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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 前編〉

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 〈最果てのパラディン  第三章:鉄錆の山の王〉








 ――勇気とは、いかなるものぞや。

           『技工と炎の神ブレイズ、問うて曰く』









 ◆



 《獣の森(ビーストウッズ)》の奥深く。
 偉大なる森のぬし、《ヒイラギの王》の座所は、渦巻く瘴気と腐った木の葉、枯れ落ちた木々が満ちる地獄と化していた。
 向かう先、座所の中枢に至る道からは、下級のデーモンたる《落とし子(スポーン)》が群れをなして繰り出してくる。
 不釣り合いなほどに爽やかな初夏の太陽の光の下、まるで腐り落ちた死体のあばら骨を思わせる、枯れ木の並木の中を、僕たちは疾走する。

「メネルっ!」
「おうっ! 『あまねく妖精よ! かそけきもの、夕暮れと朝霧に遊ぶものよ!』」

 銀の髪が翻る。
 足を止めたメネルが、両手を広げて精霊たちに呼びかける朗々たる声。
 それを背後に聞きながら、僕は愛槍《おぼろ月(ペイルムーン)》を手に前進。

「『目覚めよ! 汝らの優しき庇護者、森の王は危機にあり! 報恩の時は、今ぞ!』」

 自然の力が弱体化した、この瘴気渦巻く座所にあって。
 弱々しく、力を失い、自我を拡散させかけていた妖精たちが、メネルの呼びかけに目覚め、自我を取り戻しはじめる。
 力強く朗々とした呼びかけに惹きつけられるように、彼の周囲に妖精たちが集い始める気配が、僕にも感じられた。
 背筋が震えるほどの自然の力が、メネルのもとに集い始めている。

「『手に刃もて、弓をつがえよ! 火蜥蜴(サラマンダー)の矢、土妖精(ノーム)の槌、水乙女(ウンディーネ)の槍、風乙女(シルフ)の刃……』」

 それを頼もしさとして感じながら、僕は襲いかかる敵に向けて槍を振るう。
 人の形をした粘土を、子供が適当にこねて遊んだような、歪でおぞましい《落とし子(スポーン)》を、次々に貫き薙ぎ払う。

「『今ぞ、開戦の角笛は響けり! 傲慢なる侵略者に――』」

 気合の掛け声とともにシールドバッシュ。
 《落とし子(スポーン)》の一体を弾き飛ばして、迫る群れの中へと叩き込むと、一気に後ろに飛び退った。

「『――四大の裁きは下されん!』」

 その瞬間。
 眼前で、膨大な死が巻き起こった。

 突如として放たれた火炎の矢が、熟練の射手隊の一斉射撃のごとく敵を討ち。
 地面からは瘴気を吹き払うように持ち上がった巨大な岩の槌が、悪魔たちを叩き伏せる。
 あるいは汚泥から清水が吹き上がり、螺旋を描いて悪魔の胸を穿ち。
 視界の奥では、荒れ狂う風の刃が瘴気を散らしつつ次々に敵の首を刎ね飛ばす。
 メネルの呼びかけに応え、凶猛な叫びをあげた妖精たちによる一斉攻撃だ。

「ウィル、行くぞっ!」
「了解っ!」

 薙ぎ払われる《落とし子(スポーン)》たちの向こう。
 悪魔たちの骸を踏み越え、僕たちは先を急ぐ。
 《ヒイラギの王》の座所を汚し、森の循環を狂わせている何者かが、この前にいるはずだ。

 駆ける。
 すると座所の手前、古い石造りのアーチの前に二体の悪魔の姿があった。
 両者とも同じ姿をして、片方が槍を。片方が剣を手にしている。

 端的に外見を言うなら、人とワニの混ぜ物。
 身長は2メートルほど。
 恐竜を連想するような頭。
 強靭な鱗とゴムのような外皮、そして分厚い筋肉。
 ひょろりと、奇妙に長く伸びた尻尾の先端には棘がついていた。

「――ヴラスクス!」

 僕はコイツを知っている。
 アンデッド化したやつだけれど、あの死者の街の地下迷宮で何度かやりあった相手だ。

「尾の一撃! 死角からくるよ!」
「剣の方を俺がやる!」

 手短に声を交わすと、僕たちは左右に散開。
 応じるようにヴラスクスたちも、それぞれに僕たちに向かってくる。

 僕は一つ息を吸うと、その場に足を止めた。
 すると、間合いぎりぎりまで接近してきたヴラスクスが、困惑したように立ち止まる。
 ――攻める隙を見いだせていないのだ。

「…………」

 じりじりと間合いを保ったまま、ふと、軽く力を緩めた。
 それと分からない程度に、自然に構えを弛緩させ、隙を作る。
 案の定、それを狙ってヴラスクスが突き出してくる槍を、

「はッ!」

 こちらの槍で力強く絡め落とし、そのまま突きを返す。
 一気に、ヴラスクスの硬い鱗を貫き、心臓を抜いた。

「ガッ……!」

 迅速に槍を繰り込み、反撃を許さないままに更に念のため二突き。
 このクラスの悪魔になると、『致命傷』のラインが人間より数段上である場合があるからだ。
 心臓を貫いても継続して暴れまわってもおかしくない。
 穂先を引き抜いて様子を見ると、虚脱したヴラスクスの巨体が、どう、と地面に倒れこんだ。
 さらさらと、骸が灰になって崩れてゆく。

「ふぅ……」

 息をついたところで、ふと脳裏に、懐かしい声が響いた。

 ――俺ならまっすぐ進んで、そのまま首刎ねて終わりだな!

 苦笑する。それはかつてブラッドが、ヴラスクスの強さを評した言葉だ。
 残念ながら僕はまだ、その領域には到達できていない。
 でも、もう、それは見えない境地ではない。
 ――今の僕なら、ひょっとして本気の、生前のブラッドと、彼の間合いで勝負ができるだろうか。

「らぁッ!」

 メネルの方も勝負がついていた。
 剣を手に襲いかかってきたヴラスクスの足首を、ノームが背後から掴んで姿勢を崩す。
 今、メネルは発声一つしなかった。完全に妖精たちと交感して意を合わせている。
 簡単な動作を願うくらいなら、もはや彼は朗唱すら必要としない。

 そのまま思い切り良く懐に踏み込み、レイストフさん仕込みの突きでナイフを胴にねじ込むと、メネルはナイフ伝いに何かの呪文を炸裂させた。
 びくりと痙攣し、白煙をあげてヴラスクスが倒れこむ。決着だ。

「っし。……ついでに頂き」

 灰となって崩れ落ちる体から、メネルが長剣を奪いとった。
 直剣の鋼は、冴え冴えと澄んでいる。

「森の主の祭壇は……この奥だね」
「隊長級のデーモンが門番っつーことは」
「うん」

 相当の存在が出向いてきている。
 僕たちは顔を見合わせ、緊張を新たにすると――アーチを潜って、《ヒイラギの王》の座所の深奥へと踏み入った。



 ◆



 座所は、巨大な毒沼と化していた。
 メネルが手早く水乙女(ウンディーネ)に声をかけ、水上歩行(ウォーターウォーク)の呪文をかけるなか、僕は耐毒の奇跡を祈りつつ視線を巡らせる。

 枯れ落ちた木々、折れた枝と変色した葉がヴェールのように覆う向こう。
 巨大な古樹が見えた。
 ――大きい。高さは周辺の樹木と大きな差はないけれど、ひどく大きい。
 腕で一抱え、二抱えとか、そんな見積もりの仕方が愚かに思えるくらい、大きく太い幹だ。
 恐らく、近づいたらもうそれは、岩壁か何かにしか見えないだろう。

「メネル」
「ああ。あれが、この一帯の森の冬を司る、《ヒイラギの王》だ」

 まるで波打つ海面のように、ひどく太い根が、古樹の周囲をうねっている。
 ……それらは地を覆う毒沼に影響されるように、半ばまで黒く染まっていた。
 その黒い根の波打つ辺り。
 巨大な根に囲まれるようにして、石造りの祭壇がある。

「……あれだな」

 近づいていくと、朗々と響く《創造のことば》が聞こえた。

「……っ」

 響きだけで分かった。
 あれは呪詛だ。あれは冒涜だ。
 憎しみ。恨み。怒り。蔑み。嘲り。ありとあらゆる負の感情を煮詰めた釜が、ぶくぶくと沸騰するような音の響き。

 ――《忌み言葉(タブー・ワード)》。

 そう呼ばれる部類の《ことば》だ。
 魔法使いたちが閉鎖的な学院を作ってまで、頑なに門外に秘すそれ。
 風を淀ませ、水を腐らせ、土に乾きを、火に衰えをもたらす呪いの文言。
 発されるべきではないそれを、発するものがいる。

 周囲に警戒しながら、接近する。
 水上歩行の術によって、毒沼の上にさざなみとともに足が浮く。

 祭壇の上。両手を広げ、朗唱するその悪魔の姿形は、概ね人に似ていた。
 獣毛に覆われた、隆々たる筋肉質の体躯。
 岩壁に荒っぽくのみを入れて削り出したかのような、厳つい顔。
 ……異様なのはその頭部から、ヘラジカを思わせる巨大な角が生えていることだ。
 そいつはこちらを見ると、ゆっくりと、朗唱を止めた。

「……門衛どもは、どうしたね?」

 流暢な西方共通語。

「どうなったと思う?」

 そう問いかけるメネルの手にある長剣を見て、有角の悪魔はふむ、と納得したように頷いた。
 僕は緊張を深めていた。

「成程。察するに、そちらが《最果ての聖騎士ファーラウェイ・パラディン》たるウィリアム卿。
 ――そしてそちらが、《はやき翼(スウィフトウィングス)》のメネルドール殿」

 この知性。この情報収集能力。
 兵士級や、隊長級のデーモンたちとは、完全にものが違う。

将軍級(ジェネラル)――《有角の獣魔(ケルヌンノス)》」

 呟く声に、獣魔はニヤリと笑った。

「名高き二勇士が来たとなれば、話は早い」

 その瞬間。
 周囲に気配が立ち上る。
 僕もメネルも、おおよその気配は察知していたけれど――伏せ勢だ。
 牡鹿や牡牛と、蛇や蜥蜴を混ぜたかのような奇怪な悪魔たちが、辺りの巨大な根の影から姿を現す。

「計画のため、この場で死んで頂こう」

 獣魔の声に従い、悪魔たちが僕たちに襲いかかろうとし――

「メネル、この距離ならいい?」
「十分だ。こっから動けねぇ、あと頼む」

 メネルはゆっくりと、黒ずんだ《ヒイラギの王》の根に触れた。

「王よ。《ヒイラギの王》よ。夏至より冬至に至るまで、森を統べし双子王の片割れよ」

 その白い手の甲には、樫の葉の文様が浮かび上がっている。
 根に両手を当て、目を閉じるメネルは、まるで祈りを捧げる神官のようだ。
 何かに気づいたケルヌンノスが悪魔たちに指示を出そうとするけれど、遅い。

「兄弟王たる《樫の木(オーク)の王》より預かり受けし――」

 そこから不可思議な力が流れ込み。
 黒ずみ力を失っていた根が、古樹の幹から、鼓動のような脈動が聞こえ始める。

「――王の王たる力を、汝へと捧げん」

 地が震える。
 古樹の根がゆっくりと動き出し、不埒な悪魔たちを締め上げ、毒沼の中へと引きずり込む。
 悪魔たちの悲鳴と水音が、しばし木霊し、そして沈黙が落ちた。

「やってくれたな。既に、《樫の木(オーク)の王》を押さえていたとは……」

 その有り様を、祭壇の上から見下ろすケルヌンノス。
 一瞬だけ見えた怒りと動揺の色を、もう既に押さえ込んでいる。立ち直りが早い。

「だがしかし、貴殿がこの私を倒せねば同じこと」

 ケルヌンノスが《ことば》を呟くと、その手元に長柄戦斧ハルバードを引き寄せ、構える。

「倒します。この森のため、」

 息を吸い。言葉と同時に槍を構え、


「――流転の女神(グレイスフィール)の、灯火にかけて!」


 僕はまっしぐらに駆け出した。
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作品を継続するモチベーションとなっております。
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