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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉

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 薄闇の中で目が覚めた。
 板張りの、部屋の天井が見える。
 ずいぶんと懐かしい夢だった。

「ああ……」

 なんとなく。
 自分があの時、あのドワーフたちを助けた、本当の理由が分かった気がした。

 ……悲しかったのだ。
 しゃんと伸びた背、編み上げた髭、ぴかぴかの斧に、誇りに満ちたまっすぐな目。
 そういう想像を裏切られたからじゃない。

 ブラッドが。あのブラッドが、戦士と認めた彼らが。
 汚れて、ドロドロになって、手足も細く、目ばかり不安と、警戒でぎょろついていて。
 びくびくと、卑屈に、うかがうように僕を見る。
 そんな光景が、どうしようもなく悲しかったのだ。

 あなた達はそうじゃあない。
 そうじゃないのです。
 本当は、あなた達は、とても凄いのです。
 あなた達は、もっと、もっと――

 ……きっと僕は、そう言いたかったのだ。
 もちろんそれは、僕の中にある理想を、彼らに勝手に押し付けているだけだ。

 けれど、それでも。
 それとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
 彼らに誇りを取り戻して欲しかった。
 あの卑屈な、うかがうような視線をやめてほしかった。
 胸を張って欲しかった。

「…………」

 だから、あの時。
 銀貨をもらって、僕はあんなに嬉しかったのだろう。

 そういうことだ。
 そういうことだったのだ。
 自分でも、案外、自分の心の動きなんて分からないものだ。

 ゆっくりとベッドからぬけ出す。
 藁束を重ねて、白いシーツを張ったベッドだ。
 藁の山の中で眠るのと違って、体に藁がひっつかなくていい。

 そのまま静かに扉を開けて、廊下に出て、庭の井戸までゆく。
 今の屋敷は、丘の上にある。
 遺構の中でしっかりしていて、大きなものだ。
 別に大きな住まいに住みたいわけではないのだけれど、僕が大きな家に住まないと皆が遠慮してしまうし、来客や宿泊もけっこうあるのでそうする必要がある。

 結果、使用人を雇うことになった。
 メイドさんだ。
 前世のフィクションの記憶があるので、メイドを雇うというその響きには若干ときめいたのだけれど……

「……あ、おはようございます」
「ああ。坊っちゃん、おはようさん」
「ぶはは、寝ぐせが酷いねぇ! ちゃんと頭ととのえときな!」

 募集に応じたのは近所のオバちゃんたちだった。
 現実なんてこんなものである。

 もちろん、それはそれとして掃除に料理に洗濯にと活躍してくれるので、とても頼りになる。
 おかげで時間に余裕ができて、鍛錬を再開できるようになった。
 昔ガスが、時間というのはある程度、お金で買えると言っていたけれど、まさにそれだ。

 釣瓶を使って井戸から水を汲み上げる。
 引き上げながら、ふと、手押しポンプとかあれがあれば便利かなぁ、と思った。
 確か一方通行の弁を用意して、圧力を使って汲み上げる仕組みだと記憶しているけれど……
 でも、細かい図面まで分からない。あと、この時代的に、そんなに潤沢に金属を使えない。
 つまりは再現不能だし、再現しても行き渡らないのでほとんど意味が無いか、と顔を洗って口を濯ぎながら結論した。

「よし」

 仕上げとばかりに、寝癖直しに髪に水をつける。
 ……直らない。

「あれ」

 もうちょっと水をつけて丁寧に整える。

「……よし!」

 ぴょん、と髪が跳ねた。

「う、うぐぐ……!」

 もいちど、今度は手櫛なりに丁寧に整え直す。

「…………今度こそよし!!」

 また跳ねた。
 凄まじくしつこい。
 直す。跳ねる。直す。跳ねる……

「………………よし」

 ……跳ねた。 

「うがー!」

 僕は頭に手桶の水をぶちまけた。



 ◆



「……それでそんな頭ぐっしょり濡らしてたのかよお前」

 屋敷の庭。
 メネルが馬鹿だなーと笑いつつ、僕の頭を押さえつけている。

「ぐ、ぅ……!」

 ぐぐ、とそれに抵抗するように首を反らす。
 首の筋力の鍛錬(ネックトレーニング)だ。

 首の筋力というのは地味に重要だ。
 頭部を殴打された時、あるいは足など刈られて倒れる時、頭を守るのは首の筋力なのだ。
 ここが弱いと、わりとあっさり深刻なことになる。

「ほれ、9回……10回!」
「ぐ、ぐ……」

 思い切り抑えこむ力に、思い切り首を反らして抵抗して押し上げる。
 息はゆっくり吐きながら。
 前世の何かで読んだけれど、力を込めるとき、息を止めながら筋力トレーニングをすると、血圧がとても上がってよくないらしい。

「よし交代」
「はー……」

 そんな調子で延々と、基礎的な筋力鍛錬と柔軟運動を重ねる。
 腕。足。腹。背中。日によって重点的にやる箇所は違うけれど、戦いで使う部分を満遍なく鍛え込む。
 しなやかで強い体こそが全ての基礎だし、鍛え続けて、十分な食事を摂り続けなければ、これは失われる。

 ブラッドと居た頃、ある程度の年齢になってからはずっとやっていて、旅や日々の生活で中断されていたものだ。
 これが再開できていなかったら、流石にケルヌンノス相手に力押しはできなかったろう。
 ……ブラッドはよく、旅の身であれだけの筋力を維持できていたものだと思う。
 何かコツとかあったんだろうか、聞いておけばよかった。

「よし、んじゃあとは素振りだな」
「うん」

 体の基礎鍛錬をして、素振りをして、あとは型とか模擬戦とか日によって。
 取り出したるは剣――ではない。
 その2倍か3倍の重さのある、長く太い木のカタマリに握りをつけたものだ。

「よい、しょっと」

 まずは試しに一振り。
 ごう、と空気を抉り抜くいい音がした。
 武器より重い鍛錬具に振り回されないのは、戦士の基礎の基礎だとブラッドは言っていた。僕もそれに異存はない。

「相変わらず、見た目によらず怪力だよなお前……」

 メネルが呆れたように言う。
 エルフの血をひく彼は体の線がほっそりしていて、瞬発力や敏捷性は凄いけれど、力はそれなりだ。

「見た目によらずじゃなくて、見た目も相応になって欲しかった……!」

 いや、勿論、僕の体も人から見て、それなりに鍛え込んでる感じはするのだ。
 するんだけど何故か、ブラッドみたいに魁偉な偉丈夫! 筋骨隆々! とかそんな感じじゃないのが悲しい。
 どうもこの世界、筋量と筋力が完全に正比例していない疑いがある。
 もっとタフガイな感じになりたいんだけど、この性格含めて「なりきれない」のが残念でならない。

「親しまれてるんだし、そのままでいいんじゃね?」
「人は自分にないものに憧れるんだよっ」
「足ることを知れよ」

 そんな風にひとしきり言い合うと、僕たちは素振りを開始した。
 僕のより細めの素振り棒を手にしたメネルと、お互い数を数えながら振り下ろしや切り上げを繰り返す。

 足さばき、体さばき、腕さばき、剣さばき。
 一つ一つを丁寧に連動させて、足から始まる動きを剣先に伝えてゆく。
 己の動きの現在を確認し、未来に向けて研ぎ澄ます。

「…………?」

 と、視線を感じた。
 朝の鍛錬はレイストフさんや他の冒険者さんが混ざりに来ることもあるし、近所の子供なんかが覗きにくることもある。
 けど、なんだかそんな感じではない気がした。



 ◆



 ええと、と視線の元を探ると――居た。
 小さな家庭菜園の向こう、生け垣の影から誰かがこっちを覗いている。
 見覚えのない、赤茶けた髪だ。

「メネル、ちょっとそのまま」

 続けていて、というと僕はそっちに歩き出した。
 覗くくらいは構わないけど、盗み見るようにしていると泥棒と間違われたりするかもしれない。
 この世界は割と荒っぽいので、そうなるとヘタすると流血沙汰もありうる。

 一声かけて、堂々と庭に入って見てくれていればいいのだ。
 別に僕だってメネルだって、それくらいは気にしない。

「おはようございます」

 そう伝える声をかけたら、生け垣の向こうの誰かはびくりと身をすくませた。
 おどおどと僕を見上げてくるそれは……赤茶けた髪を編んだ、猫背気味のドワーフの男性だった。
 彼らの年齢はわかりづらいけど、髭が短いから、多分まだ若いドワーフだ。

「良い朝ですね」
「え、ええと、お、おは……よう、ございます……」

 慌てて立ち上がった彼と向き合って気づいたけれど、ドワーフにしては高身長な人だ。骨格も太い。
 けれど猫背で、おどおどした様子で、体格からきそうな威圧感はまったくなかった。

「よければそんなところじゃなく、中で見ていかれませんか?」

 どうやら引っ込み思案な人らしいと判断して、できるだけ落ち着いた、優しげな調子でそう語りかける。

「えっ、と……」

 さまよいがちな彼の視線が落ち着いてきた――

「おいウィル、何ごちゃごちゃやってんだ?」

 ところで、やけに遅いと思ったのか、素振りを中断してメネルがやってくる。

「ん、なんだお前、見ねぇ顔だな」
「ひっ」

 びくぅ、と新しい人物の登場にドワーフさんの肩が跳ねる。

「なんだよ、取って食やしねぇって。興味あんのか? 見たいなら見てけよ」
「い、いや……!」

 メネルが親しげに声をかけるけれど、いけない。この場合、こういう人にこういう声のかけかたは――

「わ、私は、結構です! 鍛錬のお邪魔を致しました、失礼しましたッ!」

 彼はついっと慌てた動作で、でもけっこう礼儀にかなった感じに頭を下げると、バタバタと転げるように去ってゆく。
 あっ、と思ったけれど、間には生け垣があるし、無理に呼び止めるような事態でもない。

「むぅ……」

 僕はあっという間に去ってしまったその背中を見送り、それからメネルにちょっと恨めしげな視線を向ける。
 なんというか、失礼ながら、せっかくなつきかけた猫が逃げてしまった気分というか……

「いや、悪ぃ」

 メネルも察したのか、片手をあげて、軽い謝意を示すジェスチャーをする。

「あの手の奴に、ありゃ逆効果だったなー……」
「そうだよ、もう」
「ありゃ鍛錬に興味があったのか、お前に興味があったのか……」

 誰かが覗きにくる理由は、だいたいその2つだ。

「鍛錬のほうじゃない? ドワーフは戦士の種族だし」
「いや、ありゃ戦士ってガラじゃねぇだろ。噂の聖騎士に興味があったんじゃねぇか?」

 そんな風に言い合いながら、ちょっと惜しい思いを抱えつつ、素振りに戻る。
 なんとなく、彼とは仲良くできそうな気がしたのだ。
 ――また鍛錬を見に来てくれるかな? そんな思いは、素振りに集中するうちに、ゆっくりと胸の内に溶けて消えていった。
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