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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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17

 《白帆の都(ホワイトセイルズ)》は豊かな街だった。
 道行く人たちがさまざまな色に染められた服を着ていて、髪型やアクセサリーにもなんだか傾向が見られる。
 ……つまり、なんと、流行が存在するのだ!
 ファッションに気を使ったりするだけの余裕があるのだ!
 それだけで、もう僕にとっては衝撃的だった。

 というか、街に入るのに検問みたいなものもないし、市門通行税みたいなものがかからないのも地味に凄い。
 中世的な都市のイメージからすると、そういうのはあるのかなと勝手に思っていて、待たされるのを覚悟していたのだけれど、するっと入れた。

「街を治めるエセル公の方針なんですよ」

 と、トニオさんは解説してくれた。
 この街にはとかく大量の物資が海路で北から送り込まれ、それが陸路や水路で血管のように南辺境大陸(サウスマーク)全土へ広がってゆく。
 流量が半端ないので、これを市門で押し留めると大変なことになるし、むしろ密輸、抜け荷の温床になる。
 だから船の桟橋使用料とか、市場の場所代とか、市内に店を構える商会からの税とか、そういうもので都市の運営費を稼いで、ヒトとモノとカネの動きをなるたけ妨げない。
 少なくとも《白帆の都(ホワイトセイルズ)》に限っては、そういう方針なのだ、という。

「はー……」

 なんというか、僕は経済にそれほど深い造詣があるわけではないのだけれど、かなり先進的で開明的な印象を受ける。
 エセルバルド公というのは、英邁と言われるだけのことはあるのだな、と思いつつ、街を見回して歩く。

「? ……あれは?」

 道々、なにか柱みたいなものが立っている。
 頭の部分には傘みたいなものが……

「ありゃ街灯だろ」
「街灯っ!?」

 ええっ!?

「あれ知らないの? ウィルったらおっくれてるぅ!
 賢者の学院の見習いとかがね、夕になると《ひかりのことば》が刻まれた柱に光を灯して回るのよ。
 見習いさんは《ことば》とマナを結びつける訓練になって、町の人は夜も明るくて便利ってわけ」
「そういうわけです。見習い魔法使いの訓練であり、ちょっとした小銭稼ぎのアテの一つですね。他に――」

 と、トニオさんは行く手にある大きな施設を指さした。

「あれも、見習い魔法使いや見習い神官の大きな収入源ですね。
 《熱のことば》や《きよめ》の祈りなどを多用しますから」
「――あれは」
「ふふん、ウィルでもあれは知ってるんじゃないかなぁ?」

 と、ビィがくるくると、おどけて回りながら言う。


「……そう、公衆浴場(バルネア)よ!」


 よくじょう……?

「ん? どうしたウィル?」
「どうしました?」

 つまり、銭湯!? お風呂っ!?



「ぜひ入ろうっ!」



 思わずそう強く主張し、3人が驚いた顔をした。




 ◆




 ――結論から言うと、久方ぶりのお風呂は素晴らしい体験だった。
 こういう時代の公衆浴場だ。
 正直、病気を媒介する不衛生で濁った水、みたいな可能性も考慮したのだけれど、継続的にかけられる《きよめ》の祈りが仕事をしていて、水は透き通るほど綺麗なものだった。
 膨大な燃料の問題は《熱のことば》が解消しているらしい。素晴らしい。もいちど言うけど、素晴らしい。

 日本的なお風呂じゃなくてサウナ的な熱浴と、冷水プール的な感じだったけれど、それでも素晴らしかった。
 全身の筋肉に溜まっていた旅の疲れが、熱気のなかでほぐれてほどけて、消えてゆく。
 ああ、幸せだ……と思った。

 公衆浴場(バルネア)から出ると、もうなんかもう全身がつるっと茹で卵みたいに剥けた感じだ。
 ぽかぽか温まった体に、風が気持ちいい。
 しばらく手前の広場で、男三人でのんびり待っていると、

「La La La……♪」

 ビィもゴキゲンで歌を口ずさみながら、預けた荷物を受け取って出てきた。

「やー、久しぶりに入るといいわねぇ」
「まったくです」
「……いいにはいいが、あんまゴミゴミしたとこは苦手なんだよな」

 メネルにはその美しさと、ハーフエルフという珍しさからやけに視線が集まっていた。
 普段はフードでもかぶればいいのだけれど、浴場だとどうしても、そういう隠しだてができない。
 今も少し嫌そうな顔をしてフードをかぶっているので、はやめに場所を入れ替えることにした。

「そうねぇ、どっかの大衆食堂(タヴァーン)でゴハン食べて……」
「そっからどうする?」
「神殿に向かいましょう、ウィルさんは神官ですから挨拶が必要でしょう」
「あ……」

 そういえばそうだ。
 あれこれに意識が向いていたけど、神殿組織とのつながりも作らなきゃならない。
 一応それなりに高位の祝祷術の使い手なのだし、多少は便宜をはかってもらえるといいのだけれど……
 そう思いながら、4人で連れ立って歩いて、適当な大衆食堂(タヴァーン)で昼食を食べた。

 なんと、コメ料理が出てビックリした。インディカ米みたいな感じ、たぶん陸稲だろう。
 平底の浅い鍋で、港町らしくたっぷりのエビや貝、白身魚などのシーフードと、野菜を油で炒める。
 そこにコメと水を入れて炊きあげた、洋風の炊き込みご飯みたいな料理だった。

 魚の出汁がよく出ている上に、塩加減が素晴らしい。
 もりもり食べられる。
 添えられた薄めたワインの味もいい。
 文明だ。素晴らしいくらい、文明の味だ。

「なかなか美味しいですね」
「そうねー……あたしはもうちょっと汁気が残っててもいいかな」

 などとトニオさんとビィが語り合う。
 彼らはこの街を拠点に動き回っている行商人(ホーカー)吟遊詩人(トルバドール)だ。
 割と慣れてるのだろう。

 僕とメネルは、なんかもう、会話もすっ飛ばしてガツガツ食べてた。
 ついでに二人してもう一杯おかわりをした。


 …………本当に、文明ってのは、涙が出るほど素晴らしいな!




 ◆




 などと、かれこれあって到着した《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の神殿は、白い大理石で作られた荘厳なものだった。
 太い柱。列柱回廊。剪定された前庭。神々の像。
 なんというか、どれも真新しいのだけれど、美術品のような風格がある。
 カネかかってんなー、と小さく呟くメネルや、トニオさんとビィにはいったん前庭で待ってもらって、神殿の奥に入っていく。
 そこで神官の方をつかまえて、とにかくどなたか高位の方にご挨拶を、と思ったのだけれど。

「は、はぁ……」

 目の前にいる、白くゆったりしたローブをまとった若い男の助祭さんが、困ったように曖昧な答えを返す。

「灯火の神、グレイスフィールの加護を得られた、と……?」
「ええ。そうですが?」

 うーん、困ったな、と若い助祭さんが言う。

「この神殿でも、神官どころか信徒をあまり見ない御祭神なので、規則上、《信仰看破(ディテクト・フェース)》の祝祷を用いたいのですが……」
「まったく構いませんが」

 そりゃ悪神の神官がしれっと紛れ込んで、「ぜひ高位の神官さまがたにご挨拶をー」とか言い出したら大変だ。後先顧みない奴はいるだろう。
 戦士としての訓練を積んでる神官ばかりというわけでもないのだし、マイナーな神の神官が訪ねてきたら、悪神の神官の偽装ではないかと確かめるのは保安上必要な手順だと思う。

「それが、他者の信仰を見極められるほどの神官が、全て出払っておりまして……」
「出払っている?」

 こんな大きな神殿で? そんなことってあるんだろうか。

「ええ。近頃、各地で、大小の魔獣被害がやけに増加傾向にありまして」
「…………」
「副神殿長以下、かなり忙しく過ごしております」

 副神殿長以下。
 ……副?



「回廊の真ん中で、何をやっておる」



 重々しい声が響いた。
 振り向くと――きらきらと金糸銀糸の入った、ゆったりした神官服が見える。
 それを着用してるのは……凄まじく太った中年の男だ、神官服の上からでもお腹がたるんでいるのがわかる。
 ふっくらとした頬をしているが、表情にはずいぶんと険がある。
 ソーセージのような指には、いくつもの金銀の指輪が嵌っていた。

「こっ、これは、バグリー神殿長!」 

 助祭さんが、びくりと背筋を震わせ姿勢を正した。

「何をやっておると聞いておる」

 太った男、バグリー神殿長が、重ねて問う。
 イライラしている様子だ。
 助祭さんはかなり動揺している様子で、まともな受け答えができそうにない。
 少し無作法だけれど、横から会話に入ることにした。

「……お初にお目にかかります、ウィリアム・G・マリーブラッドと申します。
 灯火の神グレイスフィールさまの加護を得まして、《白帆の都(ホワイトセイルズ)》の神殿にご挨拶にあがりました」

 右手を左胸にあて、軽く左足を引いて一礼する。
 マリーに教わった作法だ。

「ふむ。……バート・バグリーだ。神殿を預かっておる」

 バグリー神殿長は、ぞんざいに礼を返してから、僕をじろじろとねめつけてきた。

「グレイスフィール……灯火の神グレイスフィール、失われかけの神か。
 その名を騙って何ぞ企む胡乱な輩、と考えられんこともないが……」
「ご不審の段、ごもっともです。何か祝祷にて証を立てましょうか?」

 はん、とバグリー神殿長は鼻で笑った。

目覚めたて(ノービス)は何かというと、これだ。得た力をすぐに使いたがる。
 ……神から頂いた加護であるぞ、あたら疎かに振り回すものでも、まして誇示するものでもない」

 言われて――なるほど、と思った。確かに一理ある。
 魔法に関して、ガスは同じことを言っていた。
 祝祷はリスクが低いから気楽に使っていたフシがあるけれど、確かにそれもそうだ。

「ごもっともです。この身の未熟を悟らせて下さり、まことに……」

 神殿長は気持ち悪そうにふん、と鼻を鳴らした。

「灯火の神の教えをなんと心得える」
「光とは闇あること。言葉とは沈黙あること。そして生きることは、死あることと」

 ふん、と神殿長がもう一度鼻を鳴らした。

「……オイ。神官名簿に記帳させ、神殿を案内せよ」
「は? しかし《信仰看破(ディテクト・フェース)》も《虚偽看破(ディテクト・ライ)》も……」


「バカモンッ! 何を聞いておった、愚か者がッ!!」


 雷が落ちた。
 びりびりと神殿中に響く声に、辺りから注目が集まる。

「……ワシはこれから織工ギルドの宴に顔を出さねばならん。
 あとは適当に過ごせ、問題は起こすな、いくらかカネは納めておけ」

 バグリー神殿長は僕に対して矢継ぎ早にそういうと、そのままのしのしと神殿の奥へと歩み去っていった。
 首をすくめていた助祭さんはそれを見送り、まだ動揺の残る様子で僕に対して語りかけてくる。

 大変でしたね、バグリー神殿長と会ってしまうなんて、しかし見事な振るまいでした。
 いや、いまの神殿長は宴と享楽にうつつを抜かしている、何だかんだと言って一度も祝祷を使わない、怒りっぽいし不平ばかり……
 それに引き換え、副神殿長は高潔で素晴らしい云々。
 はぁ、と曖昧に返事をしながら記帳を済ませ、メネルやビィやトニオさんと合流して神殿を案内してもらい、神殿の客間をあてがってもらった。
 質素だけれど、干し草の束そのまんまとかじゃなくて、ちゃんとシーツの敷かれたベッドだ。

「ねぇ、ここの神殿長さんって……」
「んー、あんまり良い評判は聞かないかなぁ。俗物っぽいー、とかさ」
「都市内の商工業ギルドにも、隠然たる影響力を確保している様子ですね」

 ビィとトニオさんが口々に言う。
 そういう評判なのか、と。
 出会った際の印象と合わせて考えていると――何やら外が騒がしい。
 かぁん、かぁん、と続けざまに鐘の鳴る音が響いてきた。

「えっ」
「ん……?」
「時鐘じゃないわ、乱打って……火事か何か!?」
「非常事態の知らせ、ですね」

 神殿もざわめき始める。
 僕たちは部屋の隅にまとめてあった装備や荷物のもとへ。
 ばたばたと廊下を走る音がする。叫び声。



「飛竜だ! 飛竜だ、みんな逃げろォォォ――ッ!!」



 壁の、屋根の向こうを。――ごう、と影と音とが飛び抜けた。
 次の瞬間、神殿に衝撃が響き渡った。
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