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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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 村を出立してピップさんのパーティを追い数日。
 ずっと続いていた鬱蒼と茂る緑が消え、青空が見えた。
 緑の森を抜けた先にあったのは、ゴツゴツした岩の転がる谷だった。
 谷の向こう、遠く木々の向こうに山脈が見える。
 赤茶けた色をした山々、《鉄錆山脈》だ。

 とするとここは、山脈から湧き出す水の流れによって作られたものだと見ていいだろう。
 さほど深くはないけれど、長く続いていて、川床であったであろう場所には丸い石が多く転がっている。

「…………」

 ピップさんたちの残骸(・・)は、その辺りに散らばっていた(・・・・・・・)
 やわい紙人形かなにかを、幼い子供がめちゃくちゃに引きちぎってバラバラにして、気ままに放り投げて遊んだ後に去った後のような。
 そんな光景だった。

 群がる禽獣を、メネルたちが追い払う。
 ばさばさと黒い翼のカラスが飛び去り、大小の死肉漁りが逃げ散っていく。

「……おい」

 メネルが足跡に目を留める。
 血まみれの獣のそれは、ちょうど担いでいる盾ほどもあり……

「きわめて大型。……焼かれた村でも見た。キマイラで間違いねぇ」

 メネルがそう言うと、周りの冒険者達が頷いた。

「そうか。……ま、目当てのキマイラとやりあえて死んだんだ」
「ピップもハービーもブレナンも、さぞ満足して、ついでに悔しがってることだろうよ」
「第一発見の報奨は、もってかれちまったなぁ」
「灯火の神グレイスフィールよ。……安息と、導きを」

 おら、飲め飲め、と冒険者の1人が懐からお酒の入った小瓶を取り出し、バラバラの死体に振りかけた。
 僕も万が一にも彼らの亡骸がアンデッド化しないよう、《聖なる灯火の導き(ディヴァイン・トーチ)》の祝祷を行う。
 メネルと、もう2人は話しながらも辺りを警戒し、レイストフさんは遺髪を回収している。

「……む?」

 と、レイストフさんが声をあげた。

「頭が二人分しかないぞ。損傷が激しくてよく分からんが……このバラ肉は、二人前(・・・)か? 三人前(・・・)か?」

 言われて見回す。
 どうも、少ないような気が、しないでもない。

「頭ごと食われたんじゃねぇか?」
「ありうるな」
「…………いや、待て」

 メネルが何かに気づいて、声を上げた。
 指差す方を見ると、谷の奥に向かって、点々と剣や、盾や、篭手が落ちている。

「装備を投げ捨てながら逃げた、か?」
「なんで谷の奥に」
「キマイラは飛べる。森側を塞がれたら、奥に逃げるしかなかろうよ」
「それもそうか」

 僕たちは頷き合うと、谷の奥へ向かった。



 ◆



 谷の奥へと歩いてゆく。
 兜、胸甲……落し物をそこまで辿ったところで、ふと気づいて、歩きながら呟いた。
 同時に、メネルとレイストフさんも何かに気づいた様子だ。

「……おかしい(・・・・)

 僕の言葉にメネルとレイストフさんも首肯した。

「ああ、妙だ」
「妙って、なにが」
「この谷間、足場があまり良くありません」

 ごろごろとした丸石が転がるそこは、全力疾走には向いていない。
 適切な遮蔽物はといえば、時々大きな岩があるばかりで、見晴らしは良い方だ。
 他の二人を殺戮することに、キマイラが気を取られていたと仮定しよう。
 それでも。それでもこんな場所でこんな距離……

 人間が(・・・)飛行魔獣から(・・・・・・)逃げられるわけがない(・・・・・・・・・・)

 そして皆がそれに気づき、足を止める。
 進路上にあった大岩。その上に、証立てるように……
 ……人間の腐乱した首が、置かれていた。


「罠ですっ! 撤退――」


 言いかけた瞬間。
 耳を聾するほどの、複数(・・)の魔獣の雄叫びが谷に響いた。

 森側。僕たちが入ってきた方から、幾体もの魔獣がこちらにやってくる。
 双頭の大蛇。
 血走った目をした巨大な牡鹿。
 豹と見まごうような山猫。

 魔獣。魔獣。魔獣。
 その全てが、体から瘴気を(・・・・・・)吹き出していた(・・・・・・・)

「う、うわあっ!?」

 誰かが悲鳴をあげ、僕とレイストフさんは盾を構えて前に出た。

「……盾の壁(シールドウォール)、というには貧弱だな」
「ですね」

 けれど、罠にかかってしまった以上は、突破するしかない。

「俺たちを罠にかけたつもりのケダモノどもに、どちらが獲物だったか思い知らせてやらんとな」

 レイストフさんのつぶやきに応じるように、僕は腹を決めた。
 メネルが後ろで《つばさの靴(ウィングブーツ)》を起動し、弓を構えているのも分かる。
 ほかの三人もそれぞれ、僕たちに並んで盾を構えたり、後ろで弓矢を構える。

 瘴気とともに、魔獣が迫る。
 ……あの瘴気には毒があったはずだ。
 僕は迅速に幾つかの《ことば》や祝祷で、《生命力増強(バイタリティ)》や《毒に対する抵抗(アンチ・ポイズン)》を全員に重ねがけする。
 メネルも妖精に対して呼びかけ、いくつかの守りを皆に配ったようだ。

「……感謝する」
「ありがてぇ!」
「助かる!」

 口々に叫ばれる礼を聞きながら、僕はふとかがみこむ。
 恐怖を煽るように、ゆっくりと迫ってくる、おぞましき魔獣たち。
 それに対して、僕はポケットからスリングを取り出すと、川床の手頃な丸石を一つ拾った。

「弾がいっぱいあるや」

 そう笑って、スリングに石を載せてぐるぐると回し……

「今だ、撃てッ!」

 間合いを見計らっていたレイストフさんの号令とともに、放たれた丸石が魔獣の一体の頭を爆ぜ飛ばす。
 背後の後衛から放たれる矢で、幾体かの魔獣は浅くない傷を負ったようだ。
 しかし、それをきっかけに魔獣の群れが突撃してくる。
 重心を落とし、盾の影に身をかくしてそれに備える。


 ――僕たちの頭上に巨大な影が差したのは、その瞬間。


 影が狙うのは、後衛。バックアタックか。
 ダメだ、今は魔獣の突進を止めなければ。

「メネルっ!」

 最も信頼する友人に託す。
 なんとか、キマイラから時間を稼いで欲しい。
 その意図を名前を呼ぶことで伝えて、前を向き続けようとしたとき。


「がハ……ッ」


 肉を叩く、音がした。
 耐え切れず、振り向く。
 メネルが。最も信頼する、彼が。
 ――あっさりと、巨大な魔獣に吹き飛ばされていた。



 ◆



 キマイラは想像以上に巨大だった。
 盾ほどもある足裏から伸びるのは、鉄条を撚り合わせたような太い足。
 獅子の頭も、山羊の頭も、元になったその動物の何倍も大きい。
 そこらの寒村の農家など、身を丸めたキマイラよりよほど小さいだろう。
 これに比べれば飛竜など、まだしも線が細く見える。
 ……まるで、見上げるほど巨大な岩の真正面に立ったような、圧倒的な質量感。
 その3つの頭には、ちいさきものどもへの侮蔑と、嘲笑と、悪意ばかりが凝っていた。

 メネルは、自分と背後の仲間を守るため、土の妖精に呼びかけて防御を試みたようだ。
 その証拠に、地面から石と土の壁が屹立している。

 その壁が。
 象のように太いキマイラの前脚に、あっさりと抉り取られていた。
 メネルが急斜面の岩場に、人形のように叩きつけられる。
 その、彼に。

「やめ、」

 キマイラはあざ笑うように、

「やめろ、」

 亜竜の首から、

「やめろぉぉぉっ!!!」

 火炎を吐き出した。
 メネルの体が跳ねる、焦げてゆく。
 彼が死ぬ、死んでゆく。

「……あ、あ、」

 ぷちん、と頭のなかで何かが切れる音がした。

「あああああああああああっ!」

 滾る血がふつふつと視界を真っ赤に染める。
 飛竜の襲撃の時にもこれほどの怒りは感じなかった。
 滾る感情のままに、

「《(トニト)》――」

 雷撃の《ことば》を唱えようとする。
 その瞬間、衝撃。
 盾に。
 そうだ、魔獣が。
 突撃。
 《ことば》、途切れ……
 不発。
 反動。
 とぎれとぎれにそこまで考えた瞬間、発動に失敗した雷が僕の身を貫いた。

「……ッ!!」

 衝撃。
 体が痙攣する。
 崩れ落ちる。
 何だ、何をしてるんだ。
 何を無様な。
 僕が戦わないと。
 皆を守らないと、いけないのに。
 なんで、いいようにやられて――

 崩れ落ちる僕。霞む視界の中、逃げ惑う冒険者たち。
 レイストフさんが1人、剣を振るって奮闘しているけれど長くはもたないだろう。

 絶望の冷たさが。
 まるで極寒の氷のようなそれが、怒りの炎をあっという間にかき消す。
 どうしてだ。
 何を間違ったんだ。
 いい調子だったじゃないか。
 僕は――僕は、どこで。

 倒れた僕に大蛇の頭が迫る。
 僕を丸呑みにしようとしてくるそれに対し、僕は……いや。
 ブラッドに鍛えぬかれた僕の体は。


 極めて自然に、《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》を抜剣していた。


 斬撃。蛇の首が飛ぶ。
 くれないの茨が空間を駆ける。
 負傷が消える。生命力がみなぎる。

「ああああああああああッッ!!!」

 咆哮する。
 薄れてゆく。冷えてゆく。思考が消えてゆく。
 何もかも真っ白になり、魔獣と自分の位置関係だけがただ頭のなかを巡る。


 ――――虐殺が始まった。


 
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