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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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「いらんって……かなりの武具ばかりだぜ?」
「どれほどの性能だろうと、使い慣れない武器には信が置けん」

 驚いたメネルの言葉に、レイストフさんが端的に答えた。
 成程、とガスとゲルレイズさんが頷く。

「そういうもんかね」

 と、メネルは訝しげだ。

「あの……」

 と、ルゥが首を傾げたので、僕は口を開いた。

「この辺は、流儀が分かれるとこだね。
 メネルは割とこう戦い方が無手勝流というか、あるものは何でも使う主義だから、武器に拘りを置かない。
 妖精の力も借りられるしね。足を使ってかき回して、中距離から遠距離を保って攻撃を繰り返せれば何でも良い」

 妖鬼たちのうろつく荒野を無装備で行くことになっても、メネルなら石でも拾いつつ妖精に声をかけて、上手くやるだろう。

「対してレイストフさんは近距離戦が専門だ。
 殺るか殺られるか、一瞬が明暗を分ける危険な距離での戦いが本分だと、どうしても拘りが出てくる。
 別にありものの武器でも戦えないわけじゃないけれど、今の自分の武器に特化しているんだ」

 武器を自分の体と動きに最適化し、何かあれば一瞬で抜き放てるようにして、その武器と一体化してゆく。
 改造された鞘も、拵えのしっかりした柄も、切りそろえられた爪も全てはそのためだ。

「だから、土壇場で慣れない武具には切り替えない。そういうことだよ」

 まとめると、レイストフさんは「そうだ」と頷いた。
 僕はそれなりに何でも使えるけれど、やっぱり考え方はレイストフさんに近いので、その気持ちはよくわかる。

「ありきたりでも、手に馴染んだ武具で戦いたい」

 たくさんの素晴らしい武具を前にそう言い切るレイストフさんに、ルゥは感嘆の吐息を漏らした。

「凄いものですね……」
「じゃが、レイストフとやら。相手が相手じゃぞ。本当に良いのか?」

 ガスが気遣わしげに問いかけた。

「構わん。俺の役目は露払いと心得ている。ただ――」
「ただ?」
「賢者ガス、貴方の《しるし》の腕を借りたい」
「ほう」
「今の武具や防具の使用感を損なわない程度に、《ことば》を刻んでくれ。
 その程度の変化なら、数日で習熟できるはずだ」
「なるほどのう。……よし、ちいと貸せい」

 ガスがレイストフさんの剣や、革の防具を念動力で受け取ると、あっさりと分解して、様々な角度からじっくりと眺める。

「ふむ。……無銘じゃが、北派のものか」
「ああ」

 北派。北のグラスランド大陸は遥か向こうの《氷の山脈》の麓、凍てつく風の流れる峡谷で、鋼を鍛え続ける尚武の民たちの鍛冶流派だ。
 南下してくる悪神の眷属と戦い続ける彼らの剣は、氷のように冴え冴えとした刃と、実用本位の剛健な造りを旨とする。

「ブラッドは南方風の身幅の広い剣を好んだでな、北の剣は久々じゃ。
 ……ふむ、良い剣じゃな。丁寧に使い込まれておる。多少研ぎ減りもあるが……」

 剣というのは、無限に使えるわけではない。
 本格的に研げば、小さな指輪一つくらいに相当する量の鋼がすり減るし、繰り返せばいずれ痩せて曲がるか折れる。
 けれど、

「いずれは『無銘の剣』ではなく、『レイストフの剣』として歌い継がれよう」

 時として、剣の名前はもっと長く残る。
 ブラッドや、マリー。それにテルペリオン。いにしえの英雄たちがそうであるように。

「そうだな」

 レイストフさんは頷いた。

「そうなれば良い」



 ◆



 それから更に、ルゥとゲルレイズさんの武器や防具もいくらか新調した。

「ふむ……」

 ゲルレイズさんが選んだのは、金属製の防具と大きな盾。それに片手持ちの古風な戦槌(メイス)だった。
 防具は大きく、丸く、攻撃を受け流すことに特化した印象だ。盾も大きくて頑丈で、名のあるドワーフの戦士のものだったことが分かる。
 そして菱形をしたその槌は、出縁(フランジ)と呼ばれる出っ張りが幾つもあって、いかにも打撃力がありそうな品だった。

「それがしは、これらを」
「ほう。《つるぎ砕き》のバヴォールの装備一式か。渋いところを突くのう」
「刃物の使い手が多いゆえ」

 悪魔の中には、硬くなめらかな甲殻を持つものもいる。
 そういう相手に対しては、刃というのはあまり有効ではない。
 刃が滑って隙を晒すことになるからだ。

 もちろん僕もレイストフさんも、その気になれば剣を手にして切らずに叩く(・・・・・・)くらいの芸当はできるけれど……
 それでも、打撃系の武器を持っている人が一人いるというのはありがたいことだ。

「……バヴォールはいずれの氏族にも属しておらん、ドワーフの放浪戦士じゃったが、茶目っ気があった。
 あらゆる刃を反らし、叩き砕く達人であったが、気さくでな。
 ドワーフ嫌いのワシとすら談笑できる、不思議な温かみがあったものよ」
「ほう」
「《くろがねの国》の弔い合戦じゃと言うてな。《上王》討伐に参加しよった」

 ゲルレイズさんは、同族の英雄の逸話に、向かい傷の残る顔を僅かに綻ばせた。
 そんなやりとりをしていると、

「おいおい、これは流石に重すぎるんじゃねぇか?」

 メネルの訝しげな声が聞こえてきた。

「いえ。これくらいなら……」

 振り向くと、メネルが見守るなか、ルゥが太い長柄戦斧(ハルバード)を手にして、試すように小さく手繰ったり振ったりしていた。
 かなり太く造られたそれは、柄まで総金属製だ。

「……ええ、大丈夫です。問題なく振れますよ」
「ほう! そいつを振るとは、大した怪力じゃのう」

 ガスが目をぱちくりしていた。

「元の持ち主は《金剛力》のユーインじゃ」

 子供の頃、ブラッドの昔話で聞いた覚えがある名前だった。

「技量はともかくとして、力にかけてはブラッドと双璧を為す怪力じゃったな。
 体型は丸っこくて、いつもニコニコと笑っておってのう。人の良い奴じゃった。
 ……あまり戦いを好んではおらんかったで、平和であれば良き農夫のままでいられたかもしれんのう」

 その彼は、《上王》と戦うブラッドの背中を守って、悪魔たちをなぎ払い、なぎ払い、そして死んだ。
 《金剛力》のユーインだけではない。
 《つるぎ砕き》のバヴォールも、《銀の弦》のテルペリオンも。
 ――ガスが今語り、ブラッドが昔、懐かしげに語っていた英雄たちは、皆が《上王》を討伐するためにその生命をなげうった。

 この倉庫に溢れる数百の武器と防具。
 その全てに物語があり、そしてその全ては戦いと死によって終止符が打たれた。
 ――沈黙のまま眠り続ける、いつかの、誰かにとって大切だった、物語のかずかず。

 何かに突き動かされるかのように。思わず、僕は祈りを捧げていた。
 そうしなければいけないような気がした。

「…………」

 神さま。
 灯火の神さま。
 どうか、彼らの行く末に――

「導きと、安息のあらんことを」

 呟く。
 没我の祈りから戻ってくると、ガスが微笑んでいた。
 いつもの笑みとは違う、懐かしい故郷を思うような笑みだった。

「ねぇ、ガス」
「なんじゃ」
「山の悪魔たちと竜をなんとかして、帰ってきたらさ。
 ここに詩人の女の子を連れて来ていいかな。ちょっと騒がしい子なんだけど」
「おう、好きにするがええわい。……何でも語ってやろうとも」

 ガスはやっぱり賢者だった。理解が、とても早い。

「ありがとう」

 語られなかった、沢山の物語。
 ビィなら、きっと、喜んで語り直してくれるだろう。
 そう思った。

「のう」
「ん?」
「ところでな、ウィル」
「うん」
「その娘っ子はひょっとして……」
「小人族だよ?」

 ガスはなんだかひどく無念そうに、がっくりと肩を落とした。



 ◆



 それからルゥにもドワーフ用の重厚な防具を見繕った。
 この街は元々、人とドワーフの住まう街だから、ドワーフの体格に向けた防具は豊富だった。

 どうして異種族であるドワーフが住んでいたのか。
 地下街で修行していた時、不思議に思ったことがあったけれど、今ならば分かる。
 この湖畔の町は、《くろがねの国》との交易の中継点で、だからこそ人とドワーフが共に住み暮らしていたのだ。

 遺構からうかがえる往時の町は、繁栄していた。
 今の《灯火の川港》とは、比べ物にならないほど、大きく、豊かで。
 きっと、たくさんの笑顔があふれていたのだろう。

「…………」

 いつか。
 いつか僕はこの場所に、そんな光景を取り戻せるだろうか。

 悪魔たちのはかりごとを打ち砕き。
 竜の炎に焼かれることなく。
 平和な営みを守り、育んでゆけるだろうか。

 ――そうしたいな、と思いながら、僕はたくさんの武器と防具のなかから、いくつかの品を選びとった。

「大盾か」
「ええ、竜の吐息への対策に」

 レイストフさんの問いに、頷く。
 いかにも頑丈で、幾重にも《守りのことば》が刻まれた、全身を覆い隠せる大盾だった。
 今までの円盾は便利だし、今後も使い続けるつもりだけれど、あれは携行性重視だ。

「相手を考えるなら、盾は大きい方がいいですから」

 重量が増して取り回しは辛くなるし、視界も少し悪くなるというデメリットがあるけれど。
 今の僕は、その程度のことは一顧だにしないで済む程度の力はある。

「それに防具の拡充に……」

 幾つかの金属製の防具を追加する。
 かつてこの神殿から旅立った時は、どれほどの長旅になるかも分からなかったからとても身につけられなかったけれど。
 決戦地までのおよその距離が分かっている、今ならば問題はない。

「あとは、これ」

 それは反りがなく、やたらと重ねが厚い――つまり分厚い――切っ先の研ぎ澄まされた短剣だった。

「ん? なんだ、この短剣。フックが逆じゃねぇか?」
「あ、本当だ。変わった拵えですね」
「右差しの鎧通し(スティレット)だよ」

 刀剣のたぐいは多くが左に提げる。
 左手で鞘を押さえて、右手で柄を握り抜く、お馴染みの動作をするためだ。

 ただ、この鎧通しは組み打ちの際に便利なよう、右に提げるように作られている。
 なかなか抜くに抜けない近距離の揉み合いになった場合。
 利き手の右のみで柄を握って逆手抜きして、そのまま力を込めて振り下ろすという、二つのアクションで全てが完結するようになっているのだ。

「これはルゥが持って、慣らしておいて。その戦斧は役に立つと思うけれど、小回りがきかないから」
「あ、はい! えっと、この短剣の持ち主は……?」
「僕のお父さん」

 ルゥが目を剥いた。

「それは……!」
「いいよ、持っておいて」

 ブラッドがいつか、この右差しは良い工夫なのだと笑って自慢していた。
 馴染みの両手剣が使えない状況で、何頭もの怪物や、手強い敵手から勝利を勝ち取って来たのだと。
 ……最後の戦いにも携行していったのだから、間違いなくお気に入りの一振りだ。

「なんとなく、ルゥが持ってるほうがいい気がしたんだ」

 単なる勘だった。
 けれどブラッドは勘を信じるほうだった。
 だから、僕もそうしようと思う。

「形見、なのですよね」
「そうだ。――けど、君にあげる。君が持つべきだ」
「…………」
「大丈夫、」

 短い剣を、手渡す。


「――大切なものは、もう、いっぱい貰ってるから」


 そうだよね。ブラッド、マリー。
 僕は心のなかで、そう呟いた。
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