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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉

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 勇気というのはどう奮い起こせばいいのか。
 前世で何もできなかった僕は。3人に教えられた技術頼みの僕は。
 また、あんな大敵に挑む勇気というものを、奮い起こせるのだろうか。

 そんなことを少し考えつつ。
 午後もルゥを伴ってあれこれ教えつつ、執務室で仕事を片付けていると……


「それが新しい従士か。……どうも風采が悪いな」


 遅れてやってきたレイストフさんが、ルゥを一目見て、そう呟いた。
 彼はここ数日、遠方の村まで出かけていたので、ルゥと出会うのはこれが最初だ。

「あ、う……」

 その鋭い視線と率直な物言いに、ルゥが少し怯む。
 レイストフさんは、少しの間、ルゥを無言で眺めると……つかつかと歩み寄り、彼を立たせた。

「猫背すぎる」

 レイストフさんはルゥの背中を軽く叩くと、両肩を握ってぐい、と引きつけた。

「肩が前に出すぎだ。その姿勢はしょぼくれて見え、押し出しが極端に悪くなるぞ」

 いいか、と彼は言った。

「男ならば顎を引き、背筋を伸ばし、唇を引き結べ。
 視線を彷徨わせるな。向き合っている相手の目か、口元にぴたりと合わせろ」
「は、はい……!」
「良し。少しはマシになったな」

 レイストフさんは、いつも目を見てしゃべる。

「俺はレイストフだ。名前は」
「ル、ルゥと」
「ルゥか。ウィリアムをどう思う」
「そ、尊敬しています!」

 そうか、とレイストフさんは頷いた。

「ならば従士として、あるじの格を下げるような振る舞いはするな」
「!」
「常に凛と背筋を伸ばし、視線をまっすぐに据えろ。
 口を開く時は、正しい言葉で堂々と語れ。語れぬならば、むしろ沈黙を選べ。
 ――それがひとかどの男というものだ。いいな?」
「はいっ!」

 レイストフさんがルゥに語るごとに、ルゥの背筋が伸び、視線が据わってゆく。
 なんとなく、ルゥの気持ちが分かる。
 なんというか……レイストフさんに鋭い目でじっと見られながら、こう言われると、できそうな気になってくるのだ。
 相手をその気にさせる、というのも一つの才能なのかもしれない。

「ウィリアム」
「はい」
「構わんか?」
「どうぞ」

 レイストフさんは時々言葉が少ないけれど、もう数年の付き合いなので、だいたい分かるようになってきた。
 この場合の「構わないか」は、「俺がコイツに作法や仕事の手順等を叩き込んでも構わないか」だ。

「むしろ、僕からレイストフさんにお願いしようと考えていました」
「そうか」

 うっそりと頷く。

「ルゥといったな」
「はい」
「厳しくやるぞ」
「はい!」

 とりあえず、この人に任せておけば問題なさそうだ。

「……そうだ、レイストフさん」
「なんだ」
「勇気って、なんだと思います?」

 そう問うと。
 彼は眉をひそめて僕を見て、こう言った。


「……少なくとも、そのように考えているうちは分からんものだ」



 ◆



 その後、《鉄錆山脈》の方面を警戒し、情報収集も怠りなく進めていたのだけれど……
 夏から初秋にかけては、拍子抜けするほどに平穏そのものだった。

 夏から秋にかけて麦の収穫があり、にぎやかな収穫のお祭りがあって、新しく醸造したビールで宴が開かれた。
 お酒を手に火を囲めばドワーフも人もなくて、少しは隔ても和らいだかもしれない。

 街の融和のためなので、僕も率先してあちこちで皆と飲んで騒いだ。
 グレンディルさんやゲルレイズさんたちと、レイストフさんとが武勇伝を語れば、彼らは武骨者同士、意気投合したし。
 メネルは珍しく、ルゥや僕と肩を組んで上機嫌だった。
 ……ちなみに断じて僕はお酒好きではない。やろうと思えば禁酒なんて簡単だ。なにせもう数十回はやっているし……

 そうして秋になりドングリなどの木の実が落ちるようになると、家畜を盛んに森に入れる時期だ。
 栄養価のある木の実を食べさせて太らせて、冬を越させたり、冬になる前に殺して薫製にしたり。
 あるいは冬越しのための薪や、果実や茸などの森の恵みを求めて、採取に立ち入る人も増える。
 今年は《ヒイラギの王》も約束したとおり、森は豊かで皆が喜んでいた。

 この季節は、冒険者の人たちも忙しくなる。
 これまでこの地域は、森に入る人や家畜が魔獣に狙われるため、森をあまり利用することができず、そのため豊かになることができなかった。
 確保した村の周囲の小さな安全圏で、細々と生き、森の深くまで踏み入ることは自殺行為。そんな生活を強いられていたのだ。

 今、僕が来てから3年、その状況は大幅に改善された。
 冒険者さんたちとともに、大規模な魔獣討伐を繰り返したためだ。
 かなりの地域が人の領域となり、魔獣の縄張りは後退し、牧畜や採取に使える領域も増えた。

 とはいえそれでも、ここが《魔獣の森》であることは変わらない。
 やはり人の領域まで進出しようとする魔獣は多い。

 それを迎え撃つのが、森に埋もれた遺跡の探索と合わせて、この地域での冒険者さんたちの大きな仕事の一つだ。
 彼らは村々に雇われて、宿泊や食事、いくばくかの金銭や仕留めた魔獣の皮革などを対価に、村付きの魔獣狩人として魔獣を討伐する。
 それによって村々は安全を確保し、冒険者さんたちは報償と、そして時には大物を仕留めて名誉をも得る。無論、時には死ぬこともある。
 ……あるいはうっかり村の娘さんとか未亡人さんと深い仲になって、そのまま居着くことになってしまうなんてのも、たまに見る光景だ。

 ともあれ、そこで得られた魔獣の革や骨は、収穫された麦や野菜、薪や炭などと共に《灯火の川港》に売られることになる。
 その金銭で冒険者さんは再び武器を整え、村人さんは農具や生活必需品、家畜を買って帰る。
 こうして村は富み、生産力を高め、一方で《灯火の川港》は得られた食料品や燃料で膨大な職人さんや労働者さん、商人さんを養うことができるようになる。

 そうして農村から供給された食糧によって活動する職人さんたち。
 彼らは鍛冶や陶芸、木工、織物などをして、農村部向けや、都市向けの商品を作る。

 定期、不定期に《白帆の都》から《灯火の川港》周辺では生産できない品々を積み込んだ船がやってくる。
 労働者さんたちが船からそれらを下ろし、代わりにここで生産された、木工品や白磁を積み込んでゆく。

 商人さんたちは、その《白帆の都》と《灯火の川港》間の河川交易で収益をあげる。
 あるいは倉庫などを確保して、街の様々な住人に対してお店を開いて儲けているケースもある。

 領主である僕、というか実務を司る家臣さんたちはこの流れの各所から資金と労働力を徴収して、地域を統治運営する。
 たとえば年貢やら日数を区切っての労役、港や市場の使用料やら、諸々だ。

 こうして《灯火の川港》の経済や産業、行政は回っている。
 現在のところ、町のさまざまな産業は年々規模を拡大し、労働市場は変動しつつも若干の売り手優位を保っている。
 北のグラスランド大陸からの移民が増加傾向にあっても、楽観はしかねるものの即座にどうこう、というほど切羽詰まった状態になっていないのは、このおかげだ。
 時折ふらつきながらも、バランスのとれた好循環。

 これは幸福なことではあるけれど、あくまで自転車操業だ。
 逆にこのバランスが崩れれば、あっという間に今の好循環は破綻する、ということでもある。
 たとえばそう、基盤となっている《魔獣の森》各所の農村部が、魔獣によって大きな被害を受けるとどうなるだろう?
 玉突き式に、農村部に食料と燃料の供給を頼る《灯火の川港》で食糧危機が発生し、おまけに燃料不足から工房が操業停止、なんて事態が起こりうるのだ。

 そういうのが起こってしまうと商人さんたちも往来を見合わせるから、今度は船の行き来も減る。
 そうなると税収も減って対応能力も減少し、ますます魔獣たちが跋扈し――という連鎖に入れば立て直しは困難だ。
 この地域は発展し始めたばかりで、蓄えもけして多くはない。

 ――トラブルは、できるだけ早期に芽を摘まねばならない。



 ◆



「はああぁっ!」

 気合の声とともに担ぎあげられ、天地が一気にひっくり返る。
 腕で地面を叩いて受け身を取った瞬間、頭のすぐ近くに強烈な踏みつけが来た。
 ……ある程度、流しでやった試合とはいえ、こちらの負けだ。

「お見事! 今のは良かったよ!」

 見上げながら明るい調子でそう言うと、

「あ、ありがとうございます!」

 とルゥが声を返してきた。
 ここ数ヶ月で色々な人から教えを受けたルゥは、背筋もしゃんとのびて、なんだか随分と精悍な感じになってきた。 
 実戦はまだだけれど、腕もメキメキと上達している。

 ……彼には、天賦の才があるようだった。
 武器や格闘の試合に限ってならば、もう僕やメネルと戦っても、そこそこ形になる。
 特に、格闘は凄かった。

 訓練を繰り返している内に気づいたのだけれど、ドワーフという種族は組み技にかなり高い適性がある。
 彼らはがっしりして、筋力が高いけれど身長が低い。身長が低いということは、つまり重心が低い位置にあるということだ。
 組み技の素人は、組んでの押し合いとなると「上から力をかけて、相手を潰すように押しこむ」ようにイメージして、実際にそうしてしまうことが多々あるけれど。
 実際には、「重心を低く保ち、下から相手を浮かせる」のが正しいやりかただ。

 よく分からなければ大きい球と、その半分くらいの小さい球を横から押し付け合った時をイメージして欲しい。
 押し合えば小さい球が下に潜り込んで、大きい球を浮かせてしまうだろう。
 足が浮いてしまえば、もう力は込められない。
 小さい球になり、下から踏ん張って、地面の力を利用して押し上げる。これが正しい組み合いの際の勝ちの原理の一つだ。

 そういう意味で、低くてがっしり、というのは恵まれた体だ。
 ただリーチが短い点に難があるから、武器戦闘ならやはり長柄かなぁ……などと思っていると。

「わーっ、どろんこあそびしてゆー!」
「ああっ! お二人とも、泥だらけじゃないですか!」

 と、シャノンちゃんを伴って家を訪ねてきたアンナさんが、口元に手をやって叫んだ。
 太陽の位置を確認する。だいぶ昇っていた。……しまった、もうこんな時間だ!

「もうお客様もくる時間なんですから、いけません!
 はい! 服脱いで、洗い籠にいれて、手を洗って、体洗って、着替えましょう!
 ほら領主様も、ちゃっちゃと脱いで脱いで!」
「え、あ、いや……」
「あ、あの……!」

 あっという間に僕もルゥも井戸に連行されてしまう。

「ちゃんと洗って! 石鹸も使って!
 ああ! ほら、領主様、もっとちゃんと丁寧に!
 英雄さまなんですから、子供の手本にならないと!」
「てほんになやないと!」

 最近アンナさんも逞しくなったなぁ、と思いつつ井戸水を浴びて汗を流す。

「あ、あの……」
「大丈夫、気にしないでいいよ」

 女性の前で半裸になるのを躊躇うルゥに、そう言い切る。

「ええ。いちいち気にしたりはしませんよ! もう!」

 女の人というのは母になると、こうなるものなのだろうか。よく分からない。

「ホント、男の人ったら夢中になるとそれ一辺倒なんですから!
 うちの旦那なんか、私がやってあげないとぜんぜん髪を切らなくて……」
「はぁ……」

 奥さんそれ多分、あなたに刈って欲しいから伸ばしてるんだと思います。
 ……と、口にはしないだけの分別が、いちおう僕にもあった。

「それで今日は?」
「いくつか決裁していただきたい書類が。それと陳情が出ています」
「なんと?」
「森でアンデッドの目撃情報があったと……」
「アンデッド、ですか」

 アンデッド出現は、久々だ。
 ……《獣の森》周辺の不死者関係の案件は、優先的に神殿経由で僕のところに持ち込んでもらうようになっている。

 冒険者さんたちに投げてもいいのだけれど、彼らは必ずしも、死者を安らかに輪廻に還すすべを持っていない。
 そりゃあゾンビやスケルトン相手なら、戦槌メイス担いだ戦士数人で原型留めぬほどに粉砕しても、脅かされている人たちの問題は解決するけれど……
 それは、流石にちょっとむごい。

 不死者の3人に育てられた経歴もあって、僕はアンデッドには感情移入してしまう。
 そういうわけで、こういう案件は可能なかぎりは僕か、僕が無理でも誰か神官が出るようにしていた。

「……あ」

 この案件、ルゥの初陣には、ちょうどいいかもしれない。
 灯火の神さまを信仰する関係上、僕はアンデッドに対してはとても優位だ。
 魔獣相手よりも、危険に陥った際にフォローがしやすい。

「ルゥ。この話なんだけど、僕が出るよ。ついてきてもらえるかな?」
「…………!」

 そう言うと、ルゥはぱぁっと顔を輝かせた。

「は、はい、お伴させて頂きます!」

 喜びと、張り切った様子を見せるルゥに、シャノンちゃんがこてんと首を傾げた。

「? るぅ、うれしい?」
「ええ! とっても!」
「そうか。……それは、よかったな」

 きりり、と顔を引き締めてシャノンちゃんがレイストフさんの真似をするものだから、その場の皆が噴き出した。

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