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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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 ――僕と、彼女の話は、夕暮れまで続いた。
 その会話についてまで仔細を記すと長くなってしまうけれど、互いに昔の話を語り合い、マリーやブラッドのことを懐かしんだ。
 くすりと笑みがこぼれる時もあれば、涙の滲む話もあり。

 それは、なんだか、夢のようなひとときだった。

「さ。夫が召されてからは、ずっと私の守り刀にしていましたが……お返しします、どうぞお納めくださいな」

 そしてその話の終わり頃に、僕は一振りの短剣を受け取った。
 作法通り、拝見致します、と一言述べて、僕はその短剣を抜き払った。

 ――夕日に、きらりと短剣の刃が輝く。
 実戦向けの無骨な拵えは、もうずいぶんと古びているし、それなりに実用もしてきたのか刃は幾分か研ぎ減りしている。

 彫金された《ことば》は、頑強さを増したり切れ味を良くするありきたりのもの。
 それに加えてひときわ目立つのは、《幸運(ボナム・)を祈る(フォルトゥナム)》の儀礼的な二語。
 おおむね平凡な剣に平凡な《しるし》を刻んだ、ありきたりの品、と言ってもいいだろう。

「ああ……」

 けれど僕には分かる。この剣が、ただのありきたりの品ではない点が、ただひとつ。
 用意にかけられたのは短い時間だったろうに、ガスはずいぶん、気合を入れて彫ったようだ。
 ……どの《しるし》も、彫金だというのに極めて正確に、一部の狂いもないお手本のような形で刻まれている。

 きっとこの短剣を誰に見せても、『名剣』という評価はされないだろう。
 けれど、丁寧な仕事のなされた『良い品』であると評価しない人もないだろう。
 極めて実用的な短剣でありながら、幾分かの幸運を招く護符(アミュレット)

「いい、短剣ですね」
「そうね。……本当に、何度も助けられました」

 少しだけ、受け取っていいのだろうか、という思いがちらついた。
 きっと彼女にとって、この短剣はご夫君との大切な思い出で……そして一生涯を共にしてきた、相棒のようなものだろう。

 ……けれど、受け取らないとそのご夫君との約束に区切りがつかない、というのも事実だ。
 だから僕は刃を鞘に納め直すと、立ち上がって一礼する。

「確かに返却して頂きました。――ありがとうございます」
「……あら、まだ全てではありませんよ? お金のほうも――」
「いえ、流石に二百年経てば、大抵の法で権利は消滅しますから。短剣だけで結構です」

 そう。実のところ法的に言うと、三人の債権はとっくに無効だ。
 あくまで区切りとして取り立てにあがるだけで、流石に利子つきで満額返してもらおうとは思っていなかったし、ガスもそれでいいと言っていた。

 ……なにせ未だに暴力的で突発的な災害も多く、貸し倒れのリスクの大きいこの世界の一般的な利子というのは、けっこうな割合をしている。
 そんな世界の一般的な利率で、仮に二百年ぶんの利子を複利で算定してみると、そりゃもう計算するのも馬鹿みたいな金額になってしまう。

 この世界の法にも、消滅時効に類似する概念くらいはあるのだ。
 そんなおかしな額を請求しても、「そもそも二百年間、いっさい督促のなかった債権なのだから権利は失効している」の一言で終わる。
 だから――

「返すつもりはありますよ?」
「…………」

 ちょっと、まさかの展開だった。

「もちろん満額を支払うことは不可能ですけれど。他のあらゆる形で、恩は必ず返させて頂きます」
「えっと、あの、僕は取り立ての代理で」
「それでもあなたがいらっしゃらなければ、私は失意のうちにこの命を終えることになったでしょう」

 上品な仕草でコップを取り、一口。
 ――そして彼女はにこりと笑う。


「良いですか? ――ウィザーズダガーの家門は、決して恩を軽んじません」


 強い語調ではない。けれど有無を言わさぬような、そんな意気の篭った声だった。

 僕は思わず、苦笑してしまった。
 なんてことを見落としていたのだろう。

 この人はただ儚く美しいばかりの人ではない。
 二百年を生きてきた……生き抜いてきた、強い人なのだ。



 ◆



 帰ってエセル殿下やトニオさんに報告すると、彼らは僕の肩をそっと叩いた。
 なんというか、「でかした」という言葉が口にのぼらんばかりの、本当にいい笑顔をしていた。
 ……お二人には多分、今回の一件で迷惑をかけたので、何かの助けになれば良いのだけれど。

 そして、その翌日の昼下がりのこと。
 前触れもなくサミュエルさんが訪問してきた。

 彼は装いこそいつもながらの伊達ぶりだったのだけれど、表情はだいぶお疲れの様子だった。
 若干頬がこけている。

「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だが風神はホントいつかぶん殴る」

 どうも裏で何かしていたらしい。
 風神さんに、また相当にこき使われたようだ。

「もう当面、何言われても聞かねぇぞ俺は……啓示も神託もくそくらえだ」
「……いいんですかそれ信徒として」
「いいんだよ、自由の神なんだから。なんでもハイハイ言うこと聞いて差し上げる行儀のいい奴なんぞワールの信徒にあるまじき、だ」

 言われてみればそうかもしれないけれど。あー……

「だから啓示にいちいち手練手管を使うんですねワール神……」
「それだよ」

 自由奔放で手綱を受けない人たちのゆるい集まりだからこそ、どっちが上とか下とか命令系統の構築とかに意味が薄い。
 だから自発的に動いてくれるようにあの手この手を尽くす。
 尽くさないでただ命令しても突っぱねられるだけだし、過度にこき使えばストライキだって起こる。

 彼らの関係は、常に互いの自由を前提とした取引なのだ。
 ……なんというか、これはこれで一つの在りようなのだろうけれど、ある意味すごく民主的で、ある意味すごくめんどくさい。

「ま、流石に風神ももう分かってるだろうからな。これ以上なにかこじれないかぎりは、しばらくは放っておいてもらえるだろ」

 なんもかんも当面は休業だ、とサミュエルさんは肩を竦めた。
 それから表情を改めると、僕の肩に腕を回し――

「それよりだ、重要なことがある」
「重要なこと?」

 思わず首を傾げてしまう。
 重要なこと。
 重要なこと。
 何かあっただろうか? 喫緊に処理すべきこととしては――

「まさか何かまた悪魔がらみとか?」
「違う。それだよ」
「それ?」

 僕はわけがわからず目を白黒させて。

「結局お前、ぜんぜん遊んでねーだろ。花の都に出てきておいて、遊びも知らずに帰るつもりか? この堅物男」
「…………」

 サミュエルさんは、ニヤリと笑い。
 僕は目を白黒させた。

「あらゆるロクでもない遊びと冗談と大酒と馬鹿なやらかしの守護神たる風神の名にかけて、聖騎士さまには少々悪い遊びを覚えてもらわないとなァ」
「い、いや、僕は神さまに身を捧げてまして――」
「ほほう、誤魔化すか? 誤魔化しにきちゃうか? 灯火の神さんは遊興を禁じてないよなぁ?」
「う……そうですけど!」

 誤魔化しはできる。嘘はつけない。
 ブラッドには悪い遊びも覚えろとか言われたけど、あんまりそういうタイプじゃないのだ!

「こう、なんか怖いんですよ夜遊びとか!」
「ハハハ、俺がついてるだろ? たまには付き合えよダチだろ俺たち!?」
「友情を盾に悪い遊びに引きずり込むとか割と最低ですね!?」
「いまさら知ったか、遅いな! 基本、俺は決闘趣味で浪費癖持ちの放蕩息子だ馬鹿め!」
「ま、待って待って待ってください! ていうか悪い遊びとか、セシリアさん大丈夫なんですか!?」
「ククク、いいか? ウィル。よく聞け、大事な言葉を教えてやろう」

 と、サミュエルさんは表情を改める。
 真面目な顔に真面目な声音で――

「バレなきゃ問題ない」
「最低だ――ッ!?」

 叫ぶ僕をずるずると引きずり、サミュエルさんは歩いてゆく。
 僕も万全の調子ではなかったし、そのまま引きずられ――



 ◆



 だいぶ煤けた、木組みの天井が見える。
 視線を下ろせば賑やかな人の声、黄色い嬌声、笑い声、荒っぽく注文を叫ぶ濁声に答える店員の声。
 テーブルの上には塩漬け肉やら潰した芋にチーズをまぶして焼いたものやら、塩っ辛くて油っ気の多い料理。

 ――気づいたら、僕は繁華街の酒場でお酒を煽っていた。
 これで何軒めだったっけ、記憶が怪しい。

 最初はたしか止めようとしていたように思うのだけれど、あれやこれやと説得されてまぁ少しならとか考えて付き合って気づいたらズルズルという実によくある流れだった。
 肩を組んではあちこちずるずると引きずり回され、お酒を飲んでいるうちに、気づいたら僕もだいぶ酔っていた。
 向かいで飲んでるサミュエルさんもだいぶ酔っている。

「ていうかさっきの店! お前キャーキャー構われやがってクソ、遊んでねーとかいいつつ馴染みの空気じゃねーか!」
「だから何度か施療したことある人たちだって言ってるでしょー! そりゃ優しくしてくれますよ当たり前でしょー!」

 お店が賑やかなので、必然ひっぱられるように大声になる。

「ていうかあんだけ囲まれて誘われて紳士ぶってんじゃねーよ! 尻くらい撫でろよ!」
「あれは紳士ぶってたんじゃなくて緊張して気後れして動きが取れなくなって無難な対応に終始してただけですー!」
「自慢げに言うことかー!」

 襟首をひっつかんでガクガクと揺さぶられる。
 お返しに背中をバシバシと叩く。
 後ほどお酒が抜けて冷静になった時に頭を抱えてしまったくらい、そりゃもう見事な酔っ払いぶりだった。

 笑い合ったり怒鳴り合ったりしながら、色々な話をした。
 武術や鍛錬の話とか。
 今の生活の話や、家族の話。

 サミュエルさんは家名と同じサンフォードという港町の出身で、お母上を早くに亡くされて、故郷にはお父上がいるのだという。
 少し病弱だけれど、人が良く話し好きで、屋敷が大きくて。
 さまざまな地域から流れてきた人たちを食客を抱えていて、サミュエルさんはその中で育ったのだとか。
 話しぶりからも、彼がお父上を敬愛していることが伝わってきた。

「俺が武芸を覚えたのも、腕白が行き過ぎてた子供の頃の俺を父上がどついて、食客連中の鍛錬に放り込んでくれたおかげでなぁ」
「ああ、ごった煮だと思ったら――」

 彼の剣は北方風の足さばきから南方風の切り込みをしてきたり、かと思えばいきなり東方の剣筋が混じったり。
 それどころか、時々なんか軽業師みたいな武術じゃない系統の雑技っぽい跳躍や体術も見せる。
 本当にとらえどころが無いと思っていたのだけれど、そういう来歴ならば納得だ。
 でも――

「名代として都に出ときながら、そんな放蕩してて大丈夫なんですかー」
「たまに手紙で滾々と説教食らうー」
「駄目じゃないですかー」
「いちおうそうなったら慎むんだよ、しばらくはなー」
「重ねて駄目じゃないですかー」

 そう突っ込むと、サミュエルさんは「だよなぁ」と、へらりと笑った。
 顔もすっかり赤くて、だいぶ酔いが回っている。

「けど親父、そうなるとセシリアにも頼むからさぁ。……様子とか、見に来てくれるんだよ。叱ってくれたりしてさぁ」
「ああ、そういう……」

 僕はその言葉に、納得した。
 構って欲しい、愛情を確認したい、言ってみればそういうことなのだろう。
 度が過ぎればちょっと問題があるけれど……そこはサミュエルさん本人も自覚はしているだろうし、突っ込むまい。

 ――と、その時、酔った僕の頭はそこまで思考していただろうか。
 多分してなかった気がする。むしろツッコミが思い浮かばず、ごくごく普通に流してしまった疑惑も濃い。

「つーか、お前はどうなんだよ、お前はぁ。気になる女とかさぁ」
「いないことは、ないですけど……」
「ないけどなんだよ」

 僕たちはずいぶんと酔っていた。
 だからだろう。


「――自信がないんですよ」


 本音が、ぽろりとこぼれてしまったのは。
 ……サミュエルさんはその言葉を聞いて、一瞬、黙った。
 多分、何のごまかしでもない本音だと、伝わったのだろう。

「…………どういうことだ」
「どういうことだも何も、自分に自信がないんですよ」
「マジかよ。無敵の英雄さまだろうがよ」
「マジですよ」

 皿の上の、適当な芋を口に放り込む。
 酸っぱいし塩っ辛い。酢と塩がききすぎている。
 顔をしかめ、咀嚼して、飲み込む。

「ねぇ、サミュエルさん。敵を上手に殺せるからって、誰かを幸せにできるんでしょうか」
「…………」
「僕は、ダメなやつです。ダメなやつでした」

 ワインを煽る。
 多分、何かの花弁とはちみつに漬け込んで水で割ったそれは、不思議に華やかな味がした。

「あんまり人を幸せにできるとは、思えないです」

 マリーとブラッドを思い出す。
 あの二人は満たされていた、幸せそうだった。

 ダガー伯家のおばあさんを思い出す。
 連れ添う相手を喪って、それでもなおあの人は、幸せだと言えるだろう。
 それだけのものを、連れ添った相手から受け取ってきたのだ。
 ――たとえば僕に、彼女の夫君みたいなことが、できるだろうか?

「何も、できる気がしません。……その上、敵がいっぱいいて、恨みも買って、多分これからも増えて、何度も戦うことになって――」
「…………」

 当然、家族なんて真っ先に狙われる。
 きっと僕は生き残れるだろう、僕だけなら。
 竜の呪いがあるのだから。

 重ねて自分に問う。
 幸せにできるだろうか?
 ……心の底の泥沼で、「無理だ」と大きな泡がぼこりと弾けるような呟き。

 握った角杯が震える。滲む。

「だから――」
「よし飲め」
「んがっ! んぐ――」

 いきなり口に角杯をねじこまれた。

「ぷは――っ! ちょ、何するんですか――!」
「いいじゃねーか、飲め! っつーかお前、酒飲んでなに暗く考え込んでんだよ馬鹿になれ馬鹿に!」
「ちょ、やめ、やめ……もー、おーこりーますよー!」
「おーう、やってみろやー! って、そいやお前とは半端な条件で一勝一敗だったな、そろそろ雌雄をつけとくかぁ!」
「うっわこっちがまだ怪我残ってるのいいことに――!」
「うるせぇ武略だ武略ー」
「でもいいですよやりますよ挑まれたなら逃げないですよー」

 喧嘩だ喧嘩だ、などと囃し立てられる声。
 どけられるテーブル、無数の野次と煽りの声。
 灯りのランプのゆらめき、無数の人影。

 お互い、何かを叫んでいた記憶がある。
 記憶は途切れ、細部はもう思い出せない。
 ただ、不思議と不快な記憶ではなかった。

◆小説家になろう 勝手にランキング◆
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