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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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「……くだらん負けを喫したものよな」

 僕の声で。
 僕でないものが、ひどく、つまらなさそうにつぶやく。
 瞳が爛々と輝き、瞳孔が爬虫類のような形へ変化しはじめていることが、なぜか、知覚できた。

「む……」

 『それ』は一歩を踏み出そうとして――ふらり、とよろめいた。
 あまりにも負傷しすぎている。

「■■■――」

 応急処置とばかりに、幾らかの《ことば》で血だけは止めた様子だけれど、そもそもの話、血が足りないのだ。

 そして。
 加うるに、恐らく『それ』はもう――

「我が身はこれ泡沫うたかたの夢、かつて我を為した《ことば》の残響、か……」

 少しだけ、幾つかの感情の篭った声で、そう呟いた後。
 それ以上拘泥する様子もなく、『それ』は、フン、と鼻を鳴らす。

「……だが、良かろう」

 ニタリと、粘つくような、ほの暗い感情の篭った嗤い。

「竜とは勝利者を呪い、破滅をもたらすものなれば」

 呟きと同時。
 『それ』は僕の体を荒っぽく操り、傷だらけの腕を振る。

 背後から飛びかかってきた数体の悪魔を、『それ』は風の爪であっさりと引き裂いた。
 あるものは首をもぎ取られ。
 あるものは胴を裂き腸をえぐり出され。
 あるものは股から頭頂部まで真っ二つに引き裂かれた。

「ハハ……クハハハ!」

 悪魔たちが、まったく相手にもなっていない。
 知覚が、動作が、異常なほどに冴えていた。

 更に幾体かの悪魔が連携を取り、攻めかかってくる。
 建物を遮蔽に、弩を放ち、前衛は撹乱に徹し――


「はッ!」

  
 ――嘲るように吐き捨てられた一息とともに、風の爪が伸び、奔った。
 燃え上がる建物の二階から弩で僕を狙っていた悪魔が、建物ごと(・・・・)引き裂かれて崩れ落ちる。
 周囲を巻き込む、耳を聾するような崩落音。
 巻き込まれる悪魔たち。

 そうだ、誓いを立てた僕ならばともかく。
 『それ』が、無粋な襲撃者を撃退するのに、周囲のことなどいちいち考えるわけがない。

 舞い上がる粉塵、そして火の粉。
 視界を遮るそれらのすべてを一瞥し、『それ』は深く息を吸い――


「オオォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 強烈な吠え声。
 建物数軒がまとめて崩落したことにより生じた莫大な粉塵が、まるで巨大な掌にでも払われるように弾けた。
 まるで水路に水を巡らせるように、風に乗って街路を駆け巡っては吹き飛んでゆく粉塵。

 煉瓦や陶器の割れ砕ける音。
 悲鳴と絶叫が、遠方より何重にも響き渡る。

「クハハ……!」

 その叫びに気を良くしたのか――


「■■■■、■■■■――!」


 周囲で燃え上がる炎を《ことば》一つで全て束ねて翼とし、『それ』は飛翔した。
 瞬きの間に、夕暮れの街の上空へ。

 宙に浮かぶ『それ』の姿は、人々の目にも明らかとなる。



 ――炎の翼を背に、風の爪を携えた、黄金の瞳の魔人。



 目撃した、あるいは声や気配を感じた多くが、ただそれだけで恐慌に陥った。
 狂乱するか、竦み上がるか、バタバタと不格好に手足を動かし逃げ出すか――あるいは意識を失ってゆく。

 混乱は加速する。
 何が起こっているのか理解も追いつかず、わめき、泣き叫ぶ人の声。
 それら全てを睥睨しながら。


 
「クハハ、ハハハハハッッ!!」

 

 『それ』は――邪竜ヴァラキアカは、哄笑した。



 ◆


 
 半ば呆然としていた僕の意識も、この段に至っては事態の深刻さを十二分に認識する。

 ヴァラキアカだ。
 《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》によって身の内に取り込んだ、邪竜の生命いのち

 それがまだ、僕のどこかで、眠っていたのだ。
 そして今になって――僕の生命の危機に、目を覚ました。

 ――こんなものが、町中で解き放たれて良いはずがない。
 焦燥とともに動作を止めようとして……僕は、愕然とした。

 止まらない。
 足も、腕も、指も、何一つとして思いのままに動かない。
 意識と、肉体の間の線が、すっかり断線してしまったかのように。
 悪夢の中、ただただ展開するおぞましい光景を眺める時のように。

 何も、できない。
 何ひとつ。

「ハハハ……」

 そんな僕の驚きを、焦りを。
 そして足掻きを、あざ笑うように。

「とんだ結末になったものだなァ、《最果ての聖騎士》よ」

 ヴァラキアカが、粘つくような声で呟いた。

「もはや貴様の肉の身は、貴様のものに非ず、というわけだ」

 それは実に愉しげな声だった。
 邪竜としての己を全うすることに、あれほどの意地と執着を見せたヴァラキアカだ。
 ……このような機会、見逃すことも、手を緩めることもありえない。

「どれ――」

 だから邪竜が悪意をもって何かを始めることは予測はできていて。
 それでも――

 
「血が、足りぬなァ……?」

 
 その視線が。
 その視線の先が、彼女の方を向いた瞬間、僕の意識は凍りついた。

 ルナーリアが。
 僕が――僕が、聖域のうちに閉ざしていってしまった、彼女が。
 驚愕と、恐怖の表情で、僕を見ていた。

「贄の乙女、とはゆくまいが……なに、血肉であるには変わりあるまい」

 ヴァラキアカがつぶやく。
 肉体から切り離された、僕の意識へ。

「苦しみ、悶え、ついには途絶えるその声。その熱き血潮と、柔い肉の味わい……久方ぶりよなァ」

 愉しげな声。
 気づけば彼女は、結界越しにすぐ目の前に居て。

「っ、ウィル……?」

 びくりと、怯え竦みながら。
 竜の放つ瘴気の向こう、異形と化した僕を見る。

「ウィル、あなた……いえ、違う。ウィルじゃないのね?」
「クク……然り、然り」

 恐怖の色も濃く。
 けれど気丈に問いかける彼女に、ニタリと笑いかけながら、ヴァラキアカは結界に爪をかける。
 莫大なマナの込められた風の爪が、祈りを込めた聖域を、ゆっくりと引き裂いてゆく。

「さて、どうしてくれようか。指からゆくか、腹からゆくか……それとも、足からか」

 舌なめずりをするヴァラキアカに対し。
 ルナーリアは、目を伏せ、震える体を押さえ込むように、胸の前でぎゅっと両手を重ね――

「……あの人を、どうしたの?」

 確かな声で、問いかけた。

「ほう。我が身よりも、あの男の心配か?」
「そうね。私は、どうされたって仕方がないわ」

 相応のことをしてきたもの、と彼女は呟いた。

「けれど、あの人は駄目よ。――ウィルは、ここで死んでいい人じゃ、ないもの」

 そうして彼女は、ルナーリアは……黄金の瞳を、見据えた。
 歴戦の勇姿たちでも怖気を催す竜眼を。
 まっすぐに。

「私のことは、どうしてもいいわ。――済んだら、お願いよ。彼を返して」

 それは、いかにも哀切を誘うような声音で――けれど嘘の気配のない、真実の言葉だった。
 その嘆願を耳にして、

「ク、ククク……クハハハ!!」

 ヴァラキアカは、笑いだした。
 声高らかに、愉快げに。

「どうしてどうして、面白い! 素晴らしい! 贄の乙女にふさわしいではないか! よかろう――」

 ルナーリアの瞳が、一瞬、輝き――


「それを無情に喰ろうてこその、竜よ」

 
 そして、絶望に染まった。

「さぁ」

 やめろ。

「聖騎士よ」

 やめろ。
 やめろ。

 
「ともに味わおうぞ、なァ――?」」

 
 爪が、彼女に、かかってゆく。
 肉体と断線したまま、僕は怒りと絶望と叫びをあげ――


 そして、鮮血が噴き上がった。

 

 ◆



 ぱっくりと切り裂かれた傷から、赤い血が吹き上がる。
 ぼたぼたと辺りに撒き散らされる鮮血。

 けれど、それは――

「ちッ!?」

 それはついに邪竜の圧に耐えきれずに意識を失ったルナーリアのものではなく、ヴァラキアカの乗っ取った、僕の体から零れ落ちる血だ。
 ヴァラキアカが乗っ取り、竜鱗なみとはいかないまでも更に固く、強くなったであろう僕の体を切り裂く、妙技の一閃。

 ヴァラキアカが、迎え撃ち、風の爪を振り回す。
 けれど、それが斬撃の主を捉えることはなかった。

「…………これでも急いで駆けつけたつもり、なんだが」

 軽やかな、着地の靴音が響く。

 目元を隠す覆面に、鍔広の帽子。
 鍛えられた肉体に、動きやすそうな黒の上下に、魔獣の甲殻を使用した部分鎧。
 幾つもの《ことば》が編み込まれた様子の魔法のマントは、いったい幾体の立ちふさがる悪魔を切り捨ててきたのか、悪魔が還った塵の残骸や、鉤裂きや焼け焦げで汚れていた。

 優雅な曲線を描く、抜き身のサーベルを携えた彼は――

「くそ……すまん」

 《空ゆくもの(スカイウォーカー)》サミュエル・サンフォードは、僕の様子を見て、痛ましそうに口元を歪めた。

「ほう、風神の使徒か」

 逆につり上がったのは、ヴァラキアカの口元だ。
 万全とはいえない体調において現れた、突然の強敵にも、竜はまったく愉快げだった。

「――我が爪を阻むとは、覚悟あってのことか?」
「無いね、まったく無い。うちの神さんが大慌てで叫び散らして急げ言うもんだから、必死に走ってきたが――」

 肩をすくめ。

「街のど真ん中で、人のナリした竜と出会うなんて、覚悟してるわけがねぇだろう」

 そう呟くサミュエルさんの声音に、余裕はない。
 足はいつでも跳躍できるように弛められ、探るように構えられたサーベルを握る手には、適度な緊張。
 目は僕の全体をぼんやりと見据えるようにして、突進よりも左右への移動を意識した開き気味のスタンスで、重心は前がかり――完全に、絶対的な格上相手の身構えだった。

「や、しかし、ひと目で竜と分かったぜ。その黄金の瞳、その咆哮――いやはや、神話の竜ってのは実にスゲェな、思わず息を呑むっつーか」
「よく回る口だな?」

 ヴァラキアカが笑った。

 
「――時を稼ぐか(・・・・・)

 
 何気ないその一言に、サミュエルさんが硬直した。

「確かに、この騎士の身はこれ満身創痍。時を稼げば血が流れ、意識は遠のき動作は冴えを失う」

 牙を剥くような笑み。
 口元から、こふ、と硫黄の臭いの混じった瘴気が溢れ出た。

「我を破りし聖騎士には一枚劣ろうが、おぬしも卓抜の戦士。ゆえにこそ、理解しておるのだろうな」

 炎の翼をはためかせ、一歩一歩、無造作に間を詰める。
 それだけで――サミュエルさんは、三度も背後に跳躍し、大きく距離を取った。
 それを臆病だとは、誰も言うまい。

こんなものを相手に(・・・・・・・・・)勝機なぞあるものか(・・・・・・・・・)、と。……カハハ! それが理解できるだけでも、悪魔どもよりも上等よな!」

 ヴァラキアカは嗤いながら、無造作に風の爪を振るう。
 その余波だけで、辺りの建物が三、四軒、轟音とともに倒壊する。

「さあ、付き合うのは終わりだ。戦いが始まるぞ? どうする? 何を見せる?」

 単純な攻撃に見えるけれど、破壊の範囲も威力もヴァラキアカ本来の爪なみだ、冗談にならない。
 必死の形相で回避し、倒壊する壁を避けて後退するサミュエルさん。

「っ、我が神に願い奉る――」

 跳躍を繰り返し、退き、次々に繰り出される風の爪をかわし、瓦礫をサーベルで捌きながら。
 彼が早口で、何かの言葉を唱え始める。

くしびなるかなや風神の御手! 幸いなるかなや風神の息吹!」

 それは《創造のことば》ではなく、神を称える言祝ぎの言葉。
 祝祷術の、その応用のひとつ。
 世に己が守護神の威光を顕現させるための、略式の儀式。

()つ風()つ風(なな)つ風! 綾なし結び、来たりて穿つらぬけ!」

 その声に応じるように、ヴァラキアカが深く息を吸う。
 サミュエルさんが、足を止め、サーベルを構え。


「――風神のきっさきよ!」


 その瞬間、光が溢れた。
 凄絶を極める市街の戦場にあって、一瞬、妙なる風の調べが辺りを満たし、薄く輝く美しい、巨大な光の刃が彼のサーベルへと重なる。
 祝祷により顕現した神の刃、その切っ先が、ヴァラキアカへと迅雷の速度で突き出され――

 
「《破壊よ在れ(ワースターレ)》」


 たった一言。
 たった一言、ヴァラキアカが口にした《ことば》。
 その理不尽なまでに強力な渦動に巻き込まれ、捻じ折られ、あっさりと砕けた。

 光の刃が、雪華のように煌めきながら舞い散り、瓦礫の上へ溶けるように消えてゆく。

「奥の手はそれか?」

 首を傾げるヴァラキアカ。

「風神の刃であれば、上古に実物(・・)と相対したものよ」

 神々すらもその威を怖れた、神代の邪竜。
 その顕現を前にして――

「……神よ救い給え、としか言いようがねぇなこりゃ」

 サミュエルさんが、苦々しげに顔をしかめた。



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