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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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 それから数時間ほど歩いて、森のなかでキマイラに滅ぼされた村の女性や子供とも合流。
 彼らは着の身着のまま、森のなかで肩を寄せ合い、焚き火の傍で寒さに震えていた。
 先ほどの村に残してきた人質を除けば、これで全員……五十人足らず、といったところだろうか。

 自己紹介もそこそこに、とりあえず行動に移る。
 軽傷者や、風邪をひきかけている人も多かったので、《傷ふさぎ(クローズ・ウーンズ)》や《病気癒やし(キュア・イルネス)》の祈りを幾人かに配り。
 先ほどの村から買ってきた食べ物や、なんだかんだ手元に残りっぱなしだった僕の取り分のイノシシ肉を配布し調理の手配を頼み……

 あとはもう自分があれこれ手を出すより、村の人たち自身の動きで問題ないよなぁ……
 などと、にわかに賑やかに食事の準備を始める人々を見ていた時、肩を叩かれた。

「おい」

 メネルだ。
 先ほど取り乱したというか激発した彼だが、今は少し落ち着いている様子だ。
 翡翠の瞳には、確かな理性の光がある。

「……キマイラがまだ村に居るか、俺たちで偵察に行くぞ」

 心持ち大声でそう言って、彼は歩き出す。
 僕も周囲の人たちに断って、すぐに彼の後を追った。

「急ぐぞ、ついてこい」

 森のなか、彼はどんどんと足を早める。
 最後にはほとんど疾走のようになり、かさばる盾などを持っている僕は追走にえらく苦労をした。
 普通に考えて、ほとんど原生林めいた場所を走るなんてまっとうな行いではない。
 それができるというのは、もう、鍛えられているとか、森に慣れてるとかいうレベルではない。

 やはり間違いなく、彼は一流の野伏せり(レンジャー)だ。
 手段を選ばず村を落とすというだけなら、僕がいなければ村人を率いず、彼単身でもやってのけられたのではないだろうか。

「…………」

 しばらくすると、メネルの足並みが緩んだ。
 ……森のなかを無言で歩く。
 苔生す巨木の根を跨ぎこえ、枯れ葉を踏みしめながら、さっきの言葉と行動の意味を考える。
 メネルの、あの心持ち大きな声。森のなかでの疾走。
 先行偵察は必要だろうけれど、それをアピールしたり、追跡を振り切るような疾走をする理由が何かあったのだろうか……?
 そんな僕の思考を察したのか、メネルが振り向いた。



「……村の連中が(・・・・・)アンデッド化している(・・・・・・・・・・)可能性が高い(・・・・・・)。」



 思わず、無言になった。
 そうだ。善なる神の加護がこの世界に行き渡っているように、あの悪しき不死神の『善意の』加護もまた、この世界に行き渡っている。

「無念や憎悪、混乱、あるいはそもそも突然過ぎて、死んだことに気づかなかったせいで、とかな……
 いちいち親兄弟や子供の醜い姿を拝ませてやる必要はねぇだろ」

 メネルの声には、憔悴の色があった。
 村人は察していない。
 だから先行して浄化しようと。
 道案内は務めると、彼は言っていた。

 ……ねじくれている、と思った評価を修正し、心のなかで謝罪する。

 彼はねじくれているというより、察しの良い現実主義者であるようだ。
 察しが良いから村が魔獣に焼かれたその日に、強盗を働かねばどれだけの身内が死ぬか理解する。
 察しが良いから同じ村の友人知人たちが、皆アンデッドになっている光景を即座に想起する。
 そんなはずはない、きっとなんとかなる、という根拠の無い楽観に流されていないのだ。

「……分かった、みな輪廻に還そう」

 逆に村人たちはこういう事態にあって当然の心理的な防衛機制として、絶望的な材料から目をそらし、無理に楽観しているようなところがある。
 先ほどの男たちの笑顔を思い出した。
 あれを困難にあっても明るいと見るか、状況を理解しきれていないと見るかは、意見が分かれるところだろう。

 そんな中で、昼にはイノシシを仕留めて食料を確保し、夜には強盗の段取りを整え皆を扇動し、ひたすら現実的な視座で手を打ち続け。
 その上、おまけに僕のような不確定要素まで、適当に追い払ったはずなのに神さまの啓示で乱入し……
 そりゃあ疲弊するし、憔悴するし、取り乱しもするだろう。

「メネル。ありがとう」

 アンデッド化。
 むしろ僕が想定してしかるべき事態のはずなのに、気が回っていなかった。

「さっきは自暴自棄とか言って、ごめん」
「…………うるせぇ、ぐだぐだ気にすんな」

 それから僕たちは、無言で森のなかを歩き続けた。




 ◆




 先ほどの村から、南に進んだ森のなか。
 恐らく地理的には、あの半水没した都市が南東のほど近い距離にあるはずだ。
 そこにあった村は、村というにはもはや、あまりにも破壊され尽くしていた。

 一帯には、毒気を含んだ瘴気が霧のようにたゆたっている。
 家は焼け焦げ、焼死体の骨格のように、黒焦げの柱や梁が残るのみ。
 畑には毒が撒かれたのか、冬撒きの麦は無惨に立ち枯れしている。
 清水が湧いていたであろう小さな泉は、ごぼごぼと泡を吹き出す、黒いヘドロの沼と化していた。

「………………」

 これだけの破壊を、たった一頭の獣が成し遂げる。
 ……この時、ようやく僕は実感した。
 こういう獣が、稀にとはいえ彷徨い歩いているのが、『外の世界』なのだ。

 そして今の僕には、ブラッドやマリー、ガスの庇護はない。
 独力で、立ち向かわねばならない。

「…………いねぇな。音もしねぇ、生命の精霊の気配がねぇ」

 地面に耳をつけ、聞き耳を立てていたメネルがつぶやくと、身体を起こす。

「どこか村の近郊で、生き残りを待ちぶせてる可能性は?」
「否定しきれねぇな。一応、周辺を一周するか」

 僕も時折、《もの探しのことば》を使い、またあたりの木々や草から読み取れる《ことば》に目を凝らす。
 山川草木、すべては《ことば》によって成り立っている。
 マナの織りなす《ことば》の連なりに適切に目を凝らし、読み取れば、曖昧ながら情報を得ることも可能だとガスはむかし言っていた。
 メネルの方も物音に気を使うと同時に、時折、辺りを行き交う風の妖精に話しかけては情報を探っている。
 物理的な調査に加え、二種の神秘によるトリプルチェック。
 だけれど、やはり魔獣の潜伏の気配はない。

「いないな」
「うん、いない」

 二人の意見が一致した。
 となると、あとあと魔獣の移動先を探らねばならない。
 といっても、キマイラは飛行もできる怪物であったはずだから、追跡するのも網を張るのもかなり困難だろう。

「……魔獣ってのは、どのくらいの頻度でメシを食うんだ?」
「僕の祖父……魔法を教えてくれた先生いわく、魔獣はそう頻繁には食事をしない、って」

 魔獣はその巨大な体躯の割には小食……というか一度食い溜めをすると、その後しばらく、月とか年単位で何も食べないのだそうだ。
 逆にもし全世界の魔獣が身体に見合った量の食料を欲したならば、世界の生命か、あるいは魔獣のどちらかは滅びているだろう。
 燃費が極端にいいのか、あるいはマナの類を何らかの形で摂取して補っているのか……そのあたりは諸説あるそうだけれど。
 そのあたりのことをメネルに説明すると、メネルは納得したように頷いた。

「んじゃあ……一旦、追跡は後回しだな」

 追跡のが困難で、次の被害も即座に出るような状況ではないとなれば、村の浄化を優先すべきだ。
 早めに復旧の目処を立てないと、やはり強盗せざるをえない、という話になってしまう。

「『シルフ、シルフ、風の精。不浄の気より、集いて守れ』……と」

 精霊たちの言葉でメネルが呼びかけると、辺りにふわりと風が舞った。
 毒気から身を守るための、風の精の守りの呪文だろう。

 時おり朧げに、視界の中を何か羽の生えた小人のようなものが、燐光とともに明滅しつつ飛び交っている。
 妖精、精霊と言われるものだろう。
 僕の目には、見えたり見えなかったりだけれど、恐らくメネルの目には彼らがもっとはっきりと見えている。

「いちおう、対毒の術や魔法を重ねておくよ」

 僕の方でも《生命力増強(バイタリティ)》や《毒に対する抵抗(アンチ・ポイズン)》を重ねがけする。
 毒気の浄化から始めてもいいのだけれど、浄化に集中しているさなかにアンデッドに襲われる可能性を考えると、先に安全を確保したい。
 その他、いないと確信はしているけれど、念のためキマイラや、他の魔獣の乱入時の対応など、諸事を確認する。

「……よし」
「うん、行こう」

 それだけの打ち合わせを済ませてから、僕とメネルは瘴気の立ち込める、村の領域に踏み入った。
 瘴気で視界は若干悪いが、1メートル先も見えないような濃霧、というわけでもない。
 軽く煙っている程度で、大体、遠くのどこに何があるかくらいは把握できる。

 それでも建物の焼け跡はそれなりに視界を狭くする。
 どこから何が飛び出してくるか分からない。
 倒壊の危険も考えて、あまり建物には寄らず、まずは村内を一巡りしようとしたところで……


「……おにイ、ちゃン……」


 かぼそい声が聞こえた。
 ……メネルの表情が、凍りついた。




 ◆




 声の方角を見る。
 納屋か何かだろうか、焼け落ちた小さな小屋。
 何かが、這い出してくる。

「メネる、おにイ、ちゃン……」

 それは、焼けたむくろだった。
 真っ黒に焦げ、半ば骨の露出した子供。
 焼け残ったか、千切れたかして――上半身だけしか、残っていなかった。

「まじゅウ、がネ……? むらをおそったんダ」

 虚ろな眼窩が、メネルを見上げる。
 メネルは、凍りついたままだ。

「ぼク、まえニ、おにいちゃんニ、いわれたとおリ……あぶないことせズ、かくれてたヨ?」

 這いずってくる。
 肘をついて。
 ずる、ずる、と。

「あつかったけド、こえをださずニ、がまんしたんダ……だっテ、」

 メネルは、震えていた。
 歯を噛み締め、拳を握りしめて。



「おにいちゃンが、きてくれるっテ、しんじてたかラ」



 死体が、笑う。
 おぞましく、凄惨で、しかし暖かな表情。

「おにいちゃン、きてくれタ。ありがト」

 死体が、嬉しそうに。
 ひどく嬉しそうに、メネルに手を伸ばす。

「…………」

 メネルは、その死体の伸ばす手を、取ろうとして。
 しかし一瞬、躊躇した。
 死体のおぞましさにか、疑い深さゆえにか、間に合わなかった後悔ゆえにか、それとも間近に殺人を犯したゆえの自責の念にかは分からない。
 しかし、

「エ……?」

 拒絶の意志を感じたのか、死体の顔が絶望に染まる。

「なんデ? どうしテ……あレ? ぼク……」

 どうやら一刻の猶予もない。
 そう判断して、膝をつく。


 ――真っ黒な亡骸を、抱き上げて、抱きしめた。 


「お、おい……!!」

 メネルが狼狽したような表情で僕を見る。
 大丈夫だよ、メネル。
 アンデッドとの抱擁は、怖くない。

「きみ。頑張ったね。……立派だったよ」
「? おにいちゃン、だレ?」

 腕の中で、きょとりと少年が首を傾げる。
 ぼろぼろと、炭化した皮膚が落ちた。

「メネルおにいちゃんの友だちだよ。
 ごめんね。メネルおにいちゃん、ちょっと疲れてたんだ」

 ふらついたんだよ、許してあげて、と語りかける。

「……うン、わかっタ」

 こくり、と少年が頷いた。

「うん、いい子だ。……ほら、メネル」

 少年の腕を支えて、メネルに伸ばす。
 今度はメネルも、躊躇わなかった。ぎゅっと、少年の炭化した手を握る。

「…………遅くなって、悪かったな」
「ううン、いいヨ」

 声が震えている。

「疲れただろ、眠れ」
「そウ、だネ……なんだカ、ねむいヤ……」
「……良い夢、見ろよ」
「うン……」

 震えながら。
 それでもメネルは、目を逸らさなかった。

「……灯火の神グレイスフィールよ。安息と、導きを」

 《聖なる灯火の導き(ディヴァイン・トーチ)》の祝祷。
 ふわりと浮かび上がった灯火は、安らかに眠るように目を閉じた少年の霊を。
 そして辺りに漂っていた、幾人もの迷える魂を連れて、天に昇ってゆく。

「…………」

 メネルはそれを、最後まで見送っていた。

「…………なぁ」
「なに」
「すまねぇ」
「何がさ」

 しばらく言葉を選ぶように沈黙すると、彼は言った。

「……どっかで、お前を侮ってた。
 腕っ節と金があるどこぞのボンボンが、たまさか得た神の加護に舞い上がって綺麗ごと吐いてるだけだ、ってな」

 ため息をついて、彼は言う。

「だから、すまねぇ」
「…………『うるせぇ、ぐだぐだ気にすんな』」

 メネルの言葉を引っ張って、笑いかけた。
 彼は色濃い疲れを顔に残しつつも、それでも少しだけ、笑った。

 
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