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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 目の前に天使がいた。
 少し癖のある薄い栗色の髪の毛をして、深い碧色の瞳をした、血色の良い白人系の少年。

「…………これが僕、なんだよなぁ」

 神殿の片隅の道具棚で、古びた手鏡を見つけたのだ。
 これ幸いと自分の姿を確認してみたが、思った以上に可愛らしかった。

「まぁ、」

 もちろん今が子供だから可愛いさが何割か増しになってるのはあるだろう。
 誰だってみんな、子供時代は可愛さは十割増しだ。
 いかついヒゲ面の男だって、アルバムをめくれば子供時代は愛くるしいものだし。

「……うん」

 手鏡をそっと元の場所に戻した。
 それから手を握って、開く。握って、開く。
 小さく、ふっくらと柔らかな手。
 僕の手だ。

 ……あの日から一年。
 驚いたことに、あの日、今の名前と体を自分自身として受け入れて以降、身体操作の感覚のコンフリクトは急速に解消されていった。
 一度死ぬ前の身体操作の感覚は薄れ、今はこの小さな手足が僕の手足だ。意識と肉体がしっかりと噛み合う。
 すぐによたよたと歩くことを覚え、辿々しくも言葉を発せるようになった。
 ここ一年は、歩行の練習を繰り返し、マリーたちと会話して言葉とその発音を覚えることに専念してきた。

 それでも時々すっころんでしまうのは、まだ体が小さく、頭でっかちなせいだろうか。
 視野や平衡感覚、筋肉などが未熟なせいもあるのかもしれない。
 ついでに言うと、まだ痛みに対する耐性も弱くて、転んだら当然のようにわんわん泣いてしまう。

 でも、少しずつ進歩している。
 幼児として当然の進歩かもしれないけれど、それでも、進歩は進歩だ。
 這ったり泣いたりしかできないところから、幼稚園や保育園に通えるくらいにはなった筈だ。

 だから、そろそろ、次の課題にあたってみよう。

 僕はこの世界で、生きると決めた。
 だからまずはちゃんとした体を作って、一つ一つ、学んで、覚えていくのだ。



 ◆



「ふむ、文字を習いたいと……?」

 神殿の奥にいくつかある、小部屋の一つ。
 石組みの壁。木製の小さな椅子や、ちょっとした書き物机があり、壁面を窪ませたアルコーブには寝心地の良さそうなベッドもあった。
 そして僕の目の前では、目つきの悪い偏屈そうな鷲鼻の爺さんが、腕組みしながら顎をさすっている。
 ゆったりしたローブを羽織ったその体は、半透明に透けている。
 それは気体めいていて、手触りをもっていない。霊体というのだろうか。
 つまり、いわゆる幽霊。ゴーストだ。

「うん。お願いだよ、ガス」

 彼の名はガス。正しくはオーガスタスというらしいが、長いのでマリーたち含め、みな略称で読んでいる。
 僕はいま彼に、文字を教えてほしいと頼んでいる。

 無論、正直に言えば文字よりも何よりも、この世界のことや自分のなかの前世の記憶など、聞きたいことは色々とある。
 けれど、まだ幼い子供が未熟な語彙で聞いても、どうしたってそれ相応の対応を取られるのだ。

 例を上げてみよう。
 幼児に「どうして太陽は光っているの?」と聞かれて、天文や物理、核融合の理論について話し始める大人はいるだろうか?
 むしろ「皆を暖かく照らしてくれるために、太陽さんは頑張ってるんだよ」といった調子で応える大人が大半だろう。
 実際、以前に軽く世界についての質問をしてみたのだが、そんな調子で流されてしまった。

 だから、そういう質問はまだ早い。
 そういう話は、僕がちゃんとある程度の学識を積んで、それ相応の会話の成り立つ相手だと認識してもらった上で、居住まいを正して聞かなければならないのだ。

「ふーむ、文字。文字かぁ。ワシゃ、金にもならんことをする気はないぞ。それにお前さんの歳じゃあまだ早い」
「でも、気になるんだよ」
「まだ早い」

 しっしっ、と面倒臭げに手を振られる。
 何かと面倒見の良いミイラのマリーや、なんだかんだ構ってくれるスケルトンのブラッドとは違い、このゴーストのガスは僕に対して淡白だ。
 割と平気で邪険にするし、なにか頼んでも鬱陶しげに断ったりすることもある。
 性格も傲慢で偏屈なところがあり、普段から少し距離があるが……でも、3人の中で誰が賢いかと言えば、間違いなく彼であると思う。
 言葉遣いや、その言い回しの端々から、かなりの学識がうかがえるのだ。

「でも、気になるんだよ」
「うるさいわい」
「ねー! 気になるんだったらー! おーねーがーいー!!」

 だから、子供らしくゴネてみた。
 ひとしきり駄々をこねる。
 ……こんな風に子供っぽく、保護者に甘えるというのはいつぶりだろう。
 なんだか懐かしくて、ちょっと楽しくなってきた。

「ねぇ! ねぇねぇねぇ! ガス、おねがいっ! おーねーがーいー!!」

 おーねーがーい! なんて。
 本当に我ながら子供みたいだ。
 精神が、いまの肉体に引っ張られている面も多々あるのだろう。

「…………あー、もう! 分かった、分かったわい」

 子供にゃ敵わん、とブツブツぼやきながら、ため息をついてガスが僕を見る。

「やれやれ、文字を習いたいんじゃったな」
「うん」

 この世界の文字は、よくわからないのだ。

「うーむ、それではあれじゃな」

 ガスが小部屋の壁際の本棚に手を伸ばすと、つい、と本が一冊浮き上がり、こちらに寄ってくる。
 念動力とでもいうのだろうか。
 幽霊がいるのだから、これくらいはそりゃあるだろうなと、最近では超常現象にも驚かない。

「まずは、文字の読み方からじゃな」

 開いたページには、アルファベットめいた文字の一覧があった。
 だが、

「ううん? それは大丈夫」
「大丈夫じゃと? 何が大丈夫なんじゃ」
「それ、もう、読めるよ」

 そこはもうわかっているのだ。
 1年以上、あちこちのレリーフに絵や文字の彫り込まれた神殿で過ごし、3人の会話を聞いてきたのだ。
 発話における各種の音の頻度と、文章中の文字の使用頻度などを照らしあわせてなんとなく把握している。
 英語で言うと「e」の発音が一番頻出していたので、そこからあたりをつけたらあとは早かった。
 だからもう読める。

「…………は?」

 ガスが目の前でぽかんとしている。

「だって、もう、読めるもん」
「…………この文章、読んでみい」
「『香り高い花が、風に吹かれて色鮮やかに散ってゆく。この世界も移り変わる、私の生と同じように』……でしょ?」

 なんてことはない。

「……ブラッドか、マリーに教わったのか?」
「ちがうよ。皆の話を聞いて、文字を見て、自分で考えたんだ」

 神殿での暮らしは刺激も少ないし、割と暇なのだ。
 考える時間はあるのだから、パズル感覚で取り組めた。

「…………ウィル」

 ガスはしばらく考えこんでいる様子だったが、やがて真面目な調子で尋ねてきた。

「それでは、おぬし、何が気になるんじゃ」
「神さまのところとかにある、きれいで複雑なやつ」

 神殿の各所に彫り込まれた文章を解読するに、この世界の文字はどうもアルファベット的な表音文字が基本であるのは間違いない。
 間違いないのだが、神々のレリーフなどに、いきなり複雑な象形文字めいたものが紛れ込んでいたりしているのだ。
 それが、よくわからない。どういうもので何と読むのか、それとも飾りのようなものなのか……

「《創造のことば》、上古の魔法文字か」
「そうぞう、まほう」

 ……創造に魔法ときたか。



 ◆



「うむ。何から説明したものか……」
「最初から」

 とにかく最初から話してもらおう。
 幸い幼いこともあって、今の僕のこの体は記憶力がいいほうだし、覚えられなかったら何度でも聞けばいい。

「んでは、長い話になるがな。昔、昔の、そのまた昔、世界の始めのことじゃ。
 世界はまだ大いなるマナが形を保たずに熱を持って渦をまく、煮えたの釜のようなどろどろの混沌じゃった」

 ……いきなり天地創造の話になるとは思っていなかった。 

「そ、そこから始まるの?」
「うむ、そこから始まるのじゃ。」

 だが、ガスは大真面目だった。

「混沌のなかに、いずくかより最初の神が現れた。
 神は『大地あれ』と言われた。
 すると神の足元にマナが凝り、大地となった。
 神の頭上からはマナが薄れ、天空となった。
 こうして天と地が分かたれた。
 この神の名は伝わってはおらず、ただ創造神とか始祖神と呼ばれておる」

 ……聖書神話とか、ギリシャ神話の天地創造に似ているな。

「それから創造神は言葉を発し、しるしを刻み、太陽と月をつくって昼と夜を分け、水を集めて海と大地を分けられた。
 火が生まれ、風が生まれ、木々が生まれた。
 また神々が生まれ、人や動物が生まれた。
 かくして創造神は世界を創りだすと、その美しさに満足し、われ知らず『良し』と呟かれた。
 じゃが、『良し』なるものを作ることは『悪し』なるものを作ることでもある。地が固まれば天ができるようにのう。
 そうして悪意が生まれ、悪なる神々も生まれた。
 創造神はその言葉を取り消そうとするが、すでに発された言葉を口の中に戻すことなど神々にもできぬ。
 かくして悪なる神々に創造神は害され、生と死が生まれた。
 そして、多くの神々による神話の時代が始まっていくのじゃが……」

 ここでガスは言葉を切って、一息をついた。

「この天地創造に使われた言葉としるしこそが、《創造のことば》、上古の魔法言語じゃ」

 なるほど、そう繋がるのか。

「つまり、世界をつくったことば?」
「おう、その通りよ。この言葉と、しるし……つまり文字じゃな。言葉と文字には力がある」

 力。……力ね。

「何ができるの?」
「ふむ、そうじゃあな……」

 ガスがつい、と宙に指を踊らせた。
 指先に不思議な燐光が宿り、燐光が指の動きに沿って軌跡を残すと、空中に流麗で複雑な象形文字が二文字描かれる。
 つ、と指が動いて、文字に最後の点が打たれた。

「わっ!」

 その瞬間、僕はのけぞった。
 宙に描かれた文字が、急にめらめらと輝く赤い炎になったのだ。
 炎は空中で、赤々と燃えている。空気を介して、熱が伝わってくる。本物の炎だ。

「もうええな?」

 そう言うとガスは何か口の中で、旋律めいた音楽的なことばを一節、二節と呟いた。
 するとまるで全てが幻だったかのように、燃えていたはずの火がかき消えた。
 僕はそれを、魅入られたように見つめていた。

 魔法だ。
 トリックとかではない、本物の魔法だ。
 この世界には、魔法がある。
 凄いな。なんというか、凄い。

 ……幽霊や、動く骸骨やミイラがいる時点で今更かもしれないが、ホラーと魔法は違うと主張したい。

「……分かったかのう?
 『存在』『炎』の象形文字を描けば、炎がそこにあると定義され、燃え上がる。
 それに対して炎をかき消すための『消去』『炎』のことばを口にすれば、炎は消える。
 これが《創造のことば》、もっとも一般的に《魔法》と呼ばれる、《古代語魔法》じゃ」

 その時、僕が連想したのは、コンピューターゲームの《魔法》より、ちょっと古めかしいファンタジー小説などで見る《魔法》だった。
 ポイントを消費して手軽に放つ技の一種ではなくて、気軽な気持ちで扱ってはならない、世界に潜む古い神秘。
 石造りの薄暗い部屋で不思議なちからについて得々と語る、鷲鼻の老人の幽霊というのは、そんな連想を呼ぶ雰囲気があった。

「じゃが、この《創造のことば》というのは不便なものでな。
 力がありすぎて、普通の筆記や会話もままならん。創造神すら自らの命を断つ悪神たちを、己の失言によって生み出してしまった」

 ああ、それは確かにそうだ。
 炎と書いたらいきなり燃えるとか、おちおちメモもできない。
 不便極まるし、どう考えたって文明の発達や、それ以前に日常生活を阻害する。

「そこで隻眼の知識神エンライトは、その思慮をもって20の子音と5の母音を選び出した。
 《創造のことば》があえて力を発さぬよう、文字や発音を崩し、乱した、《俗用言語》を生み出したのじゃな」

 なるほど。
 日本語で言えば、《創造のことば》は漢字だ。この漢字を迂闊に書くと炎が出たり爆発したりして危ない。
 だから賢い神さまが字を崩して、かな文字を作ったというわけだ……まぁ、《俗用言語》は音節文字じゃなくて音素文字なので、かな文字というよりはアルファベットにより近い性質なのだけれど。
 ともあれ、つまりあれってまったく別系統の言語が象徴的な意味で混ざってるとかじゃなく、同根の言語だったのだ。
 漢字かな交じり、ってわけだ。

「おぬしが読んでおったのは《俗用言語》で、読めなかったのが《創造のことば》、上古の偉大なる魔法の文字、神々のしるしじゃ。
 神殿に刻まれておるのは、これに打ち消し線を入れたり、一部をあえて誤ったり、極端に意匠化して効果を発動しないようにしたものじゃな」

 なるほど。文字を崩せば効果が発動できないようになるなら、そうやって元の文字を判別できる程度に崩して刻むこともできるのか。
 そこまでして、あえて《創造のことば》を刻む理由は……話を聞いていれば、なんとなく分かる。

「《創造のことば》こそは、《俗用言語》よりも神に近いものじゃからな。
 神に関係したり、象徴したりする文字を、神を敬い、神に捧げるための神殿に刻む、というのは道理じゃ。分かるかのう?」
「うん、分かる。」

 こくこくと頷く。
 実に納得のゆく話だった。

「――ふむ、では、ウィル。そもそも、どうして言葉がこんな力をもつか、分かるかのう?」

 ガスがにやりと笑って問いかけてきた。
 ふむ、この場合、つまりガスの問題にしたいところは……

「言葉こそが僕たちの、ものの見方を区切り、分かつものだから?」

 何かで読みかじった覚えがあるけれど、元の世界でも認識だとか表象だとか観念だとか、そういうものを扱う世界で言われていたことだ。
 たとえば僕たちは『木製の四本足の丸椅子』を見たら、それがどんな色をしていても、どんな木でできていても、一つとして同じものではないはずなのに『椅子』だと思う。『椅子』というカテゴリにくくる。
 また『四つの棒』と『一枚の丸板』とは普通認識しないし、同じ四本の脚に板でも『机』とも思わない。
 また丸椅子に座っている人を見ても『木材と人間の合わさったもの』ではなく『椅子』と『人間』であると認識する。
 もちろんあえて違う見方をしようと思えば、『四つの棒』『一つの丸板』としても見られるだろうし、『たくさんの木材繊維の集合体』としても見られるだろう。
 『この椅子』と『あの椅子』というように、それぞれ同じカテゴリの『椅子』同士を区別もできる。

 だけれどいずれにせよ、僕たちは言葉というラベルを貼り付けて、混沌とした曖昧な世界をカテゴリ分けし、認識しやすいように観念化して区切っている。それなくしては生きられない。
 先ほどの創世神話のように、言葉こそは世界を曖昧な混沌から区切る、力あるものなのだ。
 長い思考になったけれど、つまり、ガスになんと言ったらいいか……

「えっと、いろんな椅子はひとつとして同じ椅子じゃないけど、僕たちはみんな椅子だって思う。
 椅子は木でできてるけど、同じ木からできた机とは違う。
 でも机と椅子の違いってなに? 小さい僕なら椅子を机にできる。
 でも椅子は机じゃないし、机は椅子じゃない。なんでそうなのかっていえば、言葉がそう区切ってるから。
 だから言葉には、そういう、世界を区切る力がある……
 ……えっと、そういうことだよね」

 曖昧な問いなのでもっと別のことを問いかけている可能性もあるけど、多分、これが答えのはずだ。
 頭のなかではもっと色々と考えているのだが、言葉にしようと思うとまだ語彙が足りない面があるなぁ。
 などと思っていたら、

「…………」

 よほど驚いたらしい。ガスが目を見開いて、口をぱくぱくさせていた。

◆小説家になろう 勝手にランキング◆
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