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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈間章一〉

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2:熱き血潮の

 石造りの小さな礼拝堂の中には、厳粛な空気が満ちていた。
 詰めかけた人々は、左右や後方、あるいは礼拝堂の外にざわめきながら控えている。
 そこに入り、手振りで静粛にと願うと、沈黙が落ちた。

 それから、ひと呼吸、ふた呼吸。視線の先にはできたばかりの祭壇。
 僕は白くゆったりとした祭服を着て、一歩一歩、落ち着きはらって歩んでゆく。

 祭壇の前で立ち止まると、アンナさんに教えられた通りの手順で、立ち止まり、礼をし、印を結ぶ。
 儀式の動きというのは、普段の動作とは色々と勝手やコツが違って、覚えるのに結構苦労した。

 一挙一動をゆったりと。
 一つの動作を終えてから、もう一つの動作へ。
 静止と、動作の差を明白に。
 見栄えを考えて――荘重に。

 要は大仰に、格好をつけるのだ、とアンナさんは言った。
 恥ずかしがらずに堂々と、それをやるのが儀式というものの要点なのだと。

「流転を司りし、灯火の女神よ。慈悲深きもの、我らを照らす灯火よ」

 ゆっくりと両手を広げる。

「願わくば、この祈りを受け入れたまえ」

 朗々と、語る。

「この地に生けるものの、諸々の良き営みに祝福を。
 この地に死せるものの、新たなる旅路には導きを」

 膝を折る。

「我が神、我が灯火、グレイスフィールよ」

 手を組む。

「たとえ、幾多の刃に囲まれし時も」

 思い出す。
 神殿の、丘の裾野の墓地。無数の亡骸、その刃。

「たとえ、幾多の恐怖におののく時も」

 黒い靄、青白い顔。
 不死神の、その恐るべき脅威。

「幾多の挑戦と忍耐が、諦めと絶望へと歪む時も」

 蛇の牙。不死の毒。
 揺らぐ視界。倒れゆく体。そして僕は、出会ったのだ。
 あの、廻る輪廻の星空の下で。


「途絶えぬ祈りを、御身へと捧げん」


 祈る。祈る。

「御身に栄えあれ。御身に誉れあれ。我が命の限り、御身と共に……」

 そして見つめる祭壇の先。 
 ゆっくりと空間がゆらめき、献灯台に柔らかな炎が灯る。
 ――まるで目に見えぬ誰かが、そっとそこに立ち寄り、火を灯していったかのように。

 おお、と周囲からどよめきが聞こえる。
 あかしだ。あかしの灯火だ。聖なる火が灯った。――この場所と我々は神に祝福された!

 歓声があがる。
 拍手が聞こえる。

 どうやら礼拝堂の落成の儀式は、上手く運べたようだ。
 心のなかで安堵の笑みを浮かべつつ、僕はゆっくりと退場をはじめた。



 ◆



 つつがなく落成式やらその後の宴会を終えて。
 僕とアンナさんは礼拝堂の庭のテーブルで、お茶を飲みつつ休憩をとっていた。

「――そういえば、アンナって何でレイストフに惚れたの?」

 そこに、たまさか同席していたビィがニコニコと笑顔で爆弾を放り込んだ。
 アンナさんが飲んでいたお茶を噴き出し、ゲホゲホとむせる。
 ゆるく編まれた亜麻色の髪がピョンピョンと跳ねた。

「大丈夫ですかっ?」
「だ、大丈夫です大丈夫です……けほっ」

 予想外の驚きようにビィが首をかしげる。
 ビィは既にアンナさんとも気安い仲になっているようだ。というか彼女は誰とでも親しい。

「アンナ、あなた……もしかして秘密にできてると思ってた、とか?」

 アンナさんの視線が泳ぐ。

「……ソ、ソンナコトハナイデスヨ」
「…………」
「…………」

 い、いや。
 流石にそれは、僕から見ても無理があるんじゃないかな、と。
 机を拭きつつ思う。

「なんというオボコっぽい反応……」
「そ、そういうビィさんはどうなんですかっ!」
「ふふ、どうかしらねー?」
「ごめん、その話題は居づらい」
「あ、ごめんごめん」

 あんまり生々しい話になるときつい。
 ていうか女性の恋の話の時点で相当居づらいし、もう何か理由をつけて退散しようかな……

「あ、ウィル。ちょっと居てよ、あなた最近レイストフと鍛錬してるじゃない、情報ちょうだい!」

 引き止められた。
 離脱失敗だ。……どうしよう。

「でさ、話戻すけど、惚れた理由って助けてもらったからとか?
 ……でも冒険してたら割と幾らもあるわよね。誰かとお互い助けたり助けられたりさ」

 まぁ、惚れた腫れたが理屈じゃないって言えばそうなんだけど、とビィは言う。

「他に何か理由でもあるのかなー、って」

 そうビィが問いかけると、アンナさんは……少しためらってから、答えはじめた。

「ええと……レイストフさんは、とても紳士ですし……」
「ああ、それは分かります。博識だし紳士ですよね」

 《大連邦時代(ユニオンエイジ)》の戦士礼をしたら、あっさり返してくるし。
 どうも彼は武骨だけれど、相応の教養があるフシがある。
 案外、本当に貴族の出かもしれない。
 荒っぽい冒険者の中では少し毛並みが違うし、惹かれる人がいるのは分かる気がしないでもない。
 しかし、

「笑顔が素敵で……」

 続く言葉に、僕たちは硬直した。
 一瞬、理解が及ばなかったからだ。



 ◆



「え、笑顔?」
「あの鉄面皮、笑うの?」
「……ええ」

 ちょっとわかりにくいですけど、とアンナさんは言う。
 嬉しげ、とかならともかく、笑顔は僕でも見たことがない。
 いや、ひょっとするとあれが笑顔なのだろうか。
 髭面なので口元の動きがわかりづらいのだ。

「気難しいようにも見えますけれど、いい人なんですよ? 優しくしてくれますし……」

 アンナさんは両手を頬に当てて、顔を赤らめている。
 なんかもうすっかりのろけモードというか、え、あれ?

「すみません、えっと、その……今もしかして結構な仲に?」
「……ふふ、その……お恥ずかしいんですけれど…………はい」

 想像もしなかった言葉に思わず硬直する。
 あ、あの堅物っぽいレイストフさんが。

「できればいずれは、一緒になりたいと……」

 一緒になりたい。
 なんというかもう、想像もしていなかった言葉だ。

 そういえばあの冒険野郎のレイストフさんが、最近はなんだかこの村を拠点にしはじめている。
 魔獣が多いし遺跡もあるから……程度に思っていたけれど、これは、まさか。

 そこまで考えたところで――ふと、僕の脳裏をよぎったのは。
 ……とても、とても恰幅のいい影だった。


「…………アノ、スミマセン、あんなサン」


 ぎこちない声音で語りかける。

「はい、なんでしょう」
「お父上……バグリー神殿長について、レイストフさんはなんて……」
「いずれ挨拶に伺いたい、と」

 僕とビィは、揃って再び硬直した。

「アンナ。……アンナは居るか」

 そこに声が掛かる。
 歩んできたのはレイストフさんだ。

「宴会で羽目をはずしすぎて、すっ転んだ奴がいる。すまないが、治療してやってくれ」
「あ、はいっ! ……すみません、失礼します」

 その言葉に、アンナさんは跳ねるように立ち上がると僕たちに軽く一礼し、弾む足取りでレイストフさんのほうに駆けて行った。
 僕とビィは取り残されたまま、去ってゆく彼らを見つめる。

「……ねぇ、ビィ」
「なに?」
「レイストフさん、バグリー神殿長になんて挨拶するんだろうね?」
「さあ、わからないわ……」

 うん、僕も想像がつかない。

「でも、一つだけ言えることがあると思うの」
「なに?」
「彼はとびっきりの《勇者》だってことよ……」


 ――その日。名うての冒険者、《つらぬきの》レイストフに、新たな異名が加わった。
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