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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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 ――それはいつかの決闘の再現だった。

「……っ!」

 サミュエルさんは《空ゆくもの(スカイウォーカー)》の名の通り、極めて俊敏で精密な剣士であり、風神の加護厚い神官だった。
 複雑な建物を立体的に跳び回り、一度も足を滑らせないその軽業は風神の加護もあるのだろうけれど、多くは鍛錬に由来する身軽さなのだろう。
 追い回すヴァラキアカの風の爪を、次々にくぐり抜け、一度もつかまることがない。

「風よ!」

 そして彼の祝祷の顕現は、まさに疾風の如く。
 一瞬の祈りとともに現れた《聖なる盾(セイクリッドシールド)》は、しかし僕のそれのように固くはない。
 粘りを帯びた柔らかな風の層が、ゆるやかな弧を描くようにして、風の爪を逸らそうとして――

「ふん」

 無理矢理に引き裂かれた。

「く、ぉ……っ!」

 サミュエルさんがギリギリのところで回避。
 ヴァラキアカが追い打ちのように炎熱の翼を叩き込む。

「お、おおお……!」

 かろうじて受け、しかしサミュエルさんは通りへと落下。
 けれど――

「なかなか巧く逃げよる」

 彼は祝祷で熱を逸らしつつ、器用にも建物の端にフック付きのロープをかけて跳び、大きく距離を取ることに成功したようだ。
 周囲、ぼんやりと、再び攻撃の機を伺う気配がある。

 先程から、何度も繰り返されるそんな攻防。
 ……いつかの決闘を、大規模に再現した形だ。

 剛が柔を断ち、力が技を圧倒してゆく。
 原因は明白だ。出力の桁が違う。

 真なる竜の唱える《創造のことば》の持つ力は、圧倒的だ。
 風の爪はさながら竜巻のように、周囲の建物を倒壊させ。
 白熱する炎の翼が一振りされるたび、熱風が吹き荒れる。

 と、ヴァラキアカの立つ建物の屋根。
 その周囲の通りから跳ね上がるように、襲い来る気配は八つ。

 僕の体を荒っぽく振り回し、ヴァラキアカは風の爪を、炎の翼を振り回す。
 全てが直撃。
 けれど霧散するのは、いくらかの瓦礫と加護の風で作られた身代わりだった。

 直後、突風とともに屋根瓦が巻き上がり、屋根を破ってサミュエルさんがヴァラキアカへと突きかかる。
 巧い! 懐に飛び込んだ! と、僕は意識のみの状態で、快哉をあげた。


 ――六大神として多大な信仰を集める風神ワールの加護は、幅が広い。


 商業や博打を司る神としての契約、利運の加護。
 旅や偵察、盗みの神としての健脚、器用の加護。
 そして戦神としてのワールの加護は、おそるべき俊足と数々の幻惑、そして急所を射抜く一撃をもってその特徴とする。

 ヴァラキアカにとって、僕の体は借り物だ。
 いくら出力の桁がおかしくとも、近い間合いでの攻防となれば、遅れをとることもあるはずだ。

 そして僕は、だいぶ血を失っているのだ、さらなる出血を強いればいくら竜が乗っ取っていようが止まる。
 止まれば拘束し、何かしらの対応が取れる。
 ……一撃でも出血を強いれば、サミュエルさんが勝ちをもぎとれる。

 サーベルの切っ先が眉間に迫り、ヴァラキアカが首を振ってかわす。
 直後、刃を引く動きとともに、首筋を掻き切ろうとしなるサーベル。
 必殺のタイミングだ。

「……っ!」

 けれど次の瞬間、サミュエルさんは目を剥いた。
 僕の腕がしなり、ちょうど首狙いの引きがくる瞬間に、手の甲で刃の側面を叩いたのだ。
 まさかの捌き。サーベルが跳ねる。

「おおッ!」

 しかし刃が翻る、額を狙った打ち下ろし。
 ヴァラキアカは足を引いて半身にかわす。
 直後、護拳(ナックルガード)での殴りつけを払い、足を狙った踏みつけとともにサーベルの間合いよりも更に懐へ飛び込もうとする。
 けれど踏みつけが外れる、その動作で翻った彼のマントが顔にかかる。視界封じ。

 マントがかぶさったまま近い間合いで火花が散るような瞬速の攻防。
 ばちり、と弾けるような音とともに、少し間合いが離れる。
 視界が戻る。けれど――

「……なぜ」
「疑問か? ……竜たる我がなぜ人の、それも徒手の技など、と」

 訝しげなサミュエルさん。
 ニタリと口元を歪めるヴァラキアカ。


「単純だ。――この男の、体が覚えておる(・・・・・・・)

 

 ◆

 

 まさか、と思った。
 けれど追って、ありうることだ、とも思った。

 僕の戦い方は、体と頭を切り離すタイプの戦い方だ。
 実戦となれば役立たずの頭を切り離し、鍛錬で体に定着させた動きに身を任せる。
 それをもし、ヴァラキアカがある程度でも引き出せるならば――

「つまりは、《最果ての聖騎士》の戦技を使える竜、ってか。……無茶苦茶も大概にしろよ」
「クハハ……」

 再度の突進。
 サーベルが翻る。

 北方の剛壮な技かと思えば、東方風のトリッキーな動きに移行し、目が慣れた頃には突如として正統派の騎士の剣技。
 虹のような剣筋を、しかし僕の体は捌いてゆく。

 ――鍛えた肉体すら、もはや僕の敵だった。

 幾つもの多彩な戦技と祝祷を駆使し、サミュエルさんは神代の竜に身を乗っ取られた僕を止めようと奮闘する。
 しかし。


「ああ、そうだ。……我が、わざわざ貴様に付き合う必要は、なかったなァ?」


 ヴァラキアカが、ニタリと笑う。
 硫黄の臭いも強く、瘴熱の吐息をこぼしながら、ヴァラキアカはサミュエルさんの一撃を打ち払い、大きく跳ねる。
 そして宙で、炎の翼を羽ばたかせると――滑空。

 その先にあるのは……まだ、悲鳴と混乱の声が響く、大通り。


 ――まずい。


「……っ、てめ……!」

 サミュエルさんに動揺の気配。
 追走しようとしているようだけれど、追いつかない。

 風が起こる。
 ばらばらと吹き飛ぶ屋根瓦、陶器の割れる音。
 更に悲鳴、混乱。


 ――まずい、これは、まずい。


 先だっての僕と悪魔との闘争、その破壊音で多くの人が逃げ出して生じた、大都市の中に本来存在しない真空のような無人地帯。
 そこを、ヴァラキアカは、踏み越えようとしていた。

 無辜の人々を襲うことを、ヴァラキアカは躊躇しない。斟酌すらしない。
 それどころか、生存すら望んでいないだろう。

 ……あれほど、己が竜であることを全うしようとした、誇り高き竜だ。
 僕の体を乗っ取って、隠れて逃げて生き長らえて、やあ命拾いしたものだ――なんて思考は、どう考えたって唾棄すべきものと感じるに違いない。
 であればもう、することは一つだ。


 ――邪竜は聖騎士に討たれ、しかし聖騎士を呪い、取り憑き、国を滅ぼし世を乱し、ついに勇士に討たれて散る。


 ヴァラキアカが求めるのは、そういう結末に違いない。

 僕の体で、己の力を誇示するように盛大に暴れて、殺して、食らって。
 城や都市の三つや四つ、あるいは国ひとつすら火に包んで。
 そうしていつか、神々の遣わす戦士たちに殺される。
 恐るべき竜として後代まで語り継がれる、最後のひと暴れ。

「クハハ……ッ!!」

 歴史に己の名を刻むための、鮮血のインクを求め、ヴァラキアカは翔ける。
 いくつもの屋根が流れるように眼下を過ぎゆく。

 大通りが見える。
 沢山の人々がいる。
 恐怖の、絶望の視線が突き刺さる。
 悲鳴と絶叫が聞こえる。

 ――これから何が始まるのか、分かっているのに。
 僕は閉じ込められて、何もできない。
 誰かの助けになることも、誰かに助けてもらうことも。

 意識が歪む。
 前世の記憶、暗い部屋が蘇る。

 僕の意識が、黒い泥へと呑まれてゆく。

 フラッシュバックする記憶。
 呻きを上げる。
 苦しみ、のたうつ。

 僕の意識が、黒い泥へと呑まれてゆく。

 行き場のない焦燥が胸を焼く。
 苦しい。ひどく苦しい。

 僕の意識が、黒い泥へと呑まれてゆく。

 けれど、何もできない。
 何もできない。

 僕の意識が、黒い泥へと呑まれてゆく。

 何も。
 僕には、もう、何も。
 何をすることも――できない。

 ついに意識が、暗黒の沼に全て沈みそうになった時――



【――――本当に(・・・)?】



 澄んだ声が、確かに聞こえた。
 励ます声ではない。
 疑問気な声ではない。

 なぜ(・・)分からないのか(・・・・・・・)と。

 叱るような、拗ねるような。
 無口な彼女らしい、たった一言。


 ――――ああ。


 そして僕は、思い出した。
 もう何もできない僕が、けれど、それでもできること(・・・・・・・・・)を。

 

 ◆

 

「ぐ、ガ…………」

 ヴァラキアカが苛立つような声をあげる。
 がりがりと、風の爪が“それ”を引っ掻く。

 けれど“それ”は動かない。
 壊せない。揺るがない。

「貴様……貴様ッ! 《最果ての聖騎士》よッ!! 肉の身を奪われながら、貴様……クハハ! 本当に、しぶとい(・・・・)!」

 ヴァラキアカの前には、壁があった。
 夕日が落ち、ワイン色に染まってゆく空の下、それでもほのかに明るい――灯火を思わせる、光の壁。

「ガァッ!!」

 炎の翼が叩きつけられる。
 火の粉が飛び散る。
 それでも壁は、灯火の壁は揺るがない。


 ――僕は、祈りを捧げていた。


 どうか、人々をお守り下さい。
 どうか、竜の道行きを阻んで下さい。

 灯火の神よ、偉大なる流転の女神よ。
 あなたにすべてを捧げます、どうか、この祈りをお聞き届けください。

「オオオオオオオッッ!!」

 繰り返しの打撃。
 それでも壁は壊れない。

 たとえ意識だけになったとしても。
 練磨した肉体のすべてが奪われ。
 魔法を使うための喉も指もなく。
 できることが何もなかったとしても。

 それでも、祈ることはできる(・・・・・・・・)
 神さまとの繋がりを、思い出すことができる。
 与えて頂いたものに、感謝することができる。


 ――人は、心ある限り、祈ることができるのだ。


 だから、ひたすらに信じ、祈る。

 初めのように、今も、世々に限りなく。
 御身の祝福が、地を照らしますように。

 
「■■■■■ッ! ■■、■■■■――ッ!!」

 
 《ことば》が弾ける。
 破壊の渦動。
 火炎。
 雷撃。
 氷塊。

 灯火の壁が軋む。
 それでも僕は祈り続けた。

 我が君、我が女神、我が灯火。
 ――終わりの日まで、私のすべてを捧げます。

 流転の灯火よ、魂を見守る君よ。
 世界を照らし、闇を退けたまえ。

 ひたすらに繰り返す祈り。
 その没我の集中のなか――

 
「……奪った体の持ち主に、通せん坊を食らったってところか」


 声が聞こえた。
 気づけば辺りにはすっかり人がいなくなっていて――無人の町並みの屋根の上に、サーベルを担いだサミュエルさんがいた。

「風神の使徒か。ふん、貴様の相手をしている暇は――」
「なぁ、お前さん、すっかりチンケな盗人をあしらったつもりだろうが……」

 サミュエルさんは、わざとらしく竜の言葉を無視して、首を傾げた。

こいつ(・・・)は砕けなかったよな。ウィル……聖騎士殿の時は、槍を叩き砕いたと聞いてるが」
「ほう……?」

 ゆっくりとサーベルを掲げ。
 ヴァラキアカを前にして、サミュエルさんは堂々と語る。

「という事は、だ。――ひょっとして、今のお前さんと俺との間に、お前さんが言うほどの力の差は無いんじゃないか? まして今なら聖騎士殿の助勢も期待できそうだ」

 神代の邪竜の片鱗を前に。 
 それでも、彼の守護する神のように、飄々と、軽やかに。

「だから聞くんだけどよ。付き合う必要はない――じゃなくて」

 笑っていた。彼は、笑っていた。
 そして、不敵に笑たまま、


「付き合うのが、怖いんじゃないか?」


 そう言い放った。
 神代の真なる竜、《災いの鎌》が、人間の体に押し込められた程度で、盗人ごときから逃げ出すのかと。
 その恐怖の来歴の最後に、「逃走」の文字を刻むのかと。

「…………」
「ハハハ、図星か? 図星だったら世の終わりまで物笑いの種だぜ? なんてったって俺の神はワールだからな」

 こんな滑稽な話は絶対に見逃さねぇ。
 絶対に世の果てまで言い触らすに決まってるね。

 滑らかに肩を竦め、そう語るサミュエルさんだけれど、その身構えにはまったく油断がない。
 彼はヴァラキアカに足を止めさせるために、その名誉に訴えかけているのだ。

 そして――

「よかろう、風神の使徒よ。……汝を侮るそぶりを見せたことだけは、謝罪しよう」
「ハッ、ありがとよ」

 ヴァラキアカは、それを理解し、理解した上で足を止めた。
 僕の体が、竜を思わせる獰猛さで牙を剥く。
 サミュエルさんが笑って、サーベルを構えた。
 優美な曲線を描く刃が、冴え冴えときらめく。

 
「――名を問おう、剣士よ。
 我が名はヴァラキアカ。《神々の鎌》にして《災いの鎌》。そして瘴毒と硫黄の王にして溶岩の同胞はらから
 その翼が世に残せし……わずかばかりの残影ざんえいよ」

 ヴァラキアカが、いくぶんか、複雑な感情の滲む声で名乗りを上げ。
 けれど、

「……問われて名乗るもおこがましいが。潮風香る港の霞、黒の覆面素顔を隠し、風巻く都の夜働き。
 神の先触れ風神の、その先触れの曲者の、義賊と噂高札に、回り人呼び――《空ゆくもの(スカイウォーカー)》」

 レイピアの切っ先を天に向けたまま、柄や護拳の部位を顔の前に持ってきて、礼の仕草を取るサミュエルさんを見て。

「善なる神々と名誉にかけて、恐るべき竜よ。アンタに決闘を申し込む」

 その名乗りを聞いて、ゆっくりと、ヴァラキアカの口元がつり上がってゆく。

「クク――なるほど。汝もまた、勇士」

 風の爪が、ミシリと空気を歪める。
 炎の翼が、轟々と燃え盛る。



「……我が爪で殺すに足る者よッ!!」



 叫びとともに、ヴァラキアカは突進した。



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