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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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24

 そうして僕たちは装備を整えて、その晩は死者の町に一泊することになった。
 なお、この町には食品のたぐいは当然ない。
 マリーがやっていたように、僕も神さまから聖餐を授かれるけれど、基本的にあれは体を維持する最低限だ。

 メネルは呆れた顔で「お前、こんな場所で10年以上もよく生きてたな」と言いながら、試し射ちを兼ねて、森に食料調達に入っていった。
 多分、暗くなる前には何か狩って帰ってくるだろう。
 メネルの各種の技術は、ここ3年で長足の進歩を遂げている。
 獲物をつけ狙う狼の背中を、背後から撫でて驚かせるという『悪戯』ができるのだから、本当に凄い。あれは僕も真似できない。

 レイストフさんとゲルレイズさんも同じく食料調達のために、湖に釣りに行った。
 あの二人は会って日が経っていないのだけれど、なんだか硬派な戦士同士、通じ合うものがあるようだ。
 多分なにか会話しているか、あるいは何も言わずに釣り糸を垂れているのだろうと思う。

 恐らく明日以降は、食料の調達も満足にはできない状況が何度も発生するだろう。
 完全に未踏の暗黒領域を旅するのだ。険しく困難な道行きになる。
 今、皆の装備に《しるし》を刻むために部屋に篭ったガスが守るこの場所が、最後の安息の地になるかもしれないと、皆わかっていた。

「はー……終わった終わった」

 そういうわけで、いま、僕は彼らの帰りを待ちつつ、ルゥとともに調理場を掃除し終えたところだった。
 この三年、暑さ寒さの感覚も、食欲や睡眠欲も存在しないガスだけだったので、調理場はすっかり埃っぽくなっていたのだ。
 口元に布を巻いて、慣れた調子でぱたぱたと掃除を終えた。
 マリーの手伝いで、掃除なんかもよくやったものだ。広い神殿なので、けっこう掃除するべき箇所は多かった。

「私に任せてくださっても良かったですが……」

 ルゥは少しばかり複雑な顔だ。
 なんというか、主君たる『聖騎士さま』が家事をするという行為が意外だったようだ。

「一緒にやったほうが早いよ。第一、ルゥだって王族さまじゃないか」
「名ばかりですよ」

 ルゥは片手を軽く上げ、手首から先をくるりと回す。
 ドワーフの、軽い否定のしぐさだ。

「氏族の皆には大切にされていましたが、それでも貧しかったですから。
 修繕の仕事をしたり、細工ものなども沢山造ってきましたし……いっそ、どうして単なる細工屋の倅として生まれなかったものかと」
「そうして細工屋の倅に生まれたら、こう想像するんだ」

 僕は大真面目な口ぶりで、大仰に言う。

「実は私は滅びた国の末裔たる王子で、王国復興の使命があるのでは……」

 ルゥは声を上げて笑った。

「実際には、そう良いものでもありませんよと、その自分に言ってあげたいですね、まったく!」
「そうだね、まったくだ」

 竜退治なんて、実際にやるとなるとぞっとしない。

「……それでも、君はやるんだね」
「ええ、やります」

 ルゥの瞳は澄んでいた。
 相変わらず、大人しそうな容姿だけれど、そこに卑屈な影は、もう無い。



 ◆



「皆、本当は故郷が恋しいんです。故郷に帰りたいし、故郷を取り戻したい――
 でも、色々なことがありすぎて、もう素直にそれを望むことさえできなくなってしまった。
 ……私は、多分、それを誰より知っています」

 これまで出会った、多くのドワーフさんたちの表情を思い出す。
 そして、故郷に帰った自分の喜びを。

「だからこそ、私は行きたいんです。故郷を取り戻せるのだと、取り戻そうとして良いのだと、皆に示したい。
 そうして私が命をかけることで、皆の心に炎が灯せるなら……それは、とても素晴らしいことだと思うから」

 僕は、その言葉に静かに頷いた。
 芯からこう言える彼は、優しくて、勇気がある。
 ――案外、こういう人こそ、王の器なのかもしれないな、と思った。

「でも、それにウィル殿を巻き込んでしまったようで……」
「違うよ」

 申し訳無さそうに言うルゥの言葉を、即座に否定する。それは違う。

「僕も、戦わなきゃいけないことは分かってたんだ。
 ……ここで何もかも見捨てて保身に走るようなら、僕は両親にも、ガスにも顔向けできない」

 だって3人は挑んだのだ。
 狂ったような強さを誇る《上王》に。僅かな勝ち目に賭けて。

「そして、神さまにも申し訳が立たない」

 グレイスフィールさまは、後悔を抱えた僕の魂を哀れんで、もう一度だけの機会をくれた。
 それなのに、もしまた、いずれくる破滅を知りながら、リスクを避けて踏み出すことを恐れて、縮こまって。
 そうしているうちに、どこにも踏み出せなくなって、そして終わることを、繰り返してしまったら。
 ――僕はどんな顔をして、神さまに会えば良いのだろう。

「僕は、いつかしたいことがあるんだ」
「したいこと、ですか」
「うん」

 名誉はいらない。財産もいらない。なんだったら、幸福だって投げ捨てたっていい。
 ただ。

「胸を張りたいんだ」

 いつか――

「いつか、灯火の神さまのみもとに帰るときにね。
 ちょっとだけ格好をつけて、胸を張ってさ」

 あの無表情な神さまに。
 何一つ気後れすることなく、堂々とした態度で――

「きちんと生き切ることができました、あなたのおかげです、って」

 真っ向から、お礼を言いたいのだ。

「…………」

 ルゥはその言葉を、静かに聞いていた。

「だから、竜からは逃げない。戦う。
 ――そう決められたのは、君のおかげだ」

 あの、ルゥの決意と叫びがなければ、どうなっていただろう。

「ありがとう」

 そうお礼を言うと、ルゥは微笑んだ。

「私こそ、ありがとうございます。
 私を従士にして下さり、自信と勇気を下さったのは、貴方です。
 ――頂いた短剣にかけて、どのような結果になろうと、後悔は致しません」

 僕も、少しばかり照れくさく思いながら頷いた。
 ここからの戦いでは、誰かを守ったり、気遣ったりして戦うことができる状況ばかりではないだろう。
 覚悟ができているなら、それでいい。

「うん。背中は預ける、よろしく頼むよ」
「はいっ!」

 改めて握手を交わす。
 と、窓の外から遠く呼び声がした。

 どうやらメネルが帰ってきたようだ。
 窓に駆け寄って、覗き込んだルゥが、うわ、と声を上げた。

「鹿です鹿!」
「鹿!?」

 短時間でなんてものを仕留めてるんだ。

「解体準備、急いで整えよう!」
「はいっ!」

 一気に慌ただしくなった。



 ◆



 炙った鹿の腿肉から滴った脂が、火に落ちて、じゅぅ、と音を立てた。
 香ばしい匂いが立ち上る。
 付け合わせの山菜は洗って切って、すでに鍋で軽く炒めてあった。

「わぁ……」

 と、ルゥが目を輝かせる。
 メネルは少しばかり得意げだ。
 そしてレイストフさんとゲルレイズさんは、ちょっと沈黙していた。

「ハハッ、気にすんなよ」

 メネルが冗談めかして厭味ったらしく、二人の肩をぽんぽんと叩いた。
 二人は同時に、むすっとした様子でメネルの手を振り払い、それを見てガスが大笑いした。
 ……二人の釣果はゼロだった。

「たまたまだ」
「うむ」

 そう言う割にふたりとも不機嫌そうである。
 ちなみにゲルレイズさんについては知らないけれど、レイストフさんの趣味は釣りだ。
 暇な時は糸を垂らしている姿を見るけれど、釣果のおすそ分けを貰ったことはほとんどないので、まぁ腕前はお察しだ。

「まぁ、強い戦士でも釣りが得意だとは……」
「たまたまだ」
「…………」
「たまたまだ、いいな」
「アッ、ハイ、ソウデスネ」

 僕は棒読みでそう答えた。
 そういうことにしておきましょう。
 でも、よく空の魚籠に季節の花をいくらか挿してアンナさんの所に持ち帰っているのは、なかなか風流で素敵だと思います。
 だから釣果ゼロでも、それはそれで良いと思うのだけれど、本人的には上達したいんだろうなぁ……

「よし、そろそろいけるぜ」

 この手の丸焼きにした肉は、炙っては焼けたところをナイフでそぎ落として食べる。
 聖餐パンがあるから、今晩は削ぎ落とした炙り鹿肉と炒めた山菜を挟んだサンドイッチもどきだ。
 余った肉は明日以降に備えて、燻製器にかけてある。

「それじゃあ、食べようか」

 いつもどおり、善なる神々に祈りを捧げて、食事を始める。

「しかしメネルドール殿、この鹿はどこでどうやって?」
「それが気配殺して獣道歩いてたら、出会い頭にな」
「出会い頭ですか!?」
「おう。もう何も考えずに反射で射ったら、当たりがよくてなぁ……」
「それは運が良かったのう……」
「精霊神の御恵みですね」
「俺たちは運が悪かったな」
「うむ」
「いい加減、釣りは下手だって認めちまったら?」
「…………」
「認めちまったら楽になるぜ?」
「た、たまたまだ」
「往生際わりぃなぁ!」
「アハハ……」

 削ぎ落とした鹿肉と炒めた山菜をたっぷり入れたパンに、岩塩をナイフで削り入れて、かぶりつく。
 熱々の肉汁が溢れて、とても美味しくて。賑やかで、楽しくて。

 ……なんだか、ブラッドやマリーがいた頃を思い出して。
 少しだけ、どうしようもない懐かしさに、胸がきゅっと締め付けられた。

 食事が終わり、皆が部屋に戻った後。
 僕は一人、ふらりと外に出た。
 星空の下で、マリーとブラッドのお墓を前に、心のなかで色々なことを語った。

 ――帰ってきました。
 ――二人がいないのは不安だけど、なんとかやっています。
 ――友達も、仲間も、できました。

 これまでのこと。
 出会ったもの。
 得てきたもの。
 色々と報告した。
 そして……

 ――二人の最期のことば、覚えてるから。
 ――きっと、果たし続けるから。
 ――だから、行ってきます。

 そう心で告げて、振り返ると、ガスが居た。
 ガスはふわふわと宙に佇みながら、しばらく言葉を選ぶように、迷い――

「ついて行って、手助けしてやれればと、どれほど思うことか。
 ワシは、肝心な時に力になってやれんで……」

 そう言われて、僕は首を左右に振った。

「そう言ってくれるだけで、十分だよ。
 ガスは待っててよ。ブラッドや、マリーと一緒に」
「……うむ。待っておるぞ」
「うん」
「次は嫁っ子を連れてくるんじゃぞ」
「う、うるさいよ!」

 そうして僕の、短い帰省は終わりを告げた。
 ……竜を討つ旅が、始まる。
 
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