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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉

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「オオオオオッ!!」

 ハルバードが祭壇の一角を砕き、無数の石片が飛来する。
 咄嗟に盾で打ち払い、僕と背後のメネルを庇う。
 メネルは今、《ヒイラギの王》に、《樫の木(オーク)の王》から預かった森の王権を移譲している最中だ。
 まったく無防備ではないけれど、かなり隙の多い状態にならざるをえない。

「……守りたまえ」

 祈りを捧げ、メネルの周囲に輝く結界を構築する。
 ケルヌンノスは強敵だ。戦闘中に突然、メネルに攻撃の手を向けられた場合、フォローしきれない可能性がある。
 そのために譲った一手の隙に、ケルヌンノスが選んだのは《ことば》の詠唱だった。

「《煙から炎デー・フーモー・アド・フラ――」

 けれど、それは悪手だ。

「《沈黙する(タケーレ)》《(オース)》」

 タイミングを見計らって放った言葉に、ケルヌンノスの口ががちりと閉まる。
 次の瞬間ケルヌンノスの周囲で、轟音とともに、爆発と見紛う勢いで毒煙と猛火が荒れ狂った。
 ――《ことば》の暴発。狙って起こさせたものだ。

「強力な魔法使いを殺す最大の好機は、その魔法使いが大魔法を唱える時」

 ガスの教えだ。
 通して唱えられる確信もなしに、長大な詠唱なんてするものじゃない。
 ……けど、どうやらその手も相手の予想の範囲内だったらしい。
 左右に広がった毒煙、うち右方向に駆け出すと、靄のなかに槍を突き込む。
 甲高い金属音。繰り出された長柄戦斧と槍が絡み合い、ぎしぎしと軋む。

「ふむ……祈りの集中から、即座に《ことば》の性質を見切っての割り込みか」

 風が吹く。毒煙が退いてゆく。
 ケルヌンノスに目立った異常は見られない。

「見事、見事」

 ――恐らく、毒と火炎、あるいは魔法的現象に対するほぼ完全な耐性だ。
 自爆しても問題がないからこそ、躊躇なく詠唱したのだろう。
 発語し切れれば良し、し切れなくとも煙幕代わりになる。損のない二択。
 そしてそこから、煙を利用して接近してきたのだ。

 極めて強力な耐性を持つからこそ。そして僕が祝祷や魔法の使い手であると知るからこその、読みと余裕。
 ……なら、白兵戦でかたを付けよう。実体を持ってる以上は、切るなり突くなり叩くなり、何らかの物理攻撃は通じるはずだ。
 腕に力を込めた。

「はっ!」
「オオッ!」

 競り合った武器が弾けるように別れる。
 互いに古樹の、道のように太い根の上を駆けながら武器を交わす。
 立ち位置が目まぐるしく入れ替わり、変化し、時には立体的に交錯し――そしてひときわ大きな金属音とともに、再び正面からの押し合い。

 互いに相手の武器を抑えこもうと、槍とハルバードが軋む。軋む。
 ケルヌンノスの太い腕に血管が浮かび上がり、筋肉が隆起する。
 こちらも腰を据えて、力で対抗する。

「……っ!」

 徐々に、槍がハルバードを圧してゆく。

「ッ……貴様、人間か!?」

 ケルヌンノスが色を失う。
 しかしそれにしたって、人間かとは何だ、ひどい。
 ブラッド流の鍛錬の成果だ。
 ゆっくりと息を吐きながら、更に押しこむ。

「ふぅぅ……」
「ぅ、おおッ!!」

 力の方向を逸らそうとしたり。急な転換、あるいは前後左右の足さばき。
 そういう小技で誤魔化そうとするケルヌンノスに対して、ひた押しに筋力で押しこむ。
 あまり、正面からの力押しで遅れを取った経験がないのだろう。
 露骨な動揺と不慣れが見て取れる技ごときに、してやられたりはしない。
 鍛えぬいた力で、押して、押して、押し抜いて。

 ――技を使うのは、ここだ。

 一気に槍を翻す。
 跳ね上げた槍の穂先は、狙い違わず獣魔の巨大な角に命中した。

「ッ!?」

 敢えて砕くほどには力を込めず、ヘラジカめいた長大な角の先端をかち上げる。
 ……さて。
 人間型の生き物の頭から、長大な角が生えていたとして。
 その角の先端を思い切り跳ね上げると――首はどうなるだろう?

「が……」

 答えは、とてもよく捻れる。
 これはもう物理的な作用として、いかんともしがたい。
 更に角に穂先を絡めて引き込んでやると、ケルヌンノスは完全に体勢を崩した。
 角を引きずり回される結果として、首をぐりぐりと捻じ回されているために、平衡感覚を保てていないのだ。
 試しに真上を見ながら片足立ちをしてみると分かる。首の角度と平衡感覚には密接なつながりがある。
 ましてグリグリと無理やり首を捻り回されたらどうなるかなど、実験してみるまでもない。

 ……そのまま引きずり倒す動作から、流れるように槍を叩き下ろす(・・・・・)

 別に槍は突くのと斬るばかりの道具ではない。
 2メートル以上もある、力を込めてのぶつけあいに耐えるよう作られた棒を、思い切り振り下ろせば――
 遠心力もあいまって、それは凶悪極まる鈍器以外の何物でもない。

 叩き込んだ。
 角と頭蓋の割れる音と、手応え。

「み、ごと…………ぐ、ォオオオオオオオッッ!!」

 それでも尚も凶猛に抵抗を続けた獣魔は、流石は将軍級の悪魔といえたけれど――その抵抗も、長くは続かなかった。



 ◆



 灰になった獣魔を確認し、残った長柄を回収した頃に、メネルの作業が終わった。

「…………おし」

 ここまで恐ろしく慌ただしかったので気づかなかったけれど、彼の顔にはだいぶ疲労が滲んでいた。
 銀の髪は汚れでくすんでいるし、こころなしか頬も少しこけて見える。
 今回の事件ではメネルが一番、苦労をした形なので、それも当たり前かもしれない。

 夏至の日。
 季節外れの待雪草スノードロップが咲き誇ったことから、それは始まった。
 数日後にはそれは、果物が爛熟して腐り落ち、木々がデタラメに伸び、あるいは枯れ――ついには獣や妖精たちが狂い暴れる異常事態に発展。
 早期に異常を察知したメネルは、「森が狂わされている」と、苦虫を噛み潰すような顔で言った。

 ――僕たちは、地域の諸々をレイストフさんとアンナさんのご夫妻にいったんお任せして、《樫の木の王》の元に向かった。
 メネル曰く、一帯の森は冬至の日から夏至の日までを《樫の木の王》が。
 そして夏至の日から冬至の日までを、《ヒイラギの王》が統治しているのだそうだ。

 太陽がその輝きを取り戻す、一陽来復いちようらいふくの冬至の日、《樫の木の王》は《ヒイラギの王》から王権を譲り受ける。
 そして太陽が巡り、太陽がその最盛期を終える夏至の日に至ると、《樫の木の王》は再び《ヒイラギの王》へと王権を譲り渡す。
 そういう双子の兄弟王とも称される、二つの古樹の主の関係をもって、この森の自然は回っているのだと。

 《樫の木の王》の元に向かったのは、そのためだ。
 夏至の日を境にそれが狂っているのだから、《樫の木の王》が何らかの事情で王権を渡さなかったか、渡せない状態になったか。
 そういう風に推測を立てたのだ。

 けれど実際には、そうではなかった。
 森深くのもう一つの座所で、《ヒイラギの王》こそが王権を受け取れない状態になっているのだと、現れた《樫の木の王》の化身は語った。
 そのため、正しい月日の巡りを過ぎても王権は手元に残り続け、森に数多の異常が発生しているのだと。

 強大な王権は、しかるべき時、しかるべき者の手になければ、ただ害悪のみを撒き散らす。
 あと数日で森は致命的に破綻し、長い年月、回復しきれないほどの痛手を受ける。

 僕が、王権を手放す方法は無いのかと問うと、《樫の木の王》は答えた。
 自分にとっての《ヒイラギの王》のように、《ヒイラギの王》にとっての自分のように。
 王権を得るにふさわしい力を示すものがいないかぎり、森の王権は譲り渡せないと。
 全てを諦め、滅びを受け入れる声音で、彼は言った。

「……なら、俺に預けろ」

 メネルが、強い口調で言った。

「偉大なる《樫の木の王》よ。アンタの王権を俺に預けてくれ」

 無理だ、と《樫の木の王》の化身は語った。
 精霊神レアシルウィアに創造された、かみの時代のエルフそのものであればいざしらず、人の血の混じった汝では、ひと月と耐えられぬ、と。

「ひと月も耐えられるなら問題ねぇ。あとは俺とコイツで解決してやる」

 《樫の木の王》はしばらく沈黙して、それから問うた。

「《ヒイラギの王》が既に失われていれば、ひと月の後に汝の魂は破滅する」
「だろうな」
「……なぜ、そうまでする」
「叶う限りの命を救うと、そう誓ったからだ」

 メネルは何恥じることなく、森の王の前でそう言った。

「魂を救ってくれた恩人を介して、偉大な神に誓った。それ以上の理由はねぇ」

 《樫の木の王》は再び沈黙した。
 長い沈黙の後――彼はメネルが己に挑戦することを認め、試練を課すことを宣言した。

「これなる試練は、森の密儀である。
 そこなる強き戦士にして魔法の使い手、灯火の神の代行者よ。お主に参加の資格はない」
「わかっています」

 メネルと視線を合わせ、頷いて。
 それから《樫の木の王》に向き直り、僕は言った。

「待ちます。ここで、何日でも」
「そう何日も待たせねぇよ」

 メネルは心配するなと笑うと、《樫の木の王》の化身とともに、座所の深奥へと去っていった。
 それからその奥で何が起こり、どれだけの苦難があり、メネルが何を乗り越えたのか、僕は知らない。
 ただ翌朝、じっと待っていた僕の前に、彼は帰ってきた。
 だいぶ憔悴した顔で、それでも誇らしそうに笑って。

 それから僕たちは、即座に《ヒイラギの王》の座所へ向かった。
 森の王権を預かり受けたメネルの道行きを、あらゆる木々や藪は遮らず、あとの旅は素晴らしく迅速に進んだ。
 そして《ヒイラギの王》の座所で悪魔たちを発見し、撃破し――今に至る、というわけだ。

 ここ最近、奈落の悪魔(デーモン)たちが起こす事件が増えている気がする。
 自分たちで出向いたもの、他の冒険者が解決した後で報告を聞いたもの、色々とあるけれど……
 森の王の座所を破り呪えるほどの、将軍格の悪魔まで出てきたとなると、ちょっとただ事ではない。

 何が起こっているのだろう――
 もやもやした、何か見落としているような、言い知れない不安感。
 そんなものを感じていると、


「――汝ら、人の子よ」


 声が聞こえた。



 ◆



 見れば、祭壇に新たな人影があった。
 ――いや、それは人なのだろうか。
 少なくとも人は、そんな樹皮のような肌をしていないし、まして髪や髭の代わりに、植物の葉や蔓が生えていたりはしない。
 けれど、僕もメネルも、その姿には見覚えがあった。
 《樫の木の王》の化身も、似たような姿をしていたからだ。

「われは、《ヒイラギの王》である」

 《ヒイラギの王》の化身は、柔らかな口調でそう告げた。

「不埒なる侵入者を、退治してくれたこと。
 そして王権を捧げに座所へと赴いてくれたことに、心より感謝する」

 だが、と《ヒイラギの王》は言った。

「まずは、乱れた森を正さねばな。……しばし待つがよい」

 そう言うと、王の化身は両手を広げた。
 その口から流れるように紡がれるのは、僕にも理解できない謎の朗唱。
 恐らくこれも、森の密儀に属する部類の――それこそ、人間には未知の《ことば》なのかもしれない。

 朗唱が始まってしばらくして、ゆっくりと大地が鳴動を始めた。
 座所、《ヒイラギの王》たる古樹を中心に震えは続き――ゆっくりと収まった瞬間、変化は現れた。

 毒沼となっていた周囲から、清らかな清水が次々に吹き出す。
 王権を預かっていたメネルも似たようなことはできたけれど、これはその規模が違う。
 あっという間に津波のような勢いで、毒が薄められ流されてゆく。

 周囲の、呪いの邪毒により枯れ落ちた木々。
 無残に立ち枯れたり、倒れた木々から芽が伸びた。
 芽がぐんぐんと伸びてゆく。
 苗となり、若木となり、木となり、次々に咲きこぼれる夏の花。

 爽やかな香りが、腐臭を駆逐し押し流してゆく。
 木々を中心に草花やキノコが伸び始め、毒に侵された大地が森の精気を取り戻す。
 葉が茂る。風が踊る。木漏れ日がきらきらと差し込んでくる。

「わ、あ……」

 まるで逆回しのフィルムを見るような――それは魂を揺さぶられる、再生の風景だった。
 メネルでさえ、じっとこの光景に見入っていた。

「森の王、か。……あの無茶苦茶な力を、手足みたいに使いこなしてやがる」

 メネルは王権が手元にある時、夜ごと苦痛に呻いていた。
 ほとんど振るいもせず、ただ預かり宿しているだけで、祝祷術でも癒せないほどの痛みを受けていたのだ。
 森の王たる存在と、人の身の違いだと、メネルは小さく肩を竦めた。
 けれど。

「人と精霊の子よ。汝もいずれはこうなろう」

 全ての朗唱を終えた《ヒイラギの王》が、そう言った。

「…………は?」
「汝はひとときとはいえ、森の王権をその身に宿した。
 既に汝のうちに流るる人と精霊の血と力は、精霊へと傾き、そして《森の王》の器に近づきつつある」

 ……へ? と僕も驚きに硬直する。

「案ずるな。すぐにどうという話ではない」

 いや、案ずるなと言われても……
 メネルも硬直しっぱなしだ。

「ええと、どうなるんです?」
「練磨を怠らねば、百歳ももとせを遥かに越える、月日の巡りの果て……汝は新たな《森の王》となろう」

 この辺りで、ようやくメネルも再起動した。
 あー、あー、と何か記憶を漁るように額に手をあてる。

「そういや……故郷の、エルフの爺さまが語ってるのを聞いたことがある。
 《森の王》に認められたエルフは、王と契約を交わし、命終わるときは森に入って果てる。
 その身はあるいは一頭の獣となり、あるいは一枚の巨岩となり、あるいは一株の樹木となり――」

 そしてその魂は、森を統べる王となる。

「そうだ。汝は我が兄弟たる《樫の木の王》と契約を交わした」
「……そんなつもりはなかったんだが」
「つもりはなくとも、森の王権を預かるとはそういうことだ。若き芽たる者よ」
「拒否は?」
「できぬこともない。望めば人の子としても死ねよう」
「……そうか」
「今すぐの話ではない。考えておくことだ」

 そう言われて、メネルは頷いた。
 真剣に、考え込んでいる。

「そして、人の子よ。灯火ともしびの使徒よ。
 ……伝えておかねばならぬことがある」

 《ヒイラギの王》の視線が、こちらに向いた。

「西の、くろがねの産する山並みを知っていよう」
「鉄錆山脈……のことですか?」
「今はそのように呼ばれておるのか」

 王の化身が頷いた。

「おぬしら人の子にとって遠くない未来」

 その口から、流れるように――

「鉄錆の山脈に、黒き災いの火が起こる。
 火は燃え広がり、あるいは、この地の全てを焼きつくすであろう」

 不吉な文言が、零れ落ちた。

「それは……!」
「あの魔の将も、鉄錆の山々よりやってきた。
 あの地は今、山の民の黄金を寝床とし、巨大なる邪炎と瘴気の王が眠りを貪る地。
 抗うにせよ、受け入れるにせよ――覚悟せよ。その日は遠からず、来たる」

 《ヒイラギの王》の口から語られるその言葉は、森の座所に予言めいた重さをもって響いた。

「……アンタはどうにかしねぇのか」
「滅びるならば、それも定めよ」

 メネルが問いを放つけれど、《ヒイラギの王》はにべもない。
 《樫の木の王》もそうだったけれど、彼らは基本的に受動的な気質だ。

「我らにとっては滅びの火は、再生へと繋がるもの。
 人が滅びようと、邪炎の王がいかに吠えようと。――森は生きる」

 辺りでは枯れた木を苗床に、新しく生えた木々が風に揺れている。
 つまりは、そういうことだ。

「故に、人の子よ。若き芽たる者よ。
 これは忠告であり、義理立てだ」 

 王権の異常を正し、無償で戦った僕たちへの。


「――今年の秋は、豊かな実りを約束しよう」


 そう告げると、《ヒイラギの王》の化身は姿を消した。
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