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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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 神殿内の確認を終えると、成果物を色々と持って谷へと戻った。
 すでにメネルと冒険者さんたちはおおよその剥ぎ取りや、魔獣の死体の処理を終えていた。
 こちらの犠牲者は、なんとゼロ。素晴らしい戦果だ。

「んで、これに灯火の神さんの祝祷かけてくれ。死体を保存するやつ」

 と、メネルが指さしたのはキマイラの3つの首と、各自が討ち取っためぼしい魔獣たちの首だ。

「そういう用途で祈りを使うのは、なんか売名っぽくない?」
「だからこそだ。神さんの威光の喧伝ってのは、つまるとこ名を売るってことだろ。
 嘘つくわけじゃねぇし、ある程度まとまった魔獣が討ち取られたってのは各地の連中が安心する材料にもなる。
 その証拠の提示に使わせてもらうくらい、神さんもとやかく言わねぇだろ」

 と、言われてしまえば納得する他なかった。
 レイストフさんの仕留めた怪鳥コカトリスを含めて首を保存。

「……なんかキマイラの首って、各個に見るとただの亜竜と獅子と山羊だよね」
「こんな狂った大きさの、サイズ揃いの亜竜と獅子と山羊の首がありゃどう見てもキマイラだよ」

 そのまま各村で勝利を喧伝しながら、《白帆の街(ホワイトセイルズ)》まで持っていくことにした。
 村までの帰りの道中は、お互いの手柄話で盛り上がる。
 あの魔獣のこの攻撃が手ごわかった。この時のあれは我ながら良かった。
 あの時はコイツの切り込みが凄かった、コイツの魔法で助かった、等々。
 なかでもキマイラは最大の大物だ。

「……流石にこりゃ俺らも無理だな」
「普通の個体ならともかく、こりゃ異常個体だろ」
「手に負えねぇっていうか、負えたアンタは何者なんだって話だよ」
「飛竜殺しは伊達じゃねぇな」

 などと持ち上げられて、照れてしまった。
 そんな道中。

「……これからどうしようかなぁ」

 と、僕はふと呟いた。
 それを聞いて、メネルが首を傾げる。

「これから?」
「うん、これから。もちろん《白帆の街(ホワイトセイルズ)》までの事後処理はやるとして……そこから何をしようかな」

 《獣の森(ビーストウッズ)》で軍事行動めいた真似をするために、流れで騎士になってしまったけれど、所詮は領地なしの一代貴族。
 名誉職みたいなものなのだ、治めるべき領地があるわけでもなければ、実際的な役職についているわけでもない。
 叶うならエセル殿下にお許しを願って、3人みたいにあちこち見て回りながら、冒険者稼業をしてみるのもいいかもしれない。

 なんていうか冒険者の人たちは、粗野だけど卑しい人たちではなかった。
 勿論、色々な性格の人がいるけれど、なんだかんだで気持ちのいい人が多い。
 こういう人たちに混じって、冒険の日々っていうのも楽しそ――


「領主やるんじゃねぇの?」


 …………へ?



 ◆



「領主?」
「領主」
「どこの?」
「《獣の森(ビーストウッズ)》の村々の」
「ははっ」

 なんだ、メネルの勘違いか。

「やだなぁ、メネル。僕、領地なしの一代騎士でしょ。
 つまり要は、名誉だけくれてやる、みたいな感じだよ。
 実際のとこ、冒険者と変わらないって!」

 そう言うとメネルどころか周囲の皆まで沈黙した。
 …………あ、あれ?

「自覚なかったのか……」
「マジかよ」
「マジで?」
「え、考えてなかったん?」
「俺てっきり、うまくやってんなと……」
「こいつ賢いけど時々突き抜けてバカだよな」
「目先の処理はあんだけ巧くやるのに、結末まで考えてなかったて」
「ないわー……」
「天然か……」
「天然ボケか」
「まぎれもなく天然だな」

 あ、あれ?
 困惑していると、メネルがはぁ、と息をついて語り始めた。

「与えられなくても、手の及んでない地域を従えるぶんには自由だろ?」
「従えるって……いや、僕はそんなつもりはないんだけど」

 暗黒面に落ちてた時ならいざしらず。
 そんな、支配者なんて……

「確認したいんだが」
「うん」
「この森で商売しようと思ったら誰に話通す?」

 そりゃ、大口の取引を始めて、今も精力的に動いてる……

「トニオさん」
「トニオの資本の大半がお前の出資だろ? お前がそれ引き上げたらトニオは終わりだ」

 うん。……うん?

「そんなことするつもりは」
「なくても、『できる』のが問題な?」

 周りもうんうん、と頷く。

「お前、他に灯火の神さんの加護を受けて、王国と神殿の認可を受けた聖騎士っていう権威の固まりだろ?
 これだけの冒険者を率いる軍事力があるだろ?
 ついでに村々の仲裁もやってるから裁判権も事実上お前の手元。
 で、さっき言ったように流通も元締めお前」

 冷静に考えて反論しようとする。
 けど、……あれ? あ、あっれ? おかしいな。反論が、思い浮かば、な、い?

「つまりキマイラ退治の過程で、この地域の権威も軍事力も裁判権も流通も、事実上、全部掌握してんだよお前」

 明らかに担ぎあげられる流れなのに、突如「やりたくありません」で放り出したら大事だぞ、とメネルが言った。
 僕は思わず呆然とした。
 呆然とした僕を、メネルと周囲の人達が呆れたような表情で見つめている。

「…………まさかマジで気づいてなかったのか」

 言われて、真っ青になりながら何度も頷く。
 とにかくキマイラをなんとかして、もしまた似たようなことがあっても、僕抜きでどうにかできる形にしようとばかり考えていた。
 ……そう、その後のことは考えていなかった。というか3人みたいに、格好良く去ればいいかなとかぼんやり思っていたのだ。

「えっと……」
「おう」
「ど……どうしよう!?」

 結局出たのは、そんな言葉だった。
 おかしいな、3人はあんなにうまく問題を解決したら颯爽と去っていったのに……!
 なんか僕、しょっぱなから失敗した!? どこで!?

「ひ、人とか集めないといけないのかな、えっと、ええっと……」
「もう商人も法律分かる神官も居るだろ。あと不足が出たら、あの王弟殿下にでも紹介して貰え」

 ……神殿長はここまでの展開を読んでいたらしい。
 典礼や説法はともかく、事務と法律に長けた人なんてつけてくれたのは、つまりそういうことだ。

「う、うわあ……」

 頭を抱える。
 なんだか気づいたら凄いことになっている。
 一体どこでどうしてこうなったんでしょう……教えてください、神さま……

 そう嘆くと、くすくすと笑う気配が、微かにしたような気がした。……ひどい!



 ◆



 とにもかくにも一時滞在していた村に戻ると、大量の魔獣の首に大騒ぎになった。
 歓呼の叫び。酒樽が持ちだされ、お昼のうちから皆騒ぎ始めた。
 初夏の日差しに、角杯に注がれたエールの味が爽やかだ。

 トニオさんはお疲れ様でした、と僕に声をかけてくれた。
 今回、油樽をはじめとした物資を、急遽手配してくれたのはトニオさんだ。
 ワイバーンの時といい暴走した時といい、いつも危ういところでスッと控えめにフォローをしてくれるし、今度なにかお礼をしたいと思う。

 ビィは何度も冒険の話をせがんできては、「こんな感じでどう?」と歌の案を語ってくる。
 メネルの二つ名は《はやき翼(スウィフトウィングス)》のメネルドールでどうかとか。
 聞いたメネルが顔をしかめてやめろと言っていたけど、「じゃ、《麗しの》とかの方がいい?」とか言われて頭を抱えていた。
 相変わらず明るく明け透けで、なんだか色々と悩んでいることが馬鹿みたいに思えてくる。……そうだよね、人間けっこうテキトーに生きていけるよね!

 レイストフさんは相変わらず、むすっとした渋い顔で、ちびちびとお酒を飲んでいる。
 いぶし銀というか、渋い人だ。そして、あの怪鳥を斬り捨てた剣の冴え。
 今度一緒に鍛錬に付き合って下さいというと、こくりと頷いてくれたので、見取りで盗めるようならあの突き技は覚えてみたい。

 アンナさんは……なんだか気づいたら、レイストフさんと少し距離が近いしチラチラ視線が向いている。
 庇われたと言っていたけれど、レイストフさんはよほど格好いいところを見せたのだろうか。英雄譚みたいだ。
 と、思ったところで気づいた。万が一こんな話が伝わったら……養親であるバグリー神殿長、どんな顔をするだろう。
 恐ろしい想像をしかけてしまい、慌てて打ち消して視線を逸らす。

 冒険者さんたちは、みなワイワイと肩を組んだり、荒っぽい冗談を飛ばし合いながら酒を飲んでいる。
 村の人たちも、魔獣の脅威が薄らいだことで、その顔は晴れやかだ。

「……賑やかになったなぁ」

 死者の街。
 ブラッドと、マリーと、ガスと、僕だけが住む神殿。
 そんな日々から、ほんの半年で、こんな賑やかな輪の中にまで来てしまった。

「これからも、ますます賑やかになるだろうな」

 メネルが僕の横で呟いた。

「魔獣の脅威が薄らいだ。新天地を求めた連中が、更に南にやってくるぜ」

 そしたらまぁトラブルも起こるだろうなぁ……しょうがねーけど。
 と、メネルは達観したような目で、遠くを見て言う。

「うわぁ、大変だろうなぁ……」
「お前が一番な」
「…………」

 そうでした。

「でも……そっか。人がやってくるんだ」

 そしたら、いつか……

「いつか、あの街に、帰れるかな」

 あの死者の街を。
 生きている人たちが笑い合う、普通の街にできるのかもしれない。

「…………かもな」

 マリーとブラッドのお墓のあるあの神殿の丘に、子供の笑い声が響き、人々の生活の営みの音が戻る。
 それはなんだか、とても素晴らしいことに思えた。

「デーモンが、何か企んでるみたいなのが心配だけど……」
「んなもんは心配しても仕方ねぇよ。尻尾掴み次第、ぶっ潰しちまえばいいんだ」
「荒っぽいなぁ」

 でもそれが正解なのかもしれない。
 もちろん探りは入れるけど、あんまり深く悩み込んでもいいことはない。

「なぁ」
「なに?」
「お前が南に人の領域を広げたいなら……まずは、うちの村に拠点作ったらどうだ」

 言われて考える。
 確かにメネルの村は《獣の森(ビーストウッズ)》の独立村群のなかでも、ほぼ最南端にある。
 半水没したあの都市にも近いから、川の水運との接続もいい。
 あそこを拠点にするというのは、いい案に思えた。

「……いずれバレる事だから言っちまうけどよ。村の連中、礼拝堂作ってるんだよ」

 礼拝、堂……

「ほら、集会所って言ってたアレだよ。まぁ、それも嘘じゃねぇしそういう用途もあるんだけどよ。
 ……献灯のための祭壇つくって、グレイスフィールの礼拝堂にもしようって」

 礼拝堂。灯火の神さまの。
 信仰を再び広める、第一歩。

「だから、お前が村に居着いたら、たぶん、みんな喜ぶぜ。
 だから暫くでも居着いて、南にちょっとずつ開拓進めたり、布教したりしながらよ。
 またデーモンとか魔獣が出たらぶっ殺して……なんてーか、そんな調子でこう、慣れてったらどうだ。色々」

 とメネルはそっぽを向きながら言った。
 そんな未来を考えてみる。
 それは、なんだか、とても幸せで明るいものに思えた。

「まぁ多分、スッゲー不便だろうけどなんとか……」
「うん、住む! ぜひ住む! 住まわせて!」
「決断早いなオイ! いいのかよ」

 言われて、僕は笑った。

「……皆がいれば、なんとかなるよ!」

 そう言うと、メネルは苦笑して肩をすくめた。

「ウィルー! メネルー! 二人の世界に入ってないで、アンタたちもこっち来て飲みなさいよー!」

 ビィが小さな身体で、ぴょんぴょん飛び跳ねながら僕らを呼んでいる。
 その後ろで、トニオさんが小さく笑っていた。
 アンナさんは生真面目そうな顔を赤く染めつつ、振る舞い料理の皿を手にレイストフさんのところに行こうとしていて、冒険者さんたちはご機嫌でそれを囃し立てている。

「しょうがねぇな……付き合ってやるか」

 メネルが言って立ち上がる。

「はは。それじゃ、もうひと騒ぎしようか」

 緑と土の匂いを含んだ、涼やかな風が吹きわたる。
 賑やかな輪の中へ、手を振り、声をかけ、笑いながら歩いてゆく。


 ――そんな僕たちを、まばゆい夏の日差しが、鮮やかに照らしていた。




      〈最果てのパラディン  第二章:獣の森の射手 完〉



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