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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第二章:獣の森の射手〉

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「…………」

「…………」

 僕と彼。双方ともに、言葉を発さず、動作もしない。
 場に、徐々に緊張感が満ちてゆく。

 まずい。
 これは、まずい。
 初めての生きた人との接触だとか、感慨にふける余裕もない。

 ……見知らぬ二者の偶発的なファーストコンタクト。
 文化人類学などで、きわめて危険とされる状況だ。

 なにせ、自分が危険人物ではないことを証明する手段がない。
 いわゆる悪魔の証明だ。

 しかも場所ときたら、人里離れた森のなか。
 司法や治安機関なんてものがない場所。
 つまり突発的な暴力行為が起こっても、ほぼ助けが期待できない場所だ。

 そこでお互いが、武装した相手に突如遭遇した。
 人数差でもあれば、即座に逃げる選択肢も取れるけれど、今はお互い一対一だ。

 笑顔を浮かべて握手でも求める?
 自分が相手だったとして、突如遭遇した武装した男が、にやりと笑って手を差し出してきたとして……それを取れるか?

 あるいは、武器を手放して無害アピール?
 相手がもうやる気だったらどうする? それに罠だと警戒されないか? 手放す動作が攻撃行動の予兆と勘違いされる可能性は?

 祝祷術を使って敬虔な神の信徒であるとアピール?
 悪神の神官の可能性もあるというのに、目の前の彼は、相手が目の前で術を使うのを黙って見ているだろうか?

 ……しかもなお悪いことに、僕は完全に、どこの共同体にも所属していない。
 よって、どこかの共同体の名前を後ろ盾に使えない。つまり身の証が立てられない。

 文化人類学などで、偶発的なファーストコンタクトが危険と言われるのは。
 ……この状況で、このまま緊張感と警戒が釣り上がって、往々にして殺し合いに発展する可能性があるからだ。


 相手側も、どう対応しようか迷いながらも緊張と警戒を高めている。
 僕の武装に対して、確認するように素早く視線を巡らせているのがその証拠だ。
 ……闘争か(ファイト・)、逃走か(オア・フライト)の選択を迫られているのだ。

 まずい、まずい。
 このままだと殺し合いだ――何を言えば、何を……

 と、ふと、僕の脳裏に浮かんできたアイディアがあった。
 ガスの授業だ。
 そうだ、たしか……ゆっくりと、右の手のひらを左胸に当てて、


「――『われらのあい出会う時、一つ星が輝く』」


 一言一言、できるだけ慎重に、綺麗に発音して言った。
 目の前の銀髪のハーフエルフが、目を見張る。

「古エルフ語……?」

 驚きに声が揺れていた。鈴の音のような綺麗な声だ。

「お前、エルフの縁者か?」
「いいえ。でも、貴方はエルフの縁者だと思って……」

 ハーフエルフならエルフ流の挨拶をしてみたら、少しは緊張がとけるかもしれないと思ったが、当たりだった。

「ちっ。……まぁ、一応はそうだけどよ」

 だけれど、続くその言葉に、今度はこっちが驚いた。
 毒気を抜かれた感じの彼の素の喋りは、綺麗な顔立ちに音楽的な声をしてるのに、凄くべらんめぇ調というか、荒っぽい感じだ。

「それよりよ。……そっちのソレ、お前が仕留めたのか」

 と、彼が指差すのは、猪だ。
 それから僕の、血濡れた短槍の穂先。

「はい、僕が」

 そう言うと、彼はちょっと眉をひそめた。

「お貴族さまみてぇな喋り方だな」

 え? ……と思ったけど、考えてみるとブラッドやマリーが生きていた時代から、200年経ってるのだ。
 200年といえば、戦国時代や鎌倉時代が始まって終わるくらいの年数経過だ。

 言語が変遷するには十分すぎる。
 古風というか古語調というか、そんな風に聞こえるのだろう。
 英語で言えばYou(あなた)というところを、Thou(そなた)と言うような感じなのかも。

「すみません。癖みたいなもので」
「……まぁ、いいけどよ。そんでソイツだ」

 改めて、イノシシの話に戻る。

「コイツは、俺の獲物だった」

 イノシシに刺さった矢を指さして、銀髪のハーフエルフが言う。
 矢羽根も、彼の矢筒の他の矢と同じ白いものだ。
 あまり時間を経ず、イノシシを追ってきたことからしても間違いないだろう。

「お前が、横から殺した」

 とどめを刺したのは僕だ。
 が、そう言わず、「獲物を横取りをした」と言わんばかりの表現をしているというのは……
 恐らく実際に、そうされることを警戒して、牽制しているのだろう。
 前世の癖でつい「すみません」とか言いそうになるけれど、一応避ける。

「そうですね。いきなり突っ込んできたもので、身を守るためにやむなく。でも――」

 これはつまり交渉事だ。
 対人交渉だ。

「とどめを刺したんですから、その分の権利は主張できますよね?」

 エルフか人間かは知らないけれど、集落にたどり着くきっかけになるかもしれない。



 ◆



 それからあれこれ交渉した。
 銀髪のハーフエルフはなかなかの交渉上手で、人と話すのが初めての僕は、まぁいいように翻弄されてしまった。
 外見は僕と同年代くらいに見えるけれど、エルフや、その血をひくハーフエルフは長命だというから、実はかなり年上なのかもしれない。

 それでもなんとか話し合い、解体を手伝う代わりに僕が刺した側の前脚と付け根の肉を貰う、ということで落ち着いた。
 ブラッドに習って僕も覚えたことだけれど、イノシシ一頭の解体というのは、けっこう面倒なのだ。

 ……まずは川に持って行き水に漬けて、血抜きして二人がかりで洗うところからスタートだ。
 大イノシシはどこかで泥浴を行っていたのか、毛皮が泥まみれだった。

「あ、くそッ! 欠けてやがるっ」

 と、骨に当たったのか、銀髪の彼がイノシシから抜いた矢の、その鏃が欠けていた。
 勿体なさそうにポケットに仕舞いこんだところをみると、金属製品は現在、この地域でなかなか貴重なようだ。

「破片ほじり出すぞ。肉にした後、誰か噛んじまってもつまらねぇし」

 川沿いの平たい岩を利用しつつ、鏃の破片を丁寧に取り出し、それから大イノシシの解体を始める。
 僕もブラッドから多少は仕込まれているけれど、この銀髪のハーフエルフはそれ以上の手際の良さだった。
 イノシシは皮下脂肪がおいしいから、いかに皮と脂肪のぎりぎりを削ぐかがナイフの腕の見せ所なのだけれど、それが恐ろしく正確で早い。
 彼が剥いでいる部分は、ほとんど皮に脂肪が残っていない。

「さて、と……」

 彼が大イノシシのアゴ骨の下から、ぐるりと首にナイフを入れた。
 脊椎まで通ったようなので、僕の方で頭を持ち、捻って反転させると関節が外れた。

「へぇ、解ってんな」

 にっと笑みを向けられたので、軽く笑い返す。
 後は彼が軽くナイフで肉や筋を切って頭部を切り離す。
 僕が大イノシシの死骸を仰向けに固定すると、彼は喉から尻まで腹側の皮だけを切りはじめた。
 深く切ると内臓を傷つけて……その、なんだ、腸や膀胱の中身とかがふきこぼれて惨事になるのだけれど、この手際なら心配ない。
 他に心配といえば、

「さて、コイツはオスだ。この時期ぁ、繁殖期だからな……棒とタマ剥がすけど、拍子にアレ吹きこぼすかも」
「や、やめろよ、絶対やめろよっ!」
「へへ。まぁちょっとは覚悟しとけ」

 幸いそういうこともなく、彼は手際よく剥ぎ取りを済ませた。
 そうしたらこちらは手斧で各所に切れ込みを入れて、肋骨を左右にバリバリと広げる。
 肛門の周囲や胸部、横隔膜を切り、腹膜を脊椎側まで剥ぎ取り……

「よい、せっ……と」

 彼が食道、気道を掴み一気に肛門側へ引っぱると、内臓がすべて一塊に取り出せた。
 手際がいい。
 これでおおよそ、前世の映画やテレビで冷凍されて吊るされてる「お肉」の状態にかなり近くなった。

 外した大イノシシの頭部に向けて、僕は手を組み祈る。
 ……ごめんなさい、ありがとう。大切に頂きます。

「敬虔だねぇ。……んじゃ、決め事通り、前脚一本はお前の取り分、と」

 彼は軽く肩をすくめて、茶化すようにそう言った。
 大イノシシだったお肉の前肩の、骨の継ぎ目の部分に鉈をうまく入れ、そこだけあっさりと切り離す。

「これで分配は終わりだな」
「だね」

 と、血まみれの手斧と鉈を手に、慰労の意を込めた笑みを交わし合う。

「……肝臓だけ食っちまうか、すぐ傷むしな」
「あ、なら手鍋あるよ」

 新鮮な肝臓は美味しい。
 冬の冷たい川で作業していたので、既に手はかじかんでいる。
 彼が流木を集めにいっているうちに、

「……《燃える(フラムモー)》《火炎(イグニス)》」

 いくらかの枯れ木に小声の《ことば》で手早く着火しておく。
 信頼出来ない相手ではない……と思いたいけれど、ガスの時代はともかく現在の社会通念の上での魔法の立ち位置も分からない。
 使えることは、いったん隠しておこう。

「うー……寒いなぁ」

 ブーツを脱いで、火に手や足をかざしていると、彼も戻ってきた。

「おお、寒」

 流木やらを投入して、同じようにする。
 なんとなくお互いに笑いあった。

「さぁ、お楽しみだね」
「おう」

 いそいそと手鍋をかざし、まずはイノシシの脂を投入。
 それが鍋の底に十分にひけたら、そこに切り分けた肝臓を入れてやり、更に岩塩を削り落としてまぶす。
 じゅぅ、と肉の焼けるいい匂いがする。

「地母神マーテルよ、善なる神々よ、あなたがたの慈しみにより、この食事をいただきます。
 ここに用意された食物を祝福し、わたしたちの心と身体を支える糧として下さい」

 目を伏せ、手を組む。

「…………マジで敬虔なんだな」

 銀髪のハーフエルフは、呆れたようにこちらを見ていた。
 理解できない、といった風だ。
 あんまり信仰とかがあるタイプではないらしい。
 でも普通に考えたら、前世の記憶がある僕が胡散臭がって、彼が敬虔な方が自然なんじゃないだろうか。
 祈りの最中ではあるけれど、そんなあべこべに、ちょっとおかしみを感じた。

聖寵みめぐみに感謝を。……いただきます」
「……っし、食うか」

 彼も胡散臭がっているとは言っても、流石にこっちの祈りを無視して手をつけたりはしなかった。
 祈り終えてから、二人して洗って拭いたナイフを鍋に突っ込んで、焼けたレバーを刺して持ち上げる。
 そして、湯気の立ち上るそれを、思い切り頬張った。

 ……熱い。旨い。
 ちょっと塩を振っただけの、肝臓の濃厚な味が、口の中にぎゅうっと広がっていく。
 なんとも、たまらない。
 冷えたビールが欲しいな、とか思ってしまった。

 彼の方も、気難しそうにシワの寄った眉間が、今はゆるんでいる。
 労働の後の食事は、ほんとうに美味しい。


 ――気づけばもう、日はだいぶ傾いていた。




 ◆




「はぁ? 道を聞きたいだ?」

 ひとわたり食事を終えてからそう言うと、予想通り怪訝な顔をされた。
 やはり最後に回して正解だった。
 この問いは少々、危ない。
 なんと言えばいいのか分からない、答えづらい質問を誘発しすぎるのだ。
 どこから来たとか、どういう所属だとか……

「……見慣れねぇ顔だし、お前、ホントどこのモンだよ」
「いえ、それが……説明しづらくて、なんと言ったらいいのか」

 どこの世でも、身元保証がないというのはやりづらいものだ。
 考えてみると人間、自分は無害だと自分で証明することはできないのだから、他人に保証してもらうしかないのだ。
 前世ならそれは戸籍とか身分証とかの社会システムで、この世界だと地縁なり血縁なり、ということになるのだろう。
 それがないということは、つまり、危険人物かもしれません、と宣言するに等しい。

 だけれど、誤魔化してもきっと見ぬかれてしまうだろう。
 ……よし、正直に言おう。

「南から来たんですが……」
「南だぁ? お前、ここが最南端だぞ」
「最南端?」
「人類進出の最南端。《南辺境大陸(サウスマーク)》の、《獣の森(ビースト・ウッズ)》だよ」

 《獣の森(ビースト・ウッズ)》とは、なかなか物々しい名前だ。
 さっきのイノシシもそうだけど、凶暴な獣が多いのだろうか。
 気をつけねば。

 ……そして、ホントになんて説明すればいいんだ。
 まさか3人の件や不死神の件までは語れないし、というか語ったところで単なる怪しい妄想野郎だろうし……

「それでも、南から来たんです。色々あって……」
「……あー、ひょっとして遺跡あさりの冒険者の類か?」

 遺跡あさり。
 そういえば道々、マリーやブラッドの時代の遺跡が手付かずだった。
 そういうものを発掘する職業があるのだろうか。
 だとすると、あの都市の遺跡で得たものでこれから生計を立てようとしている僕は、そう言えなくもない。

「はい、そんな感じで……」
「で、道に迷った、と」
「はい……」

 呆れたやつだな、と銀髪のハーフエルフは、ため息をついて僕を見た。

「こんなポヤっとした冒険者は初めて見たぜ……まぁ、いいや。
 このまま川沿いに下れば、2日もすりゃ、ちょっとした町に辿り着ける。
 持ち物はそこそこあるみてぇだし、そこまで行きゃなんとかなるだろ」

 頑張れよ、と彼はいかにも他人ごとだといった調子で言った。
 どうやら得られたはずの好感は、今の胡乱なやりとりですっかり失われかけているようだ。

「あ、あの。貴方の所属しているコミュニティには……」

 おずおずと申し出ると、彼は、とても険しい顔をした。
 長い溜息を一つ、それからギロリと睨まれる。

「……お前みたいな身元も目的も不確かで、しかも武装した奴ぁ、一時でも受け入れたくねぇよ馬鹿」
「ゴメンナサイ……」

 正論すぎて何も言い返せない。
 相手の立場に立てば僕でも嫌だよ、今の僕みたいなやつを自分の、たぶん小さなコミュニティに連れ帰るとか。

「だから、つけてくんなよ」

 気づけば日も傾いて、ずいぶん暗くなってきていた。
 彼は立ち上がると、イノシシを担ぎ始める。
 細身の体に見えるが、見た目以上に力があるようだ。
 鍛えているのだろう。
 この世界の鍛錬による身体能力の増強は、前世のそれを凌駕している。

「あ。灯り無しで大丈夫ですか?」
「お前に心配されることじゃねぇっつーの」

 彼が何事かをつぶやくと、森の奥からふわふわと、光の球のような何かが浮かんでやってきた。

「妖精……?」

 妖精だ。光の妖精。
 自然現象に介在して、その働きを助ける、かそけきものたち。
 図鑑で見たことはあったけど、初めて実物を見た。
 森の女神の眷属であるエルフは、妖精や精霊と親和性が高いというけれど、彼もそうらしい。

 妖精使いの骨子は、曖昧で気まぐれなものに対する感性と共感、そして受容だと、いつかガスの本で読んだ覚えがある。
 理論と知識と探求の古代語魔法や、信仰と戒律と、それに基づく行動の祝祷術とは、また異なる系統の神秘だ。

「まぁ、せいぜい野垂れ死ぬなよ」

 彼はそう言うと、イノシシを担いで、一歩一歩歩いてゆく。
 本当に久しぶりの、誰かとの会話だった。
 だからだろうか。何となく別れがたくて、ついその背中に、声をかけた。

「僕はウィル! ウィリアム・G・マリーブラッド! あなたは?」
「…………メネル。メネルドールだ。ま、もう会うことはねぇだろうが」

 そう答えると、じゃあな、と銀髪のハーフエルフ、メネルドールは歩いて行った。
 光の妖精に足元を照らされ、処理済みの大イノシシを担いで、一歩一歩。
 僕も、それをつけるようなことはせずに、見送った。

 血の匂いに獣がやってくることを警戒して、解体場所からある程度離れた場所に移動する。
 焚き火を焚きなおして、帆布とロープを木にかけて臨時のテントもどきを用意した。
 そのままいくつかの魔法でなるたけ安全を確保して、毛布を敷いて就寝する。
 貰った前足は明日の朝食だ。

 心配していたけれど、案外、ちゃんと生身の人と話ができた。
 メネル。メネルドール。
 確かエルフ語で、空の王と呼ばれた大鷲のことだっけ。
 ちょっと口は悪かったけれど、話していて楽しかった。
 彼はもう会うことはないと言っていたけれど、また会えたらいいな、と思いつつ、僕はゆっくりと眠りに落ちていった。



 ――その夜半、僕は突如、脳裏に閃いた啓示に跳ね起きた。



 フラッシュバックのように、頭のなかに閃光のように描かれたそれ。
 武器。
 叫び。
 混乱。
 血。
 血。
 死体。
 死体。
 死体。

 ……そして、銀の髪。



「――――《ルーメン》ッ!!」



 《おぼろ月(ペイルムーン)》の穂先に明かりを灯すとバタバタと装備を整え、僕は夜の森に向けて駆け出した。


 
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
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作品を継続するモチベーションとなっております。
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