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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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 雨の中。
 村外れの原っぱで、僕とメネルドールは対峙した。

「どこに行くつもりだよ」

 険のある声でそう問われた。

「どこって――」

 小首を傾げる。

「キマイラを殺しにいくんだよ、メネルドール」

 そういうとメネルは表情を歪め、それからぐっと唇を引き結んだ。

「一人でか」
「そうだよ?」

 当然じゃないか。

だって(・・・)君たちは弱いから(・・・・・・・・)

 僕が守ってあげないと、いけないじゃないか。
 ゆっくりと笑みを浮かべる。

「安心して、大丈夫。全部、僕が解決してくるよ。
 キマイラも殺す。率いられてる魔獣も殺す。裏に誰かいるならそれも捕まえるか殺すかするよ」

 ほら、これで解決だ。
 なんて簡単な話だったんだろう。
 これで良かったん


「ふざけんなッ!! お前に解決を、」


 メネルが俊敏な動作で間合いを詰める。

「恵んでもらういわれはねぇッ!」

 僕の頬に拳を叩き込みながら、彼が叫ぶ。でも――


 ……ああ、こんなものだったのか。


「それだけかい? メネルドール」

 頬に拳を受けたまま、冷めた目で呟いた。
 大して効いちゃいない。

「ちッ! 鉛かなんかでできてんのかお前はッ!」

 続いて下段の回し蹴り。
 そのまま受ける。
 間合いを詰めて鳩尾狙いのショートアッパー。
 そのまま受ける。
 次の拳を受けたら、もう終わりに……

「――っ、らァッ!」

 目潰し!?
 いきなり近距離から、何か握りこんだ砂のようなものをぶつけられて、視界がやられる。
 目が痛い。自然と目をかばって前傾したところに、呼吸のタイミングを見計らって強烈な膝蹴り。

「が……っ!」

 腹に力が入れられない、息を吐き切った瞬間を狙われた。
 思わぬ痛みに混乱し、前傾したところで後頭部に鉄槌打ちか何かを受けた。
 危うく転倒しかけ、強引に立て直す。
 痛い。……痛い。痛い。痛い!
 じわじわと、怒りの衝動がこみ上げてきた。

「……よくも、やったなッ!」

 拳を握りこんで反撃するけれど、機敏な動作で回避された。

「はッ、ようやくいい顔になってきやがったなぁ! お坊ちゃん?」

 メネルが手招きする。

「さあ、こいよ!」
「……後悔するなよッ!」

 雨の草原。
 殴り合いが始まった。



 ◆



 拳を繰り出す。メネルが回避する。
 蹴り。蹴り。拳。掴みかかる。
 当たらない。掴めない。
 当たらないのには理由があった。

「はッ! やっぱりだ! お前、殺し方と制圧の仕方は知ってても、喧嘩慣れ(・・・・)はしてねぇな!」

 そうだ。僕は、前世でも喧嘩なんてした覚えがない。
 今生でもブラッドは、そんなもんは実地で学ぶもんだと、喧嘩の仕方は教えてくれなかった。

 だから、加減が分からない(・・・・・・・・)

 なまじ突き抜けた力を持っているだけに、そしてメネルをいったん庇護すべき弱いものと認識しただけに。
 どのくらいの力で殴ったり蹴ったりすればいいのか、いまだに見当がつきかねている。
 魔獣など相手ではなく、対人。うかつに力を込めて殴ったら、即死してしまうんじゃないか。
 ……そんな危惧が拳を鈍らせていた。

「なぁにが一人で解決するだよ! 喧嘩の作法も知らねぇお坊ちゃんが!」

 打ち込んだ拳にカウンターを合わせられた。
 こちらの勢い込みで顔面に拳が刺さり、鼻血が吹き出す。

「っ!」

 メネルはもう、僕に適切なダメージを与えるだけの力加減を把握したようだ。
 さっきから何度も何度も痛打を貰い、身体の各所からじくじくと鈍痛。
 でも、こっちもようやく分かってきた。

「ッ!」

 拳。初めて直撃。
 防御したメネルが、軽く宙に浮いた。そのまま2、3歩後退する。

「くそがッ! どんだけ強いんだよ!」
「違うっ! 君たちが弱いんだッ!」

 君たちが。君たちは。

「弱いんだよ、頼りにならないんだよ!」

 なんで。

「なんで隣に立ってくれないんだよ!」

 それは身勝手な叫びだった。
 メネルを追い詰め、襟首をつかみ、幾度も顔面に拳を浴びせながら。
 頭をかき回す怒りの衝動と鈍痛で、普段は口にもしないようなことを、思わず叫んでいた。

「僕は……僕には使命があるのに! ちゃんとやらなきゃならないのに!」

 ちゃんと生きたいのに。
 そうあろうとしているのに。
 なんで周りがついてきてくれないんだ……!

「オメーの都合だろうが知ったことかよバーカッ!!」

 円の足捌きと肘のかち上げで掴みを外され、そのまま返す動作でこめかみに肘鉄を叩きつけられた。
 くらくらする。
 その瞬間、両腕を絡めるように首を引き寄せられ、腹に強烈な膝蹴りの連打。

「ぐ、ふ……っ!」

 そのまま崩れた首投げめいて、ぬかるむ地面に転がされる。
 身体を浴びせられ、息が詰まった瞬間にマウントを取られた。

「いいか、ウィル! このクソボケ! 確かに俺は! ロクデナシだけどな……!」

 何度も何度も。
 固めた拳で、顔面を乱打される。


「それでも! ダチ(・・)の隣にくらい立てるに決まってんだろ、舐めんなッ!!」


 その言葉に、はっとする。

「今はまだ、」

 顔面に拳。がつんと視界が揺れる。

「お前より、」

 顔面に拳。

「弱いけどなッ、」

 拳。

「すぐ追いついてやるよッ!」

 視界が揺れる。揺れる。涙が溢れる。
 ああ。

「待ってろッ!」

 ああ……


お前は(・・・)バケモノじゃねぇ(・・・・・・・・)! ……すぐ証明してやるッ!」


 うん。……待ってる。
 待っているよ。メネル。

 ごめん。ありがとう――




 ◆




 ――はっと気絶から覚めた時、雨はあがっていた。
 雲間から、一筋の光が差し込んでいる。
 気を失っていたのは、どれくらいの間だったのだろうか。

「よぉ、目が覚めたか」

 ぶっ倒れた僕の、隣に座っていたメネルを見る。
 いつもはなんとも秀麗な顔が、なんかもう内出血やら何やらで物凄いことになっていた。
 思わず何か言いかけて、

「……~~ッ!?」

 切れた唇の傷が広がって悶絶した。
 メネルの顔面も相当だけれど、僕の顔面のほうも凄いことになっているようだ。 

「かはは。そりゃそうなるわな」

 脳内麻薬ドバドバ出てた殴り合いの興奮が覚めると、痛い。そりゃもう痛い。

「あ、あがが……」

 きつい。でも、祝祷でこの傷を治す気にはなれなかった。
 幸い、視界が歪むとか変な頭痛や悪寒がするとか、深刻な症状は出ていないし。

「……クソっ下らねぇ喧嘩だ、神さんの手を煩わせるのもな」

 メネルも同意見らしい。
 うん。僕も神さまに、こんな喧嘩の後始末をお願いしたくはない。
 神さまの力は貰えればありがたいけれど、啓示も祝祷も、こっちからいいように便利使いするものじゃあないのだ。

「――で、目は覚めたかよ」
「うん、覚めた」

 そう答えると、メネルはならいいと、からから笑った。
 それから笑うことで顔の傷が刺激されたのか、顔面をおさえて呻きだした。
 その様子がなんだかおかしくて、僕も笑いかけて顔面おさえて悶絶する羽目になった。

 二人で、涙目で苦しみながら笑った。
 なんだか、無性におかしかった。

「使命感こじらせやがってバカが」
「それだけショックだったんだよ」

 まさかあんなに分かりやすく、暗黒面に落ちそうになるとは自分でも思わなかった。
 殴りあってスッキリした今だからわかるけど、思考が相当ヤバい方に突っ走っていた。
 突っ走っている最中は、案外気づかないんだから恐ろしい。

「ビィとトニオさんにも謝らないとなぁ……」

 心配をかけてしまった。
 それに勿論、神さまにも。
 ……たいへん申し訳ありませんでしたと、心のなかで謝罪する。
 それから、メネルの隣に座り直した。

「……ねぇ、メネル」
「なんだ」
「ちょっと聞いて欲しい話があるんだ」
「なんだよ」
「えっと……僕の生まれと、家族について」
「……話していいことなのか、そりゃ」
「話したいんだ」
「なら話しゃいいんだろ、聞いてやる」
「うん、ありがとう」

 信じてもらえないかもしれないけれど。
 前世のこと、あの死者の街のこと。神々のこと。
 そして、あの大切な僕の家族。ブラッドと、マリーと、ガスのこと。
 ……その全てについて、僕は、ゆっくりと話し始めた。

 
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