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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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22

 その店は、少し大きな酒場兼宿屋といった風だった。
 一階が酒場で、二階が宿屋だ。
 食い逃げならぬ泊まり逃げ防止のため上層が宿なのは、どこの世界も共通なんだな、と思った。

 店名は、『はがねの(つるぎ)亭』という看板がかかっている。
 その看板の下に、武器を象った小さな垂れ幕がかかっている。
 あれが冒険者の溜まり場、依頼の斡旋所、『冒険者の宿』のしるしらしい。

 冒険者。
 傭兵めいた腕貸し、用心棒や、《大連邦時代(ユニオンエイジ)》の遺跡漁り、魔獣退治、賞金稼ぎなどで暮らすアウトローたち。
 前世の歴史で言えば、ローマ時代の職業的剣闘士あたりが近いだろうか。あるいは、西部劇に出てくるようなガンスリンガーたち。
 社会的な地位はさほど高くはなく、しかし同時に一攫千金の夢と、英雄を産出する社会階層だ。

 夕刻。
 仕事帰りの労働者であふれる街路をメネルと一緒に歩き、開けっ放しのドアから騒がしい店の中をうかがう。
 店内には既に喧騒で満ちている。冬場なので少し厚着をして、角杯に注がれたエールで乾杯を交わす人々。 
 だけれど、その光景は少しおかしい。

「…………魔獣の角に、革だ」

 有角系の魔獣の角で作った角杯が、平然と用いられている。
 羽織っている外套やチョッキも、魔獣の皮革でつくられたものがある。
 あれがあいつらの戦利品(トロフィー)であり、手っ取り早い実力の顕示なんだよ、と横でメネルが小さく言った。

 踏み入る。
 視線が集まり……一瞬の沈黙、そしてざわめき。

 銀髪のエルフ混ざり(ハーフエルフ)を連れた、栗毛の若造。
 なよっちく見えるが、ありゃ恐ろしく鍛え込んでる。
 間違いないぞ。

「おお、噂の《飛竜殺し》殿が、こんな場末の酒場に何の用だい!」

 機嫌よく酔っ払った、いかにも身軽そうな男の人から声をかけられた。

「依頼があるのです」
「それなら店主に声をかけて幾らか払って、掲示板を使うがいいさ」
「ありがとうございます」

 見れば店の壁には大きな木の板がかかっていて、何枚もの紙や革がピン止めしてある。
 僕も店主に声をかけて、依頼料込みのプッシュピンを数本買い取って、依頼書きを同様にピン止めする。
 前世で、とある人物が書いたとされる広告を参考にした短い広告だ。
 なんだなんだと依頼を見に、皆が周囲に集まってきて――


『求む冒険者。
 至難の旅。僅かな報酬。魔獣。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。
 成功の暁には名誉と賞賛を得る。

 ――ウィリアム・G・マリーブラッド』


 そして、沈黙が落ちた。



 ◆



「おいおい、飛竜殺しさんよぅ」

 まず来たのは、酒気とからかいを含んだ声。

「俺たちも商売でやってんだ。こんな話にゃ乗れねぇよ」

 ぴかぴか光る鋼の胸甲に、腰の剣は傷ひとつ無い鮮やかな赤鞘。
 太い腕に赤ら顔の、三十絡みの冒険者。

「なぁ?」

 そう彼が言うと、彼の一党(パーティ)と思しき数名が囃し立てる。
 そうだそうだ、気前が悪いぞ、と。
 おもむろにメネルが拳を固め始めて僕が一瞬慌てて、

「黙ってろ、《ハッタリ屋(ブラッファー)》ども」

 のそりと横から現れた、みすぼらしい男の一言で、それが止まった。
 傷だらけの焦げて擦り切れた外套。帯剣の鞘はボロボロで、なにか改造が施されているようだ。
 ひげ面で年齢は不明、体格こそ悪くないが、景気がいいようには見えない男性。

 ……しかし、僕が注目したのは彼の指だ。
 汚れて傷跡が多い指。その指先は、爪が短く切りそろえられていた。
 ブラッドはいつだったか、武勇談義でこう言っていた。剣士を見たら爪を見ろ、と。

 ――武器を抜く手を妨げる要素を、己のうちに許すか許さないか。
 ――そんなもんは指先を見りゃあ分かるんだ。

「俺が見たところ」

 彼はゆっくりと言った。
 口の上手いほうではないらしい。

「《冒険野郎(マッドマン)》が欲しいんだな?
 腕は悪いがお行儀のいい、一応なりとも仕事の礼儀と我慢を心得た《ハッタリ屋(ブラッファー)》連中ではなく。
 恐れ知らずで礼儀知らずのクソども。下らぬ拘り(プライド)に命を賭ける、最低の《冒険野郎(マッドマン)》どもが欲しいんだな?」

 頷いた。

「その通りです。……僕は、そういう人をこそ雇いたい」
「オイ聞いたか。その通りだとよ!」

 《飛竜殺し》は《冒険野郎(マッドマン)》をご所望だ!
 その声に、幾つかのテーブルから、こちらをうかがっていた人たちが動き出す。

「ちっ、《歩きたがり(ストライダー)》のクソどもめ。……一山当てたら、たまにはお前らも奢れよ!」

 逆に装備の見目が良い、さっき最初に声をかけてきたような人たちは、軽く舌打ちをしてテーブルに戻る。
 儲け話を期待していたけれど、そうじゃないなら、ということだろう。生計重視の人がいるのは当然だ。

 寄ってきた人たちは、おしなべてガラは悪く、装備は薄汚れていて、雰囲気は鋭く刺々しい。
 その装備は多くが魔獣革で、魔獣の角で酒を酌み交わしていた。
 間違いなく、商家の用心棒稼業になんて、目もくれないような人たち。
 戦いと冒険に命を燃やす、本格的な荒くれ者たちだ。……そう、ブラッドみたいな!

「獲物はなんだ、何を狙う」
「野外か」
「小物は論外だぞ」

 問われて、僕は、あえて不敵な笑みを浮かべた。

多頭の合成獣(キマイラ)

 その言葉に、一瞬沈黙した人々を見回して、言う。

「《魔獣の森(ビーストウッズ)》西部に生息。詳細不明。これを狩り出して殺します」

 最初に話しかけてきた髭面の男の人が、うっそりと呟いた。

「飛ぶ奴か」
「ええ」
「生息位置が曖昧すぎる、探るだけでも一苦労だな」
「その通りです」
「そして探索中に奇襲されたら、即死ものの相手だな」
「そうなるでしょうね」

 そこまで言うと、彼は笑った。不敵に。

「――つまりは、馬鹿げた(マッドな)冒険だということだ」

 参加させてくれ、飯と寝床があればいい。小銭が貰えりゃあ、なおいい。
 そう言う彼に、俺も、俺もだ、と続けて声が上がる。
 むろん支払います、というと、わっと歓声があがった。

「ですがその前に」
「なんだ」

 僕は笑って、彼に手を差し出した。

「皆さんのお名前をお聞かせ願えませんか? 僕はウィル。ウィリアム・G・マリーブラッドです」
「レイストフだ」

 ――って、何がいいかしらね。
 ――最近の武勲詩じゃ《つらぬき》のレイストフとか定番すぎるし、

「…………《つらぬき》の?」
「そう呼ばれることもある」

 髭面の冒険者は、むっつりと答えた。



 ◆



 そんな《白帆の都(ホワイトセイルズ)》での日々を経て。

「われ、サウスマーク公エセルバルド・レックス・サウスマークが汝を騎士とする」

 神殿の、荘厳な聖堂。たくさんの参列者の向こうに、エセル殿下が佇んでいた。
 傍らには祝福を授けるため、細い目と優しそうな顔立ちが印象的な、副神殿長が居る。
 ……そこに、歩いてゆく。
 本当のことを言うなら、色々とお世話になった神殿長に祝福してもらいたかったのだけれど、お願いしてみたら断固拒否された。

 人前で敬虔だったり加護が厚いところを見せると、面倒なのだという。
 交渉相手に「もしかして敬虔な神官なら絶対にやらないような手を打ってくるかもしれない」と思わせる余地、これが大事なのだ、と。
 人前では祈りも手を抜いて、後で一人で祈るくらいなのだから本当に徹底している。残念だ。
 そうして残念がっていると、この副神殿長さんも、私も同感です、あれほどの人が世に知られぬとはと、一緒に残念がってくれた。
 とてもいい人だった。

「彼が神殿、困窮する人、そして悪神とその暴虐に逆らい、善なる神々を信ずる全ての者の守護者となるように」

 規定の位置に到達すると、殿下が祭壇に安置された剣を取りつつ、よく通る声でそう言祝いだ。
 副神殿長の手に剣が手渡され、そして僕に渡される。
 剣を用意の鞘に収め、教えられた作法に則って三度、鞘から抜いては納める。
 抜剣と納剣に伴う、涼やかな音が聖堂に響いた。

「まさに騎士になろうとする者よ。善なる神々の教えを守り、神殿、困窮する人、祈りかつ働く全ての人々を守護すべし」

 言祝ぎの言葉。
 それに応じるように跪くと、剣を持ち替え鞘を両手で保持し、柄を差し出す。
 殿下が剣を引き抜き、剣の腹で僕の肩を軽く三度打った。
 剣を返される。受け取って立ち上がり、剣を腰に収めた。再び涼やかな納剣の音。
 副神殿長が浄化の祝祷を使う。辺りに聖なる気配が満ちる。

「わが守護神たる知識神エンライトに、彼の者の守護神への執り成しを願い奉る!
 灯火の神グレイスフィールの聖寵(みめぐみ)が、この者に絶えることなく与えられんことを!」

 知識神エンライト。老いたる隻眼の神。見えるものと見えないものを見通す学識の神。

「誓いを堅く保ち、み教えを尊重し、弱き人々を守護せよ。――世の光たれ!」

 両手を広げて叫ばれた祝福。
 それにわっと拍手や歓声が起こる。

 世の光たれ!
 新たな騎士の誕生に祝福を!
 辺境に光あれ!
 灯火の騎士に祝福あれ!
 聖騎士万歳!

 そこからはもうお祭り騒ぎだった。
 参列した有力者たちから群衆に、盛大に施しがふるまわれ、大歓声があがる。
 ……叙勲の儀式を口実に、飛竜被害に対して大規模な施しが行われただけでも、受けた甲斐があった気がする。

 街をあげて盛大な饗宴が行われた。
 余興でレスリング試合が催されていて参加を促されたので、5人連続で抑えこみ(フォール)勝ちしたら愉快げに笑われた挙句、たくさんの騎士に押し包まれて抑えこみ(フォール)負けを喫した。
 あの《飛竜殺し》に勝ったぞー! とか、皆が悪意なく大笑いながら宣言している。ずるいな! と僕も笑った。

「メネル! メネルもやろう!」
「いやだよふざけんな!」

 メネルは相変わらずお祭りごとには関わりたがらない。
 引っ張りだす。

「おお、聖騎士殿の従者の……」
「従者じゃないです、友だちです!」
「友だちじゃねぇ!」
「は、はぁ……」

 ビィは楽しげに僕の歌を歌っていた。もう大儲けよ大儲け! とか言っていたけど恥ずかしい。
 トニオさんやレイストフさんは何やらお祭り騒ぎを利用して、色んな人と接触を取っていたようで実に抜け目がない。
 そんな大騒ぎは夜まで続いた。

 ――こうして僕は、この最果ての《聖騎士(パラディン)》になった。


 
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