挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

42/153

16

 翌日。
 僕は社の外で、夜も白む前から短槍を突いては引き、突いては引いていた。
 夜遅くから不寝番を交代したというのもあるし、少しばかり興奮していた、ということもあった。

 ファータイル王国という名前は、聞いている。
 この南辺境大陸(サウスマーク)に進出している国だ。
 ダガー伯という人は貴族だし、ファータイル王国の南辺境大陸(サウスマーク)への進出はここ数十年のことらしいから、お話のハーフエルフのお婆さんは、恐らく本国のほうだろう。
 ……つまり海を渡れば、そこにはブラッドやマリーや、ガスのことを語り合える相手がいるのだ。
 今は色々あるから放り出すわけにもいかないけれど、いつか絶対に行ってみたい。

「ふ……っ!」

 そして3人の弟子であると、誇って語れる自分でありたい。
 そんな風に思いながら、脚さばきとともに槍を突き出す。

 鋭く。
 もっと鋭く。
 戦技における鋭さとは、単なる速度じゃない。
 静止と動作の切り替えの迅速さ、つまり前世で言う『動きのキレ』だ。
 静止。瞬発。静止。瞬発。
 鋭く。
 もっと鋭く。
 もっと、もっと、鋭く――


「……や。お疲れ様です、ご精が出ますね」


 その声に、集中がふっと掻き消えた。
 どれだけ素振りをこなしていたのだろう。
 軽く息があがっていることからして、数十ではきかない気がする。

「トニオさん」

 古びた社からついと出てきたのは、顎鬚を生やした、温和な笑みを浮かべた男性だった。
 槍を収めようとすると、

「いえ、邪魔をする気はありません。続けて、続けて」
「あ、すみません……」

 とはいえ、思わず素振りに集中し過ぎてしまっていた。
 今日はまだ歩かなくてはいけないので、限界まで身体を追い込んでも仕方がない。
 整理運動がてら、軽く、流す程度に型をなぞることにした。
 トニオさんは近くの切り株に腰掛けて、その様子を眺めている。

「……ウィルさん、あなたはお強いですね」
「そうでしょうか?」
「いや、まぁ、インチキ冒険者に前金をとられた私が言うのもなんですが……」

 と、トニオさんは苦笑する。
 聞きながら、僕の方は緩やかな動きで型の動作をなぞる。
 払い落とし、身を沈め、突き上げ……

「貴方の動きが、とても洗練されたものであることは流石に分かります。
 巨人猿の前に立ちふさがる度胸といい、メネルさんの評価といい。
 そして何より、これは私の商人としての目利きなのですが」
「なんです?」
「そのドワーフ作りの名品と思しき槍が、手に馴染んでいる」

 名品と釣り合う人間は、やはり名品です。
 そう彼は言って、肩をすくめた。

「――ですが、分からないことがあります」
「分からないこと、ですか」
「ええ」

 ふと、トニオさんの視線。
 柔らかなその中に、商品を丹念に鑑別するような、鋭さが潜んでいることに気づいた。


「……貴方は何を望んでいらっしゃるのでしょう」




 ◆




 そう言われて、僕は動きを止めて首を傾げた。

「何を? ……えっと、神さまの使命を……」
「それは貴方の神官としての望み。
 あるいは、徳高い神官ともなれば、それが即ち生き様なのかもしれませんが……」

 個人として、何か望みはないのですか、とトニオさんは言う。

「……何故そんなことを?」
「私が商人だからです」

 トニオさんは笑った。

「かなたで余るものを、こなたで売り、こなたで余るものをかなたで売る。
 それが商人です。品を動かし人の望みを叶え、しかるべき対価と引き換えにご満足頂くのが商道というもの」

 語る調子は軽いけれど、声音は真剣だった。
 それがこの人の道なのだ、と悟った。

「しかるに……」

 私はどうも貴方にご満足いただける光景が思い描けない。
 そうトニオさんは語った。

「あなたは不思議な方です。
 腕っ節は強く度胸もある、難しい傷や病を癒やすことから神のご加護も厚い。
 立ち居振る舞いには作法と学識が感じられ、冒険者としても成功され金銭的な余裕もあるようだ。
 そのくせ、ちょっとした武勲詩で涙を流すような、世間ずれしていない感受性もある。
 今まで私は、あなたのような方を見たことがない。――貴族、というのも少し違う気がします」

 まるで、物語で見る神官戦士か、聖騎士さまのようです。
 そう、トニオさんは言った。

「ですので、折角ですから後学のためにと、直接問い尋ねてみることに致しました。
 貴方という個人は、何を望むのですか? それともやはり、貴方は徹底して神の代理人なのでしょうか」

 言われて、ふと考えてしまった。
 考えてみると、僕は何を望んでいるのだろう。
 いや、そもそも……

「トニオさん。えっと、僕は……
 今まで育ての親で、師匠で、家族とも思っていた人たちと、小さく幸せな場所で過ごしていました。
 でも、独り立ちが決まる寸前、突然その人たちを失って、そこから出て行かないといけなくなったんです。
 ――代わりに、灯火の神さまの加護を得て」

 不死神の一件。
 あれは、まだほんの数カ月前のことだ。

「僕は、まだ全然世間知らずで、何もかもよく分かっていなくて……
 それで神さまの示してくれる使命に従って、無我夢中でやってる感じ、なんだと思います」

 何もわからない場所では、何を望んでいいのかもわからない。
 僕は、多分まず、この世界を知る必要があるのだと思う。
 ブラッドとマリー、ガスが守ったこの世界のことを。

「だから、世界を知りたい。
 知ることで関わる中から、その相互作用から、僕の望みは生まれるのだと思います」

 と、その時ふと、思い浮かぶことがあった。
 ちゃんと生きる、という誓い。
 笑い合う、3人の姿。3人の冒険譚。
 ……少しはにかみながら、僕はそう言った。

「…………あと、友だちが。仲間が欲しい、かな」

 それは前世で得られなかったもの。
 ブラッドにとってのマリーやガスのような、仲間。
 育ての親であり師である3人からは、与えられなかったもの。
 世界の中で、自分で得るべきものだ。

「メネルさんは、ご友人なのでは?」
「や、それが」

 トニオさんの問いに、僕は苦笑した。

「割と仲良いとは思うんですが、一度も友だちって認めてくれないんですよね。
 ――僕の方から一方的に友だち認定してる感じで。
 他の村の人とかは、やっぱり『神官さん』『神官さま』って上に置かれちゃう感じですし……」

 世間知らずの僕が上に置かれるのは、どうも慣れないし、ちょっと居心地が悪い。
 メネルが僕を友だちだと言ってくれたら、かなり喜ぶんじゃないだろうか僕。

「うん。友だち、欲しいなぁ……」

 言ってみたらしっくりきた。
 所詮そんなもんなのだ、僕は。

 一方的に友人認定してる相手がいて、数え15にもなって友人まったくいないから欲しいとか言ってる。
 ……我ながら前世同様ぼっちくさいな、と思ってちょっと笑えた。
 そうそう変わらないものである。

「成る程」

 その答えを聞いて、トニオさんは笑った。
 なんだか愉快そうに。

「では、私は三番手くらいに立候補しておきましょうか」
「へ?」
「抜け駆けなどしては、メネルさんやロビィナがきっと怒るでしょう。それは怖い」

 ? と首を傾げる僕に、ハッハッハ、と笑って、トニオさんは立ち上がる。
 気づけば朝日が昇ってきていた。

「さ、水を汲んで、朝食の支度と参りましょうか」



 ◆




 トニオさんは料理が上手い。
 朝食は水で捏ねた小麦粉を枝に巻いて、焚き火で火を通した棒焼きパンだった。
 シンプルだけど、これに軽く炙って脂のしたたるベーコンや、チーズを一緒にのせて塩を振って食べると、熱々で美味しかった。

 ビィ曰く、トニオさんには、この料理の上手さに目をつけて同道しているのだそうだ。
 なんとも食べるのが好きな小人族(ハーフリング)らしい。
 僕は料理自体は習ったけれど、あの死者の街では扱える食材が極めて乏しかったので、レパートリーが少ない。
 メネルは繊細な外見に反して、割と食えりゃいいの男料理派だ。
 トニオさんの存在によって、実のところ食生活がかなり充実している。

 朝課の祈りで出した聖餐(パン)は、道々の間食だ。
 この世界では食事は1日2~3食――ことに肉体労働者が昼食を入れる――であり、今は旅のさなかだ。
 一日中歩き続けるのでエネルギーの消費は激しい。昼食はできれば欲しいけれど足は止めたくない。
 そうなると火を焚けるのは朝晩となり、であれば聖餐(パン)を昼に回すのが合理的では、とトニオさんに言われて成程と思ったものだ。

「いつ帰るのと あなたは問うが
 いつ帰るやら 分かりはしない」

 ビィは道々よく歌う。

「雨ふりつのり 池の水よどみ
 黙りこむ二人 雨音がたたく」

 彼女は曲を選ばない。

「いつかいつか 嗚呼いつの日にか
 二人寄り添い 今日の雨を笑おう」

 今度は気まずい恋人の歌かと思ったら、最後にさらっと希望を残すあたりが上手い。

「ふふ。なかなかいい歌よね、これ」
「最後の一節で雲間から光が差すみたいな感じがしたよ」
「そうそれ!」

 それがいいのよねぇ、とビィはうっとりした調子で語る。
 本当に歌が好きなのだ。

 そんな風に語り合いながら、幾つもの村を抜けた。
 北上するほど、村々の様子は豊かになってゆく。
 時に、町と言えるほど大きな――多分、数千人くらいは住んでる――場所もあった。

 トニオさんはそこで、手早く仕入れや売却、情報収集を行いながら進んでいく。
 淀みがない。やはりかなりの商人なのだろう。

「そういや、今の《白帆の都(ホワイトセイルズ)》ってどうなってんだ?」

 メネルが問う。
 そういえば彼も辺境の村に閉じこもっていたから、港は久方ぶりのはずだ。

「今はファータイル王国が代替わりしまして」
「代替わりっつーと、エグバード2世が?」
「ええ。おくり名は『果敢王』だって。割と悪くない王様だったわよねー……」
「――そうか、死んだのか」

 そういって瞑目するメネルは、どこか年経たハーフエルフらしい風格があった。
 トニオさんとビィが語るところによると、ファータイル王国は最近、王様が亡くなって代替わりをしたのだそうだ。

 これまで国を富ませ、南方開拓に意欲を見せていた『果敢王』エグバード2世が亡くなり、嫡子であるオーウェン王子が後を継いだ。
 話を聞いている限りエグバード2世はなかなか優秀な人で、それと同時にけっこうワンマン気質があったようだ。
 剛腕で国家を切り盛りして富ませてはいたけれど、王と側近の貴族が縦横に腕を振るうことで権益を徐々に削られてゆく、地方の諸侯は面白くない。
 ただ、実際に成果をあげているので表立っては文句も言えなかった所、エグバード2世はお酒好きが祟って卒中かなにかで急にお亡くなりになってしまった。
 いくら加護厚い神官がいても、この手の、突然ポックリ、みたいなケースはどうにもならないのだそうだ。

 そして後を継いだオーウェン王は壮年で、あんまりぱっとしない人なのだという。
 放蕩とか非常識というわけではないのだけれど、父王ほどには優秀でも英邁でもない。
 前世の学校教育でたとえるなら、5段階評価の成績表で授業態度込みで4と3が並ぶ。でも5は無い、みたいな。

 性格的にも果断さには欠けていて、先王に頭を押さえつけられていた諸侯はここぞとばかりに主張をはじめた。
 やれ、南方進出はやはり良くない。
 いや良い、続けるべきだ。
 しかし予算が、防衛線に対する戦力の割り当てが、あれはああだ、これはこうだ、うんぬん。

「……それ、まずいんじゃ?」
「ええ。本国では、少し政局の混乱が起こっているようですね。
 ただ幸い、《南辺境大陸(サウスマーク)》には大きな影響は今のところありません。
 派遣された王弟殿下が、きわめて優秀な方でして」

 王弟エセルバルド・レックス・ファータイル。
 年齢は三十代と少壮。先王の第二夫人の子で、オーウェン王とは母が違うが、こちらは先王に似て文武に優れた人物なのだという。

 政局の混乱を懸念したオーウェン王は、これだけは押し切って、彼を臣籍に降下。
 断絶していたサウスマーク公家を復興させ、エセルバルド・レックス・サウスマーク公として叙爵した。
 つまり、南辺境大陸(サウスマーク)開発の総責任者に任じたわけだ。
 エセル公は叙爵を受けると文武の家臣団を取りまとめて根回しを終え、即座に渡航し南下。
 本国での混乱が続くなか――

「なんとか《白帆の都(ホワイトセイルズ)》近辺のまつりごと全般が回っているのはエセル公の統治の賜物でしょう」

 なかなか、大変な状況であるようだ。
 そんなあれこれを話しつつ、畑道を歩く。
 さわさわと麦穂が揺れ、冷たい風の中にどこか春の気配が交じる晩冬の道。

 丘を越えると――そこには、水平線が広がっていた。
 潮の香りが、かすかに鼻をくすぐる。

 湾だ。海をかき抱くように、左右に広く陸地が広がっている。
 白い帆の張られた船がさかんに行き交う、青い海。
 そしてその手前、奥まった部分に、大きな都があった。
 色鮮やかな赤色や褐色の瓦屋根。海沿いの傾斜に沿って立ち並ぶ白い家々。
 突き出す尖塔や、鐘楼。街の外縁を走っている美しい連続アーチは、水道橋だろうか。

 都市。都市だ。
 たぶん、一万人以上が住んでいる。
 人の豊かな町並み。
 賑わい。日々の営み。
 そういうものが、こんなに遠くに居ても、吹き付けるように感じられる。

 ――都市。人の営みの結集体。
 ブラッドとマリー、ガスが、命をかけて守りぬいたものの、ひとつの象徴だ。

 陽光がきらきらと海面に反射する。
 きらめく都市の喧騒を、僕はメネルやビィに声をかけられるまで、じっと見つめていた。
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
評価やブックマーク、感想、レビュー等、本当にありがとうございます。
作品を継続するモチベーションとなっております。
685047.gif
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ