挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

88/157

21

 各々、ガスに案内されて神殿の幾つかの部屋に分宿することになった。
 僕の割り当ては、少年時代を過ごした懐かしい部屋だ。
 石組みの壁。木製の小さな椅子や、ちょっとした書き物机があり、壁面を窪ませたアルコーブには寝心地の良さそうなベッドもある。
 書き物机や棚には、旅に出るにあたって置いて行った生活用品や本、沢山の覚え書きがそのまま残っていた。
 けれど、少し違和感がある。

「……?」

 こんなに小さかったかな?
 そう思って、そうか、自分が大きくなったのか、と気づいた。

 神殿を出て行ったのは数え15の頃、つまり14歳だ。
 前世のように定期的な身体測定はないから分からないけれど、あれから僕は背も伸びて、大きくなったのだ。

「…………」

 冷たい石壁を指でなぞる。
 アンデッドの三人は寒暖差があまり分からないけれど、僕は生身だから、冷え込む冬の夜はずいぶん寒かった。

 そういう時、ガスは何だかんだと言いながら温石(おんじゃく)をこしらえてくれた。
 炉端で石があたたまるのを待ちながら、ブラッドは大げさな身振り手振りで勇壮な武勇伝を語ってくれて、マリーは縫い物をしながら、ブラッドの語りに微笑んで相槌を打っていた。
 それはもう過ぎ去ってしまった、きらきらと輝く幸せな過去だった。

 ……ブラッドとマリーは、もういない。

 けれど、それはきっと、あの日々の価値を損なうものではない。
 幸せな過去は、きらきらと輝き続ける。

 多分ガスが消えて、そしていつか、僕が死んでしまったって。
 流れる時の河の底に降り積もる、うつくしい砂のように。
 ――ずっと、きらきらと輝き続けるのだ。

「…………」

 そんな風に想像すると、口の端から笑みがこぼれた。
 故郷に帰ってきて、少しだけ感傷的になっているのかもしれない。

 と、部屋の戸を叩く音がした。

「――よ。入るぜ」

 ぎしぎしと軋みながら、古い戸が開けてメネルが入ってきた。
 きょろきょろと、彼は興味深げに視線を巡らせる。

「ここが、お前の部屋か?」
「うん」

 メネルはふぅん、と呟いて辺りを眺めた。

「小さいな」
「子供の頃は、けっこう手頃だったんだけどね」

 神殿に務める僧侶が寝起きをするための部屋だ。
 余計なものを入れるスペースは殆どなく、シンプルな構造になっている。

「……なぁ、ウィル。あのガスって爺さんよ、すげぇな」
「想像より俗っぽいとか、そんな風に言われるかと思ってたよ」
「いや。俗っぽいんだけど。俗っぽいんだけど、なんつーか……」

 メネルは言葉を選ぶように少し沈黙して、

「部屋に案内される時、何もかも見透かされた気がした」

 呟くメネルに、僕は静かに頷いた。
 ……世に名を轟かせる偉大な魔法使いは、寡黙な人物が多い。
 嘘をつくことは、《創造のことば》のちからを弱める。
 切れ味もなく、重くもなく。ただ鈍く軽いだけの《ことば》では、何も為すことができない。
 だから賢者と呼ばれる魔法使いたちは沈黙を選び、俗なことを語らない。

 けれど、ガスは喋る、ものすごく喋る。
 カネじゃ女じゃと、好んで俗なことを語って喜々として笑う。
 けれど彼の《ことば》のちからは弱まらない。

 寡黙なひとから発される、ただ一言が重いように。
 才知を俗塵で和らげたひとの、真実の一語には鋭い切れ味がある。

「うん、凄いでしょ?」

 そんなガスが嘘らしきものを口にしたのは、僕の知るかぎりで、たった一度だけだ。
 あの薄暗い地下街で――僕を殺さないと、決めた時だけ。


「……僕の、自慢のおじいちゃんだよ」


 そう言って、僕は笑った。
 メネルも笑った。



 ◆



 荷を降ろし、装具を緩めて一息ついたところで、メネルに皆のことを頼んで、僕はガスの所に赴いた。
 ガスに情報を求めるためだ。

 今のガスは町に縛られたゴーストだけれど、同時に二百年前の賢者だ。
 何か有益な情報を知っているかもしれない。

「《神々の鎌》にして《災いの鎌》、邪竜ヴァラキアカについては、ワシもお目にかかったことはない」

 ガスは肩をすくめた。

「機会があれば会って、交渉の一つもしたかったのじゃがな。
 やつを悪魔の陣営に付かせなければ、《上王》戦でああも多くの英雄たちの命を擦り減らすことはなかった」

 神代より生きる古き竜が一頭、敵陣につくか自陣につくかというのは、それほどに違うのだとガスは言う。

「仮に戦うとすれば、古傷を狙うことじゃな。
 古来より様々な戦場で、神々の《木霊エコー》や数多の英雄と戦ってきたヴァラキアカには、傷を受け鱗を剥がれた逸話が複数ある。
 ……竜の鱗は強靭じゃ。仮にブラッドとて、竜鱗の上から肉までは断てぬ」

 ドワーフや人間の戦士、ハーフエルフの狩人とともに、竜に支配された山に向かい、鱗の剥がれた部分を狙う。
 なんだか、前世の古いファンタジー小説のような状況だ。現実になるとぞっとしない。

「……《存在抹消のことば》は?」

 考えていた手を、ガスに問うてみる。
 ガスが不死神の《木霊》を仕留めた、あの魔法であれば、あるいは――

「当たればのう、そりゃあ竜とて消し飛ばせるじゃろうが」

 ガスのその物言いはつまり、当たらないということだ。

「いにしえの、まことの竜はなぜ巨体でありながら疾く飛べるか。
 ……上古の竜は神話の住人。今を生きるワシらよりも、《ことば》に親しい存在よ」

 故に竜は飛ぶ。

「《ことば》は宙を駆けるものなれば」

 ありとあらゆる道理を無視して、竜は飛ぶ。
 《ことば》と親しくあるがゆえに。

「上古の竜は極まった《ことば》の使い手でもある。
 しかもヴァラキアカは不死神のような交渉屋ではなく、年季の入ったゴリゴリの戦争屋じゃぞ?
 ウィル、おぬしはなかなかの魔法使いとなったようじゃが、魔法の撃ち合いに持ち込まれたら撃ち負けよう」
「……魔法戦は不利、と」
「体格も頑強さも洒落にならんで、白兵でも不利なんじゃがな。
 ブラッド流に言えば筋肉で負けとる」

 分かっちゃいたけど筋肉による力押しで勝てないってのは痛い。
 ……今までだいたいそれで勝ってきたし。

「じゃから古来より竜殺しの定石といえば、準備を整えきったうえで、相手の不準備を突いての巣穴への奇襲なんじゃが……
 ほれ、悪魔どもが群れとるじゃろう。ヴァラキアカは恐らく、悪魔どもの勢力を、警報代わりに使っておるのよ」
「不死神に止められた理由がわかってきた……」

 いにしえの魔法の力。
 圧倒的な体格と筋肉。
 そして長い年月に蓄積された、己の弱点を補う経験と知恵。
 ――そりゃあスタグネイトも、今の僕では勝ち目がほぼ無いと判断するだろう。

「ふん。スタグネイトか。……《遣い(ヘラルド)》でも?」
「鴉がきたよ」

 ガスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「気に入られたようじゃな」
「不本意なことに」

 僕も顔をしかめて答えた。

「……奴の思想は神の思想じゃ、ワシら神ならぬものの多くはついてゆけぬ」
「うん」
「おまけに神じゃというのに馴れ馴れしい。……というか、こすっからい!
 ワシらが逃れられんタイミングで契約を持ちかけてくるなぞ、小賢しいにもほどがあるわ!
 あんな筋も道理も無視した契約、破り捨ててやってせいせいしたわい!
 神ならもっと堂々とせんか、堂々と! 奴が悪神の一柱に数えられるのも道理というものじゃ!」

 ガスはひとしきり喚いて、ふぅ、と息をついて。

「……ただ、多少の感謝は、しておらんこともない」

 ふてくされたような表情で、そう言った。



 ◆



「不死者となり、おぬしを育てる機会を与えられ。
 ブラッドとマリーは――息子や娘のようにも思っておった、ワシの数少ない友人たちは、幸福に逝けた」

 ガスの視線がつい、と流れる。
 その方向は、彼らのお墓だ。

「……そして、ワシもまたおぬしを育てられた」

 ガスは、視線を逸らしたままそう言った。

「ワシは弟子を取らなんだ。
 ワシの知識も技術も、ワシ一代。パッと咲いて、潔く散る。それで良いと思っておったが――
 どうしてどうして、死して失うとなれば、なかなか未練が湧くものよ」
「ガス……」
「お主のおかげで、次につながった。――これもまた、生きることの妙味じゃな」

 ま、ワシゃとっくに死んでおるが、とガスはからからと笑った。

「のう。分かっておるかの?」
「大丈夫、分かってるよ」

 だから一人でガスに話にきたのだ。
 あの場でガスはああ言って、雰囲気を和らげてくれたけど――


「交渉の余地は、ほぼ無い」


 その通りじゃ、とガスは頷いた。

「この地域一帯に、今のおぬし以上の戦力はないと、神も認めた。
 であればヴァラキアカにとっては、今こそ打って出るが良い時期であろう」
「僕もそう思う」

 だって、

「ヴァラキアカはもう、神々に警戒されている(・・・・・・・・・・)

 不死神は言っていた。
 自ら《木霊エコー》を降ろせれば、討ちにいきたいほどだと。

 ガスは言っていた。
 神代より生きる古き竜が一頭、敵陣につくか自陣につくかというのは、戦の趨勢を大きく左右すると。

 今の時代に生きる竜というのは、それほどの脅威であり――
 逆を言えば竜が生きるには、それ相応の立ち回りが要求されてしまう。

「ヴァラキアカは何の対策もなく眠り続け、孤立すれば、いずれどこかの神に『我が計画の妨げ』と暗殺される立場にある。
 アウルヴァングル王につけられた眼の傷が癒えたら、また打って出て勢力を築くか、どこかの勢力に参入して、乱を起こさないといけない」
「そういうことじゃ。泳ぎ続けねば死ぬ魚のようなものじゃな。
 ヴァラキアカが乱の渦中でしか生きられぬ以上、穏健なおぬしを主と仰ぐことはあるまい。
 今の時代に《上王》ほどの圧倒的存在がおらぬとなれば、己の旗を掲げるか、あるいは他の勢力に混じって大乱を起こすか。
 いずれにせよ、世を荒らし、神々の目を晦ます他はなく――」

 ガスが、僕を見た。

「それを躊躇わせられる力を持つのは、それこそおぬし一人じゃ」

 頷く。

「そして僕には、その実力が足りない。
 多分、竜から見たら乗り越えられる障害だ」

 今まで僕が乗り越えられる障害を、乗り越えてきたように。
 竜も僕をそれとみなして、乗り越えようとするだろう。

「ウィル。……おぬし、死ぬぞ」
「それでも、戦うって決めたんだ」

 神さまが託してくれた暖かい熱は、まだ僕の胸の中に息づいていた。

「それにどうせ放っておいても、竜を解き放ったら乱が起こるんだ」
「逃げれば良いではないか」
「……ガス」

 僕はガスに、笑いかけた。

「《生きてる》のと、《死んでない》のは、違うよ」

 何もかも見捨てて生き延びても、それは死んでないだけだ。
 それじゃあ駄目だと、僕は前世で、そして今生で学んだのだ。

「…………致し方あるまいな」

 ガスはため息をついた。
 何かを諦めようとするような、深いため息だった。
 そんなガスに対して、僕は口調を明るく切り替えて話を変える。

「あ、そうだ、ガス。ずっと聞きたかったんだけど……3人の飛竜殺しの英雄譚を聞いたんだ。
 それでお金と短剣を貸した人間の男の子と、ハーフエルフの女の子、覚えてる?」
「ん? おお、懐かしいのう。覚えておるとも」
「出世して、貴族になって。……ハーフエルフの女の子、お婆さんになった今も、ずっと待ってるって」
「……そうか」

 と、ガスは笑った。
 寂しげな微笑みだった。

「この体じゃ。もう取り立てには、行ってやれんのう」
「代わりに行ってきていいかな?」

 そう告げると、ガスは僕が言いたいことを察したようだ。

「うむ、頼む。……カネの取り立ては大事じゃからな! 死んではいられんな!」
「だよね! ちゃんと貸したものは返してもらわないとね!」

 お金は大事だ! 筋力と同じくらいには!

「ならば、構わん」

 生きて帰るつもりがあるなら、良いということだろう。

「ワシの取り立ての代理人をするというならば、おちおち死なせるわけにもいかんのう」

 ガスはにやりと笑って、こう言った。

「この街には、《上王》に挑んだ戦友どもの装備も残っておる。
 ――仲間のものも含めて、少し新調していかぬか?」
「もちろん!」

 僕も笑って、頷いた。
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
評価やブックマーク、感想、レビュー等、本当にありがとうございます。
作品を継続するモチベーションとなっております。
685047.gif
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ