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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈間章一〉

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3:煌めきの価値

「そうか、つらぬいたのか……」


メネルは真顔でそう言った。

「そういう冗談やめようよっ!」

 僕もチラッと思ったけどさ! 思ったけどさ!!

「高速の抜剣ですね」
「トニオさんまでっ!」

 真新しい、大きめの一間の家。
 扉も、窓の鎧戸も、椅子を兼ねた長櫃も、何もかも新しいのは僕に提供された礼拝堂脇の家だ。
 提供されたといっても、無論、僕も何もせず頂いたわけじゃあなくて、さんざん建築を手伝ったのだけれど……

 テーブルの上にはエールのジョッキが3つ、それに皿に盛られた炒った木の実。
 机を挟んで向かいに、メネルとトニオさんが座っている。

「まぁ、んじゃレイストフは抜きでいいな」
「いいでしょう、よろしくやってやがれということで」
「うん、まぁそれに関しては同意ということで」

 男同士の気安い調子で、揃ってそのように言うと、僕たちはジョッキを掲げた。

「それじゃあ、改めて礼拝堂の完成を祝って……」

 最近よく笑うようになったメネルの笑顔と、トニオさんの落ち着いた微笑みをそれぞれ見てから、


「「「乾杯!」」」


 と、ジョッキを打ち合わせた。

「しっかし、あのレイストフがね……」
「私はウィルさんのほうがそういう話は早いと思っていましたよ」
「へ、僕?」
「あー、ウィルのやつ、なんか悪女に騙されそうだよなー」
「だ、騙されないし!」
「ほう?」
「そもそも女の人とか、どう接していいか分からないからそれ以前の問題だしっ」
「だから騙されそうだってんだよアホッ!」
「……割と本気で心配になってきたんですが」
「まぁ当面は大丈夫だろ、俺らもついてるし……まぁビィとかはともかく、女にやけに馴れ馴れしくされたら相談すんだぞ?」
「うん……」

 あっれ、おかしいな。どうしてこんな会話に……

「ていうかメネルはどうなのさ」
「俺は実年齢けっこういってるからな……それなりに経験ある、つってもまぁ」

 メネルはエールをあおると言う。

「……女心ってやつはよく分からん」
「それは永遠の謎でしょうね……」

 トニオさんがしみじみと頷いた。
 問題文にさえ到達できない僕は、無言でぽりぽり木の実をかじっていた。

「トニオはどうなんだよ」
「私は……一度は結婚したのですが、死別してしまいまして」
「っと、悪ぃ」
「いえいえ、昔の話ですよ。折り合いもついてます。機会があれば再婚も考えないではないですが、まぁ今のところは……」
「今のところは?」
「仕事のほうが楽しい、というやつですね」

 最近は《獣の森(ビーストウッズ)》周辺も、遺跡群を冒険者さんたちが踏破しては、魔獣を狩りまくっているおかげで安全になってきた。
 商業流通も盛んになってきて、トニオさんの仕事も多い。
 帳簿やら商談やらで、あちこち駆け回っていて、メネルはよく護衛についたりしている。

「そういえば、そろそろ《白帆の都(ホワイトセイルズ)》のほうにも店舗を置きたいのですが……
 ウィルさん、秋冬のうちに同行して頂けませんか?」
「あ、はい。構いませんよ。神殿のほうにも、挨拶に伺わないといけ、ま、せん、し…………」
「…………」
「…………」

 沈黙が落ちた。

「……なんて反応するかな」
「怒鳴り散らすんじゃねぇの?」
「案外、冷静に受け入れるかもしれません」
「…………」
「…………」

 3人揃ってジョッキを傾け、エールをぐびりと飲み込んだ。

「まぁ、触れなきゃ向こうも分からねぇだろ」
「ですね、当人たちの申し立てることですから、ウィルさんの口からは触れずとも」
「そ、そうですよねっ!」
「まぁ、それはそれとしてなんかお前怒鳴られそうな気がするけど」
「ははっ、まさか!」

 そんな毎度毎度怒鳴られることなんて、あるはずないよ! と僕は言った。



 ◆



「対価を取らずに施療するとは何事かッッ!!」



 部屋に入って早々怒鳴られ、僕は思わず首をすくめた。
 ここは《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の、神殿長の執務室――
 広い机に様々な書類、そして部屋の各所に贈答品らしき豪奢な調度、壁にはかけられた武具などがあり、少々雑多な印象だ。

「ま、まずかったですか……」

 恐る恐る問いかける。
 相手は例によって、バーク・バグリー神殿長だ。

「それもわからんから貴様は成り立て(ノービス)なのだ阿呆!」

 ばん、と太い手指が机に叩きつけられる。
 僕は慌てて怒られる理由を考え……

「あっ」
「気づくのが遅いわ!」

 また怒られた。

「どういう理由でワシが怒っておると思う!」
「……他の神官を困らせているのではないかな、と」
「加えてそれが推察できる頭がありながら、これまで働かせてこなかった貴様の間抜けさ加減にもだ!」

 ばんばんと机が叩かれる。
 ふくよかな顔は、普段はよく見ると意外と愛嬌があると思うのだけれど、今はもうなんか凄い形相だ。
 バグリー神殿長は、ふー……と少し息を整えると、語りだした。

「良いか。祝祷術での施療は、神の意志を体現せんと、各地を巡り歩く放浪神官連中の収入源でもある」

 様々な村や町で治癒を行い、幾許かの金銭や食料、当座の宿などを求めるのだ、とバグリー神殿長は言う。

「だのにそういう連中がこの辺りで施療を行った時、『聖騎士さまは対価を求めなかったのに……』などと言われてみろ!
 どれほど連中が困るか分かるか! お前が気ままに行った所行は一見して善良だが、立場の弱い同業を窮地に追い込む最悪の行いだ!」

 どうやって責任を取るのだ、とバグリー神殿長は再びヒートした。
 それから、お前が対価なしで施療したなどという美談を聞いて驚いただとか、本当にお前は愚かだとか、二度とやるなだとか、物凄く怒られた。
 ……かなり悪しざまな言いようだったのだけれど、仰るとおりなのでまったく頭が上がらない。

「はい。仰るとおりです、恐縮です……」

 本当に平身低頭した。

「お前は既に評判だけは一端の神官なのだ。お前の行いに、地域の価値観は左右されるのだぞ。
 ……以後、重々注意せよ」
「はい」
「対価は錆びた銅貨だろうが、水っぽい麦粥一杯だろうが、ボロ屋の軒先だろうが構わん。必ず取れ」
「はい」

 前世でも、確かこういう問題はあった気がする。
 そこに思考が至らなかったのは完全なミスだ。

 自分がなんとでも生きられるから、余裕があるから、対価を求めず施療をしていたけれど……
 これは、うん。確かに巡り巡ってよくないことになる。
 僕は名声を得られるかもしれないけれど、それだけだ。
 長期的に、総合的に見て、祝祷術で施療をして歩く神官の収入減に繋がり、みんなが困ることになる。

「本当に申し訳ありませんでした」
「分かればまぁ良い、これで分からんようなら殴りつけておるところであったわ」

 ふんす、とバグリー神殿長は鼻から息を吐いた。

「それで、近況報告だったな。人は足りておるか」
「はい。ただ……」
「どうせ農事やら商品作物やらに通じた人材が不足しておるとかだろう。
 地母神マーテルの信仰者で、農事に通じた会派の人間をいくらか見繕っておる」

 明察過ぎて怖い。

「あとは炎神ブレイズ系の職人だな。
 木工、鍛冶、皮革あたりはすぐにでも需要が高まる。これも追い追い送る」

 ……え。

「いや、その、ありがたいのですが……よろしいのでしょうか」

 そんなたくさんの人材。
 《白帆の都(ホワイトセイルズ)》やその周辺でも需要があるのでは……
 そう言外に問いかけると、

「お前……《白帆の都(ホワイトセイルズ)》は栄えているように見えるか?」

 と、まったく違うことを問われた。

「はい、見えますが……」
「だが砂上の楼閣だ」

 バグリー神殿長は、難しい顔をしてそう言った。



 ◆



「北のグラスランド大陸は近年、なかなか安定してきておるが……
 だからこそ栄達や出世の機会を失った連中は、それを求めて植民中のサウスマークへと流れる。
 それらは《白帆の都(ホワイトセイルズ)》に集い、更にはそこから各地へ広がってゆく」

 村ができ、街ができる。

「だが、拡大する防衛線に対し、適切な兵力の配置はそうそう追いつかん。今でも危険な状態だ」

 兵士。それも常備兵力となると、鍛えあげる時間と、維持する金銭はともに膨大だ。

「だが……魔獣。そして魔獣を凶暴化させておったという、デーモンの存在。あるいは他の悪神の眷属。
 南方の脅威は引きも切らん。」
「…………」

 深刻な声。

「――砂上の楼閣だ」

 バグリー神殿長は繰り返した。そうして――


「お前とお前の勢力には、当座の防波堤となってもらう」


 そう断言した。

「お前のような未熟者を、騎士へと叙された殿下の狙いもそこにあろう。
 つまりお前は名誉を餌に踊らされる、憐れな犠牲の英雄役だ」

 バグリー神殿長は言葉を飾らない。

「…………逃げ出したくなったか?」
「いえ、おおよそそうだろうな、とは思っておりましたので」

 笑って答える。
 怒鳴られそうなので、ご心配くださりありがとうございます、とまでは口に出せない。

「そうか」

 バグリー神殿長はむっつりと答えた。
 なんだかレイストフさんの喋りと似ているな……と思ったら、

「そういえばお前のところに、レイストフという冒険者がいるそうだが」
「ぴっ!?」
「? その彼について」
「いや、違うんです、レイストフさんとアンナさんは…………あっ!?」
「…………」
「…………」

 沈黙が落ちた。

「…………ワシは名の売れた冒険者だが、御せているのかと気になったのだが」
「………………」
「それは、つまり、そういうことなのだな?」

 神殿長はゆったりと立ち上がると、壁にかけてあった無骨な重戦鎚(ヘヴィーメイス)を手にとった。
 巨体もあいまって迫力がすごいというか、

「ししし神殿長っ!? ヘヴィーメイスを小枝みたいに素振りするのやめてくださいっ!?」

 ぶんぶんと、恐ろしい勢いで戦鎚が往復している。

「気にするな、ワシはただちょっと運動をしようかと思い立っただけだ」
「気にします!!」
「おっと、少しばかり《獣の森(ビーストウッズ)》へと散歩にいきたくなったぞぅ……?」
「《獣の森(ビーストウッズ)》はふと散歩にいくところじゃありません――!?」

 のしのしと部屋を出ようとする神殿長に対し、慌てて立ちふさがる。

「じょじょ、冗談ですよね!」
「うむ、冗談だ。……はっはっは、驚いたかな?」

 バグリー神殿長は笑った。それはもう、いい笑顔で。
 僕はほっとして……

「ワシもまた後日、挨拶をすることにしよう。しっかりとな……」

 そして神殿長の目があんまり笑っていないことに気づいた。
 がしり、と肩を掴まれた。握力が凄い、肩が痛い。


「……後日、きちんと2人を連れて来るのだぞ? 絶対にだぞ?」


 とてもやわらかな、慈悲深そうなふくよかな笑顔が僕を見つめる。
 相対する僕の背に、キマイラと遭遇しても流れなかった冷や汗が、だらだらと流れ出した。

「ハ、ハイ、カシコマリマシタ……」

 拒否権はなかった。

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