貞(チェリー)だな」
 ウエイターの言葉に、思わずシャルギエルは目を丸くする。
「どんなに背伸びして大人ぶった所でも、まだ童貞捨ててなけりゃあ一丁前たぁ言えねえよ。どうだ? ここらで一丁パーッと捨ててみるってのは。一気に大人の階段ひとっ跳びだぜ」
「な……」
 シャルギエルはたじろぐ。
 そうだった。すっかり自分では大人気取りでいたが、肝心なステップはまるで頭になかった。
 ガキの遊びに気を取られて“女”という色気を意識するのを忘れていたのだ。
 酒と煙草と、カジノと女。
 これ正にハードボイルドの、アウトローワイルドガイの三大鉄則みたいな物ではないか!
 しかし少年にとって予定になかった事を突然言われて、今はまだとても勢いだけでそんな気にはなれない。
「そうだな。じゃあ次はそのつもりでここに来るよ」
 なんてクールぶってさりげなく答えたものの、単純に心の準備が今はまだ出来ていないだけだ。
「そうかい。じゃあお前さんの為に次からこいつは、うちのメニューに入れといてやろう」
 ウエイターはニタつきながら、完成したカフェロワイヤルをシャルギエルの前に置いた。
「――で、そういや何でキノの話から、そんな下ネタの話に流れたんだ?」
 シャルギエルはカフェロワイヤルを口にしながら訊ねる。
 すると中年ウエイターは逆に不思議そうな顔をしながら、あっけらかんと答えた。
「そりゃおめぇ、金さえ払やぁうちの二階の個室でそれぞれ腰振りながら、キノが出来るって寸法さ。キノに加えてセックスも一緒にプレイ出来ちまう。だいたいあんな暇の要るゲームは、そうやって過ごすのがここいらじゃお約束ってもんだろ! 坊主お前ホントそんな事も知らねぇなんて、やっぱここいらに住む様な一般人とは毛色が違うな!?」
 話の内容にびっくりしたシャルギエルはついむせ返ってしまい、派手に咳き込む。
 そうなのか。こういったアンダーワールドってのは、平気でそういう行為もさも汚らわしい形でこなしてしまう程、日常茶飯事という訳か。
 やはりこちらの階級の様にきちんとムード作りをし、気高く色香を持ち込む気品さ漂う性の戯れとは訳が違う。
「同じ一般人さ。ただちょっと、まだそういう下の世界に無知なだけで」
 感覚の違いに思わず目をクルクル回しながら、やっとの思いで呼吸を整えると、あくまでも自分の立場を誤魔化しつつ、改めて口にカフェを注ぐ。
 冷静さを取り戻そうと一口、二口とペースを進めながらハタと気付く。
 そういえばこのコーヒーにブランデーが入っている事を。
 日頃父が飲むのを真似して注文したものの、正直子供も飲める甘口ワイン以外の酒類を飲むのは、これが初めてだった。
 一気に体内に慣れないアルコール成分を流し込んだせいか、若干視界がクラついた気がした。
 すると背後からフーッという吐息と共に、顔に煙を吹き掛けられた。
 僅かながらの酔いを感じつつもまだ意識はしっかりし、ある程度冷静さも取り戻していたシャルギエルはゆっくりとコーヒーカップを下ろしながら、顔を少しだけ背後へ向け相手を睨み付けた。
「何だよ。気取ってる割にゃあ女をまだ知らねぇのか。って事はあながちまだこいつも知らねぇな? ガキ!」
 そう言いながら火の点いた紙巻を目の前にチラつかせてきたのは、注文の時レモネードの言葉に背後で笑い飛ばしてきた黄色人種の少年だった。
 この彼も決して大人ではないが、シャルギエルよりかはずっと年上っぽいアジア系の少年は、ソフトモヒカンをシルバーアッシュに染めた髪に黒い瞳で挑発してくる。
「……煙草吸うぐらいで威張るな」
 肩越しから物静かに言ってみせたシャルギエルに、好青年な方の若いウエイターがクスリと静かに笑う。
 それに釣られる様に、このアジア系の少年も爆笑した。
「ヒャッヒャッヒャッ!! こいつ! 煙草だってよ!!」
 それが実は煙草なんかではなくマリファナ(グラス)である事を、まだシャルギエルは知らない。
「おい(アール)。折角の新客に絡んで客足減らす真似はしてくれるなよ。お前もだエリート! 利口なら折角の鴨を逃がす様な真似をするんじゃねぇ」
 中年ウエイターが彼等にそう声を掛ける。
「すみませんオーナー」
 エリートと呼ばれた若いウエイターが答える。
「……――カモ?」
 そう呟いてギロリとひと睨みするシャルギエルに、オーナーの中年ウエイターはサッと両手を上げておどける。
「おっと! 悪く思わんでくれ? 口は悪いが悪意はねぇよ。こちらも商売なんでな。一人でも多くの客が大切だから減らしたかねぇ。そうだろう?」
 そう言いつつ、丁度鳴り出した内線電話の受話器を取って受け答えると、二階にビーフジャーキーとバーボン二人分を持って行く様、エリートという若いウエイターに声を掛けた。
 それに応えて彼は、オーナーが用意したそれらが乗ったトレイを受け取ると、シャルギエルにニコリと笑顔を見せて言った。
「良かったら君も次回来た時の心の準備のつもりで、僕と一緒にチェックを兼ねて上覗いて見る?」
 するとすかさず、Rと呼ばれたアジア系の少年がふざける。
「おいおいよせよエリート! 今下手に刺激与えちまうと坊やの下のお子ちゃまが、耐え切れずに起立しちまって、それこそ優しく撫でてやんなきゃ気が納まんなくなっちまうだろ!? そん時ゃエリート、お前が責任持ってそうしてやれよ?」
 Rにそう(たしな)められてエリートは、それは勘弁とばかりに両手を上げて降参ポーズを見せると、改めてカウンターからトレイを手にして階段の方へと姿を消した。
「ご馳走様」
 Rの人を馬鹿にする態度に不愉快そうにシャルギエルは、不機嫌な声で言って紙幣を一枚カウンターにバンッと置くと同時に立ち上がった。
「多いぞ」
 少し気遣うオーナーの様子を察して、シャルギエルは配慮する。
「いい。貰っといてくれ」
「本当かい!? いやぁ最後はうちの馬鹿常連のガキが気分悪くしちまったみたいで、すまなかったな! 有り難うよ! また来な!」
 シャルギエルの一丁前な紳士的な態度に、気を良くしたオーナーは明るい声で見送った。
 そんな彼の声を背中で受け取ると、背を向けたまま軽く手を上げて見せるのを返事にして、彼は店を出た。
 
 季節の割には今日はやたらに外は寒かったが、少しだけブランデーが効いていて思いの他心地良い。
 シャルギエルは道路を横切り、近くのパーキングに置いていたバイクへと戻りながら、ポケットから取り出したキーを片手にチャラチャラ(もてあそ)ぶ。
 やがて辿り着くなりそのままの勢いでバイクに(またが)ると、キーを差し込んでエンジンを(うな)らせる。
 そして少しだけ思案を巡らすと、まだ体内に残るアルコールが勢い付かせたのか、以前からこちらも気になっていた場所……――貧民地区スラム街の方向へとバイクのハンドルを向けた。
 こうして何の苦労も知らない大金持ちのお坊ちゃまは、道楽からくる好奇心により人生苦労だらけの貧困人間の巣くつへと、元来た道とは逆方向にバイクを走らせるのだった。
 
 カジノのドアの隙間から、Rが顔を覗かせて見送っている事も知らずに……。
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