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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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 くたりと、腕に抱えたワイバーンの首が力を失う。
 しばらく油断なく、念入りに締め上げ続けていたところで……辺りに沈黙が落ちていることに気づいた。

 神殿に居た人、神殿に避難してきた人。
 たくさんの人が、僕を見ている。
 その目にこもる感情は複雑で――
 あ、まずい、と気づいた。

 目の前で2トンくらい――たしか6メートルのイリエワニが1トンくらいだった筈――はありそうな飛竜の首をへし折ったのだ。
 辺りの人たちごと今にもブレスで焼き払われそうだったから、犠牲者なしで勝つには首を締めるしかなかったとはいえ、自分で考えても無茶苦茶だ。
 ひょっとしてこれは、恐怖され、

「見事だ! 素晴らしい!」

 ぱちぱち、と拍手の音が響く。
 え? と思って視線を向けると……トニオさんがいた。

「あなたのような英雄をこの場に遣わしてくださったことを、神々に感謝します!」

 トニオさんは大仰に拍手しながら、素知らぬふりで僕に向かって歩み寄ってくる。
 それから皆に見えない角度で、そっと微笑みかけて、茶目っ気を込めたウィンクをしてくれた。
 ワイバーンの首を離して立ち上がった僕の両手をとって、いかにも感謝しています、といった風に握手。
 それでやっと、鈍い僕もトニオさんの意図に気づいた。
 いえ、と笑って握手した手をぶんぶん振る。

「『飛竜殺し』の! 新しい英雄の誕生よ――!」

 ビィも意図を察しているのか、ぽろろん、と弦をかき鳴らして叫んだ。
 彼女の声はよく通る。

「英雄に賞賛の拍手を!!」

 そして率先して拍手する彼女に応じるように、まばらに拍手の音が響き始め……
 拍手は大きくなり、歓声を伴うものになり、そのうち僕は歓呼する人々にもみくちゃにされた。
 ありがとう、ありがとう、と何度もお礼を言われて、腕やらを触られたり、握手を求められたり。

 ……いま、実はかなり危ないところだった気がする。
 僕やメネルではたぶん、切り抜けられなかっただろう。
 社会的な立ち居振る舞いや機転に長けた、二人ならではのフォローだ。
 本当にありがたい。

「まだ瓦礫の中に埋まっている人や、怪我人がいるはずです! 皆さん、助けあって救助しましょう!」

 ひとしきり歓呼の声が落ち着いたところで、そう声を上げる。
 おお、と声があがった。

 そのまま広間の瓦礫を除去したり、怪我人を受け入れて治療したりする。
 雑多な人々の間に、不思議な連帯感が生まれていた。

「……ありがとうございます」
「いえ、なんの。投資のつもりですから」
「ふふん、後で歌にさせてねっ?」

 騒ぎに紛れてこっそりお礼を言うと、二人はそう答えた。

「しっかし、ホント何でもアリだなお前」
「驚いた?」
「お前の非常識には慣れた」

 テコを使って瓦礫をどかしながら、メネルとも少し言葉を交わす。

「僕としては未熟を痛感しました」
「はぁ?」

 あのワイバーンは全身の血管を黒く染め、不気味な瘴気を吹き出していた。
 何らかの突然変異か、どこかの遺跡での罠でも起動して呪われたのか、それとも誰かが邪悪な処置を施したのかは分からないけれど……
 やはり、わざわざ街を襲ったのも、あの異常と関連があるのではないかと推測したくなる。

 もちろん実はまったく無関係で、何らかの本能にもとづく行動である可能性も否定出来ないけれど……
 でも、流石にいくら魔獣が凶暴だといっても、人間の大都市を襲撃なんて自殺以外の何ものでもないだろう。
 初手は圧倒できていたけれど、あれは単なる奇襲の利だ。
 混乱から立ち直り、ちゃんとした兵士や魔法使いや神官がゾロゾロ出てきたら、どうしようもない筈。

 そしてそんな異常のある、おそらくは通常より強いワイバーンだったとはいえ――なんて無様な戦い方をしてしまったんだろう、僕は。
 ガスならより迅速に、効率よくワイバーンを誘引できたはずだ。
 マリーが祈った壁なら、あの瘴気と蹴爪を受けても揺るがない。
 ブラッドなら組み合う以前に、一刀で悠々と決着をつけたはず。
 やはりまだ個々の能力では一回りくらい、そして実戦経験では圧倒的に、3人に及ばない。

 今回だってメネルがいなければどこかで死んでいた可能性もある。
 トニオさんやビィがいなければ社会的な意味で死んでいた可能性も否定できない。
 僕の脳内では、あそこが甘かったここがダメだ、これが足りないと大反省会だ。

「……おい。お前の師匠がどんだけだったか知らねぇけどな」

 メネルに呼びかけられた。
 はっと思考から立ち戻って、彼を見る。

「大物仕留めたんだぞ、反省もいいけど少しは喜べよ。でねぇと俺も喜びづらいだろうが」
「…………」

 言われて、思う。
 確かに反省点は多いけれど……3人とお揃いの《飛竜殺し》だ。
 …………これは、ちょっと、嬉しいかもしれない。

「うん……うん! メネル、ありがとう! メネルのおかげだ!」
「ああ、やったな。……あとどう考えてもお前が大半だよバカ!」

 戯れ合いながら拳を突き合わせて、打ち合わせた。
 それだけで、色々と通じ合った気がした。

 それから何時間作業していただろうか。
 飛竜の死体に関しては、あのあと駆けつけた兵士さんがたに任せてある。
 それよりも、おおよそ分かる範囲で周辺の怪我人は引っ張り出せたかな……といったところで、神殿の門前のほうが、やけに騒がしい。
 何人かの神官さんが、こっちにバタバタと駆けてくる。

「《飛竜殺し》殿! 《飛竜殺し》殿!」
「あ! ウィリアムです、なんですか!」

 応えて手を振ると、ずいぶん慌てた様子だ。
 作業はあとは我々がやりますので、どうか至急いらしてください、と彼らは口々に言う。


「お、王弟殿下が……!」
「王弟殿下が《飛竜殺し》の英雄殿とお会いしたいと……!」




 ◆




 そこは鮮やかな部屋だった。
 色とりどりの織布が壁に飾られ、立ち並ぶ装飾品は壮麗の一語。
 嫌味にならない程度に権勢を示す。
 ……多分、そんな意図でもってあつらえられた部屋なのだろう。
 僕とメネルは今、《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の領主館、その応接室に招かれていた。

「ようこそ、我が館へ。英雄殿」

 黒檀の大きな机の向こう、両手を広げて僕たちを迎えたのは……ファータイル王国の王弟。
 エセルバルド・レックス・サウスマーク公。
 この《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の領主。
 《南辺境大陸(サウスマーク)》の統治者。

 ――鋭い目をしたひとだな、と思った。
 灰色の瞳は、こちらの心底まで見透かすような、猛禽を思わせる鋭さ。 
 短く刈り込まれた髪。顔つきは峻厳で、体もそれなりに鍛えられているみたいだ。
 上品なあつらえの服に、腰には帯剣……あれ実戦向けの拵えだ。飾りじゃない。
 背後には完全武装の護衛が、謹厳な様子で二名立っている。

「……拝謁の栄に浴し、身に余る光栄と存じます。殿下。
 お召しを頂きまして参上いたしました、ウィリアム・G・マリーブラッドと申します」

 右手を左胸に。
 左足を軽く引いて、一礼する。

「――ほう」

 と、エセル殿下はそれを見て呟いた。
 ……あれ、何かしくじった?

「古き作法をよくご存知だ。察するに尊き生まれ(ブルーブラッド)かな?」

 そう言って、僕に対して同様の動作で一礼を返してきた。
 どうやら大丈夫だったらしいけれど、ここでもその誤解である。

「いえ、その……出自に関する詮索は、ご容赦を頂ければ」

 まぁ、でも仕方がない。説明しない僕が悪いのだ。
 多分ほかにも名前のこととか、色々と誤解されてるだろうけど……こればっかりは、相手を責めてもしょうがないことだ。
 前世で言えば静義経とか巴義仲とか、あるいは寧藤吉とか松利家とか名乗って育ちが良さそうな奴がいたら、僕だって偽名を疑う。

「ハッハッハ、事情持ちか。ならば仕方ない。……どうぞ、かけたまえ」

 椅子に座ると共に、僕にも椅子を勧めてくる。
 軽く一礼して座ると……メネルが椅子を使わず、しれっと僕の斜め後ろに立ったのが気配で分かった。
 え、なんでそんな「自分は従者で御座い」みたいな……
 って、あッ! 偉い人との会話丸ごと全部ぶん投げられたァ――!?

「………………」

 わずかに振り向き、貴様ぁぁぁ、と恨めしげな視線を向けると、メネルの口の端がわずかにニヤリとつり上がるのが見えた。
 くそぅ、と思いながらエセル殿下に視線を戻す。
 招かれて、ホストを前にしながらあまりよそ見をしていては、無礼にあたってしまう。

「しかし……代表者のみかね? 全員連れてくるようにと命じたのだが」
「えっ」

 ひょとして、ビィやトニオさんも連れてきたほうがよかったのだろうか。
 ビィなんかは領主の館に興味もあったようなのだけれど、飛竜殺しには関わっていないから神殿に残ってもらったのだけれど。

「恐らく4人か5人だろう?」
「あ、はい。4人です」

 どうやって知ったのだろう。

「となると、魔法使い、神官、妖精使い、戦士……か。なるほど、なかなかバランスのとれた一党(パーティ)だ」
「えっ?」
「む?」

 あれ? えっと、

「神官、狩人、商人、詩人で旅をしていたのですが……」
「? ……む?」

 噛み合っていない?

「飛竜に雷撃を放ったもの、神殿に光壁を出したもの、気流を操ったもの。
 ……そして大変話題になっていた、徒手でワイバーンに挑みかかり、その首をへし折った戦士」

 4人だろう? と確認するようにエセル殿下は言った。

「あっ……」

 そ、そういうことかっ!?

「恐縮ですが殿下。そういった意味でしたら、わたくしども二名で間違い御座いません」
「…………む? それは、どういう意味だね」

 僕は頷いた。

「そちらの我が友、メネルドールが妖精に呼びかけ、《ことば》を拡散させ、また気流を操り飛竜を地に落としたのです」
「つまり彼が妖精使いということだな。残りは?」
「わたくしめが」
「…………すまないが、何をやったか詳しく述べてもらえるだろうか?」
「一度、わたくし単独での雷撃を行い、失敗。改めてメネルドールの力を借りて飛竜を雷撃し、挑発と誘引に成功。
 その後、《聖域(サンクチュアリ)》の祝祷によって突撃を受け止めようとしたのですが、勢いは削げたものの、謎の瘴気を発する飛竜に突破を許し……」

 自分で語っていて、少々情けなくなってくる。
 ブラッドやマリーが草葉の陰で嘆かないだろうか。

「危うい場面があったものの、メネルドールの助けを得て妖精の下降気流(ダウンバースト)と、《くくりのことば》で飛竜を前庭に落下させました。
 辺りにはまだ群衆もおりましたので、大威力の魔法ではなく、手持ちの短槍を心臓に撃ち込んでの決着を狙い、しかしこれに失敗」

 自分で言っていてひどい。やっぱりこれは、無様だ。
 鍛え直さないといけない。

「火炎のブレスで周辺の群衆に被害が出る寸前であったため、やむなく無手で再突撃。
 噛み付きをかわして首を抱え込んで投げた上で、抑えこみ、締め上げてブレスを封じ込めました。
 その流れのままあらかじめかけていた身体強化(エンハンスメント)込みの筋力任せに、頚骨をへし折り決着いたしました」
「…………」
「お耳汚しとなるような、無様な戦いぶりで……甚だ、忸怩たる思いです」
「そ、そうか……それは残念だな、ウム。
 だが、よく分かった、感謝しよう」

 それは何よりです。



 ◆



「そういえば、飛竜被害の対応などは、よろしいのですか?」

 領主館周辺は相当にバタバタしていた。
 多くの文官、武官と思しき人間が動き回っていたけれど、そんな中でこうして……

「無論、先程まで色々とあったし、この後も色々とある
 報告や指示から、現場を見て回り督励し、陳情を聞き……」

 エセル殿下は冗談めかして指折り数える。

「だが、それ以上にやらねばならぬこともある」

 視線が向く。

「そう、たとえば……問題を根本から解決してのけた人物に対して礼を述べる、とかだな」

 悪戯っぽく、笑いかけられた。

「いえ、僕は……」
「謙遜はよしたまえ。私は我が領民に、恩知らずと謗られたくはない」

 そう告げると、エセル殿下は僕とメネルに対して居住まいを正した。


「《白帆の都(ホワイトセイルズ)》を代表して、このエセルバルド、ご両人に感謝を表明したい」


 よくぞ突然の飛竜の襲撃を、これだけの被害に押しとどめてくれた、と。
 軽く頭まで下げて、彼はそう告げた。
 このレベルの権力を有する人が頭を下げるというのは、尋常なことではない、と僕も分かった。
 頭を下げるなんて減るもんじゃないしタダだと思う人がいるかもしれないけれど、このレベルの権力者になると、下手に頭を下げては権威というものが目減りするのだ。

「……もったいないお言葉。恐縮です」

 応じてこちらも頭を下げた。
 しかし、ああ。
 ……この後を思うと、すごく胃が痛い。

「是非とも報奨を受け取っていただきたいのだが、望みはあるかね?」
「はい」

 頷く。
 よし、多分凄い面倒ごとになるけど覚悟を決めろ。決めた。行くぞ。

「わたくしは現在、南方の《獣の森(ビーストウッズ)》の村々にお世話になっております。
 かの地域の村々は、現在、凶暴な魔獣キマイラに脅かされている状況でして」
「ふむ」
「……確認なのですが、殿下のお力で、兵を動かしキマイラを狩り出すことは可能で御座いましょうか」

 そう問いかけると、エセル殿下は難しい顔をした。

「できるできないで言えば、不可能ではない。……不可能ではないが、困難だな。
 あのワイバーンを見ただろう?」

 と、彼は言った。
 ぐりぐりとこめかみを揉むような動作をしながら。

「現在、南辺境大陸(サウスマーク)の我々の領域内で、あのような魔獣被害が頻発している。
 流石にワイバーンほどの大物が、直接、白帆の都(ホワイトセイルズ)まで突撃してくるとは思わなかったが……」
「あのような、と申しますと、」

 まさか……

「そうだ。あの謎の毒の瘴気だ。触れた者は毒に侵され、凶暴化する」

 全身の血にそれが巡りきった凶獣どもが、いま跋扈しているのだ、とエセル殿下は言う。
 ……不死神の件から考えて、僕の体にはあの手の毒はきかないようなのだけれど、普通の人が受けるとそういうことになるのか。

「…………」

 あれが多数。
 ひょっとして、あるいは……キマイラも。

「先王の政策により、開拓地域は広がりすぎた。我々は統治下の村々でさえ、その全てを十分に庇護しきれない現状だ。
 ……分かってもらえるだろうか」

 エセル殿下が言外に言いたいことは分かる。
 そのような状況で辺境の独立村落、つまり税を納めていないし庇護下にも入っていない村に兵力を割けない。
 割いたとしたら庇護下の村々の反発を招く。
 払うものを払っている側に回す兵力を、払わない側に回すことはできない。
 それは、可能か不可能かで言えば可能だけれど、実質的にできないことにほかならない。

「……では」

 確認は完了。ここからが本題だ。


「わたくしが、私費で冒険者や傭兵を組織し、キマイラを狩り出すお許しを頂けませんか?」


 そう問うた瞬間。
 エセル殿下のこめかみが、ぴくりと動いた。

「…………」

 無言のまま、目元に手を当て、こめかみを揉むような動作。
 それからゆっくりと、こちらに視線が向く。


「ウィリアム殿、といったな。
 ――それがどういう意味を持っているのか、分かっているのかね?」


 鋭い視線。
 室内の雰囲気が、ゆっくりと変質しはじめた。

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