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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 目覚めると、暖かな活力が全身を満たして、ゆっくりと体のうちを巡っている感覚がした。
 神さまの言葉と想いは、僕のなかに火を灯していた。

 それから、準備を整えて――僕たちは人々に盛大に見送られ、川船に乗り込むと町を出て、川を下っていった。
 竜を討つために。誓いを果たすために。

 そして、その晩には船を降りた(・・・・・)
 あっさりと、近所の川っぺりの岩場の陰で。

「そいじゃ、あとはお任せ下せぇ」

 幾人かを代表して、どんと胸を叩いて言ったのは、ぴかぴか光る鋼の胸甲に、腰の剣は鮮やかな赤鞘。
 太い腕に赤ら顔の、三十絡みの冒険者。
 3年前、あの酒場でレイストフさんに《はったり屋(ブラッファー)》と呼ばれていた人だ。
 名前はまた後に知ったのだけれど、マークスさんという。 

「ええ、事前の取り決め通りにお願いします」
「へい」

 頷くと、マークスさんはニヤリと笑った。

「毎度、儲け話をありがとうございやす」
「いえいえ」
「今後もご贔屓にして頂けることを願ってやす」

 そうして彼は、「気張れよ」とレイストフさんの肩を叩くと、仲間とともに川を下って去っていった。
 僕もレイストフさんも、それを静かに見送った。
 さて、と振り向くとルゥがぽかんとした表情をしていた。ゲルレイズさんも、若干訝しげだ。
 そういえばこの二人には伏せっぱなしだった。

「な、なぜこんなところで下船するのです? もう少し距離を稼ぐならともかく――」

 うん、と僕は頷いた。
 確かにこのまま川を下り、森を横切って西の山脈を目指すなら、それは正しい。でも――

そう来ることは(・・・・・・・)悪魔たちも分かってる(・・・・・・・・・・)

 そう告げると、ルゥははっとした顔をし、ゲルレイズさんは成る程と頷いた。
 そうだ。山脈には寝ぼけ眼の邪竜とともに、知恵持つ奈落の悪魔たちがうごめいているのだ。
 ――迂闊に相手が予見している行動をすれば、主導権を握りこまれる。

「盛大に川下りを始めたからね。たぶんそろそろ下っ端悪魔や、その使い魔が遠方から監視しはじめる。
 上陸地点を突き止めようとね。
 指揮官クラスの悪魔は僕らの辿ってくる道を予見して、さっさと囲み殺したいところだろうし」

 悪魔と邪竜が現在どういう関係であるかは不明だ。
 であるに基地に突撃されるのを、邪竜任せに悪魔たちは座視する、というような希望的な絵図面は排除する。
 少なくともそれぞれ別個に、あるいは最悪、連携をとって迎撃してくると考えるのが妥当だろう。

「だからこそ――」

 と、僕はそのまま川辺の岩陰にゆく。ついてきたルゥが、目を見開いた。
 そこにあったのは、トニオさんに密かに手配してもらった、すらりとしたシルエットの川船だった。

川を上る(・・・・)

 迷っていた間、手持ちの装備や各種の情報を確かめていたのと同様。
 当然、山を攻略する戦略だって、僕は考えていた。

 《鉄錆山脈》は、かつて《くろがねの山脈》と呼ばれ、栄えた国があった。
 この時代の技術レベルで、大規模な水源の傍以外に大都市は成立しえない。
 であれば当然、近辺に膨大な水の流れがある。
 近隣の地理情報から分析し、ドワーフさんたちにも確認を取ったけれど、それはこの大河の分流だ。

 であれば遡上し、分岐点から川を下って――山脈の逆側から(・・・・・・・)侵入する。

「悪魔たちが表口で構えているところで、裏口を蹴り破って大暴れしようって計画だ」

 だからこそ、マークスさんたちに影武者を頼んだ。
 彼らはそのまま何度も分散下船したり、再び船出したりの思わせぶりな動きを繰り返し、《白帆の都》まで下っていって、悪魔の目を撹乱する。
 ……まさに《はったり屋(ブラッファー)》の面目躍如だ。

 ちなみに変装はビィの監修だ。「果ての騎士っぽく実戦慣れしてる感じ! あ、イケメンは良いけどチャライのはダメよ! あとナヨナヨしたのもダメダメ!」などと凄く張り切っていた。
 おかげでいかにも歌のイメージ通りの「聖騎士ご一行さま」といった感じの集団になった。
 報酬は十分以上に払い、しかも成功の暁には僕の竜退治譚のおまけで、《影の騎士たち》の活躍も歌うとビィが宣言したため、参加した冒険者さんたちの士気も高い。
 下級の悪魔が襲ってくるくらいなら対処できるメンバーだし、うまくやってくれるだろう。

 あとは彼らの陽動に目が向いている内に、僕たちがうまく別ルートから山脈の裏を突けるか――
 と思っていたら、ルゥが何か物言いたげにしていた。
 そんなルゥの肩を、メネルがぽんぽん、と叩いた。

「気にすんな。こいつたまに当然のような顔して、こういう手ぇ打つんだよ」
「……ち、知勇兼備と伺っていましたが、軍才までおありなのですね」
「そんなに大したことじゃあないと思うけどなぁ……」

 いえ、とルゥは首を左右に振った。

「《灯火の川港(トーチ・ポート)》の更に南といえば、かの《上王》の討ち取られた湖岸都市も存在する危険区域!
 渦巻く霧に歴戦の冒険者すら手を出しかねるそこを、あえて突破されるというのであれば、素晴らしい発想と勇気です!」

 そう言われて僕は――
 なんというか、反応に困って頬をかくと、こう言った。


「…………いや、そこ実家だし」


 メネル以外の全員が、ぎょっと目を剥いた。




 ◆



 朝日の中、不可視の船が無音で……しかし、素晴らしい速度で進む。
 僕が船に《姿隠しのことば(インヴィジヴィリティ)》をかけ、メネルが風の妖精に呼びかけ、《追い風(テイルウィンド)》や《無音(ミュート)》の呪文を唱えた結果だ。

 一応、《上王》復活を目論む悪魔たちが、別口で川上への人の出入りを監視している可能性もある。
 変なところで察知されて、裏をかいたつもりが台無しというのも馬鹿らしいので、そのあたりは万全を期すことにした。

 他にも諸々の術を使って、遡上する船の存在は隠されている。
 ここまでやれば《隠形看破のことばシー・インヴィジビリティ》をはじめとした、多数の対抗要素を保持していないかぎりは察知できない。
 そして悪魔側視点で考えて、川の上り方向の監視というのは、そこまでのリソースを費やすほどの場所ではない。

 実際に遡上していても、変な気配や視線は感じない。
 多分、悪魔たちには見つかっていない、と考えて良いだろう。
 ……実は見つかっていて、先に進んだどこかで悪魔たちの包囲網が待っていたら、それはもう、仕方ないと笑って切り破るほかない。

 こうした読み合いというのは、深い霧の中で動き回るのに似ている。
 将棋やチェスのようなゲームと違って、相手の動き全てを察知することはできない。
 できるだけの可能性を考え、より広い可能性が残る道を選び、霧の中で己の決断を信じて進む。

「難しいなぁ……」

 と、霧の中で僕は呟いた。
 今、船は霧のなかにあった。

 あれから船を出すと、僕は一同に簡略に自分の出生などについて説明した。
 驚かれはしたけれど、話そのものが疑われることはなかった。
 それだけの信頼はあるメンバーだし、僕が英雄扱いされていることもあって、特異な出生が受け入れられやすい土壌もある。
 メネルは一度聞いた話だと平然としていて……逆に、一番リアクションが大きかったのはルゥだろう。
 レイストフさんとゲルレイズさんは、最初こそぎょっと目を剥いていたものの、順序立てて話すと落ち着いて聞いてくれた。

 ただ、不死神について話すくだりでは、そこが逆転した。
 ルゥは僕が不死神に目をつけられていることを知っているため、落ち着いて聞いて補足までしてくれた。
 逆にレイストフさんやゲルレイズさんは知らなかったため、「目をつけられていて、今回の旅にも介入してくるかもしれない」と話すと、驚くと同時にもの凄く顔をしかめた。
 悪魔に竜。誰だってもうこれ以上の相手は御免だと思うだろう。僕だってそうだ。

「…………」

 まぁ、不死神スタグネイトに関しては、積極的にこちらに攻撃まではしてこない、とは思う。
 不本意ながら……非常に不本意ながら、気に入られているようだし。非常に不本意だけど!

 考えるだけで、あの紅い目の鴉がどこからか飛んで来るような気がして、僕は首を左右に振る。
 余計なことを追い出すと、眼前の霧に視線を向けた。

「これは……《迷いの霧(メイズフォッグ)》ですかな」
「ええ」

 ゲルレイズさんの問いかけに頷く。

「《賢者の学院(アカデミー)》に仕込まれる《迷いの路地(メイズアレイ)》の上位に位置する魔法か。
 ――噂には聞いていたが、はじめて見たな」
「わぁ……」

 未知との遭遇に、レイストフさんもいつもより少しだけ饒舌だ。
 ルゥなど、きらきらと目を輝かせている。

「最上位の魔法の一つじゃねぇか。
 故郷の大森林の、最深奥部にそういうのがあったのは知ってるし、最長老あたりなら使えたんだろうが……
 ……千年生きてるエルフの長老でもない、寿命数十年かそこらの人間が? これ習得して、活用してんの?」

 マジで? というメネルの問いに頷く。
 マジだよ。ていうか、実戦で《存在抹消のことば》とかぶっぱなすよ。

「いま、《抜け道(ループホール)》を作るから待ってて」

 意識を集中する。
 霧の流れ、そのマナの中から、そこに宿る《ことば》を読み取り、その構文を解析し、文脈を解読する。

 ――人里に出てから知ったのだけれど、ガスの筆法は物凄く癖が強い。
 教わる時にはそういうものだと思い込んでいて、学院で借りた資料の《ことば》の、丁寧で可読性を意識した筆法との違いに驚かされる羽目になった。

 こう、なんと表現すればいいのだろう。
 プログラムでいう汚いコードというわけではない。むしろ恐ろしく効率的で簡略なのだけれど、ただそれが行き過ぎている。
 天才であるガスが便利に使うために極限まで圧縮してあるからこそ、可読性が悪いのだ。

 ガスは自分以外に、自分の書いた《ことば》の意味を分からせる気がなかったのだろう。
 多分、《学院》の賢者であるハイラム師あたりを連れてきても、首を捻る羽目になるに違いない。

「んー……この《ことば》の配置がこっちで、ここにこっちだから……」

 もちろん、この霧の結界もガスの謹製である以上、恐ろしくクセのある配列で言葉が刻まれている。
 普通の魔法使いが突破しようと思えば、とてつもない苦労を強いられるに違いない。
 ――ただ、もちろん僕には意味のない障害だ。

「ガスのことならここにこれ仕込んで……こっちにこうだよね。
 で、そう思わせといてここに罠、と」

 指を踊らせ、霧の中の適当な位置に《ことば》を流し込んでいく。
 するすると霧がトンネル状に退いてゆく。

「さ、行こうか」

 実家のドアの鍵を開けるようなものだ。
 特に苦労することもない。



 ◆



 長い霧のトンネルを抜けると、視界が一気に開けた。
 爽やかな風が吹き抜ける。

 川を上った先には、広大な湖に沿って、石造りの都市が広がっていた。
 古代か中世か、といった風だ。高い塔や、美しいアーチの連なる水道橋らしきものも見える。
 ……その全ては古び、廃墟となっていた。
 建物の屋根はところどころ崩れているし、壁の漆喰は無残に剥がれ落ちている。
 街路の石畳の隙間からは草が伸び、緑の蔓や苔があちらこちらで建物に絡みつき、張り付いている。
 かつて人の営みがあったであろう街並みが、まどろむように緑とともに朽ちてゆく。
 そのすべてが、太陽の光にやさしく照らされていた。

「…………」

 背筋に、震えが走る。
 懐かしい光景だ。本当に懐かしい光景だ。
 いったい、幾度ここに帰ることを夢見てきただろう。

 すらりとした川船が、音もなくするすると川を遡る。
 澄んだ水をたたえ、陽光を反射してきらきらと光る湖へと到達する。


 ――小さな丘が見えた。


 丘の上には、古びた神殿の遺構が、静かに佇んでいる。
 あの時のまま。変わらずに。

「あ……」

 涙が滲む。
 強烈な感情の奔流に、わけもなく感情が胸をかきむしられる。

「おい」

 と、ぽんと、背中を叩かれた。

「……メネル?」
「行ってこいよ。船つないで、俺たちはあとから追いつく」
「あ……」

 そう言われたら、もう我慢できなかった。

「ありがとう!」

 叫びつつ、船から岸辺に向けて跳躍する。
 何メートルかを一息に飛び越えると岸辺に着地し、焦りすぎて転びかけ、慌てて立て直し――
 なつかしい廃墟の街を駆け抜ける。
 駆け抜ける。
 風景がすごい勢いで、左右を流れてゆく。
 障害物を飛び越え、息を切らして、子供のように走った。

 神殿が、近づいてくる
 丘を駆け上がる。

「ブラッド、マリー、今帰りましたっ! 後でまたっ!」

 二人のお墓に慌ただしく帰還の挨拶をして祈ると、神殿の扉を勢い良く開く。


「ガス、ただいま――!!」


 ……帰って来たのは、沈黙だった。
 あの懐かしい神々の彫刻は、天窓からの光を浴びて、そのままだ。
 神殿は、とても静かだった。

「あ、れ……?」

 左右を見回す。
 神殿内を見回し、何度か呼びかける。

「ガス? …………ガス?」 

 どこへ?
 ガス――?

「ガス、いないの? ……ガス?」

 どっと不安がこみ上げてくる。
 焦りが胸を締め付ける。
 ガス? まさか――


「ばああああああああああああああああっっ!!?」


 うわああああああああああああ!?
 と、僕は背後からの大声に、びくりと跳ねた。
 振り返る。

「あ、あ、あ…………」
「かっかっか、油断大敵じゃのう!」

 半透明の青白い姿。目つきが悪くて、偏屈そうな鷲鼻で。
 ローブをまとったその姿は、思い描いていた姿そのままで、


「うむ。……よくぞ帰ったのう、ウィルよ」


 ――ガスお爺ちゃんが、そこにいた。

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