挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈間章一〉

67/153

9:旅の終わり

「――というわけで、本当に申し訳ありません!」

 と、頭を下げる。
 相手は無論レイストフさんで、謝罪しているのは当然あの件、神殿長にポロリと零してしまった話のことだ。

「頭を上げろ」

 僕は村の方に戻ってきて早々、レイストフさんとアンナさんにその件を謝りに来ていて……
 とりあえず先に捕えられたレイストフさんに、こうして頭を下げた、のだけれど。

「いずれは片付けることだ」

 最近ずいぶん広がり始めた麦や雑穀の植わる畑の傍。あぜ道を歩き出しながら、レイストフさんはうっそりと言う。

「早いも遅いも、変わらん」

 ……お、男らしい。思い切りがいいなぁ。

「…………」
「…………」

 それからしばらく、無言であぜ道を歩く。
 どうやらレイストフさん的には、もうこの話はこれで終わり、ということらしい。
 なんとも物事に頓着しない人だ。

「……レイストフさんは、アンナさんと、何故?」

 この人が、女性に執着するというのは少し不思議な気もする。
 気になって、不躾かもしれないと思いつつ、尋ねてみた。

「真面目で、健気でな。……ほだされた」

 端的な回答だった。
 そして、なんとなく納得できる回答でもあった。

「そうですか」
「ああ」

 それからまた沈黙が落ちる。
 村の外れの野原へ。

「……そして、お前が居た」
「僕が?」

 レイストフさんが、ゆっくりと頷く。
 頷くのだけれど、話がつながっていないので僕は「?」と首をかしげるばかりだ。

「この腕と剣のみで、どこまでゆけるか。どれほど強くなれるか。
 俺はそれを試したかった。――それが、俺の夢だった」

 ビィからも、彼の武勲は聞いている。
 巨大な人喰い蜘蛛を突き殺し、村を襲う妖魔の集団を討ち取り、怪鳥を瞬く間に斬り捨て。
 その武名は、高い。

「だが……」

 次の瞬間。
 レイストフさんは、殺気も、予兆も無く。
 ほとんど予備動作すらも感じさせずに、振り向きざま、閃くように剣を抜き放とうと、

「っ!」

 したところで、僕は反射的にレイストフさんの前腕を抑えこむ。
 そのまま流れるように足を刈ると、倒れこんだレイストフさんの剣を握る手を膝で抑えこむ。
 ほとんど同時に、首を押さえた。
 完全な「詰み」の形が成立して、流れが止まる。
 それから彼は、一つ息を吐いた。ゆっくりと、長く。

「…………お前は強い。恐ろしく強い。
 あの酒場で一目見た時に、届かぬと悟った」

 レイストフさんは、そう言って、空を見上げた。
 ほろ苦く、笑いながら。
 ――それは僕が初めて見た、彼の微笑みだった。

「そして、そのお前に力を認められた」

 そうだ。僕は彼と、彼の間合いで戦いたくはない。
 その賛嘆に、変わりはない。
 今だって、もう少し気を緩めていたら、こう綺麗には制せなかった。

「――だから、俺の夢はここで終わりだ」

 夢が醒めたのだ。
 あとは起き上がって、現実を生きるのだ、と彼は言った。

 そううそぶく、彼の心情は、うかがい知れない。
 夢を諦める。それはここまでだと見切りをつける。
 そこに至るまでに、彼は何を考えたのだろう。
 ――それは、どんな心境なのだろう。

「配下に加えてくれ。お前も、お前以外に動かせる武力は必要だろう。
 ……メネルドールの奴は、お前と対等であらんとしているからな。
 お前の下につくことは承服すまい」

 珍しく饒舌に、そして悪戯めかして、彼は言った。

「――俺は、なかなか強いぞ?」
「知っています。そして、魅力的な売り文句ですね」
「だろう?」

 にやりと笑う彼の表情に。
 なるほど確かに笑顔が魅力的なのだなと、僕はアンナさんの惚気話を思い出した。

 僕が、この人ほどの人物を、きちんと扱えるかは分からない。
 分からないけれど――僕は、3人に鍛えられた僕の力は、知らず彼の夢を折っていた。

「いらぬならば断れば良い。……責任を感じる必要もない」

 こちらが勝手に折れただけだ、と彼は言う。
 けれど、尋常でない力を持つということは、やっぱりそういうのと付き合って生きていく、ということでもあるのだ。

 ……3人だったら、こんな時はどうしたのだろう。
 考えても、答えはでなくて。

「レイストフさんが力を貸してくれるなら、とても嬉しいです。
 ……よろしくおねがいしますね?」

 僕はただ、その複雑な感情を仕舞いこむと、微笑んだ。



 ◆◆◆



 ぎぃ、とてこ棒の軋む音がする。
 数人がかりで体重と筋力をかけて引き下ろすと、てこの先で、地面に埋まっていた一抱え以上ある岩が少し動いた。
 そこに一人が石を差し込む。

「ふう……そろそろこの岩も終わりですね」

 先ほどから、僕は新たに開墾中の土地で、岩の処理をしていた。
 岩の周囲を掘り起こし、てこで浮かせ、そこに石を差し込んで、また別の箇所からテコを差し込み、浮かせ、石を差し込み……
 そんな地道な作業を繰り返して、地面に近い高さまで上昇させたら、ロープやコロを使って隅に運んでしまう。
 掘って、それすらできないくらい大きな岩だと判明した場合、しばらく火を焚いて岩を熱して、冷水をかけて割って、あとは同じように処理する。
 とても地味で、時間のかかる作業だ。

「そういや、神官さまよ。こういうのは、魔法で何とかはできんのかねぇ……
 こう、ぱぱっと浮かせちまったり、割っちまったりよ」
「ああ、ダニエルさんの言うようなことも、不可能ではないです」

 作業をしていた農夫の一人にそう問われて、僕はそう答えた。

「おや。……なら、なんでやらんのかね」
「それに頼ると、僕が死んだらそれまでですから」

 そういうことに応用できそうな魔法もある。
 けど、そもそも魔法というのはあまり安定したものではないし、万人が使える普遍的な技術でもない。
 そして僕は不死神とかに目をつけられてる分だけ、戦いに巻き込まれて死ぬ可能性が高い。

「……誰かに頼って何かを済ませたら、その分だけ別の何かが鈍ります」

 そう言うと、その場に居た人の半分くらいが納得した顔をして、半分くらいは不満げな顔をした。
 そうは言っても、といった様子だ。
 実際、人力でやるのはひどく疲れるし、時間も浪費する。

 家畜が使えればまだ楽になるし、僕が最近《白帆の都(ホワイトセイルズ)》と往復しているのもそれが一つの目的なのだけれど。
 ただ、それもなかなか行き渡らない。まだまだ村では、役畜の利用は順番制だ。
 だから――

「でも、たまにはズルもいいですよね?」

 と、笑ってそう言うと、皆も目を見開いて、それから笑った。
 きちんとした手順を時々確認するのは大事だけれど、全部それでやれというのも理不尽だ。

「この岩だけやったら、あとのは魔法で浮かせちゃいますから、掘り出し作業だけお願いします。
 ……でも、あんまり魔法でやったってことは言いふらさないでくださいね?」

 そう言うと、皆がおお、と頷いた。
 後は魔法でいいという言葉に力づけられたのか、皆、あっという間にその岩を片付ける。
 人間、延々終わりの見えない運動をやってへたばった後でも、「ラスト一本!」と言われると何処かから力が湧いてくるものだ。

 皆がどんどん岩を掘り起こしてゆく間に、僕は地面に《ことば》を刻んで準備をする。
 《浮遊のことば》で、高重量物を動かすのは、簡単そうに見えて高度な技術だ。

「……正直に言うのだな」

 背後から声がかけられた。

「ええ。魔法使いってのは、誤魔化すのも沈黙するのも良いけれど、嘘はついちゃ駄目なんです」
「ほう」

 地面に幾つかのしるしを刻みながら、答える。

「これは魔法使いの間で定説なんですけど、嘘をつき続けると、《ことば》の持つ力が弱るんですよ」

 ――《ことば》は扱うものによって、軽くもなれば重くもなり、鈍くもなれば鋭くもなるもの。
 大昔にはガスも授業の端で言っていたし、近くはハイラム師も言っていた。
 だからこそ、学べば上達するものであるにもかかわらず、大魔法使いになれるものは一握り。

「嘘つきの《ことば》には、重さも、鋭さもありません」

 そういうものなのだ。

「そういうものか」
「ええ。そういうものなのです」

 そう言って、僕は振り向き――目を見開いた。
 目の前には、蓬髪で髭モジャの、鋭い目をした男はいなかった。
 さっぱりした短髪に、整った顎髭の、堂々とした若者がいた。

「ど、どちらさまですかっ?」

 声が似ている別人だった!
 真っ先にそんな考えが浮かび、僕は赤面しながらそんな言葉を咄嗟に吐き出し、

「…………俺だ」

 不機嫌そうな彼の声に、現実に引き戻された。

「え……」

 間違いなく二十代で通じる、貴公子めいた顔立ちの、この人が、

「レイストフだ」

 彼の声で、彼の名を名乗った。


「えええええええ――ッ!!?」


 驚愕の叫びをあげる僕。
 そしてレイストフさんの背後からアンナさんが顔を出し、いたずらっぽく舌を出した。

「凄いでしょう。彼から父に挨拶に行くと伺って、散髪してみたんですけど……ビックリしました」
「び、ビックリどころじゃないですよ!」

 僕の叫び声に、なんだなんだと皆が集まってきて、やはりみんな目を見開いたり、驚きの声をあげたりした。

「だ、誰や!」
「レイストフだ」
「うはぁ! お前さん、男前やったんやなぁ!」

 この顔と立ち居振る舞いで堂々と求婚すれば、バグリー神殿長といえども説得できるかもしれない。

「こら大したもんやわ、聖騎士さまより騎士さまらしいわ」
「あっ、ひどい!」
「おっとこりゃ失礼を」
「ハハハ……」

 そんな風に、皆で笑い合う。
 あの死者の街を出てから、僕が得たもの。
 その輪の中にありつつ、ふと、僕は空を見上げた。
 秋の空高く、雲が流れている。

 ブラッド、マリー。見ててくれるかな。
 僕なりに、なんとかやっています。
 分からないことも多いし、悩むことや迷うこともあるけれど、助けてくれる友人たちもいます。
 だから、大丈夫。心配しないで。

 ――僕は、誓ったとおりに、ちゃんと生きています。



                    〈最果てのパラディン間章 完〉
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
評価やブックマーク、感想、レビュー等、本当にありがとうございます。
作品を継続するモチベーションとなっております。
685047.gif
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ