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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈間章一〉

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6:魔法使いの園

 《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の東部に存在する、《賢者の学院(アカデミー)》。
 立ち並ぶ建物の向こう、その学舎の上部が見える距離まで来た時、僕は驚いて立ち止まってしまった。
 ……それは煉瓦を積み上げて作られ、幾重ものしるしに守られた、周囲の建物を圧するような巨大な白塗りの建造物だった。

「……うわあ」

 だけど、それだけではない。マナがぐるぐる渦を巻いている。
 恐らく地勢的にもマナが集中しやすい地形を選んで建てられたのではないだろうか。

 《惑わしのことば》や《守りのことば》、あるいは《感知のことば》や《報せのことば》が幾重にも重ねられて、ちょっとよくわからないことになっている。
 仮にこれだけの重層的な《ことば》を解いて、この学院に無断侵入できるとしたら、それこそガスか……あるいは時間をかけて準備を整えた僕くらいだろう。
 《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の院でこれなのだ、ファータイル王国本国の、首都ファータイルの院などであれば、準備万端のガスでも厳しそうだ。
 ものすさまじい時間と労力、そして多くの達人たちの手が入っていることがわかる。
 まぁ無断で不法に進入するつもりがなければ、難易度は大幅に低下するし、普通に訪問するぶんには問題ない……か。

「ん、どうしたの?」

 立ち止まった僕に対して、「《賢者の学院(アカデミー)》に入ってみたい」と、同行を希望してついてきていたビィが首をかしげる。

「いや……」

 あの会食の後、エセル殿下に学院を紹介してもらおうとしたのだけれど。
「《賢者の学院(アカデミー)》に自力で辿り着ければ、それが何よりの身の証だ。卿ならできよう」と笑って拒絶されたのだけれど、こういうことだったのだ。
 ……多分、見習い魔法使い程度なら師匠の同伴がないと、そもそも《賢者の学院(アカデミー)》に入ることもできなければ出ることもできないに違いない。
 それどころか、そこそこの腕の魔法使いでも、かなり考え考え、何度かリトライしつつ進む必要があるかもしれない。

「ビィ、ちょっと手を握っても?」
「? いいけど」

 手を握る。
 女性と手を繋ぐという珍しい状況だけれど、正直そんなことにドギマギしている余裕が無い。
 マナを感知できない人にはなんとなく不気味な路地くらいにしか思えないかもしれないけれど、感知できると逆に渦巻く濃霧の中にいる気分になる。
 今も多分、このマナの霧の中で、えげつない《ことば》の仕掛けが僕たちを惑わそうと手ぐすね引いているのだ。

「離さないで。魔法的なあれこれを潜らないといけないから……はぐれかねない」
「……噂の学院の、《迷いの路地(メイズアレイ)》ね。分かったわ」

 ビィもそれを聞いて、表情を引き締める。
 有名な話なのだろう。
 ……一歩一歩、慎重に歩く。

 ある一点で足を止めた。
 一本道の路地がそのまま続いているように見えるけれど……

「――《命ず(ネー・)》、《見せかけを(フロンティ・)》《信ずるな(クレーデ)》」

 三言唱えて《惑わしのことば》を破る。
 ふわりと幻が退散し、あったはずの家が消えた。

「…………」

 ビィがぱちくりと目を見開いている。
 けれど、どうやらこれは小手調べらしい。
 荒っぽい崩し字で効果を発動しないようにして、煉瓦に刻まれた《ことば》の落書きがある。
 彫り込まれた言葉は――「《なんじ、学べ(アウト・ディスケ・)》《さもなくば去れ(アウト・ディスケーデ)》」だ。
 韻を踏んだその言葉に、僕は思わず、少し笑ってしまった。

「えっと、ウィル? 無理しちゃダメよ? たしか、迷ってたら誰か迎えに来てくれるんだし……」

 苦い笑いを浮かべる僕に何をどう解釈したのか、ビィがそう言ってきた。
 確かに、どうせあからさまにグルグルと迷っていたら、学院の誰かが迎えに来てくれるだろう。
 別に無理をして突破する必要はない。
 緊急時でもないのによく知らない人たちの監視下で、あからさまに全力を見せつける必要もないんだし、まぁ適度に……

「幼いころの《彷徨賢者》でも、学院の《迷いの路地(メイズアレイ)》は突破できなかったって有名なんだから」

 その言葉に、僕の思考がぴたりと止まった。

「…………突破できなかったの?」
「ええ、そうよ。物凄い神童だった賢者ガスが、挫折を知るエピソードなの」

 ……そうか。幼いころのガスはこれを突破できなかったのか。
 こまっしゃくれた賢そうな少年が、この小道を突破できずにぐぬぬ、と唸っているイメージが浮かぶ。
 そしてその少年はするすると歳を取り、見慣れた老人の姿になると……おぬしは一発で突破しろ、よいな! と脳裏で僕に命じてきた。
 はいはい、と僕は心のなかで苦笑して頷いた。

「じゃ、せっかくだし本気で行こうか。一発で学院までいこう」

 ――特筆すべきこともなく、宣言通りになった。


 ◆


 幾重かの面倒な仕掛けを、ガス直伝の結界破りで時には賢く、時には強引に突破し、学院の門前まで来る。
 門は様々な実験器具や家具などを搬入するためかそれなりに広く作られていて、その周囲は綺麗に掃き清められた石畳になっていた。
 守衛らしき人の姿は見えない。

「もうここまでで大丈夫」

 ビィの手を離すと、前に進む。

「こんにちは。お出迎えありがとうございます」

 右手を左胸に。左足を軽く引いて、一礼する。
 前方、何もない場所から、びくりと身をすくめる驚愕の気配(・・・・・)がした。
 《姿隠しのことば》で透明化しているのだ。

「! なぜ……」
「さあ、なぜでしょう」
「…………」

 にこりと笑いかけると、相手はその仕掛けを考察するように黙り込んだ。
 恐らくいま、どんな魔法を使ったのか考察しているのだろう。
 ……けれど実のところ、存在を察せたのは特殊な仕掛けではない。
 呼気、体温、ちいさな身動ぎ、そういうものの総体から生まれる、微細な気配を感知しただけだ。

 昔のブラッドとガスの授業で、ガスが手加減して透明化したブラッドから逃げ回る授業があったのだ。
 《姿隠しのことば》で透明化しての奇襲や、透明化しての警備は、魔法使いの定番の1手。
 これを何の仕掛けもなしに、素の感覚で見抜けるくらいでないと、実戦では通用しないと二人は言った。
 ……そして実際できるようになるまでやらされた。ゴリ押しもいいところだ。
 ブラッドは体温もないし呼吸もない。それに比べれば体温も呼吸もある人間の透明化なんて、まだ楽に見破れる。

 ……相手の魔法使いさんも、まさかこんな力技で魔法を破られるとは思っていないのだろう。
 魔法使いは魔法に熟達すればするほど、魔法以外の解決手段を頭から外しがちになるとガスが教えてくれたことがあるけれど、まさにそれだ。

「……分かりませんな、お手上げです。答え合わせを願うことは?」
「手札の内容を、タダでお教えするわけには」
「でしょうな……」
「ですが通して頂けるなら、お教えするのも吝かではないのですが」
「それにはまずは、ご訪問の目的をお伝えいただかねばなりませんな。若き魔法の達人(ウィザード)どの」

 いくつかの《ことば》が唱えられると、透明化がとけた。
 目の前に現れたのは、ぎょろついた目が印象的な、灰色のローブを着た中年の背の低い男性だった。
 その、なんと言ったら失礼にならないのか表現に迷うのだけれど、だいぶ頭髪のラインが後退し、髪が薄くなっている。
 ……迂遠に表現するのでなければ、ハゲの一歩手前。

 ただ、身長の低さと頭髪の薄さからくる外見の貧相さに反して、杖は古樹。先端にあしらわれているのは、大型の煙水晶(スモーキークォーツ)だ。
 これは……この水晶の使用を許されるのは、ガスから聞いた話だと確か。
 学院の運営を行う《三賢者(スリーワイズメン)》のうちの一人、《迷いの路地(メイズアレイ)》と門の守りを司る――

「《惑わしの司》殿とお見受け致します」
「いかにも。《三賢者(スリーワイズメン)》が一人、《惑わしの司》ハイラムと」

 背後でなんかビィがキラキラ目を輝かせている気配がする。
 また歌に……って、ひょっとしてこれが目的か!

「直々のお出迎え、恐縮に存じます」
「あのような速度で迷路(メイズ)を破られては、流石に」

 飛び出してこざるをえなかったと、彼は肩をすくめた。

「申し遅れました、私はウィリアム・G・マリーブラッド。この《白帆の都(ホワイトセイルズ)》にて叙勲を受けた聖騎士です。
 本日はご挨拶と、可能であれば蔵書の閲覧と貸出をお願いしたく罷り越しました」
「ふむ……貴方が噂の。紹介状はお持ちですか?」

 いえ、と首を振る。

「王弟殿下に紹介をお願いしたのですが、それもやんわりと拒まれてしまいまして……」
「それは無理もありませんな。《賢者の学院(アカデミー)》は世俗の権力と一定の距離をとっておりますので」

 それは事前にビィから聞き知っている。
 二百年前の大乱以来、統治下の人々を食わせるために戦に明け暮れる各地の統治者のもとで、戦のために《ことば》を用いる魔法使いも増えた。

 歌などでは大乱以来、邪悪な魔法使いが増えたと端的に言われることもあるけれど、きっとそれは、必ずしも悪意からばかりではないと、僕は思う。
 身近な人や土地を守りたいという素朴な思い、あるいは覚悟ある統治者への尊敬や心酔から、《ことば》を戦いに用いようと決意した善なる魔法使いも多かったはずだ。

 それでも、戦いには怒りと憎しみという名の毒がある。
 口論が自然と激化するように、戦いが激化すれば用いられる《ことば》は苛烈となり、そのうち数々の《呪いのことば》や、種々の理由で禁じられた《忌みことば》が持ち出される機会も増える。
 すると呪いにより土地は荒れ、水は枯れ、病は流行り、それを恐れた人々による魔女狩りなどが発生し、それを逃れるために優秀な魔法使いが権力者に力を委ね……
 といった悪循環が起こり、一時期は魔法使いの社会的な地位は大変なことになったらしい。

 その後、幾人かの傑出した賢者が引き締めを行い、権力と魔法が少し距離を取るようになってから状況は改善したとはいえ……
 今でも魔法使いは、その力を恐れられ英雄視されるとともに、怪しい力を行使するものとも見られている。

「お師匠の筋からの紹介状は? 独学とは思えませんが」
「……既に亡くなった師が、学院を飛び出した放浪者でして、正式に学院に所属していないのです」

 そのまた師匠筋はよく分かりません。師からは細かく聞いておらず。
 と、嘘にならない範囲で答える。

「ふむ。それにしては見事な腕前。我が迷路を初見にて破る訪問者は、この院の創設以来、あなたが初めてです」
「師は落第や素行不良ではなく、理念の違いで学院を離れた様子でした」
「なるほど、《彷徨賢者》のような」

 頷かれる。ええ……というか、まさにその人です。

「……如何でしょう、通して頂けますでしょうか。ご都合が悪いようでしたら日を改めますが」
「いえ、その必要はありません」

 と、賢者ハイラムは首を左右に振った。

「少々特殊な事例となりますが、私が貴方の身元を保証致しましょう。
 当座、禁書架を除いて、閉架も含む蔵書の閲覧を許可します。何か問題がありましたら、私の名前を出してくだされば」
「ご厚意に感謝を」
「なに。腕と品行の良い魔法使いを大切にするというのは、近来の《賢者の学院(アカデミー)》の伝統でして」

 社会的地位の保持に苦労しているのですよ、とハイラム師は肩をすくめた。

「よければ学院をご案内しましょう。……ああ、そちらの方は?」

 ビィに背中をとんとん、とつつかれた。
 上手く誤魔化して! という合図だ。

「あっ、従者……みたいなものです。同伴しても?」
「構いませんが……小人族(ハーフリング)ですか」
「ふふ、あれこれ勝手に借りて(・・・)行ったりはしませんことよ?」

 と、ビィが笑った。
 旅の小人族(ハーフリング)が時々手癖が悪いのは、有名な話だ。

「では。……ああ、そうそう。それでさっきの魔法なのですが。一体全体、どうやって見破ったのです?」
「それはですね」

 真相を伝えると、《惑わしの司》賢者ハイラムは目を剥いて驚いて……それから、やられましたと笑い出した。




 
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