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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉

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「うわあああああ――!!」

 ルゥの戦斧が、狂奔する大蜥蜴の横っ面を薙ぎ払った。
 重量感のある戦斧をたたきつけられ、骨が砕けて肉が散る。

【はっはっは、西北西せいほくせいからもう4頭くるぞ。どうする?】

 スタグネイトの《遣い鴉(ヘラルド)》が、空から耳障りな声で叫んだ。
 返事もせずに投石器(スリング)を振り回すと、西北西の茂みから飛び出してきた一頭の頭に直撃させる。
 赤い花が咲いた。
 それをほとんど見もせずに、次のつぶてを振り回し、続けざまに飛び出してきた二頭のうちの一頭の眉間にめり込ませる。
 もう一頭は近づいてきたところで、ルゥが噛みつきを盾で受け止め、気合一閃、真っ向から叩き潰した。
 予定外のとんだ初陣になってしまったけれど、ルゥの動きはなかなかいい。

「わっ、わ……!」

 続く最後の一頭も、なんだかんだ叫びつつルゥは訓練の染み付いた動作で打ち払い、叩き潰した。
 ――それでも大蜥蜴は、最後まで暴れ続ける。

【理解したかね? これが《竜の吠え声(ドラゴンロアー)》というものだ】

 生きとし生けるものを恐慌させる、王者の威圧。
 竜退治に図抜けた英雄が必要とされる所以だと、かつてガスはそう語っていた。
 確かに叫び声だけでこれほどになるなら、雑兵など、いくら集めても混乱を加速させる要素にしかならないだろう。

 ――あの竜の吠え声のあと。
 ぱらぱらと土が落ちてくる玄室から脱出した僕たちの前に現れたのは、竜の咆哮にあてられ、狂奔した魔獣たちだった。
 不死神の《遣い鴉》は、未だに去りもせず、愉快げに僕の傍を飛んでいる。
 どころか、やってくる魔獣の数まで数えてくれる始末だ。
 ありがたいけど背後にある打算が感じられて素直に喜べない、この感情をなんと表現すればいいのだろう……

【おや、北西。まずいのが来るぞ】

 規則的な地響きがする。
 めきめきと、木々が折れる音がする。
 四つ足の生物の動く音ではない――

森林巨人フォレスト・ジャイアントだ。あれは君でも少々手こずるだろう】

 生木を引き裂くおそるべき音ともに、毛皮をまとった、3メートルを超える巨人が姿をあらわした。
 手には棍棒。口から泡を吹き、明らかに恐慌をきたしている。
 ルゥがそれを見て、「うわあ」とのけぞった。

【油断した状態でヴァラキアカの咆哮を食らったな。正気ではないぞ】

 どうするね、英雄どの? と《使い鴉》は空から僕を見下ろす。
 紅い目が実に愉しそうで腹が立つ。
 森林巨人は森深くに住まい、部族と個々の性格にもよるけれど、巨人としては小さめで、おおむね温厚な種族だ。

【殺すかね?】
「まさか」
【では止める? あれを? ――どうやって?】
「知らないんですか?」

 頭のなかでブラッドが叫ぶ。


筋肉(ちから)さえあれば、たいていの問題は解決するんですよ!」


 投石器を放り出すと、僕は巨人に向かって駆け出した。



 ◆



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 口の端からあぶくを溢しながら、森林巨人が棍棒を横薙ぎに振るってくる。
 樹の幹をそのまま削り出したかのような分厚い棍棒だ。
 僕はそれを――

「……ッ!」

 足を止め、腕をコンパクトに畳み、両手と左肩で保持した円盾で真正面から受け止めた。
 強烈な衝撃。
 いくらか押し込まれ、踏みしめた足が地面に軌跡を描く。

「こ、の、程度……!」

 押し返す。

「――!?」

 狂奔する森林巨人は、しかし異様な手応えに驚愕したようだ。
 慌てたように棍棒を翻すと、意外にしなやかな腕さばきで乱打を繰り出してくる。
 その全てを、円盾で受け止める。

 普通の盾であれば既に衝撃でバラバラになっているだろうけれど、この盾にはこの3年で、自前で《強化のことば》や《くくりのことば》を刻みこんである。
 そう簡単には壊れない。
 強烈な打撃を全て受け止めながら、じりじりと巨人との間を詰める。

「ガ、アアアアアアアアッッ!!!」

 ついに巨人が両手持ちで棍棒を構え、唐竹割りに振り下ろしてきた。
 身長が高く体重に優れる利点を活かした、真っ向からの正面打ち。
 狂奔しながらこれを繰り出す判断ができるのだから、凄いものだと思いつつ――

「よ、しっ」

 しかし予想通りの一撃を、僕は盾を斜めに構えて左手側に受け流した。
 これまでずっと真っ向から受け止められていた一撃が受け流されるという、予想外の手応えに巨人が体勢を崩す。
 そのタイミングを狙って、踏み込みながら身を捻り、巨人の太い腕を絡めとった。

「やぁッ!!」

 そのまま勢い良く腕を巻き込み、捨て身気味に全身を回転させる。
 重心が前傾した巨人は持ち堪えることができなかった。
 面白いように重量物が浮き上がる手応えがあり――次の瞬間には、強烈な地響きが響き渡る。

「きょ、巨人を、投げた――?」
【……投げた、な】

 ルゥの呆然とした声に、不死神が応じた。
 そんな彼らに対応する余裕もなく、とにかく投げ飛ばした巨人の体を押さえると、灯火の神さまに祈りを捧げる。
 祈るのは、対象を混乱から目覚めさせる《気付けの奇跡(サニティ)》だ。
 僕を通じて確かに、神さまの力が伝わる手応えがあり――

「う、うぐ、ぅ……?」

 狂奔していた森林巨人の瞳に、正気の光が戻った。

【……相変わらず、君は呆れたことをする】
「何が呆れたことですか」

 圧倒的な筋肉による暴力があれば、大抵のことは解決する。
 加えてそこに技や魔法があればなおのこといい。
 ブラッドの教えは、あらゆる戦闘において基本的に正しいのだ。



 ◆



「ほんとーに、もうすわけねぇことを……」
「いえいえ。あ、帰り道は大丈夫ですか?」
「なんとかなると思うだよ」
「あ、『巨人語、すこし、わかる、ます』」
「おお、『なんと、それはありがたい!』」

 それは、物凄くちゃんぽんな会話だった。

「ええと、ドラゴン、『竜、吠える、危ない、です』けど……」
「あー、おっとろしいけども、『部族のもとに帰らねばならぬ。その後は少し安全な場所に、居を移そうと思う』」
「あ、なら、ウィリアム。聖騎士のウィリアムの名前を出して下さい、『もし、人、かちあう、私の名前、ウィリアム』」
「ウィリアム。せいきしウィリアムだあな。『分かった、感謝しようウィリアム殿』」

 投げ飛ばし、手を触れて《気付けの奇跡》を行ったことで、森林巨人は正気に返った。
 返ったのだけれど、意思疎通をしようとして重大な問題が発生した。
 お互いがお互いの言語にあまり堪能ではなかったのだ。

 この世界の日用言語は大筋、原初たる《創造のことば》からの派生でどれも遠い親戚とはいえ、巨人語はちょっとマイナー言語すぎて、教えてくれたガスでさえうろ覚えだった。
 なので今、こんな調子で両方の言葉を使いつつ、つっかえつっかえ意思疎通を行っている。

「『おれはヨトゥン族のガング』、おで、ヨトゥンのガングだで、ウィリアム。『人の勇者ウィリアムよ』」

 ガングさんの大きく、ごつごつした手のひらと握手する。
 大人と子供の握手のようになった。

「『恩は忘れぬ。森で何ぞあれば、おれを呼べ』」
「どう呼べば?」
「『ヨトゥンのガングよ、ウィリアムが来たぞと叫ぶのだ。木々が伝えてくれる』」

 森林巨人と呼ばれるだけあり、精霊や妖精に親しいらしい。
 その後ガングさんは、何度も頭を下げると、森のなかへと去っていった。

「…………私、巨人を見たのは初めてです」
「僕もだよ、びっくりした」
「巨人語を話せるのに!?」
「魔法の師匠が博覧強記を地でいく人でねー……」

 そんなことを話していると、上空から《遣い鴉(ヘラルド)》が降りてきた。
 しれっと僕の腕にとまろうとするのでかわすと、「ちっ」と舌打ちして地面に降りる。

【見ただろう。あれが奈落の悪魔どもも恐れる、古竜の威だ】

 不死神の《遣い》は、紅の瞳でそう語る。
 それは《災いの鎌(ヴァラキアカ)》の唸りが響く、直前の話の続きだった。

【今の時代、北のグラスランドにさえ、君を凌ぐ英雄などいない。
 奴が目覚め、再び乱を求めれば、もはや君が倒すほかないが、君とて足りぬ】
「だから犠牲を容認しろと? その、敵ながら、貴方らしくない台詞だと思いますが」

 そう言うと、《遣い鴉》は苦虫を噛み潰したような表情になり、 

【忌々しいことではあるが、千の命は、万の命にかえられぬ。君が生きればより多くの者を救える以上、それを勧めるほかはない。
 ……かなうものならいっそ《木霊》を降ろし、私みずから奴を討ち取りたいところだが。
 残念なことに、誰かのおかげですっかり力を削がれていてね。誰かのおかげで】

 露骨に嫌味を言われた。

「ほ、他の神々が動く気配とかは」
【あれらにはあれらの、より遠大で包括的な計画がある。
 小さきものどもの悲喜に一喜一憂し、何かと手を出す私やグレイスフィールは、どちらかというと変わり種だ】
「…………」
【この提案は、私にとっても喜ばしいものではない。
 だが現状、もっともマシな提案であると考えている。
 ――よくよく考えることだ、灯火の運び手、最果ての地の騎士よ】

 そう告げると、《遣い鴉》はバサリと翼を広げ――

【さらばだ。いずれまた会おう】

 と、霧の中に飛び立っていった。

「…………」
「…………」

 僕は苦い顔で。
 ルゥは困惑気味の表情で、それを見送った。

「不死なる神から、目をかけられていらっしゃる、のですね」
「目をつけられている、と言って欲しいな」

 当人が謝ってたとはいえ、前に《木霊》を滅ぼした時、殺害予告まで食らったんだけど。

「……神々は英雄を欲すると言います。
 神意を人々に知らしめ、己の意志を地上で代行する者を」
「そうだね」
「ウィル殿は灯火の神を象徴する英雄であり――だからこそ」
「不死神は僕に恩を売りたがっているんだろうね」

 敵対するのではなく、相手にとって有益な存在となる。
 そうすることで徐々に敵対感情を和らげ、過去の恩義を盾にとって少しずつ、少しずつ、切り崩していく。
 一瞬、不死なる騎士へと成り果てた自分を思い浮かべ、僕は首を左右に振ってその不吉な想像を打ち払った。
 ――不死神スタグネイトは、本当に立ち回りの機微に通じている。

「……これから、どうなさるおつもりでしょうか」

 ルゥは、不安げに問い尋ねてきた。

「不死神は、ウィル殿でも……その、竜には、勝てない……と」
「そう、だね」

 その問いに。

「……どうすれば、いいんだろうね」

 僕は、うまく答えることができなかった。

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