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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 ガスは武器を見せると言って、僕たちを連れて神殿の外へ向かった。
 神殿のそばには、ちょっとした倉があった。
 マリーが菜園の手入れをするための、農具なんかを入れていた場所だ。

「……?」

 僕は首を傾げる。
 もちろん倉には入ったことがあるけれど、そこには武器なんてなかったはずだ。
 いや、でも、僕はそもそもブラッドがどこに武器を貯蔵していたか――

「ほれ」

 そこまで考えたところで、ガスが一言二言、《ことば》をつぶやくと、薄暗い倉の端、床だと思っていた部分に、隠された扉が姿を現した。
 皆が目を見開く。
 ……《惑わし》の魔法だ。

「こんな場所、あったんだ……」
「子供のおぬしに場所を教えるわけにもいかんじゃろ」

 ただでさえおぬしはマリーの件で無茶をしたからの、とガスは言う。

「驚きです……ウィル殿でも見抜けなかったのですね」
「うん。初めて知ったよ」
「そりゃあそうじゃ。疑ってかかる気持ちがなければ、《惑わしのことば》は見抜くことができぬ。
 こやつが倉に来るときは、なんぞ用事があって来るときじゃからな。
 用事のことばかり考えておって、床に《ことば》が仕込まれているとは思うまいよ」

 それと分かる場所に《惑わしのことば》を置くの二流じゃよ、とガスはルゥに対してからからと笑って言った。
 どうも、単純な力量ではガスにだいぶ迫ったと思うのだけれど、この手の《ことば》の使いどころの巧みさでは、未だに敵う気がしない。
 経験が違うし、性格が違うのだろう。

「おぬしは素直すぎるわなぁ」

 考えていることを読んだのか、ガスがにやりと笑った。
 僕は苦笑して、肩を竦めた。

「さて、元はこの神殿は酒の醸造などもやっておったようでな。
 ブラッドやマリーが上の部分を納屋代わりにしてしまったが、もとは酒蔵カープじゃ」

 であるに、とガスが念動で扉を開く。

「地下がある」

 ガスの灯した魔法の光に導かれるように平たい石で舗装された階段を下ってゆくと、そこには広い空間があった。
 左右には、かつて酒樽が並んでいたであろう棚があり――

「……すげぇ」
「わぁ!」

 メネルやルゥが口々に賛嘆の言葉をこぼし、レイストフさんやゲルレイズさんも目を見張った。
 そこにあったのは、沢山の武器や防具だった。
 どれも、いずれ劣らぬ業物であると分かる。

「どれでも、好きなのを持って行くと良い。
 ……持ち主連中も、許してくれよう」

 ガスが微笑んでそう言うと、皆、軽く一礼して武器を物色にかかった。
 レイストフさんやゲルレイズさんでさえ、目が輝いている。
 ……男というのは、やっぱり何歳になったって、武器とか鋼とか革とか、そういうものが大好きなのだ。
 そしてこういうのを管理しているとなれば、

「ガス、これもしかして、ブラッドの……?」
「うむ。奴が管理しておった、武器庫じゃな。
 主にはかつて、ワシ等とともに《上王》に挑んだ戦士たちの武装じゃ。
 あるいは町に遺された、持ち主不明の良質の武器などもある。
 いずれにせよ、埃をかぶらせ錆びるに任せるは忍びないと、ブラッドが持ち込んで定期的に整備しておった」

 なるほど。小さい頃からの鍛錬の時、ブラッドがどこからか持ち出してきた色々なタイプの武器も、恐らく出所はここだったのだ。
 そう思って見てみると、なんだか見覚えのある武器も多い。
 ……あれ、でも。

「神殿の麓でスタグネイトとやり合ったとき、起きあがってきた骨が錆びた武器とか持ってたけど」
「ああ。ありゃ多くは、副葬のために町から拾ってきた数打ちの品じゃな。
 輪廻への道ゆきでも、戦士には最低限の武器が必要じゃろうとブラッドがな。
 その証拠に、ほれ、防具などをつけておるものは少なかったじゃろう」

 おぬしの身につけておるミスリルの鎖帷子などは、本人がともに墓に埋めてくれと言っておったのでそのままじゃが、とガスは言う。

「あ、じゃあこれ……」
「よいよい、持って行け。今さら気にするな、奴の死体がかけた迷惑料じゃと思っとけ」
「いい加減だなぁ、もう!」

 でも今さら手放すわけにもいかないので、この鎖帷子は頂きますごめんなさいと、僕は丘の麓の墓地の方角に向けて祈った。

「かっかっか、まぁ奴も、ブラッドの息子のためとなりゃ許してくれるじゃろう」
「……どんな人だったの?」
「名はテルペリオン。《銀の弦》のテルペリオン」

 優雅な印象のその名前は、たしかエルフ語だ。

「エリンの森の生まれでな」
「輝く銀の弦が弓音を奏でるとき、倒れぬ敵はなし」

 涼風のような呟きが聞こえた。……メネルだ。
 見れば彼は、きらきらと輝く銀色の弦を見て、目を細めていた。

「…………同郷だ」



 ◆



「おお……おぬし、エリンの大森林の」
「一応な」

 ガスはぶっきらぼうに答えるメネルに、どこか懐かしいものを見る目をした。

「その銀の髪。テルペリオンと、血のつながりは?」
「続きは遠いが、おなじ月桂イシルの枝……あー……」
「人の社会で言う、血族リネージのことかのう?」
「それだ。てか、よく知ってんな」

 エルフの社会では同じ神話を共有する氏族クランが「幹」で、続柄まで辿れる血族リネージが「枝」だ。
 そしてそのそれぞれが、花鳥風月にちなんだ名前を冠するのだと、僕もガスに教わった。

「テルペリオンも昔、おぬしと同じところを訳しそこねてな」
「へえ」
「そのテルペリオンさんって、どんな人だったの?」

 僕はメネルの見ている武具を覗き込みながら言った。
 それは革手袋と、銀色の弦の巻かれた弓だった。それにいくらかの変わった形をしたミスリルの小片――鏃、だろうか。
 僕がそれを見ている内に、ガスは少し考え、

「……えらく保守的でプライドの高い、エルフらしいエルフじゃったな。
 ブラッドとは、出会ったばかりの頃はよく揉めとった」
「あー……」

 ブラッドってあれで割と常識人だけど、けっこう喧嘩っ早いところもあるからなぁ……
 話に聞く典型的なエルフと遭遇したら、まず揉める。

「テルペリオンは《月桂の枝》の族長筋の直系、高位の血筋だったからな。
 そりゃ気位もそれ相応だろうぜ」

 付き合う方はたまったもんじゃねぇやな、とメネルが肩をすくめた。

「そんな人が、なんで外に?」
「あー……」
「語ってやったらどうじゃ。
 名だたる武具を受け継ぐとなれば、その来歴も語らい受け継ぐが、いにしえよりの戦士のならわしよ」

 ガスが笑って言った。武具の来歴を語る――かつて《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》を継ぐ時、ブラッドもそう言っていた。
 メネルはその言葉に、少しばかり複雑そうな顔をすると、それから澄んだ声で語り始めた。

「《銀の弦》のテルペリオン。弓に優れ、精霊と親しみ、野を駆けること風の如し。
 その笛の音は典雅にして、多くの伝承を諳んじ、知恵あるエルフのうちでも尚すぐれたり、と」

 つらつらとメネルは朗唱する。ビィには及ばないけれど、慣れたものだ。
 声につられて、他の人たちも集まってくる。
 お金が取れるレベル――というか、色々やってたみたいだし、歌でお金を稼いでた時期もあるのかもしれない。

「そのテルペリオンには友人がいた。
 長命のエルフはあまり子を成さないが、たまたま同時期に生まれた子のもとで、乳兄弟として共に育てられた。
 乳兄弟はテルペリオンほど優秀ではなかったが、代わりに熱意があり夢があった」

 いつか外の世界に行く夢。

「乳兄弟は夢を語るが、テルペリオンには理解できなかった。
 全て清らなるものは森にある、なぜ、穢れた外に向かいたがるのかと。
 テルペリオンと乳兄弟は仲が良かったが、そのことではいつも議論をしていたそうだ」

 メネルは滔々と語り続ける。

「しかし乳兄弟は死んだ。
 森に侵入した魔獣を狩り出す際、一頭を仕留め、しかし誰もその存在を知らなかった二頭目に襲われたテルペリオンを庇って。
 あれほど夢見た、森を出る日も間近であったにも関わらず」

 何一つ言い残すこともない、突然の死。
 メネルは少し声の調子を落として語る。

「――テルペリオンは亡骸を抱いて、三度、長く悲しい叫びをあげた。
 叫びは尾を引いて森に木霊し、精霊たちもその嘆きの響きに涙したそうだ」

 魔法の明かりに照らされた倉の中で。
 由来ある武器に囲まれての昔語りは、なんだか不思議な雰囲気に満ちていた。

「そしてテルペリオンは、友を弔い、七つの月を喪に服すると、旅に出ることにした。
 長たちの反対を振り切り、友の鎖帷子を身にまとい、銀の弦の弓を手にして」

 外の世界の何が良いのかはわからないまま。


「友が夢見た『なにか』を、探しに」



 ◆



 そこまで言うと、メネルはガスに視線を向けた。

「俺が知ってるのはここまでだ。あとは《上王》討伐に混ざって死んだってくらいだな。
 ――エリンの森じゃ、今でも長老たちはテルペリオンの死を嘆いてるおかげで、俺も聞き飽きた」
「うむ……」
「丁度いいや、聞いてみようと思ってたんだよ、賢者ガス様よ」
「ガスで構わんよ」
「んじゃガス爺さんよ」

 メネルはまっすぐな翡翠の瞳でガスを見据え、問いかける。

「――テルペリオンの探した『なにか』は、見つかったのか?」

 その問いに、ガスは笑った。
 なにか懐かしいものを思い返す、遠いところを見るような笑みで。

「うむ、見つけたとも。テルペリオンは、そりゃあ素晴らしいものを見つけたとも!」
「そうか」

 メネルはあまり表情を変えなかったけれど、少しだけ口元が緩んでいた。

「そうか。そりゃ、何よりだ」

 それ以上、メネルは何も聞かなかった。
 テルペリオンの答えも、彼のことも。
 代わりに彼は目を伏せて黙祷すると、手袋をつけて、銀色に輝くミスリルの弦を手にとった。

「かっかっか。……それはそれとして、さてメネルドールとやらよ。扱えるかの?
 ミスリルの弦は精霊との相性が良いが、並の使い手では指が落ちると言われとるぞ」
「問題ねぇよ」

 彼はするすると自分の弓に弦を張り替えて、何度か弓を引いてみせた。
 満月のように引き絞られた弓。弦がきりきりと美しい音色を奏でる。
 ガスは懐かしそうに、弓が奏でる戦いの前奏曲を聞いていた。

「ほらな」
「……撃たないの?」
「ばっか、お前、空撃ちは弓痛めるんだぞ。知らねぇのか」
「えっ、そうなの!?」

 弓は扱わないから、知らなかった。
 あ、でも、そうか。矢を放つのに使うエネルギーが全部弓にかかっちゃうから、確かによくなさそうだ。

「お前わりとマジで何でも知ってるっつーのに、時々抜けてんなぁ……」
「教育の成果だよ」
「ワシに責任を押し付けるんじゃないわい」

 そんな風に言い合うと、聞いていたルゥたちを含めて、みんな笑った。

「……って、お前ら。俺たちゃエルフほど優雅な時間の使い方はできねぇんだ。
 人のことばっか見てねぇで、自分に使えそうな武器も探せよ、ほら」

 メネルがそう促すと、

「俺は決まったぞ。いらん」

 レイストフさんがしれっと答えた。

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