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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈間章一〉

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5:出来の良い弟

「ハハハ、あのバグリーが、ハハハ……!」

 僕の上司であるところのサウスマーク公エセルバルド殿下が、堪え切れない、といったように笑っていた。
 灰色の鋭い瞳が印象的な、鋭利な刃のような人だけれど、涙が浮かぶほど笑っている今はそれも和らいでいる。

「娘を男に取られてメイスを振り回したか、ハハハ!」

 白いテーブルクロスの上には、艶のある磁器の皿が並んでいる。
 その上には丁寧に盛りつけられた魚料理の煮込み料理に、サラダやパン、グラスには白ワイン――
 ここは昼食の席だった。
 僕は殿下に、昼食に招かれていた。

 幸い、種族と文化が入り乱れ、まだまだ物の不足も目立つ開拓拠点の街のこと。
 そこまで細かい格式を要求されないのは安心点だ。
 いくらマリーに多少習っていたとはいえ、やはり礼法(マナー)は実践と経験で磨くもの。
 僕は儀礼や社交というジャンルにおいては、ちょっとした武器を身に帯びた程度の、新米戦士に等しい。

 礼儀作法というのは「あなたが不快に思わないよう配慮をしていますよ」という、人との交流の基本要素だ。
 マリーからも重要性はさんざんに説かれているし、こういう機会に実践して、経験を積んで、慣れておきたい。
 これからも貴い身分の人との交流の機会はあるだろうし、その全てが王弟殿下ほどにざっくばらんでもないだろうし。

「ふー……笑った、笑った」

 そういえば最近、何度かお話していて気づいたのだけれど、エセル殿下は笑いの沸点が低い。笑い上戸というやつだ。
 初遭遇から僕が無茶苦茶言ったせいで殺意をぶつけられたけれど、意外と付き合いやすい人なのかもしれない。

 まぁ、それはそれとして肩書と立場がとんでもないのでなかなか気安くとはいかないのだけれど……
 萎縮していると何もできないし、飛び込んでみれば案外なんとかなる、というのは前世と今生で学んだことだ。
 無礼を働きたいわけじゃないけれど、かといって必要以上にかしこまらないように意識する。

「しかし、バグリーもあれで立場があるからな」
「と、申しますと」
「娘が有象無象の冒険者と一緒になるなど、たとえ本人が許そうと難しかろうよ」

 エセル殿下は面白がるように言う。

「……さて、(けい)はどうする?」
「レイストフさんの個人的問題ですし」

 彼が顔面ぶん殴られて済むならまぁそれで、と言うと殿下はまた笑った。

「それで済まなければ?」
「友人として手を貸しましょう」
「ほう、友人として」
「ええ。戦友ですから」

 生死のかかった戦場を共にくぐり抜けた仲間というのは、一種独特の連帯感が生じる。
 前世では本などで読んでそういうものかと思う程度だったけれど、実際になってみるとよく分かる。ホントだ。
 なんというか、言い知れぬ連帯感を感じているし、きっと向こうも感じてくれていると思う。

「キマイラ退治の戦友……か。歌はもう聞いたかね?」
「ええ、もとは友人の作ですので」
「なるほど。詩人の友は大切にすることだ、世評に関わる」

 広場で聞いた吟遊詩人さんの歌も、多少マイナーチェンジが入っていたけれど、元はといえばビィの作だ。
 作った歌がずいぶん世間に流布されたことに、ビィもご満悦だった。

「メネルドールが持ち上げられっぷりに悶えていました」
「ハハハ、それは私も見たかったな」

 作曲中、《麗しの》とか、《厚き友情の》とか歌ってからかうビィと、やめろぉ! と悶えるメネルのかけあいは、ちょっと失礼ながら笑いを誘う光景だった。
 僕……は、なんだか最近はもう歌に歌われるのも気にならなくなってきた。こういうのも慣れなのかもしれない。

「ともあれ、おかげをもちましてキマイラの討伐に成功いたしました。
 改めて報告いたしますとともに、御礼を申し上げたく」

 改めて、姿勢を正して頭を下げる。
 《獣の森(ビーストウッズ)》に点在する村々は、この人が寛容であってくれたからこそ救われたのだ。
 キマイラ討伐とその前後の状況改善は、たぶん社会的な権威が伴わなければ、早々にどこかで滞っていただろうと思う。

「よい、気にするな」

 エセル殿下は鷹揚な態度で応じた。

「私に思惑があることは、既に気づいておろう」

 聖騎士殿は、あのバグリーのやつに見込まれているからな。
 そう言って微笑む殿下に、僕はなんと答えたものか迷い……

「……慈悲と寛容のみでなく、戦略あってのことだ、とは」
「うむ」

 できるだけ、無難に答えを返した。

「私は……私は、この植民事業を失敗させるわけにはいかん」

 エセル殿下の、灰色の瞳が鋭くきらめいた。


「――兄上のために、な」



 ◆



 兄上。ファータイル王国の現国王である、オーウェン王。
 『果敢王』エグバード2世と、その第二夫人の子であるエセルバルド殿下にとっては、異母兄にあたる人。

「陛下のために、ですか」
「ああ」
「どのようなお方か、お人柄を伺っても?」
「興味があるのかね」
「ええ」

 頷く。そりゃあ、僕にも好奇心ってものがある。
 であれば興味も湧いてしまう。

「エセル殿下ほどの方が、忠誠を誓う方とはどのようなお方なのか、と」

 目の前のこの方は、最初に会って以来、何度かお話しする機会はあったけれど、間違いなく優れたお人だ。
 滑らかな話ぶりには頭の回転の早さが感じられるし、引き出しも多く、為政者としての実務経験も豊富。
 ちょっと笑い上戸なきらいもあるけれど、それだけにユーモアも解する。
 それに比べると、世評ではオーウェン王はお人好しで凡庸だと言われるけれど、実際は……

「お人好しで凡庸だよ、兄上は。世評通りにな」

 そんな思考を読んだかのように、エセル殿下が言葉を被せてきた。
 軽く肩まですくめている。

「そうなのですか」
「そうなのだよ、市井の噂もあなどれん」

 為政者憎しの適当な噂もあるが、意外と真実とて紛れているものだと、殿下は言った。

「――別に、何が逸話があるというわけではないのだがね」

 肩を竦めて、語りだす。

「命を助けられたわけでもない。ことさら恩を受けたこともない」

 エセル殿下は、ふと遠い目をした。

「……ただ兄上は、ずっと『良い兄』であってくれた。
 王室というのは、それが難しい環境でもあるのだがな」

 ファータイルはそれなりに成熟した国家だ。
 派閥もあれば謀略もあるのだと、殿下は言う。

「凡庸な兄王子の耳に、他の王子の悪評を吹き込む。
 あるいは出来の良い弟王子を担ぎだして、簒奪を企む……そういう連中は引きも切らん」

 エセル殿下が銀のスプーンを手に取り、魚の煮込みに手を付けた。
 僕も少し遅れて手を付ける。
 あっさりとした白身魚に、魚介の旨味と香辛料の刺激、そして濃い目の塩気が絡み合って、なんとも言えないほど美味しい。

「……ただ、そんな中で、兄は私を疑っておらん。
 というか、生まれてこの方、私が兄を害するなどとは欠片も思っておらんのだろう。どんな讒言(ざんげん)も笑い飛ばす。
 凡庸と言えば凡庸なのだろうな、己を脅かしうる能力を持つ異腹の弟を、何の手も打たずに放置している」
「…………」

 無言で話を聞く。

「私が年少の頃など、歳の離れた弟が何を欲しがるか、どうして遊ぼうか、などと頭を悩ましていてな……
 長じて才覚を示して警戒されるかと思えば、今度は『この才覚を活かしてやるにはどれほどの役職が良いか』などと、引き続き頭を悩ましておる」

 一陽来復の祝祭に、贈り物を欠かされたこともない、と殿下は言う。
 それは――

「それは、素敵なお兄さまですね」

 心から、そう思った。
 僕だって、全ての家族がお互いを想い合えるものじゃないことを知っている。
 子供の才能を丹念に摘み取り、凹ませ、叩き潰すような親。
 老い衰えた親を蔑み嘲り、邪険にする子供。
 兄を憎悪する弟、弟を憎悪する兄。
 そういう悲しい家族、お互いに距離をとったほうが幸福な関係だってある。
 だけど、だからこそ――お互いを想い合える家族は、稀少で、暖かくて。

「良い家族というのは……
 ただそれだけで、神々が授けて下さる、幸福の贈り物なのだと思います」

 家族は。生まれる場所は選べないから。
 だからむしろ、幸せで、円満でないほうが普通で。
 幸せなのだとしたら、それは家族それぞれの働きや配慮と……あとはもう、神様たちの巡り合わせの働きなのだと思う。

「そうだな。……卿にも、良い家族は居たか?」
「ええ。とても……とても、大切な家族が」
「それは何より」

 王弟殿下は目をつむり、言葉少なに頷いた。
 上辺だけの親交ではなく――初めて心の底から、この人と思いを共有できた気がして、胸が暖かくなった。
 ワインを一口、口にする。

「……む、これは良い出来だな。卿も飲まぬか?」
「是非」

 グラスの、透き通るようなワインの良い香りを確かめ、一口。
 飲みやすくて、良い香りが残る。

「……凄く美味しいです」
「ふふふ。こういう時はな」

 王弟殿下は演劇のように仰々しい動作をすると、

「夏の花畑のような華やかな香りだ。一口すると、適度な酸味の効いた、爽やかですっきりとした甘さが広がる。
 飲みくちは柔らかで、果実の余韻が長く残る点も素晴らしい――くらいは言えると格好がつくぞ?」

 などと言って、冗談めかして片目を瞑った。

「おみそれしました」

 流石にそんな洒落た評論の技能はないので、両手を上げて全面降伏するほかない。
 ……本物の貴族というのは凄いものだ。
 エセル殿下は冗談めかして勝ち誇り、それからも和やかに会食は進む。

「…………兄が、あれほど良い兄で居てくれねば」

 そんな中。ふと、ぽつりと殿下は呟いた。

「私は身を守るために、己の力を偽り阿呆のように振る舞うか。それとも、あるいは」

 あるいは、の先は言葉にならなかった。
 けれど、なんとなく想像はつく。

「…………」

 あるいは、本当に簒奪を試みねばならなかった……と。
 そういうこと、なのだろう。多分。

「ふむ、妙な話をしてしまったな。……さっきのワインは良かった、どうだね、もう一杯」
「あまり飲んでは午後の政務に差し支えるのでは?」
「なに、ワインの一杯程度でへたばるほどヤワではないさ」

 給仕の人に王弟殿下が仕草で合図をすると、すぐにワインの二杯目が出た。

「乾杯をしよう」
「なにに?」

 王弟殿下は、何か懐かしいものを愛おしむような、そんな表情を浮かべると、杯を掲げてこう言った。

「――すべての家族に」

 僕は頷いて……きっと、似たような表情を浮かべて、杯を掲げた。


「すべての家族に」


 どうか幸いあれ。

 
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