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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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「はッ!」

 叩きつけるような左前脚の一撃をくぐり抜け、掬い上げるように槍を振り上げる。
 獅子の頭が首を振って回避。
 瘴気の尾を引く右前足が横薙ぎに迫るのを読み、バックステップで躱す――

 と、右前足を振り切った動作で、亜竜の首が僕の正面にきた。
 吐き出されようとする火炎の吐息(ファイアブレス)

 ワイバーンの時には寸前で首を締めて回避したそれだ。
 けれど飛び退った直後であり、重心が後ろに向いている今はあの時のように飛び込めない。
 だから、盾を構えてぐっと脚を溜める。

 吐出される火炎に、覚悟を決める。
 これは所詮は、赤色の火(・・・・)だ。

 もし白色とか、青みがかった白色とか寒色系の炎なら全力で逃げたかもしれない。
 下手すると一瞬で眼球が沸騰した挙句、大やけどを負って行動不能になるとか、そういう可能性もある。

 ……だけれど、赤い炎ならいける。
 前世なら、誰もが理科で習うことだ。

 赤い炎は熱く見えるけれど、一番温度が低い炎だ。
 炎は高温になるにつれ、赤から黄色へ、黄色から白へ、そして白から青へと変色する。

 勿論、この世界でそういう前の物理法則がどこまで適応できるかは知らないけど、突っ込む勇気を奮い起こす役には立つ。
 メネルだって即死しなかった! 一瞬なら大丈夫! 守りの加護もある!
 あれは、見掛け倒しのぬるい炎だ! 躊躇いなく突っ込め!
 そう言い聞かせて盾で顔をかばうと、口を閉じて目を細め、突っ込んだ。

 1秒もかからず間合いを詰め、大口を開いた亜竜の口に、構えた盾を叩き込んだ。
 手応え。
 幾本も牙が飛び散り、ブレスが中断された。

 まさかブレスの中を正面から向かってくるとは思っていなかったのか、キマイラが一瞬硬直する。
 その瞬間、

「『ノームよ礫を跳ね上げろ! 汝が拳で敵を打て!』」

 メネルの《岩石の拳(ストーンフィスト)》の呪文。
 川床にはごろごろした丸い石が、大量に転がっている。
 それらが、まるで突き上げられる拳のように、キマイラの広い腹部に向かって飛び上がった。

「――~~~~~~~ッッ!!」

 強烈な苦悶の声があがった。
 落下時に一回、強烈に腹を打って、おそらくは骨までやっているキマイラだ。
 その腹を更にもう一度、広範に打たれるなど、たまったものではないだろう。
 ……メネルは狙いがえげつないな、と思いつつ悶絶する亜竜の首を槍で貫いて仕留める。

 手応えを感じると同時にすぐに手元に繰り込み、踏み込みに合わせて槍を回すと、石突きを跳ね上げた。
 獅子の頭の顎をかちあげる。
 するとキマイラが、両前足で掴みに来た。
 正面を獅子頭が強引に塞ぎ、左右から広範囲に挟みこむような前足。逃げ場はない。


「《加速(アクケレレティオ)》っ!」


 ()以外には、ない。
 ほとんど真上に跳躍する。

 以前から愛用していた《加速のことば》を、キマイラ戦ではこれまで一切使っていない。
 何故かといって、単純に足場が悪すぎるからだ。
 加速したうえでその辺の石で足を滑らせたら、その加速の勢いで岩に顔面直撃ということもありうる。
 《つばさの靴(ウィングブーツ)》でその辺あっさり無視して遊撃手として駆け回るメネルと違い、僕は今回はそこまで高速の機動を使ってこなかった。

 だから、これはキマイラが知らない動きだ。
 一瞬、僕を見失ったキマイラが、気づいて上を見上げ――太陽光に目をやられる。

「『ノームや、ノーム、足をとれ! 固めて縛って釘付けろ!』」

 同時にメネルが放つ、《拘束(ホールド)》の呪文。
 最高のタイミングだ。

「や、ぁああああああああッッ!!!」

 僕は太陽を背に、《おぼろ月(ペイルムーン)》を構えると、落下の勢いに任せて獅子の頭に突き込んだ。
 皮を、肉を、そして骨を貫く手応え。着地の衝撃。

 戦闘を続行しようとする。が、槍が抜けない。
 一瞬慌て、槍から手を離して飛び退りかけて、気づいた。


 ――キマイラは既に、絶命していた。


 抜けないのも道理だ。
 短槍《おぼろ月(ペイルムーン)》は、キマイラの獅子の頭を貫通し、地面にまで突き立っていたのだから。




 ◆




 振り返れば、魔獣掃討戦も終わりを告げていた。
 大半のゴーレムは破損し動作を停止。
 油は大半が燃え尽き、燻るいくらかの火から、まばらな黒煙。
 その黒煙の向こうで、いま、最後の魔獣が倒れ伏した。

 皆が、敵を探る気配。
 けれどこれ以上、立って動いている気配はない。

「――勝った、よな」
「勝った」
「やった」

 徐々に勝利の二文字が皆の脳裏に浸透してゆき。

「ヒィィィヤッホ――ッッ!!!」

 爆発的な、歓喜の叫びがあがった。
 皆が笑いあい、喜び合い、手をたたき、涙し、抱擁を交わしている。
 もちろん後始末はあるけれど、後のことは後で考えればよいのだと言わんばかりだ。

「ウィル」

 と、メネルがこちらにやってきた。
 キマイラを眺めて、彼はしばし無言だった。
 唇が小さく、ばあさん、やったぜ、と動くのが見えた。

「…………」

 彼はそのまま無言でこちらを向いて。
 照れたようにそっぽを向きながら、顔の横に構えられた右の手のひら。
 それを見て、僕はにっと笑うと、同じように右の手のひらを構えた。

「お疲れ様!」

 ぱぁん、と音高らかに手を打ち合わせる。

「やったねメネル! ありがとう、メネルのおかげだ!」
「ふん。……感謝しやがれ、コンチクショウが!」

 ゆっくりと、僕の心にも、震えるような喜びが滲んでいく。
 こんな達成感は、いつぶりだろう。
 3人に教わっていた頃、僕は『仲間との共同作業』を体験することはなかった。
 前世でのそういった記憶も、すでに朧だ。

 だから今。ようやく、今。
 久方ぶりに、あるいは初めて、皆でやりぬいたのだ。
 仲間と。友だちと。……皆で!

「ぃ……やった――っ!!」

 と、改めて湧き上がる喜びを身体で示すように、腕を突き上げたり飛び跳ねたりする。
 勝った! やり遂げたんだ!
 これで当面の間、村が焼かれることはない。
 浮かれた勢いのまま、メネルに抱きつく。

「やった、やったよ!」
「だあああっ! やめろ、男に抱きつかれる趣味はねぇ!」
「勝ったんだ! 勝った、やった!!」
「くっそ聞いちゃいねぇ! たまに変にうざくなるなコイツ……!」
「……僕、うざい?」
「聞いてるじゃねぇか!」

 ……そ、そうか。
 うざかったのか。
 確かに一方的に友だち認定したり馴れ馴れしくしたり、時々相当なものがあった気がする。
 しょんぼりした。

「今後は気をつけ……」
「なくていい!」

 ぴしりと言われた。

「遠慮すんな。……つーかお前抱え込むとエラいことになるんだから、吐き出す癖つけとけ!」

 次は殴って止められるか分かんねーぞ! と、言われた。

「次があったら、また殴って止めてくれるの?」
「できりゃあな」

 次は確実に俺が殴り倒されるわ、とメネルが頭痛を堪えるように呟いた。
 それから、あー、と何度か口ごもって。


「ウザいとこも、暴走する部分も含めて……ダチだからな」


 と言った。
 どうやら喧嘩中のあれは、僕の聞き間違いとか妄想ではなかったらしい。
 嬉しくなる。飛び跳ねたいような嬉しさじゃなく、染み入るような。

「……ねぇ」
「なんだよ」
「もう一回言って!」
「はぁッ!?」
「もう一回! 友だちって! 聞きたい!」
「いきなりまたうぜぇ面だすんじゃね――ッ!?」
「えー!」

 そんな風に言い合いながら、ひとしきりじゃれあう。

 ――風が吹き抜ける。
 谷から見上げる空は、からりと晴れ渡っていた。




 ◆



 ――その遺跡は、谷の更に奥。
 岩場と木々の間にうずもれるように存在していた。
 石壁に囲われた、かなり大きな石造りの遺跡だ。
 入り口も大きければ、通路も大きいし、部屋も大きい。
 造形からして、おそらくかつては神殿――いや、それも違う感じがする。
 人里を離れているし、いつかマリーに聞いたような、人里を離れて神官たちが修行に勤しむ修道院だったのだろう。


「調査はおおよそ完了した」


 歩きながら、レイストフさんとアンナさんから説明を受ける。
 治療や逃げた魔獣の追撃、有用部分の剥ぎ取りなど、谷の後始末をメネルに委任し、僕はこっちに来ていた。

 ……キマイラや魔獣たちの謎の究明について、打ってあった手というのが、この人の先行だ。
 不可思議な瘴気を噴き出す魔獣たち。
 もしそれが何らかの原因あってのことなら……そして大いに考えられることだけれど、それが作為的なものなら。
 谷の奥に存在が確認された、この遺跡は極めて怪しかった。

「お前たちがキマイラはじめ魔獣たちの目をひきつけている間に、俺たちはここに侵入した。
 まず厄介な魔獣が一体、柱の陰から襲いかかってきた。そいつだ」

 その遺跡の一つ目の部屋。柱が林立するそこには、魔獣の姿があった。
 雄鶏を思わせる巨大な鳥の身体に、蛇の尾。
 石化の怪鳥、コカトリスだ。

 口から石化の吐息を吐く上に、人間なみの巨体はかなりの脅威――
 だと昔ガスに習ったのだけれど、その頭は口から後頭部にかけて、一撃で貫かれていた。
 蛇の尾も、返す刀でばっさりと断ち切られた様子だ。

 華麗、という感じはしない。
 最短経路で正確に急所を狙うその剣は、無味乾燥で容赦が無い。
 実戦の、実用の剣だ。

「即座に撃破したが、俺を含め数名が一部石化を受けた。アンナの祝祷により治癒済みだが」

 レイストフさんの右腕の袖が破れている。

「…………ひょっとして吐息受けつつ無理押しで突き殺しました?」
「私を庇って――すみません」

 僕が問うと、アンナさんが申し訳無さそうに答えた。
 いえ、キマイラのブレスに突進した僕が責められることじゃありません。

治療役(ヒーラー)の保護は必要なことだった」

 完全に才能に拠る祝祷術の使い手はとても貴重だ。
 レイストフさんとその仲間にも使い手はいなかったので、危険は覚悟で今回はアンナさんに支援を担当してもらっていた。
 とはいえ、危ない目に合わせてしまった。庇う立ち回りをしてくれたレイストフさんたちには感謝しないと。

「その後、探索をしたのだが……」

 次々に部屋を回る。
 かつては修道士たちが起居していたであろう部屋は、魔獣の檻へと改造されていた。
 奇怪な魔法陣などが敷かれ、おぞましい実験が行われた跡もある。
 ……やはり、今回の一連の魔獣害は作為的なものだ。
 だけれど、

「相手は撤収後だ。後れを取った」

 あちこちで資料などが焼き払われ、慌ただしく撤収した痕跡がある。
 ただ、相当慌ただしく逃げたものか、いくらか残された資料を確保したとレイストフさんは言う。

「後ほど、お前のほうから《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の《賢者の学院(アカデミー)》へ持ち込んでおけ」
「《賢者の学院(アカデミー)》っていうと……魔法使いの養成機関でしたっけ」
「お前も古代語魔法の使い手だろう。連中には同業のほうが話が早い」

 ……そういえば慌ただしくしすぎて、神殿はともかく学院に挨拶していなかった。
 あの死者の街を出てから、《ことば》の勉強も中断中だし、一回挨拶して書籍を借りる手続きも踏まないと。

「だが、相手の素性は明らかだ。かかる手間と知識を考えると、ミスリードの可能性も低い」
「というと?」

 見れば分かると言うと、つかつかと歩いてゆくレイストフさん。
 通路を抜ける。視界がひらける。
 そこは、修道院の礼拝堂だった。
 かつての死者の街のあの神殿を思い出す、神々の彫像が祀られた、広大な空間――

「あ……」

 けれど、その神々の彫像は、すべて顔面を削り取られていた。
 巨大な彫像をすべて壊すのは手間がかかる。
 彫像を「何者でもなくする」ために顔を削り取るのは、前世の歴史でも散見された行為だ。

 見れば、灯火の神さま(グレイスフィール)の彫像も、そのローブの顔面をえぐり取られている。
 ……冒涜的で、侮辱的な行為。
 この世界で信仰を得ただけに、一層その行為に忌避感と、強い怒りが湧いてくる。
 そして礼拝堂の壁。刻まれた、神を称える《ことば》は削り取られ――


 ――刻まれていたのは、《円環を掴む腕(ディアリグマ)》の紋章。


 奈落の悪神。外方次元の神。悪魔たち(デーモン)の神――次元神ディアリグマ。
 連なるは、目眩を催すような奇怪な文体で描かれた、次元神を称える幾多の《ことば》。


「…………奈落のデーモンどもだ」


 死者の街。永劫なるものどもの上王。その封印。百の英雄。三の英傑。不死神の介入。
 そうだ。

 ――僕の来歴は。赤子の僕を死者の街に、連れて行ったのは。

 高い位置に刻まれた紋章を、無言で見上げる。
 提げられた《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》が、微かに震えたような気がした。
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