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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 ガスの驚きように対して、僕は少々申し訳ない気持ちだった。
 一回生きて死んだ記憶があるために、僕には薄っぺらいとはいえ、幼児にはありえないあれこれの知識がついてきているのだ。
 騙しているというか、カンニングというか、ずるをしたような気持ちになる。
 生まれついての資質を才能と呼ぶなら、前世の記憶というのも才能のうちかもしれないけれど……

「こ、こここ、この子は天才やもしれん……!!」

 と、部屋を飛び出て、というか壁を突き抜けて広間に向かい、マリーやブラッドに語っているガスを見ると……
 どうにも居心地が悪いというか、なんというか。

「あらまぁ。ガスお爺さん、どうなさいました?」
「おうマリー、それがな……!」

 と、ガスはマリーに対して先ほどのことを興奮気味に語っている。
 理論を立てる力が年齢に不相応なほどあって、洞察力もある、本質を掴む力は魔法の才能だとか、青白い幽霊姿が力説している。

「まぁ……」

 ガスの語りは興奮もあって一方的なものだが、マリーはそれをおっとりとした調子で聞いている。
 骸骨のブラッドの方はといえば、壁に背を預けて興味なさげなそぶりだ。

「これは今のうちから色々と仕込んでおけば何ぞの役に立つやもしれん!
 なんじゃ、正直言って余計な拾い物かと思っておったが、意外な出物では」

 え……



「おい、爺さん」



 それは、鞭のような一声。
 思わぬガスの言葉に僕が硬直した一瞬、何か思考が走るより先にぴしりとその声は放たれた。
 見れば、壁際のブラッドからだ。彼の虚ろな眼窩で、青白い鬼火がちろちろと燃えていた。

「何を余計なことをペラペラくっちゃべってんだ。
 ……まだ2歳か3歳かそこらのガキだぞ。『余計な拾い物』はねぇだろ」

 ガスを睨み据えている、と分かった。

「……拾い物は拾い物じゃろう。もともと、ワシは関わりあいになどなりとうなかった」
「そういう問題じゃねぇ」
「才があると分かったんじゃ、仕込んでやるだけでも」
「そういう問題でもねぇ」

 ブラッドが一歩踏み出した。
 その全身から、見えないオーラのようなものが立ち昇っている気がする。
 ……そういえば、こちらが幼児の体型なのでさほど意識したことはなかったが、ブラッドはとても大柄だ。骨格も太い。

「おい……」

 こうして凄むと、横から見ているだけでも洒落にならない迫力がびりびりと伝わってくる。

「ガス爺さんよ。アンタが人を人とも思わねぇ守銭奴なのは知ってるよ。
 俺だって今更それをどうこうしようとは思わねぇし、アンタらしいとも思ってる。
 それでもな。それでもガキの前で、そいつを『余計な拾い物』呼ばわりはねぇだろ。
 ……アンタだって、聞いたほうがどう感じるかくらい想像つくだろ」

 ブラッドは僕の方をちらりと見て、それからガスに視線を戻す。
 僕は驚いていた。

「…………む、ぅ」

 あの傲岸不遜で偏屈なガスが、押されている。
 普段はむしろブラッドのほうが、大雑把でいい加減な態度でガスやマリーに小言を食らっているというのに、だ。

「ウィルを育てるのに一切関わらねぇってんなら、見えねぇとこで何言っててもいいさ。だけど、教えるってんならそういう失言はやめてやれ」

 それが筋ってもんだろう? とブラッドは言った。

「………………」

 ガスは、しばらくの間、沈黙していた。
 それからゆっくりとかぶりを振り、息をついた。

「確かに、少し迂闊な発言じゃったな。今後はもう少し気を使おう。……すまなんだな、ウィル」
「あ、いや……」

 ガスが己の非を認めて、引き下がった。
 こんな風景を見るのは、彼らに出会ってから初めてのことだ。
 僕は動揺しながらも、とにかく場を収める言葉を発した。
 僕が許さねば決着がつかない。

「その、いいよ、ガス。気にしてない」

 だから、とにかく、そう言った。
 するとブラッドもするりと怒気を納めて、ガスに対して軽く頭を下げた。

「……俺もいきなり凄んで無作法だったな、悪ぃ。まぁ、俺の不調法はいつものことだし、勘弁してくれ、爺さん」

 ガスも、少し遅れて鷹揚に頷く。

「おうマリー、ちょいとウィルを借りてくぞ」
「ええ、どうぞ。……ガスお爺さん、よければ、もう少し私とお話をしましょう?」

 マリーは目を伏せたいつもの穏やかな表情で、二人のやりとりを見守っていた。 

「……ウィル、ちょっと外に行こうや」
「う、うん」

 とっさのことに、僕は起こったことの意味を掴みかねていた。
 ただ、一つだけ確かなことがある。

 ブラッドは、怒ったのだ。
 ……僕のために、怒ったのだ。



 ◆



 都市の廃墟は今日も美しかった。
 午前の陽の光が、湖に反射してきらきらときらめいている。

「あー……なんだな、ウィル」

 ……それを丘に座って見つめる骸骨というのは、凄まじくミスマッチな光景だった。

「お前は物心ついた時から見てきたのが今の状況だから、何も分かってねぇかもしれねぇ……とは思うんだが」

 ブラッドはなんと説明したものか迷うように、頭蓋骨をかりかりと掻いた。

「まぁ、でも、分かんだろ? 俺とかマリーとかガス爺さんと、お前は違うってこと」
「えっと、うん。分かる。ぼくだけ、あったかくて、息をしてる」
「まぁ、そういうことだな。……色々あんだよ。色々あるけど……」

 僕の来歴について、何かしら事情があることは、流石に察していた。
 廃墟の都市。不死者たち。
 その中に、生きた人間の幼児がひとり。
 不自然な状況だ。

 ガスは『余計な拾い物』といったから、捨て子か何かなのかもしれない。
 マリーあたりは母性的だから、彼女が拾ってきて、ガスはそんなものはいらんと思ってた、とか……
 あれこれ推測は成り立つけれど、結局のところ説明されなければ真実は分からない。そして、

「……まだ説明できねぇ」
「うん」

 流石にそうなるだろう。
 いくら多少は年齢不相応に知恵が回る様子だと見ても、2才児を相手に、お前は拾われた子なんだとか、その背景に絡む事情なんて言わないだろう。普通伏せる。
 ブラッドはお手上げだ、とでも言うように両手を上げた。
 僕もそれに応じて、頷く。
 ……ああ、ブラッドが怒ったのは、子供に対して無思慮な発言をしたからでもあるけど、その辺の事情をぽろっと零しかけたからでもあるのか。

「あー……ガス爺さんのこともな、怒らないでやってくれよ。
 アイツあれなんだよ、興奮すると思ったことをそのまんま口に出す悪いクセがあってな。
 それに言葉選ぶとか配慮するとか、そういうの普段から全然しねぇやつだから」
「うん。別に、怒ってないよ。ちょっとびっくりしただけ。」

 そして、物凄い勢いで怒ったのは、ボクの気を逸らすためでもあったのかもしれない。
 『余計な拾い物』と言われた僕が、その意味を理解して、ガスに何らかの負の感情を抱かないうちに、大騒ぎして思考を逸らしたのだ。

「ん。そうか、お前は心がでっかいな、ウィル。でっかいってのは、いいことだぜ。
 ……お前の体が、もうちょっと、心に見合うくらいでっかくなって、色々と受け止められるようになったら……
 その時は、今は言えない話もみんな話してやるからな」
「うん」

 ぜんぶ、僕のためだ。

 分かってみればブラッドは僕に対して、驚くほど気を回してくれているのだ。
 ブラッドは、すごいやつだ。

 ……一度死ぬ前、僕はそんなことを、誰かに対して、してきただろうか。できただろうか。
 曖昧な記憶だけれど、多分、そんなにできなかった……ひょっとしたら、ほとんど。いや、まったく。
 そう思うと、なんだか少し胸が詰まった。

「ねぇ、ブラッド」
「ん、なんだ」
「えっと、ありがとう。……いろいろ」

 だから、上手く言えなくて。
 結局そんなお礼しかできなかった。

「…………ははっ、気にすんな」

 ドクロの表情なんて分からないけれど、いま、ブラッドはにかりと笑ったように思えた。
 僕の髪をわしゃわしゃとかき回してくる。

「そんじゃ、あらためてガスに文字やら魔法やら習ってくるといいや。
 なんだかんだ爺さん、すっげぇ優秀な魔法使いなんだぜ。
 それ以上に銭ゲバのケがあるが」

 つっても、銭なんて何のことかまだ分からねぇか、とブラッドはかたかたと顎の骨を鳴らして笑った。

「それとな、ガスが魔法教えんなら、いずれは俺も色々教えてやっから! 楽しみにしてな!」
「……うんっ。ブラッドは何を教えてくれるの?」

 なんだろうか。
 ブラッドには、あんまり学問という印象はないけれど……

「ん、暴力」

 えっ。

「暴力。暴れまわり方。あと筋肉の鍛え方?」
「えっ」
「……便利なんだぞ?」



 ◆



「ブラッドは生前から……」

 神殿広間の長椅子の上で、僕と並んで座りながら、マリーはそう話し始めた。

「……えっと、生前? ってことは、やっぱり……」
「ええ。私たちも、元からこうだったわけではありませんよ。……まぁ、色々あってこうなったのです。」

 そう言って、マリーは少し寂しそうに笑った。
 ……何があったのかは、聞けなかった。
 聞いても、はぐらかされてしまっただろうけれど。

 でも、覚えておこう。彼らは別に元から骸骨やミイラや幽霊の姿をした、そういう存在ではないのだ。
 生前の記憶で言えば、動く死体といえば、無念や執着を抱えた死者が情念に引きずられて……というのが定番だけれど。
 そういう定番通りなのか、それともそうでないのかは分からない。
 幼子の僕が得られる、この世界の情報がまだ少ないから断定しかねるのだ。
 ……この世界で生きると決めたのだ。変なバイアスがかからないように、あまりそういう予断を入れるのはよしておこう。

「生前から、彼は戦士でした」
「戦士」
「戦士。武器を手に戦う人のことです、男の子の憧れですよね」

 そういう職業がある程度には、古い社会体制なのか。
 まぁ、あの都市の廃墟を見ていても、そのくらいだろうなぁ、とは思っていたけれど……やっぱり人間同士の争いもあるのか。
 これはこの世界で生きるなら、戦うすべを覚えたほうが良さそうだなぁ。そうなるとブラッドが居てくれてよかった。

「ブラッドは本当に強かったのですよ? 幅広い経験と高い技量をもっていましたし、今もそうです。
 人間同士の戦いをはじめ、猛獣、妖魔、アンデッド、巨人、亜竜、デーモン、何でも構わねぇ、来い、といった調子で」
「へぇ……」

 と、相槌を打ちかけて、僕は硬直した。

「…………あの、マリー?」
「はい?」
「今なんて?」
「人間同士の戦いをはじめ、猛獣、妖魔、デーモン、アンデッド、巨人、竜……」

 ………………い、いやいやいや。落ち着こう。
 別に僕が生前の知識で知ってるような怪物とは限らない、はずだ。

「人間同士はわかるけど……他、なに?」
「あら。……あらまぁ、ごめんなさい」

 と、マリーは笑った。
 そうよね、教えてないのに分かるわけがないですよね。
 と、おっとりとした調子で言うと、そうねぇ、と考え。

「ええと、たしかガスお爺さんの部屋に図鑑があったはず……」

 いらっしゃい、とマリーは僕の手を引いて神殿内、ガスの居室である石造りの小部屋に向かった。
 ガスはあいにくと不在だったが、勝手知ったる、といった調子でマリーは図鑑を借りる。

「猛獣っていうのはこれですね。餓狼とか獅子とか、大蛇とか……」

 細密画の中に、見知った動物たちがいた。
 見知ったと言っても、死ぬ前の知識で、しかもテレビ番組の特集とかで、だ。
 ……ワ、ワー、ナツカシイナー。

「ガスから神話の成り立ちはならったのでしたよね?
 始祖なる大神は色々なものをお作りになられましたが、悪の素因をも生み出し、自らも悪神によって命を断たれました。
 そして悪神たちはその性質に従い、様々な眷属を生み出しました」

 マリーはぱらぱらとページをめくる。

「専制と暴虐の神イルトリートの眷属、妖魔……」

 めくったページに居たのは……鬼、が近いだろうか。
 いかにも小狡く残虐そうな矮躯の子鬼や、大柄で筋骨隆々でやはり残虐そうな鬼。

「次元神ディアリグマの眷属、奈落よりきたるデーモンたち……」

 続いて居たのは、悪魔とか、悪夢の落とし子というのが近いか。
 人間やさまざまな動物の部位をぐちゃぐちゃに混ぜあわせた、できの悪いカリカチュア。
 鳥の頭をした人間や、幾つもの腕を脚のように生やした蜘蛛、といった不気味な存在たち。

「そして不死神スタグネイトの眷属、アンデッド……」

 腐りかけの死体や、ブラッドのような骸骨に、ガスのような幽霊、マリーのようなミイラ。
 しかし図鑑の絵面からは、3人のような知性は感じられない。

「…………私たちは、不死神と契約を交わしたんですよ」

 ぽつりと呟かれた言葉は、ひどく暗いものだった。

「死の間際の強い思いから、スタグネイトと契約を交わしてこの姿になりました。
 ……善なる陣営の裏切り者、ですね」

 その言葉が、あまりに、悲しそうで。

「――何があったの?」

 僕は思わず聞いていた。
 踏み込んではいけない独白かもしれなかったが、踏み込まずにはいられなかった。

「ふふ……色々です。ごめんなさいね、小さな子に変な話をしちゃって」

 マリーは笑った。苦い笑みだった。
 それから仕切りなおすようにして話を続ける。

「これら悪なる神々の眷属のほかにも、もちろん善なる神々の眷属もいます。
 エルフ、ドワーフ、ハーフリングをはじめ、様々な種族ですね」
「マリー……」
「また巨人や竜といった、どちらの陣営にも所属しない中立ながら、きわめて強い力を有する種族も。
 彼らの中には善なる神々の信奉者もいますが、また悪なる神々を信奉するものもいます。
 ……世界は広大で種族は多様、この図鑑に載っているのもあくまで代表的なものですね」

 彼女が意図的に話題を逸らしているのは分かったが、戻す気はないようだった。

「…………」

 だから僕も、それに応じた。
 話さないなら、聞き出す手段はない。
 こればかりは、駄々をこねても無意味だろう。

「……つまり、この世界って……けっこう危ない?」
「ええ。危ないです。私が生きていた頃は割と平和が続いていましたが……今は相当、悪化していると思います」

 そして続けざまに、凄い発言がぽろっと出た。
 どういう根拠で言っているかは分からないが、

「……ぼく、強くなったほうがいい?」
「そうなってくれると、私も安心ですねぇ……」

 とりあえず、僕は強くなるための努力を惜しまないことに決めた。
 どうやらこの世界、タフでなければ生きていけないようだから。

 同時に、三人が抱えているらしい色々な事情のヒントを、覚えておこうと思った。
 この三人は、何の力も持っていなかった僕を養い、今も生きるための力を与えてくれようとしている。

 この体に生まれ変わる前は、同じことをしてくれた両親にろくな孝行もできなかったどころか、迷惑と心配ばかりかけてしまった。
 その代わり、というわけではないけれど、いつか十分に成長したら、ちゃんと恩返しがしたいな、と思った。



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