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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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「っ、ぉおお――ッ!!」

 霧の向こうに、叫びながら駆けてゆくメネル。

 普段、メネルは戦いの時にあまり声を上げない。
 喊声をあげれば力も出るし恐怖も打ち消せるけれど、それは森の戦士の戦い方ではないからだ。
 彼は無言で動いて無言で刺す。

 それを敢えて声をあげているのは、悲鳴の主に自分の存在を知らせ、同時に後から追う僕たちがメネルの位置を見失わないためだろう。
 声をしるべに残し、メネルはどんどん先行してゆく。

「漕いで、急いで!」

 悲鳴が聞こえたタイミングの関係で、《水上歩行》の呪文はメネル以外にかかっていない。
 妖精の加護の薄いこの場所で、多数に一度に術をかける余裕もなかったのだろう。
 既に逼迫した状況である以上、もっとも正確に状況を把握していたメネルが先行するのは当然のことだ。

 力を込めて櫂を回していくと、ぐんぐんと岸が近づいてくる。
 ぽつぽつとか細く頼りない植物の生えた、水辺との区別もつかない曖昧な泥湿地だ。

「櫂あげて! 泥にとられる!」

 声を上げ、櫂を引き上げる。
 皆、するべきことは分かっていた。即座に船から飛び降り、腿まで淀んだ水に浸かりながら船を岸に押し上げる。

「――っ!」

 すぐに武装をひっつかみ、続けざまに駆け出す。
 足がぬかるみに埋まる。それを無理やり蹴立てる。

 足場が悪い。いざ戦闘となれば、立ち回りがかなり制限されるかもしれない。
 まずいな、と考えつつ、全員で一丸となって進んでいると――

「うぉ、ら――!」

 肉と骨を断つ、鈍い音がした。
 霧の向こう。メネルが長剣で、沼地の中から襲い掛かってくる目のない大蛇の首を刎ねていた。鮮やかな太刀筋だ。
 くるくると、大蛇の頭が回転し、泥地に落下する。

 傍らには、誰か見知らぬ人影が倒れこんでいる。
 編まれていたのがほどけたのか、ほつれて広がる金の長い髪。笹穂のような長い耳。
 エルフ族。――生存者!?

「メネル、その人は無事……」
「まだだ!」

 メネルの短い叫び。
 次の瞬間、メネルの左右の泥地から跳ね上がる無眼の大蛇。メネルは束ねられた銀の髪を踊らせ、二匹の噛みつきを躱す。
 その動作と連動させて、一匹に向けて剣を振るうけれど、メネルの刃は蛇の胴を寸断しきれなかった。
 蛇の胴に刃が食い込み――次の瞬間、驚くべきことが起こった。
 首をはねられたはずの最初の蛇が、メネルの足に絡みつこうと迫ってきたのだ。首なしのまま。

「ちっ!」

 メネルはやむなく剣を手放し、絡みつこうとする首なし蛇を蹴飛ばすと、大きく跳躍して距離を取る。
 《つばさの靴(ウィングブーツ)》を履く彼の動作は、泥地にあってなお軽やかだ。

「お前ら、備えろ――!」

 そのまま泥地に倒れた金髪のエルフを助け起こすと、メネルはこちらに後退してくる。
 追いすがる蛇たちの動きに――ようやく、全容が見えてきた。


 蛇たち(・・・)では無かった。


 泥地の中。
 いくつもの眼球のない蛇の首、男の胴ほどにも太いそれらは、更に巨大な蛇の胴体に繋がっていた。
 黄ばんだ歯を剥き出しに、盛んに紅い舌を出し入れしながら、多頭の大蛇は僕たちを威嚇する。

「これは!?」
「沼地の王者……」
多頭蛇(ヒュドラ)か」

 皆が相手を把握し、その異形の巨体に警戒を露わにする。
 と、メネルに切られた首がぶくぶくと泡立ち、新しい首がゆっくりと生えてこようとしていた。

「《火炎の矢(サギタ・フラメウム)》っ!」

 咄嗟に《ことば》を放った。
 《ことば》によって創造され、マナより生じた火炎の矢は、狙いを過たずに再生しようとする首に着弾する。
 炸裂音。ヒュドラは苦しげに身をよじると――辺りをびりびりと震えさせる、強烈な咆哮をあげた。

「うぉ……っ!」
「っ!」

 耳の良いエルフ系の二人が耳をおさえた。
 それを気にするゆとりもなく、僕は視線を走らせ、首を観察する。
 焼かれ、焦げた組織は再生を止めていた。

「火炎有効! ルゥ、ゲルレイズさん、レイストフさん! 前衛を!」

 怒り狂うヒュドラが迫る。
 皆が武器を抜き放ち、盾を構えて前進した。

「メネル、その人を連れて後退!」
「おう!」

 メネルがそのまま、前衛と入れ違いに下がる。
 僕は前衛に出るわけにはいかない。
 前後左右に広がる蛇の首を見渡し、落とされた端から再生を阻害するとなると、見通しの良い後方からでなければならない。
 だから、

「……僕は後衛、か」

 ずっとワーッと叫んで前に出る方だったし、そうすれば解決できていた。
 こんな位置から戦うなんてめったに無いことだ。感慨にふけるような時ではないけれど、意外な新鮮さがある。

「落とし次第、焼いてゆきます! 前は任せました!」
「はいっ!」
「はっ」
「任せろ」

 口々に声が返る。そうして、戦闘が始まった。




 ◆



 鋭く、しかし凄まじい力を秘めた剣閃がヒュドラの首を落とす。
 レイストフさんの斬撃だ。

 胴ほどもあり、しかも動きまわる肉と骨の塊を切断する。尋常の鍛え込みと技量で実現できることではない。
 現に結構な技量に達しているはずのメネルですら一度失敗して、剣をもっていかれた。

 しかし、彼は当然のように一つ、二つと首を落としてゆく。
 僕はそれに合わせるように、《火炎の矢》を放ち続けた。
 しばらく前線に出ていなかったから大丈夫かと思っていたけれど、技の冴えに衰えはないようだ。
 更に――

「ふッ!」

 鋭い気合の声とともに、剣の届かない高所で鎌首をもたげたヒュドラの首が、ばっくりと縦に裂けた。
 ガスが、新たにレイストフさんの愛剣に刻んだ《しるし》の効果だ。

 効果からして恐らく、《刃の延長(エクステンション)》と《鋭利(シャープネス)》を基礎にした、独自の《しるし》だろう。
 マナによって瞬間的に形成された鋭い刃が、剣の間合いのその先まで切り裂いているのだと、僕の魔法使いとしての感覚が告げていた。

 ガスはやはり目の付け所がいい。あれはレイストフさんにとっては相性のいい改良だ。
 使用者のレベルが高い次元でまとまっている以上、下手に持ち主の力を増すとかするより、単純に『遠くに届く鋭い剣』のほうがいい。
 剣の外見から間合いが推し量れなくなって、ますます初見殺しの度合いが上がっている。

「《火炎の矢(サギタ・フラメウム)》っ!」

 落ちた首に対して、すぐさま火の矢を追加する。
 今回の戦闘は、特段の状況変化がないかぎりはこれ一本でいくつもりだ。

 いろいろな《ことば》を敵の細かな状況に合わせて使用するほうが、一見して賢いやり方で、いい後衛にみえるかもしれない。
 けれど実際には、わざわざ「見て、考えて、判断して、使用する」なんて4つもステップを踏むとモタモタしてしまうし、下手にあれこれ考えていると舌をもつれさせてしまう可能性もある。
 それよりも、そこそこ効果のある短い魔法を一つ、「見て、使用する」の2つのステップで連打した方がいい。前衛だって、後ろから何が飛んで来るのか分かっていたほうが安心だろう。
 ――何事もシンプルで愚直なほうが、破綻がなくて良いのだ。

 連続して《火炎の矢》を放つ。
 右手ではガス仕込みの二重投射(ダブルキャスト)で《しるし》を描き、魔法を誘導して前衛に誤射をしないようにフォローする。
 同じ言葉、同じ文字。ルーチンワークで連打するから遅滞も戸惑いもない。むしろ繰り返すほど速度は上がる。

 連続で着弾。
 ヒュドラの残る首たちが、憤怒の叫喚をあげた。
 端の首が、まるでムチのように横薙ぎに前衛三人を薙ぎ払おうとする。

「ぬぉおおッ!」

 それに対して、大盾を構えたのがゲルレイズさんだ。
 ドワーフ特有の低く、しかしガッシリとした樽のような体で、斜めに盾を構える。ちょうど横から見れば、人の字を描く形だ。
 ヒュドラの固く鋭い鱗が、がりがりと金属の大盾の上に火花を散らしながら滑ってゆく。
 受け止めるのではない、斜め上に受け流す動き。他の二人がゲルレイズさんの影に身を伏せ、ヒュドラの薙ぎ払いは空を切る。

「おおおおッッ!!」

 空いた胴体に、メイスの強烈な一撃が入った。
 ヒュドラは再生力が強いけれど、内臓に強烈な衝撃が入ってはたまらない。
 怯むように身を捩り、いくつかの首で抵抗を試みるけれど、ゲルレイズさんは、地面に根を張ったかのように動かない。
 ドワーフ特有の体格に加え、あの《つるぎ砕き》の防具一式に、持ち場を堅守するための何らかの魔法の作用があるのだろう。

「今ですぞ、若ッ!」
「ああ!」

 そしてゲルレイズさんに注意が逸れたところにルゥが突っ込んだ。
 《金剛力》のハルバードを後ろに構え、斜め下から掬い上げるように叩き込む。

「……うわ」

 骨と肉が砕け飛び散る、ものすごい音がした。
 斬るとかそういうんじゃなくて、爆ぜるという表現が正しいような、炸裂じみた結果。
 ヒュドラの首の一本が、半ばちぎれて派手にのけぞり――

「はあああッ!」

 長い柄を手繰り寄せ、切り返してもう一撃。今度こそ首が千切れ飛ぶ。
 レイストフさんの鮮やかな切り口とは違う、なんだか巨人が力任せに引きちぎったかのような無残な断面。
 これはこれで恐ろしいなと思いつつ、僕は更に炎の矢を放った。

「あー、こりゃ俺はもう出番ねぇな……」

 矢ぁ無駄にしたくねぇし、いいか、とメネルが後ろでぼやいた。
 戦いの趨勢は、既に定まっていた。



 ◆



 ゲルレイズさんがヒュドラの攻撃からルゥを守りつつ、堅実な打撃で負担を重ね弱らせる。
 ルゥはゲルレイズさんに上手く庇われる位置取りで大振りの余裕を確保し、ヒュドラの首を弾けさせる。
 そしてその合間合間から、神出鬼没にレイストフさんの鮮やかな剣閃。間合いの出入りが、ちょっと参考にしたいくらい上手い。
 ……そんなわけで僕の仕事はといえば、彼らを見ながら誘導をかけた《火炎の矢》を連射することくらいだった。

「おい、しっかりしろよ」
「う……」

 メネルはといえば、どうやら傷を負ったらしいエルフさんを励ましつつ、辺りの警戒につとめていた。
 楽をしているように見えるけれど、あえて手を出さずに見張りに徹するというのは、これはこれで必要なことだ。

 あまり多数がかかっても、誤射や同士討ちの危険が増える。
 それに頼れる見張りがいるというのは安心要素だ。さらなる敵の乱入を気にせず、目の前の戦いに集中できる。

 流石にヒュドラの戦いに割って入るような存在がいないとは思いたいけれど、ここは人類未踏の暗黒領域。
 何が潜んでいるのか分かったものではないのだ。

「《火炎の矢(サギタ・フラメウム)》っ!」

 そうしてひたすら前衛3人はヒュドラに痛撃を与え続け、そのたび僕は平押しに《火炎の矢》を叩き込み――
 ヒュドラがすべての首を断たれ、断末魔の叫びすらなく沼地に沈んだのは、それからすぐのことだった。

「っ、やった……?」
「油断めさるな。ヒュドラの毒は、並の奇跡では解毒もできぬ猛毒ゆえ」
「そうだな。この手のくちなわの類は、すべて首を断っても暴れることがある」
「そ、そうなのですか?」
「ああ。仕留めた後の悪あがきで、毒など食ってもつまらんぞ」

 前衛3人が油断がないのを確認し、僕は視線を後ろに巡らせる。

「メネル」
「ウィル、すぐに頼むっ。噛まれてやがる!」
「!」

 慌てて僕は、泥を蹴立てて駆け寄った。
 メネルの腕に抱え込まれているエルフさんを確認する。

 ほつれて泥に汚れた金色の髪に、ぼんやりと焦点の合わないすみれ色の瞳。
 泥だらけの無骨な旅装を身にまとっているけれど、整った鼻梁といい、すらりとした顎のラインといい、いかにもエルフらしい佳麗な女性だ。
 平時に出会えば、見とれるくらいはしたかもしれない。

「う、あ……」

 今みたいに、猛毒を食らって涎をこぼして痙攣気味でなければ!

「しっかりっ」

 そりゃあメネルが腕の中から離さないし、参戦もしないわけだよ!
 納得しながら大慌てで解毒の奇跡を祈ろうとするけれど、

「っ……む、り……よ……」

 エルフさんが、震える手を伸ばして、僕を止めようとする。

「ヒュドラ……もう、どく……」
「む……」

 まずい。《解毒の奇跡》にかぎらず、《いやし》の力を持つ祈りは、拒絶されると効果が発揮されないことがある。
 善なる神さまたちが、望まぬ延命や拷問への治癒の使用を望まないためだ。

 ……もう喋るのもきついだろうに、無駄な治療を拒否して死のうとするあたり、本当にエルフというのは気高い。
 なんと説得しようか、と思ったところで、

「もう喋るな」

 メネルがエルフさんの手をつかんで、下ろさせた。

「いや……きたへ……なかま、の……さと……」
「あー……ったく! いいから素直に治療受けろ、同胞!」
「どう、ほう……?」

 エルフさんは、焦点のぶれ始めた目を見開いて、メネルを見た。
 まっすぐな翡翠色の瞳を。

「コイツは並の神官じゃねぇ。森の朋よ、アンタは助かる。
 だから、奇跡を受け入れろ」
「ぁ……」

 有無を言わさぬ口調で、メネルは言った。
 手を掴みながら。

「祈れ」

 その言葉に。
 もう意識も曖昧になったエルフさんが、かすかに頷くのを、確かに見た。

 だから僕は、神さまに祈りを捧げた。
 ――神さま、どうかこの誇り高きエルフに、癒やしを。
 祈りは奇跡となり、奇跡は淡い光となって彼女の身に注ぐ。

 意識を失ったエルフの女性が、ゆっくりと正常な呼吸を取り戻し始めたのは、それからすぐのことだった。


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