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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 秋も深まり、じわじわと寒さの増す季節。
 薄曇りの空の下、ゆらゆらと波打つ湖の上を滑るように、追い風を受けて船はゆく。
 北側に、雲を受ける雄大な山脈が見えた。《鉄錆山脈》だ。

「この、西の支流に入ればいいんだな?」
「地図通りなら。地形変動の様子があったらいったん引き返そう」

 舳先の方から振り向くメネルに頷きかけると、彼は再び妖精への呼びかけを再開した。
 僕たちは今、《鉄錆山脈》の西側へと回りこむため、船で湖を帆走しているところだ。

 妖精たちに呼びかけては風を呼ぶメネルの操船は、とても慣れたものだ。
 風を読み取り操ることのできる妖精使いや魔法使いは、船の行き交う水辺では常に需要があり、食べるものと寝る場所には困らない。
 メネルも、恐らくそういう仕事で食いつないだ経験があるのだろう。

「この縄を、こうだ」
「はいっ」

 一方、船尾のほうでは、レイストフさんがルゥに操帆やロープワークを教えている。
 レイストフさんは冒険者としての経験が長いうえに記憶力も良く、余技が多いタイプだ。こういう旅ではメネルと並んで、何かと頼りになる。
 ルゥはその辺りの経験はないけれど、僕やメネルとの鍛錬やこの旅で、荒削りながら急速に冒険者としての資質を整えつつあった。

「さて、ここからですが……ゲルレイズさんも、どうなっているかは予想がつきませんか」
「…………」

 向こう傷の寡黙なドワーフに語りかけると、頷きが返る。

「あの《大破局》以降のことは、皆目」

 ガスたちも、町に縛られていたため、行動範囲外については何もわからない。
 ここから先は完全に、地図にも記されていないし人も踏み入ったことのない未踏の領域だ。

「ただ」

 ゲルレイズさんは静かに語る。

「大破局以前、《くろがねの国》の西側にはエルフの森が。名を、ロスドールと」
「ロスドール……《花の国》、ですか」
「エルフ語がお分かりか」
「ガスに仕込まれましたので、一通りは」

 巨人語の時のように、あまりマイナーな言語はガスも知らないのでムラはあるけれど、それでも使える言語は多いほうだ。
 エルフ語なんかは特に、話者たちの寿命が長いせいで語形変化が少ない。
 ガスの知っていた二百年前のエルフ語から、大きな変化が少ないので、ことに得意な部類だ。

「《花の国(ロスドール)》……聞いたことがあるな」

 舳先から、森の生い茂る岸辺を見渡していたメネルが言う。

「穴蔵ぐらしのドワーフの、くろがねの国くぐりぬけ
 かがやく虹の橋わたり、たどり着けるは花の国(ロスドール)
 銀の竪琴、金の笛、奏で歌うはすばるの枝(レムミラス)――」

 エルフ語でつぶやかれる、華やかな歌。

「それは」
「……故郷に伝わる旅の歌だ」
「懐かしい歌じゃ。そうさな、その通り」

 木々は白亜の家々に花を散らし、川のせせらぎとエルフの楽の音が調和する、虹の橋の果ての彩りの園であった。
 ゲルレイズさんがつぶやいた。

「《花の国(ロスドール)》のエルフらと、《くろがねの国》はあまり良い仲ではなかったが」
「あー……伐採量とかか?」
「よく知っておるな」
「いや、知ってたわけじゃねぇ。ウチの故郷でも似たような問題があったからな」

 ドワーフとエルフの間でよくある揉め事だとメネルは言う。
 森に生きるエルフは狩猟と採集と林間の農事で生計を立て、精霊と調和し数多の恵みを得る。
 山に生きるドワーフは樹木を伐採し火を以って木炭を造り、鉄を精錬して数多の道具を作る。
 エルフは光差す森の広場や樹上を好み、ドワーフは深い洞窟や暗闇を好む。

「……生活様式と文化が違いすぎて、基本的に揉めるんだよなぁ」
「うむ……」

 ハーフエルフとドワーフとしては、色々と思うところのある問題なのだろう。

「メネルドール殿の言の通り、時には激しい競り合いもあった。憎みあったこともな。互いを罵る言葉など、数え上げればきりがない。
 ……であるが、やはり、隣人であった。
 エルフの森より産する穀物や皮革、塩を買い入れ、われらはミスリルや鉄の道具や細工を売った」

 船は湖から、広い支流に入る。
 左右には深い森。
 ゆっくりと川の流れに沿って、下ってゆく。

すばるの枝(レムミラス)の連中は、歌と妖精のわざに優れ、気難しく、そして誇り高い連中じゃった」

 われらと同じにな、とゲルレイズさんは呟く。
 彼はいつになく饒舌だった。

「……我らは彼らに敬意を抱いておったし、彼らにおいてもそうであろう」

 僕は二百年前に思いを馳せた。
 ブラッドやマリーが生きた時代の、エルフやドワーフの物語に。
 そして……

「彼らは、《大破局》では」
「森に篭って頑強な抵抗を行ったことまでは、知っておる。
 彼らはけして、諦めてはおらなんだ。
 ……そうして悪魔たちの攻勢が本格化し、《西の門》は閉ざされ、《虹の橋》は封じられた」

 あるいは、といつになく饒舌なゲルレイズさんはつぶやいた。

「あるいは生き残っておるかもしれん」

 それは、祈るような言葉だった。

「エルフたちの寿命は長い。あるいは――」

 そんなゲルレイズさんの言葉が、途切れた。
 僕たちはゲルレイズさんの視線を追い、そしてやはり無言になった。

「…………」

 ゲルレイズさんの口から、呻きが漏れた。
 木々は白亜の家々に花を散らし、川のせせらぎとエルフの楽の音が調和する、虹の橋の果ての彩りの園は、そこにはなかった。
 ――船の向かう先、水は黒く淀み、濁り、無残に立ち枯れした木々が並んでいた。



 ◆



 しばらく、誰も何も言わなかった。

「誰か……誰か、おらぬか……」

 ゲルレイズさんの口から、かぼそい言葉が漏れた。
 それから彼は、何かを叫ぼうとするかのように口を開き、そして閉じ――ゆっくりと息をついた。

「未練ですな」

 何かを振り切ろうとする声だった。

「ゲルレイズ……」

 ルゥが気遣わしげに声をかける。

「若君。お気遣いなく」

 ゲルレイズさんが首を振る。

「…………二百年の間に、流れが変わっているな」

 レイストフさんが、話題を変えるようにそう言った。
 立ち枯れした巨木たち、かつては森だったそこを川が流れている。

「つーか……」

 メネルは、顔をしかめていた。

「見覚えあるぜ、この光景」

 言われて僕も気づいた。
 枯れた木々。淀む水。

「――《忌み言葉(タブー・ワード)》」
「ああ」

 忌々しげにメネルが言う。

「《枝》の名を冠するエルフの血族が、土着の森に篭ったら、数が優勢だろうが装備が強かろうが、どうにもならねぇよ。
 惑わされて分断、包囲、各個撃破の繰り返しだ」

 森のなかでエルフとの喧嘩を避けろとは、ブラッドも言っていたことだ。
 だからこそ、

「《忌み言葉》を持ちだして、高位の《ことば》の使い手を集めて儀式して。
 ――森全体を腐れ果てさせやがったな、道義も弁えねぇクソ悪魔どもが」
「…………」

 よく、人は「何でもありで戦う人や集団」は強いと考える。
 あるいは「何でもやる覚悟で戦うなら、勝てない相手はほとんどいない」などと主張する人もいる。
 けれど、それは一面で正しく、一面で間違っている。
 なんでもありで戦うことは、短期的にはとても強いけれど、長期的には弱い。

 一度、禁じ手を使えば相手側も禁を解いて、我武者羅にやり返してくる。
 目的のためなら道義も信義も無視する相手だと認識されてしまえば、周りと同盟を結ぶことすらできない。
 むしろ、周囲が連帯する格好の口実になってしまう。
 だから長期的には、そんな手を繰り返していては滅びを招く。
 ――使いどころを弁えない「何でもあり」は、脆弱なのだ。

 悪神の眷属といっても、暴虐を司るイルトリートの眷属のうち、指導層にある高位の妖鬼や、不死神スタグネイトの眷属である高位の不死者が相手なら、この辺りの理屈は通じるし一定の道義もある。
 なんだかんだ、同じ世界に生きるものだからだ。

 ただ、次元神ディアリグマの眷属たる奈落のデーモンたちには、この理屈は通じない。
 そもそも精神構造が違うのか、こういうことを理解もできないらしい。
 ただただ、侵食と制圧を目的にする異界の怪物たち。

「――……」

 立ち枯れたエルフの森を見て思う。
 これは、駄目だ。
 こんなことを平然と行う存在を、これ以上、跳梁させておいてはいけない。

「――滅さないと」
「お、なんだ、やる気だな」
「そういうメネルも、戦意が湧いたって顔してるよ」
「そうだな、生かしちゃいけねぇ」

 メネルは獰猛な獣のように笑う。
 その笑みに応じるように、ルゥは拳を握り、レイストフさんやゲルレイズさんも少しだけ唇の端をつり上げた。

「ただ、それより先に――」
「ああ」

 僕がそう言うと、メネルが応じ、レイストフさんとゲルレイズさんも頷いた。

「?」

 ルゥが首をかしげ、あたりを見回す。
 船は淀んだ水の上、立ち枯れた木々の間を進んでいる。
 一見して異常はないように見えるけれど、僕は《おぼろ月(ペイルムーン)》を手に取り――

「そこ」

 水面に向かって突き出した。
 同時に水面が破裂するように膨れ上がる。
 ――飛び出してきた巨大な蛇の頭部を、きらめく穂先が貫いた。



 ◆



大水蛇(サーペント)!?」
「ボケっとしてるな、まだ来るぞ!」

 驚くルゥにメネルが叫ぶと同時、左舷側の水面から更に大蛇が飛び出し、ほぼ同時にレイストフさんの剣が迅雷のように走った。
 が、派手に水面が波打ち、船が揺れる。
 さしもの《つらぬきのレイストフ》の一撃も僅かに的を外し、急所を貫くには至らず――

「ふんッッ!」

 ゲルレイズさんのメイスの一撃が、大蛇の骨を砕いた。

「……やべぇな」

 メネルが辺りを見回し呟いた。
 ルゥが何かと言うように追って視線を巡らせ――

「ひッ」

 と息を呑んだのが見える。
 辺りの濁った水面には、ゆらゆらと、何匹もの――いや、十数匹もの太く長い影が集ってきていた。

「メネル! 全速!」
「分かってる!」

 指示を出すや否や、メネルが妖精に呼びかけ強烈な追い風と水流を巻き起こし船を動かそうとする。
 けれど――

「くそ、反応が悪ぃ! 妖精が弱ってやがる!」

 土地全体が、《忌み言葉》によって呪われた結果だろう。
 どうやら妖精たちの反応が鈍いらしい。
 このままでは《水上歩行》や《水中呼吸》などの水中活動用の呪文も効きが悪い可能性がある。
 ――船を沈められるか、落とされたら危ない。

「引き続き呪文に集中! レイストフさんとゲルレイズさんは左舷! ルゥはメネルをフォローして!」

 叫びながら僕は《おぼろ月》を突き出し、右舷側から飛び出してきたもう一匹の水蛇の横っ面を斬り払う。
 この状況は少しまずい。
 水蛇の血に引かれて、更に水蛇や、他の水棲の怪物が集まってくる可能性もある。

 迷っていられる時間もない。リスクはあるけれど、攻撃型の《ことば》に頼ろう。
 強烈な衝撃波を水中で炸裂させて、爆破漁の要領で一網打尽にするのだ。
 そう決断し、手札の中から短く強力な攻撃型の《ことば》を選択し……

「《衝撃炸れ(エールプティ)――」

 その瞬間、船ががくりと、強烈に揺れた。
 《ことば》が乱れる。

「――!!」

 まずい、と暴発しそうになる《ことば》に対し、必死に制御を行い――
 飛び出してきた、ひときわ大きな水蛇に、横腹に食らいつかれた。

「ぐっ!?」

 揺れ動く船に、ふわりと足が泳いだ。
 踏ん張りがきかない。
 そのまま引きずり込まれる。
 濁った水面が近づく。

「ウィル――!?」

 どぼん、と水音がして。
 僕は淀んだ水中に引きずり込まれた。
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