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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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7

 

 それから二人で、村の中を歩いて回った。
 メネルもそれからは躊躇わなかった。
 知性や理性が残っていたアンデッドたちの手を握り、別れの言葉を交わしている。
 そうでない、狂乱したり憎悪に染まってしまったものは、流転の女神(グレイスフィール)の加護の力で強引に浄化した。

「灯火の神グレイスフィールよ。……安息と、導きを」

 けれど、この《聖なる灯火の導き(ディヴァイン・トーチ)》は、アンデッドに対して効果が高いが、万能の術ではない。
 アンデッド側が抵抗する場合、術が効果を発するかは、術者の加護の強さと相手の執着からくる抵抗との競り合いになる。
 たとえばもし仮にだけれど、かつてのブラッドやマリー、ガスが本気で抵抗したら、僕の祈りでは彼らの魂を導くことはできないだろう。
 ひょっとして僕もマリーくらいの領域に達すれば、3人のような最高位のアンデッドでもひた押しで輪廻に還せるのかもしれないけれど。

 というわけで、場合によっては届かないのではという懸念もあったのだけれど、幸いこの村にはそれほど強力なアンデッドと化した人はいなかった。
 目の前で、狂乱して焦げた包丁を振り回していた女性の亡骸から、すぅっと霊体が抜けていく。
 きょとんとしていた女性が、辺りを見回し、状況を理解し……


「――あとは任せてください」


 自らの左胸に手を当てて、誓うようにそう言った。
 女性が頷く。お願いね、とでも言うように。
 またひとつ、魂が輪廻に還った。

「……えっと」

 周囲を確認する。
 毒霧の中なのでよくわからないけれど、めぼしい場所はあらかた回り終えた……ように思う。

「メネル。他には?」
「……あと一軒」

 ついてこい、とメネルが歩き出す。
 むき出しの、踏み固められた土を踏みしめ、歩く。

 それは村の奥まった位置にあった。
 すっかり燃えてしまって焼け跡ばかりだけれど、多分、かつては少し大きな家だったのではないだろうか。
 他の家が大きな一部屋のみか、せいぜい二部屋にプラス納屋や家畜小屋程度なのに対し、三部屋くらいはありそうに見える。

 メネルはその家を、暫く眺めていた。
 それから、息を吸って、吐いて。
 拳をぎゅっと握りしめて、


「……よう! いるか、マープルばあさん!」


 と、声をあげた。


「ほう」


 真っ黒に煤けた柱をすり抜け、霊体が現れた。
 ずいぶんとお年を召したおばあさんだ。
 でも腰は曲がっていないし、しゃっきりしているように見える。
 少しガスを思い出し……その瞬間、ある事実に気づいてぞっとした。

 ……まずい。このマープルというおばあさんのゴースト、たぶん最上位に近い。

 他のゴーストがぼんやりしていたり、どこか曖昧だったりするのに対して、おばあさんの身体はガスのようにはっきりしている。
 流石に戦闘能力はどうだか分からないけれど、なんというかおそらく、魂が強いのだ。
 ……もし彼女が錯乱していて、術に抵抗された場合、僕の能力では送りきれない可能性がある。

 つまり、《おぼろ月(ペイルムーン)》なり《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》なりの、霊体に通じる魔法の武器で。
 メネルの前で、このおばあさんの魂を刻まざるをえない、可能性が……

「ふふ。そんなに心配するもんじゃないよ、坊や」

 一瞬の動揺を見ぬかれた。
 おばあさんが笑う。

「わたしゃ、まだまだ耄碌もうろくしちゃいないよ」


 ――その目には明らかに、理性の光が宿っていた。




 ◆




「そうかい、そいつは何よりだよばあさん。
 どうやら何か未練を残して居残っちまったみてぇだが、安心しろよ。 
 ……ほれ、本物の徳のある高位の神官(ハイプリースト)サマだぜ。たまたま出会えてな」

 メネルが、おばあさんの幽霊に向けて語りだした。
 やけに饒舌だ。

「ばあさんみたいな迷える魂を輪廻に還すのも、土地の浄化も怪我人の治癒もお手の物ってわけだ。
 だから、村のことは俺たちの方で何とかしといてやるよ。感謝してとっとと逝っちまえ」

 しかし僕を示して言うに、徳のある高位の神官(ハイプリースト)とは、ずいぶんと盛ってくれる。
 ……そんなに凄いことをしたっけ?
 自分ではぎりぎりのタイミングで、なんとか取り繕ってきただけに思えるのだけれど。

「それとも他に何かあるのか? 誰かに伝え残しとかか? 代わりに伝えておいてやっから……」
「メネル」

 おばあさんは、メネルの言葉を一声で遮ると、ため息をひとつついた。


「アンタ、人を殺したね」


 メネルが、一瞬、びくりと肩を震わせるのを、僕は確かに見た。

「……い、や。別に……何言ってんだよばあさん、いきなり。マジで耄碌したか?」
「アンタ分かりやすいんだよ」
「何がだよ」

 メネルは誤魔化そうとしているが、通じていない。
 マープルおばあさんは確信を持って続ける。



「――――アンタ、根っこは律儀で潔癖だからね」



 その言葉を聞いて、ふっと腑に落ちた。


 ――ウィル。お前……お前、なんで助けたっ!

 ――殺せよ。殺したら殺されるもんだろ。

 ――……マジでこれでいいと思ってんのか? 俺は人を殺してるんだぞ?

 ――今さら神なんぞに許してもらおうとは思ってねぇんだよ!


 なんだ。
 彼は、ねじれているどころか、とてもまっすぐだったのだ。
 だから、罰を求めていたんだ。
 そうでなければ、応報を求めるような発言は出てこないし、運良く助かった時、これ幸いとそれを利用したはずだ。

 今この瞬間まで、それに全然気付けていなかった。
 ……どうやら僕は本当に、人間というものが見えていない。

 前世でそういう経験を積んでこなかったし、今生でも閉鎖的な箱庭で育ってきた。
 対人経験の不足を実感する。
 そして同時に目の前のおばあさんの、豊かな対人経験を感じざるを得ない。
 剣なんて振れなくても、魔法なんて使えなくても、多分この人は、僕よりずっと凄いのだ。

「向いてないんだよ、アンタにゃそういう悪ぶったのは」
「…………」
「また誰ぞ殺して、分かったろう? 力をかざして喰い合うような生き方、もうやめときな」
「うるせぇよ……」

 大鉈でずばずばと断ち切るような、おばあさんの声。
 それに対して、メネルの声は震えていた。

「うるせぇよ! じゃあ、どうすりゃ良かったんだよ!!」

 叫びは、ほとんど泣き声に近かった。

「ばあさんも死んで! 村の連中は飢えて凍えてて!!
 他に何ができたっていうんだよ!! 力に頼るしかねぇだろうが!!
 それとも神にでも祈れってか!? ……神が、神が俺を助けてくれたことなんてねぇよッ!!」

 おばあさんのゴーストに手を伸ばすメネルだが、その手は空を切る。

「くそ……くそ、くそっ!!」

 膝をついて、うずくまるメネルを……僕は、ただ見ているしかできない。

「もう嫌だよ……あんたと一緒に逝かせてくれよ……」

 毒霧の渦巻く滅びた村に。
 美しいハーフエルフの声が、哀切を帯びて響き渡る。


ハーフ(ざっしゅ)寿命いのちは、俺には長すぎるよ……」


 エルフの血を引くものは、数百年を生きる。
 彼の命は、簡単に終わらない。
 もし、僕なら。
 僕なら、今の彼に、なんと言えるだろうか。
 ……分からない。

「――――お聞き、メネル。メネルドール」

 マープルおばあさんが、厳しい声音でそう言う。
 メネルが顔を上げると……おばあさんは、ゆっくりと微笑んだ。



「それでも、神さまはアンタに最後の機会を下さった」



 メネルがはっと目を見開き……僕の方を、見た。
 おばあさんが、笑って続ける。

「これが最後だ。やくざな生き方は、もうやめときな」

 その笑みは、慈しみに満ちていて。
 かつて目にした、地母神マーテルの《木霊(エコー)》さえ、僕は連想してしまった。

「アンタが神さまを嫌っても、神さまはいつでもアンタを愛していらっしゃる。
 アンタが気づかなくても、倦まず、飽かず、ずっとアンタを照らしていて下さるんだ」

 声が響く。
 滅びた村に、滅びた人の声が。
 幼い子供が、ひそやかに仕舞い込んだ宝物の位置を、友達にこっそりと教えるように。


「……だから、あとはアンタが、その光に気づけばいいのさ」


 何とかしてみな、とマープルおばあさんは笑った。
 メネルは顔をおさえ、声にならない呻きを漏らして震えている。
 それから……彼女は、僕の方を見た。




 ◆




「さて神官さま、ちょいと」
「――はい」
「ちょっとこの馬鹿を、頼めないかね。
 ……根っこの部分は、悪いやつじゃないんだ。
 その、なんというか……仲良くしてやってくれないかい?」

 去りゆく人の、最後の願いだ。
 その言葉に、頷く。
 マープルおばあさんは、満足気に頷いた。

「それと……村を襲った魔獣だけれど、ありゃキマイラだね。
 頭は3つ。牙持つ獅子、火を噴く亜竜、魔法を繰る山羊。
 翼は亜竜の翼膜のあるやつで、前脚は獅子の爪、後脚は山羊の蹄。
 それから不確かなんだけれど、尻尾はあれ毒蛇なんじゃあないかねぇ……」

 話題を切り替え、おばあさんがつらつらと語りだした。
 それは。その情報は。
 僕が欲していたものだ。

「ひとわたり村を荒らした後は、殺した牛をひっつかんで西に飛び去ったよ。
 鉄錆てつさび山脈のある方角だね」

 西を見る。
 毒霧の向こう、遠くにうっすらと山脈が見える。
 あっちの方角か。

「……その情報が欲しかったんだろ? 坊や」

 そう言われて、頷く。
 ならよし、とマープルおばあさんは笑った。

「大したお礼もできないけれど、このくらいはね」
「……あの。もしかして、あなたの未練って」

 そう言われて、おばあさんは呵々と笑った。


「そうだよ。こんなヤバい奴のこと、誰かに知らせないまま逝けるもんかい!」


 そういうわけだから、とおばあさんは笑って続ける。

「せっかくだけど、アンタの導きは不要だよ。
 神さまには……実はもうね、待ってもらってるんだ」

 おばあさんの傍らに……うっすらと、灯火が見えた。
 ……ああ。
 いらっしゃるのですね。

「だから、わたしはもう行くよ」

 ああ。
 外の世界は、薄闇だった。
 だけれど……すごい人も、また、いるのだ。

「……メネル、元気にやんな。
 世の中、取り返しの付かないことなんて山ほどあるんだから、くよくよ気に病んで意味もなく足止めるのはほどほどにしな。
 それより立ち上がって、前向いて、やることやるんだよ」
「嫌だよ……もう、嫌だ……いかねぇでくれよ……」
「…………やれやれ、しょうのない子だね」

 マープルおばあさんは、最後に肩をすくめた。

「それじゃ、あとは頼みますよ」
「はい。――あとは任せてください」

 自らの左胸に手を当てて、誓うようにそう言った。
 おばあさんが笑う。


 ……そして、またひとつ、魂が輪廻に還った。

 
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