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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 爽やかな風が吹き抜ける。

 朝靄に僅かに霞む、夜明けの丘の麓。広大な湖に沿って石造りの都市が広がっていた。
 古代か中世か、といった風だ。高い塔や、美しいアーチの連なる水道橋らしきものも見える。
 ……その全ては古び、廃墟となっていた。
 建物の屋根はところどころ崩れているし、壁の漆喰は無残に剥がれ落ちている。
 街路の石畳の隙間からは草が伸び、緑の蔓や苔があちらこちらで建物に絡みつき、張り付いている。
 かつて人の営みがあったであろう街並みが、まどろむように緑とともに朽ちてゆく。
 そのすべてが、昇る朝日にやさしく照らされていた。

 ……この、都市を見下ろす丘の上に、マリーとブラッドのお墓を作った。
 湖と、廃墟となった都市とが見渡せるこの神殿の丘には、沢山の思い出があるから。
 だから、ここにお墓を作ろうと思った。

「…………」

 簡単な葬儀も行って。
 墓石代わりに大きな石を置いて、それを墓標にした。

 またいつか、ここに戻ってきたい。
 マリーやブラッドにはもう会えないけれど。
 彼らが輪廻に還ったことは知っているけれど。
 でも、せめて、お墓に報告をしたいと思う。

 いつか見た、夢のように。
 友達や、家族を紹介したい。
 自分たちの子供はきちんと生きてるんだと、安心できるような。
 そんな大人になって、戻ってきたい。

「……だから、今は、少しお別れだね」

 両手を組んで、しばらく無言で祈り。
 いってきます、と二つの墓に語りかけた。


「もうよいのか?」
「……うん」

 頷く。

「……それでさ」

 それで、こういうこと言うのはなんなんですけどね。

「…………なんでガスは死んでないのさ」
「こりゃひどい。老い先短い老人の死を願うとは……鬼孫ッ!!」
「誰が鬼孫だよっ! 悲しいなぁ、もう! ……ただ僕は、ガスが死ねば溜め込んだ財宝は僕のものだと思っただけなのに!」
「鬼孫じゃ! 鬼孫が自白をしおった――ッ!」

 ちょっとしたじゃれ合い。
 あれこれあって隔たりができていたから、こんな風にガスとじゃれ合うのは、ずいぶん久しぶりだ。

「ふふふ。使い道のないお金に使い道を与えてやろうというだけの話じゃあないか、ねぇ、おじいちゃぁん?」

 嫌味たっぷりの調子で、わざとらしくそう言うと、

「うむ、それもそうじゃな。じゃ、持ってけ」
「へ……?」

 いきなり真顔に戻ったガスが袋を押し付けてきた。
 中をあらためる。
 朝日を照り返して金銀のきらめきが目に眩しい。
 金貨、金貨、銀貨、金貨、金貨、金貨……

「宝石はぶつけると欠けたり傷ついたりで価値が落ちる。管理に気をつけるんじゃぞ。
 盗難や水難に備えて、小粒のは服の中などにも縫い止めておくんじゃ」

 更に大粒小粒の宝石が個別にくるまれて入った袋。

「そして装飾品は重要な、『持ち歩ける財産』じゃ。
 治安の悪い場所や山林ではこれみよがしにつけず、そうでない場所では上品に装うのじゃ」

 指輪、腕輪、髪飾り。ボタン、ブローチ、ピン、ベルトどめ。
 宝石のついた飾り紐に、金糸銀糸の織り込まれたサッシュ。
 どれも極めて精巧で、洗練されたものだ。

「………………」

 わあ、すごい。一財産、って。


「なにこれぇぇえええ――ッ!!?」


 驚きのあまり思わずそれらを取り落としそうになり、あわあわと保持する。

「何ってワシの財産じゃ。無利子で貸してやるわい。上手く増やすんじゃぞ」

 そのための方法は教えたじゃろう、とガスはニヤリと笑う。

「や、でも、だって、だって……」
「回らず淀んだカネなど死んだも同じよ。ワシは淀んだカネは好かぬ。
 おぬしも言っておったろう? 『ちゃんと生きて、そして死ぬ』と」

 カネも同じじゃ、とガスは肩をすくめた。

「ちゃんと生かして、そして務めを終えるまで、淀まず回してやってくれ」

 それは、ガスなりの、こだわりなのだろう。

「ワシはもう、それを見ることはできんからのぅ……」
「ガス……」

 だから僕はぺこりと頭を下げると、その金銀財宝を受け取った。
 これが、ガスから受け取る最後の……



「まぁ、あと10年はワシゃ逝かんが」



 …………は?



 ◆



「いや、そら、じゃってな? ……《上王》の封印守護の問題があるじゃろ」

 デーモンなんぞに解放されたらことじゃぞ、とガスが言う。

「じゃから昨晩、啓示を下してきたおぬしの神とちょっと交渉してじゃな。
 不死神が調子取り戻す10年先までは、この都市で彷徨ったままでいる許しをもろうた」

 僕は、魚みたいに口をぱくぱくさせた。
 な、なにやってんの、この人……!?
 ていうかグレイスフィール様もなにやってんすか! いや必要なのは分かるけど!

「一応、所属としてワシはグレイスフィールの遣いみたいな感じに変わっとるらしい」

 確かによく見ると、ガスから不浄な気配が薄れている。
 むしろ、神聖な霊っぽい気配だ。
 ……でも、だったら、

「あの2人は、それを望まなんだそうじゃ」

 その考えを読んだように、ガスが言った。

「あと10年を与えられたら、欲が出る。未練が出る。
 10年いられたなら、もう10年。あと10年。せめておぬしが逝くまで一緒に……
 そう考えてしまうと分かっていたからこそ、あやつらは逝ったのじゃ」

 あいつらも格好をつけておったが、心のなかは泣いて喚いたおぬしと同じよ、とガスは言った。

「………………」

 そう言われると、何も、言えない。
 あの2人は……あの2人は、ずるをしなかったのだ。
 最後まで。その方法が、あると知りつつ。

「……こんな欲の出る立場は、この老いぼれ1人で十分じゃ」

 そう言って、ガスは肩をすくめた。
 確かに、ガスならそれができるだろう。
 ゆうゆうと封印の守護者を務め上げ。
 期日の10年目が来た、となったら、一言の不服も申し立てずにあっさりと逝くに違いない。
 ……ガス爺さんは、いつだってロックなのだ。

「10年たった後は……封印は、どうするの?」
「それまでにおぬしが考えよ、とのことじゃ」

 ……神さま、酷い丸投げです。

「グレイスフィールへの信仰は、外ではやや廃れておるらしい。
 わしらへの介入だけで、かなりの力を費やしたそうじゃ」
「……え?」
「灯火の神の未来も、おぬしの頑張りにかかっておるな」

 気づくとどんどん、有形無形の荷物が増えていく。
 こ、これが苦難の運命というやつか……!!

「……ま、ともあれカネは必要じゃろう。持ってけ持ってけ」
「うん。なんかやることが色々あるみたいだからありがたくもらいます……」

 改めて、金銀財宝を荷物の各所に含めて調節しなおす。
 厚手の上下。革手袋に頑丈なブーツ。大きくポケットの多い背負い袋にベルトポーチ。あと替えの靴を一足。
 毛布やら手鍋やら保存食や水袋、作業用のナイフと手斧、懐中筆に羊皮紙、ロープに着替え一着に、野営用の厚手の帆布。
 細かいとこだと気付け代わりの若干の火酒や、針と糸に大小の布、岩塩の小さな塊なんかも大事だ。

 鎧は不死神戦で百の英雄の1人が装備していた、《真なる銀(ミスリル)》の鎖帷子シャツを拝借した。
 何がいいといって、これが極めて軽いのだ。
 頑丈なのに、ほとんど鎧を着ているという感覚がない。

 鎖帷子を隠すように更に薄手の一枚を羽織り。そこに更にフード付きのマントを羽織り、ガスのくれたマントどめで留める。
 フードの布の間には《守りのことば》を書き込んだ護符を縫いこんで、いざとなればマナを共振させてある程度、頭部を守れるようにした。
 不死神に目をつけられてしまったので、荷物重量と装備強度の両立は急務である。
 無限にアイテムが入るストレージとか、あったらほんとうに便利だよなぁ……と前世のコンピューターRPGを思う。
 まぁ、そんな都合のいいものは無いので、無いなりに頑張るしか無い。

 そして武器は短槍の《おぼろ月(ペイルムーン)》、片手剣の《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》、そして円盾だ。
 《おぼろ月》はガスのくれた飾り紐を穂先の根本につけたりして、ちょっと綺麗に装ってやる。
 《喰らい尽くすもの》に格で劣るとはいえ、初めての戦利品だし便利だしで、コイツには愛着があるのだ。……愛着があるのだ!

 逆に不死神戦で活躍してくれた《喰らい尽くすもの》は、申し訳ないが古びた布と柄革を巻くことになる。
 ……ブラッドの言うように、あまりに格が高い上に効果が凶悪すぎて、抜くに抜けない危険物なのだ。
 メインウェポンとして普段使いするようなものじゃない。あくまで奥の手だ。

 円盾は携行するか迷ったのだけれど、地味に何度も役に立ったので、これがない状況を考えると怖い。
 盾というのは地味だし、前世の漫画とかじゃ軽視されがちだったけれど、実際あるとないとでは大違いだ。
 一応携行用に、ベルトをつけて楽に担げる感じにしてあるけど、重量負担はけっこうありそうだ。

 ……これらの旅装は、以前から整えて準備していた。
 マリーとブラッドの2人が、ずいぶん協力してくれたのを覚えている。

「…………」
「のう、ウィルや」

 最終確認を兼ねて荷物を整理しなおし、二人の事を思い出してしんみりしていると、ガスが声をかけてきた。

「おぬしも外の世界に出るなら、一応、名乗る姓が必要じゃろう。
 ウィリアムという名前は2人がつけたで、姓のほうはワシがつけてやろうと思うが、どうじゃ」
「? ……ガスがそんなこと言うなんて、珍しいね。うん、いいよ」

 特に拒否する理由もない。
 ガスからの最後の餞別と思って、受け取ることにする。

「では、エルフやハーフリングの一部の部族の習慣にのっとることにしようかのう」

 へ? エルフやハーフリング? 何でまたそんな……



「それら部族では、父母の名を重ね己が姓とする」



 ガスは厳粛な表情で、僕に対してそう告げた。

「マリーブラッド。……おぬしはウィリアム・マリーブラッドじゃ」

 言われて。
 口の中で、その言葉を転がしてみる。
 マリーブラッド。
 ウィリアム・マリーブラッド。
 ……なんだか、あつらえたように、しっくりきた。

「2人の名前を連れて、行くがよい。ワシはもう、放浪は十分に楽しんだからのう」

 あとは親子水入らずで楽しんでくるが良いと。
 《彷徨賢者》と呼ばれた老人が、肩をすくめる。

「うん、ありがとう。……とっても気に入ったよ、その姓」

 荷物の最終確認も終わった。
 ベルトポーチを巻きつけて剣を吊るし、背負い袋やらの荷と盾を担い、短槍を持つ。
 身体能力はけっこうあるけど、荷物の量が量だ。けっこうな重みが来る。

「……よし。それじゃ、元気でね。また来るよ」
「うむ」

 僕はガスとあっさりと別れを交わすと、丘を降り――
 振り返って、


「――あと、ミドルネームにGって入れておくよ!」


 と手を振りながら叫んで、にやりと口の端をつりあげてみせた。

「バカモン! わしの頭文字はAじゃ、授業で何を学んどったんじゃこの!」

 ガスの笑い声が聞こえる。

「だって、ガスはガスだよ!
 オーガスタスおじいちゃんなんて呼びにくくてしょうがないや!」

 けらけら笑い返して、そう叫んだ。

「ふん、なら仕方のない孫じゃのう!
 ……では、さらばじゃ。ウィリアム・G・マリーブラッド!」
「さようなら、ガス! またいつか、絶対!」

 お互いに手を振り。
 それから、前を見据えると。

 振り返ることなく、僕は歩き出した。
 都市の傍らにある湖から続く川には、それに沿うように古びた街道の跡がある。
 とりあえず、北に続くこれに沿って、下っていってみよう。


 ――燦然たる朝の光を浴びながら、僕は外の世界へ向けて歩き出した。




      〈最果てのパラディン  第一章:死者の街の少年 完〉
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