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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉

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15

 玄室には、幾つもの木製の棺が並んでいた。
 天井は半球状に固められており、壁には鮮やかな赤色で、流水を思わせる文様が描かれている。

「……守ってる余裕はない、全力で逃げて」

 ルゥに声をかけつつ、一歩前に出る。
 気息を整え、マナの巡りに意識を向け――

【おっと。待ちたまえ、灯火の戦士よ。そちらのドワーフの君もだ】

 笑う気配。

【戦う気ならば君たちの勝ちだ。……なにせ今日は《木霊エコー》ではないからね】

 言われて、気づいた。
 気配が、あの時ほどには濃くもないし、圧倒的でもない。
 そりゃあ並の魔獣や悪魔などとは、到底比べものにならないほど強烈だけれど、逆を言えばその程度だ。
 あの理不尽なまでの絶対者の気配では、ない。

 すっと《おぼろ月》を差し向けると、玄室の奥、祭壇にとまっていたのは一羽の大鴉(レイヴン)だった。
 艷やかな黒の羽に、どこか不吉な紅の瞳。

「……《遣い(ヘラルド)》」
【ご明察。ああ、それと安心したまえ、この玄室の死者たちには一切手出しをしていない】

 既に魂は輪廻に還っているし、兵隊を揃えても君には無駄だからね、と。
 にやにやと大鴉が目を細める。

【いやはや、君にこっぴどくやられたおかげでね。
 あと数年は、何をどう頑張ってもこちらの地方に《木霊エコー》を降臨させるのは難しいのだよ】

 背後で、ルゥが目を剥いている気配がする。

【そういうわけで、こうして《遣い(ヘラルド)》を差し向けて――】
「釣りと洒落こんでいた?」
【またまたご明察。いや相変わらず鋭いな】

 話すたびに、なぜだか目の前の相手の機嫌が良くなっていく気がする。

「悪趣味な」
【それを言うなら魚の視点で釣りというのも、魚にとってはとんでもない悪趣味だろうよ。
 神というのはそういうものだ。人の尺度で測るものではない】

 この《柱の塚》で狩人が感じた不浄の気配。
 それがつまり、目の前の《不死神の遣い鴉》の仕業なのだろう。

 この地域で不死者の目撃例という餌のついた針を垂らせば、それなりの確率で僕がひっかかる(・・・・・)
 一度でひっかからなければ、場所を変えてやりなおせばいい。
 いかにも気長な、神らしいやりくちだ。

「目的は以前の復讐、というわけではないようですが」
【ああ。まずは謝罪を】
「……は?」
【前の《木霊エコー》が、散り際に醜態をお見せしてしまった。
 慙愧の念に堪えない、申し訳ないことをした】

 大鴉は、いかにも真面目な口ぶりでそう言った。

【《木霊エコー》というのは、我ら神の力と精神を、精霊や人のありように歪めて押し込めるものでね。
 生まれたての《木霊》は、多かれ少なかれ感情的だったり、短絡的だったりと、幼児性を帯びている傾向がある。
 ……とはいえ、言い訳にもなるまいが】

 僕はぽかんと口を開けていた。
 まさか、神――まぎれもなく、実在の『神さま』である!――から、謝罪の言葉が出るだなんて。
 どこかの三文芝居か何かのようだけれど、まぎれもない現実だ。

「あ、え、あ……」

 ルゥが、ぱくぱくと口を開いている。
 ……気配だけで、「これは神の遣いだ」と確信してしまう存在が相手だ。
 それが僕に対してこうフレンドリーに話しかけているのを見れば、混乱もするだろう。

【ああ、ドワーフ君。そちらの灯火の戦士殿とは以前、刃を交えたことがあってね。
 彼の師を相手に随分と消耗させられた後とはいえ、いやはや強敵であった。
 純粋な人間に《木霊》を消滅させられたのは、いつぶりであろうか。
 あれから更に腕を上げたようでもあるし、このまま磨けば彼、神話の英雄と肩を並べることも――】
「スタグネイト」

 意識的に刺々しく声をかけて、彼の語りを止める。
 積極的に闘争する気はないようだけれど……目の前にいるのは、危険な思想を持つ神の、その《遣い》だ。
 何を企んでいるか、知れたものではない。

「貴方の語りに付き合う気はありません。用件は」
【つれないな。おしゃべり程度、付き合ってくれても良いだろう? 私と君との仲ではないか】
「僕と貴方の間にどういう仲があると?」
【……あんなにも熱い夜を過ごして、刺したり刺されたりしたじゃあないか】
「神が冗談を嗜むとは知りませんでした」

 かちかちと嘴を鳴らして、大鴉が笑いを表現した。

【して今日は、私を昇天させた逞しい戦士殿に話があってきたのだよ】
「とりあえずいい加減、その首へし折っても許されると思うんですがどうでしょう」
【やめたまえ恐ろしい】

 こうして戦わない前提で接してみると――
 不死神スタグネイトという神は、単純な力もそうだけれど、それ以上に、そうでない面が恐ろしいのだと感じた。

 この神は、話せる(・・・)
 冗談が交わせるのだ。
 もし悩みを話せば、真剣に聞いてくれるだろう。共感だってしてくれるかもしれない。
 ともに解決策を模索したり、あるいは神の力で良い方に導いてくれたりもするだろう。どこまでも真摯に。

 だからこそ(・・・・・)、極めて恐ろしい神なのだ。
 恐らく――最終的にこの神に魅入られた者は、自らの意志で不死化し、自らの意志で彼の旗の下に馳せ参じ、自らの意志で忠を尽くすのだ。
 先程から、僕の神さまであるところのグレイスフィールは、僕の脳裏で警鐘を鳴らしっぱなしだ。

 ……親しんで(みいられて)はいけないと、彼女は必死に訴えていた。

「貴方の手管には乗りません。それで、用件は」
【うむ】

 大鴉はばさり、と羽をひと打ちして整えると、居住まいを正して言った。


【ウィリアムよ。汝は灯火の加護もて竜に挑み――そして、力及ばず敗れ死す】


 その予言じみた言葉には、真実の音色が篭っていた。

【無駄死にを厭うならば、《神々の鎌》、邪竜ヴァラキアカとは今は戦うな】

 紅の瞳に、射竦められた。



 ◆



「…………」
【信じられぬならば、グレイスフィールにも伺いを立てるがよかろう。
 我が力と貴方の加護をもって、現時点で竜へと挑み、勝てるかと。同じ答えが返るはずだ】

 漆黒の鴉が人語を語る光景は異様で、しかしそれだけにその言葉には重みがある。

「なぜそれを、僕に」
【君が英雄たるの資質を示したためだ】

 あっさりと大鴉は答えた。

【私は人間を愛している。ことに英雄には目をかける、君の師らのようにな。
 英雄がその魂の輝きでもって、不可能を乗り越え理不尽を打破する、その姿を愛している。
 それこそが人間の、いや、生命の可能性の体現であるとすら思う】
「…………」
【だからこそ、その姿を永遠のものとして留めたい。
 凡愚に引きずり降ろされ、陥れられ、苦渋と後悔の内に輝きを失う魂など見るに堪えぬ。
 ヴァラキアカのごとき俗物に殺されるのも同じだ。吐き気がする】

 ……俗物?

【ん。ああ、調査の手が及んでいなかったか。
 ――調べているならじきに分かるであろうが、奴、邪竜ヴァラキアカは俗物だ】

 そう言うと、不死神スタグネイトは朗々と邪竜について語り始めた。

【《神々の鎌(ヴァラキアカ)》。
 その名は、善悪の神々が大戦を行っていた当時に由来する。
 ――まだ私は当時、善と呼ばれる陣営に所属していた。そしてヤツ、ヴァラキアカもそこに居た。
 口から溢れる瘴気のブレス、赤黒い鱗に筋肉質の巨体。六大神に仕える竜たちのうちでも、特に精強で凶猛な個体であったよ】

 ヴァラキアカは強く、そして残虐な竜だった。
 善なる陣営に仕えるのは、敵たる竜や巨人たちが強く、報酬の払いが良いからだと語って憚らなかったという。

「……よく善なる神々も、雇う気になりましたね」
【雇わねば、それがそのまま敵に回るのだぞ。連中とて利得の計算程度はできる】

 確かに、それもそうか。
 戦争中のことだ、多少、行儀の悪い傭兵くらいは使うだろう。

【奴は、戦と勝利と、そして財宝とに執着していた。
 勝って、奪い、そして悦に入る。――獣じみた、分かりやすい気質だろう?
 それだけに、六大神も扱いには注意を払っていた】

 要所に投入され、勝ち、そして無名の竜は《神々の鎌》と呼ばれるようになった。

【途中、私は善の陣営を裏切った。
 その後の仔細は省くが、最終的に私はグレイスフィールと相討つことになり、他の神々もそれぞれに神や竜たちと相討った――
 そして深い傷を負った神と竜は多くが彼方に去り、傷を癒やしている。この世界への干渉は殆どが間接的なものだ】

 それは、この世界に伝わる神話だ。
 神々が実際的に干渉を行うのだから、神が意図的に誤りを流布しないかぎり、大筋は正確に伝わる。

【ヴァラキアカは首尾よく、要領よく、この最後の総力戦を逃れ――そして眠りについた】

 次なる戦と、略奪のために。

【竜の眠りは長い。目を覚ますたび、奴は戦に加わった。無ければ自ら火種を煽った。
 奴は陣営を選ばず、いずれの神の陣にも与した。そのたびに神々の計画はかき乱された。
 ――奴の最後の参陣が、次元神ディアリグマの起こした大乱だ】

 大破局。《大連邦時代ユニオンエイジ》の終わり。

【奴は《上王》と出会い、《上王》に与した。
 まぁお得意の奸智と、俗物ぶりのためだろう。《上王》は刀剣はともあれ、財宝に執着するタチではなかったからな。
 そしてヴァラキアカは、鉄錆山を陥落させ、戦傷を負い、それを癒やすため眠りについた。
 これで戦局から外れ、再び奴はまんまと一抜けを……】
「お、お待ち下さいっ」

 固まっていたルゥが、慌てた様子で声を上げた。



 ◆



「戦傷? 戦傷と申しましたか? 我が先祖は――」
【ああ、なんだ。君、山の生き残りかね】

 大鴉は笑った。
 気持よく笑った。

【ならば良し。《くろがねの国》に連なるものよ!
 この不死神スタグネイトが認めよう! くろがね山の大君、アウルヴァングルは、まことの英雄であったと!】

 それは、子供が友達に、宝物を見せびらかすような。
 そんな無邪気な声だった。

【聞くが良い! そして誇るが良い!
 かの累代の名剣、《夜明け呼ぶもの(コールドゥン)》は、神代より生くる邪竜の片眼を奪ったぞ!】

 ルゥは、その声に。本当に、無邪気に、誇らかに、自らの祖を称える神の声に。
 ぶるぶると震える手で、ぎゅっと拳を握った。

「ま、まことですか……」
【うむ、まことだとも。痛快至極、見事な英雄ぶりであった】
「……っ、ぅぁ……」

 堪え切れず、ルゥの喉から嗚咽がこぼれた。

「よ、良かった……良かった……」

 そんなルゥの様子を、不死神の遣いたる大鴉は、微笑ましげに眺めている。
 これだけを見ていると、とても悪神とは思えない。
 ――けれどこの神が、その情ゆえに多くのアンデッドを生み出し、生死の理を歪めては災禍を生む神であるのも、事実なのだ。

【ウィリアムよ。
 いずれ君は、アウルヴァングルの偉業をも超え、ヴァラキアカの首を掻き切れるやもしれぬ。
 だが今はその時ではない。戦いを避けよ。雌伏し、鍛錬したまえ】

 その言葉は、僕を本気で案ずるもので。

【君は肯定しづらいかもしれないが――たとえ(・・・)犠牲者が出ても(・・・・・・・)だ】
「…………」

 なんと答えていいか、逡巡した、次の瞬間。
 ――ぞくり、と背筋が粟立った。

「……っ!」
【そら、竜の眠りが浅くなっている】

 玄室に地鳴りが響く。


 ――ォォォォオオオオ……


 大地が、揺れた。
 地の底から響くような、唸りが聞こえる。


 ――ォォォォォォオオオオオオオ……


 魂を鷲掴みにされるような、恐ろしい響き。
 かたかたと、手が震える。
 ……生き物の唸り声に恐怖を感じたのは、一体いつ以来だろう。


 ――ォォォォォォォォオオオオオオオオオオ……


 ひときわ長い唸りが響くと、揺れも唸りも、唐突に止んだ。

【竜が威を示した。奴にとっては、目覚め際に寝返りを打った程度のものだろうが……
 早く領地に戻り給え、混乱が起こるぞ】


 ――鉄錆の山脈に、黒き災いの火が起こる。
 ――火は燃え広がり、あるいは、この地の全てを焼きつくすであろう

 ――竜が来るぞ。
 ――竜が来る! 竜が来る! ヴァラキアカ! 災いの鎌が下る!


 不吉な文言が、再び脳裏をよぎった。
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
評価やブックマーク、感想、レビュー等、本当にありがとうございます。
作品を継続するモチベーションとなっております。
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