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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉

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 彼を受け止めた僕は、驚きに一瞬動きが止まった。
 彼の方も驚いたようだけれど、立ち直りは彼の方が早かった。
 ぺこりと僕に向けて一礼すると、

「やめなさい!」

 と叫んで酒場の争乱の中に戻る。
 少し見ただけで、おおよその状況は見て取れた。

 酒場の中で椅子とテーブルが乱雑にひっくり返っていた。
 男が二人、喧嘩をしているのだ。
 人間の男がふたり。
 どちらも職人風で、なかなか筋骨たくましい。
 すでにずいぶんお酒を入れているのか、顔が真っ赤だ。

「ああ! すっこんでろ!?」
「カンケーねぇのが割り込んでくるんじゃねぇよ!!」

 お酒臭い息とともにヒートアップする二人。
 他の客は巻き添えを嫌って様子見しているか、やんやとはやし立てて煽っているかといった風。
 給仕の女の子は困り顔でおろおろしていて、

「だから、やめなさいったら!」

 ドワーフさんが互いを引き分けようとしているのだけれど――
 これがどうにも、うまくない。

 なんというか、いともあっさりとぶん殴られて突き飛ばされている。
 パワーはありそうなのになぁ、と観察していると、なんだか身に覚えのある理由だった。

 素手の喧嘩に対する慣れがないのだ。
 おっかなびっくり動いているから、思い切りがよくて喧嘩慣れした職人さんたちにあっさり後れをとっている。
 この物騒な時代に、あんまり喧嘩慣れしてないとは珍しい。
 あの筋量と体格なら、組み付いて思い切り締め上げるだけでけっこう有効だろうに……

「おらぁっ!」
「やめ――ぶっ!?」

 うわ、いいの入った。
 と、こんな風に僕が呑気に観戦しているのも理由がある。

 この場のまだ誰も、武器を抜いていない。

 平和な前世の現代ではないのだ。
 職人さんだって短剣くらいは腰に吊すか、懐に忍ばせてて当たり前だ。
 それを抜いていないし、さらに言えば無関係の人に暴力を振るったりもしていない。
 つまりまだ全員、ヒートアップはしてるけど最低限の節度は守ってる。

「お店の迷惑になるから――外でやりなさっ、ぐふ!」
「いいから黙ってろ!」
「くっそ、しつけぇな!」

 なので、もう少し見守ってもいいだろうかな、と思う。
 ドワーフさんもドワーフさんで頑張ってるんだし、あの職人2人にも何か喧嘩するくらいの理由はあったんだろうし。
 いきなり領主が割り込んでも、後から大きなことになりすぎ――

「だああ、おい! そいつ押さえとけ!」
「こいつやっちまってから続きだなっ」

 とか思ってたら、なんか喧嘩してた二人が結託しはじめた。
 殴られても殴られてもドワーフさんが止めるものだから、先に排除してから続きということで合意してしまったらしい。
 実は彼ら、仲いいんじゃなかろうか。

「いい加減、つぶれ、とけっ!」
「ぐ――!」

 片方が首根っこ押さえて、もう片方が執拗に膝蹴りを入れ始めた。
 あー、そろそろ、これは、いけない。
 男同士の素手喧嘩ならまだいいけど、複数人で一人を囲んで暴力行為は頂けない。


「やめましょう?」


 お店に踏みいると、そう言った。

「ああ!? うるせ――」
「なんだ、また……」

 男二人がこちらを振り向き、

「……」
「……」

 完全に硬直した。
 二人とも口をぽかんとあけている。
 はやし立てていた観客も同じだ。

「やめましょう? それ以上は見過ごせません」

 二人とも、真っ赤だった顔が一気にさぁっと蒼白になった。
 ……だからできれば避けたかったのだけれど、仕方ない。

「大事にするつもりはありません。
 お二人はちょっと飲み過ぎただけですよね?」

 確認するように二人の顔を見つめてそう言うと、二人ともこくこくと無言で頷いた。
 凄い勢いの頷きだ。

「なら、今日はもうこの場の皆に謝って……
 あとはもう、家に帰って寝ちゃいましょう?
 大丈夫、後から問題にしたりしませんよ」

 笑ってそういうと、なにが怖いのか二人とも縮み上がり、ものすごい勢いでドワーフさんや給仕さんに謝りはじめた。
 お酒の勢いと興奮なんて、一度醒めてしまえば空しいものだ。

「ご迷惑おかけしやした!」
「ホントに酒の勢いですまねぇことを!」

 そんな感じで謝ると、二人は迷惑料を置いて二人で退散していった。
 ――やっぱりあの二人、連れだったのか。ホントは仲いいんだ。

 そして後にはふらふらぼろぼろのドワーフさん。
 それに呆然とした給仕さんと、お客さんたちが残された。

 …………さて、これ、どうしたもんかなぁ。



 ◆



 ドワーフさんは少し打たれすぎて朦朧としているみたいだったけれど、すぐに正気づいた。
 具体的に言うと、騒ぎを収めてから、僕が気付けの祝祷をかけようとするより早く気づいた。頑強だ。

「あ……」

 きょろきょろとあたりを見回した彼は、状況を理解したのかものすごい勢いで立ち上がる。

「こ、このたびは……っ!」
「待って待って」

 そのまま下げようとする、その額を押さえて止めた。

「顔とか頭、けっこう殴られたでしょ。
 いきなり立ち上がったり、頭下げたりしちゃいけないよ」
「あ、はい……」

 頭部のダメージは割としゃれにならないことがあるのだ。
 そう言い聞かせると、ドワーフさんも少し落ち着いたようだ。
 給仕の娘さんにお願いして、椅子を一脚貸してもらって座らせる。

「あと、井戸水か何かで冷やした手拭いお願いします」
「かしこまりましたっ」

 気づくとお客さんはずいぶんと減っていた。
 うん、仕事帰りに愚痴でも言いつつ騒ぐつもりで酒場にきて、そんで起こった喧嘩を観戦して楽しんでたら……
 いきなりフラッと領主が入ってきてそれを止めたのだ。

 そりゃ、面倒を避けたければ河岸を変える。
 お店にずいぶんと迷惑をかけてしまったなぁ……
 と、思いながらドワーフさんの、ハシバミ色の目の前に手を広げた。

「指、何本に見える?」
「三本」
「よし問題ない。吐き気や悪寒、頭痛は?」
「ありません」
「お名前は?」
「……ルゥと」

 濁音多用でごつい感じの多い、ドワーフらしからぬ名前だ。
 略称か愛称かもしれない。

「ルゥさん。ご存知かもしれないけれど僕はウィリアム、よろしく」
「よ、よろしくお願いいたします」

 受け答えもしっかりしているし、手足の痙攣や、止まらない鼻血なんかの危険な症状も見られない。
 少し経過を見ないといけないけれど、問題なさそうかな。けど……

「あれだけぶん殴られて、膝蹴り連打までされて、ここまで何事もないって凄いね」
「……頑丈が取り柄ですから」

 そう言って、赤茶けた髪のルゥさんは目を細めた。
 祝祷術はそうポンポン使うものでもないので、通常の治療で済むならそれに越したことはない。
 給仕さんにお礼を言って、打たれた部分に濡れ手ぬぐいを当てる。

「それと……ご店主は? お騒がせしたので、一言お詫びをと」
「あ、父は今、臥せっておりまして……」

 そう言うと、給仕さんは悲しげに目を伏せた。
 それであんな、店内での喧嘩を許すような状況だったのか。

「診ましょうか?」
「!? め、滅相もないことです!」

 ……立場が重くなるというのも、本当に困りものだ。

「構いませんよ。病人がいると知りつつ見捨てたとあらば、僕が神さまに怒られてしまいます。
 神様に見捨てられた聖騎士なんて、三文芝居でしょう?」

 冗談めかして肩をすくめると、給仕さんの表情も和らいだ、

「無事に治った暁には、是非、礼拝所にお参りして、お供えの一つでも」
「は、はいっ、必ず……!」
「それじゃあ、ルゥさん。すぐ戻りますから、安静にしてて下さい」

 そう言って、僕は酒場の住居部分に向かった。



 ◆



 酒場の親父さんの病気自体は、そんなに大したものではなかった。
 ちょっとしつこい皮膚病のたぐいだ。
 ただ見た目に関わる病気だ、風評を考えるとお店には出られないというのも分かる。
 ぺたりと患部に触って祈りを捧げると、すぐに綺麗になった。

「お、おお……」
「ありがとうございます、ありがとうございます……っ!」
「灯火の女神さまに頂いた力です。ですから、お礼は神さまにどうぞ」

 と、僕は笑う。

「あ、あの。お礼の方は……」
「いっぱいください」
「へ?」
「女神様へ、感謝の気持ちをいっぱいお願いします。
 ……あ、お金や物は勿論、できる範囲で大丈夫です」

 下手な冗談を言うと、親父さんも娘さんも笑ってくれた。

「では、よろしけりゃ今からでも、うちの料理をどうぞ!」
「父の料理は美味しいんですよ!」
「それはありがたい。実はうっかり、夕飯を食べ損なってて……」

 そんな風に、少しは雰囲気も和らいだところで、酒場に戻ると……
 ルゥさんが、酒場の扉を修理していた。
 ああ、そういえば扉、あの時に壊れて―― 

「って、何してるの!?」
「じっと待っているのも退屈で……」
「だからって怪我してるんだから……って凄っ!?」

 開閉部の破損した扉が、ほぼ完璧に直っていた。
 ありあわせの材料と道具しか使っていないというのにだ。

 僕も流石に数え18歳、この世界でもう17年生きてる。
 多少の木工や細工は理解できるし自分でもできるけれど、だからこそ分かる。

「うわぁ……」

 ものが違う。さりげない応急処置だけれど、だからこそ腕の違いが明白だ。
 短時間に綺麗に直している。よどみがない。

「わ」
「こりゃ凄い」

 と、酒場の父娘二人も感心している。

「いえ、そんな……ウィリアム様に比べれば……」

 けれど、ルゥさんは俯きがちにそう言った。

「強くて、勇気もあって……」

 ルゥさんは、どうやら、あまり自分に自信がない人らしい。
 なんとなく、前世の記憶もあるから、気持ちはわかる。
 でも、だからこそ……

「そういうの、やめたほうがいいですよ」
「へ?」

 しゃがんで見上げて、視線を合わせた。
 われ知らず、マリーを思い出して、ちょっと丁寧な口調になる。
 彼女なら……多分、僕がこんな風に鬱々としていたら、こういう風に言うだろう。

「自分は弱くて意気地がないだなんて、遠回しに自分を呪うのはやめましょう」
「…………」
「ことばには、力があるんです。
 ……ひとを縛ったり、呪ったりもできる力です」

 ハシバミ色の目が、戸惑うように揺れていた。

「仇敵に呪われるならともかく、自分で自分の心を呪っちゃうのは、やめましょうよ。
 自分くらい、自分の心の、いちばんの味方であってあげませんか?」

 前世では、自分もできなかったことだ。
 だからこんなこと、あんまり偉そうには言えないなぁ……と思いつつ、それでも柔らかに笑って、言い切った。
 自分もできてなかろうがなんだろうが、それらしく振る舞うべき時というのはあるのだ。

「は、はい……っ!」

 幸いなことに。
 ルゥさんの背筋が、少しだけ伸びた気がした。

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