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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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 ぱちぱちと、薪の爆ぜるような音がする。
 燻る黒煙、家々を舐める火炎。「火事だ」とか「逃げろ」とか「悪魔だ」という叫び声。

 ――夕暮れの街の一画は、地獄めいた争乱の渦中になりつつあった。

「あ、あ……」

 蒼白のルナーリアの顔を、揺らめく炎が照らす。
 彼女が原因となったわけではないにしろ、関わった謀がこれだけの事態を招いたのだ。
 思うところはあって当然だろうけれど――

「大丈夫」

 僕は、つとめて笑って、そう言った。

「え……?」
「なんとかなるよ」

 言いながら、抱えた彼女を下ろす。
 そっと、傷つけないように。

「…………ウィル?」

 ルナーリアの表情が、歪んでゆく。
 怪訝そうに、そして何かに気づいたように口元を抑えて――

「ウィル」
「きっとなんとかなるから、大丈夫」
「駄目。……駄目よ」

 不思議と、思考は落ち着いていた。

 いつかこんな日が来るんだろうなとは、ずっと思っていた。

 ――こういう誓いを立てた以上、僕を殺すにはこういう手に限る。

 僕が思いつくのだ。
 僕を殺そうという敵だって、それは思いつくだろう。
 だから僕は、多分こういうふうに死ぬのだと、心の何処かで分かっていた。

 死ぬつもりで、戦うわけではない。
 実際に――遠方、微かに戦いの気配がする。

 誰かが悪魔の囲いを破り、こちらに接近してきているのだろう。
 けれど、それも遠い。おそらくは間に合わないだろう。

 だからここからはもう、生きる目はさほど多くはない。
 この場で踏みとどまって戦う以上――相応の確率で、僕は死ぬ。

 神さま……

「どうか、ご加護を」

 祈りを捧げると、ルナーリアを囲うように淡い輝きの結界が生まれる。
 高位の守りの祝祷、《聖域の祈り(サンクチュアリ)》だ。

 ――これで当面、彼女に危険は無い。

「ウィル……!」

 けれど彼女の表情に、安堵の色はなかった。
 彼女の白い手が、結界を何度も、何度も叩く。

「待ってよ……なんで……っ!?」

 涙を浮かべ、

「私のせいなのよ!? 私が悪いの! なのになんで、あなたが、そこまでしなきゃならないのよ……!」
「悪いのは悪魔だよ」

 叫ぶようなルナーリアの問いに、僕はつとめて落ち着いた声で言った。
 それからゆっくりと、微笑みを浮かべる。
 できればそれが、あんまり歪んでいないといいなと思いつつ。

「それに、聖騎士が、悪魔を前に引き下がれるわけが――」
「怖がってるじゃない!」

 ああ、誤魔化せないか。

「痛いって、嫌だって、逃げたいって……思ってることくらい、分かるわよ! なのに、どうして……!」

 言われて。
 僕はふと、懐かしい言葉を思い出した。


 ――損をすることもあるでしょう。理不尽に責められることもあるでしょう。
 ――助けた人に裏切られ、行った善行は忘れ去られ、築いたものを失って、多くの敵ばかり残るかもしれません。


 あの日の微笑みを。


 ――それでも、人を愛してください。
 ――善いことをしてください。
 ――損を恐れず、壊すより作り、罪には許しを、絶望には希望を、悲しみには喜びを与えてあげて下さい。

 ――そして、あらゆる暴威から弱い人たちを守ってあげて。

 
 僕は、忘れない。
 けして、忘れない。
 だから――

「なんとかするよ」

 と、僕は笑った。
 多分まだ、表情はだいぶ歪んでいたのだろう。

 そんな僕の顔を見て、何を思ったのか。
 結界の隔て越し。ルナーリアが、壁にすがるように、力なく膝をつくのが、振り返る視界の端に見えた。
 ちくりと、胸が痛む。

 けれど、もう、戦う他はないのだ。

「――……」

 最大の弱点であるクリプトナイト鉱石を相手取るスーパーマン。
 幾重もの呪いや策略により衰弱しながらも、最後の戦いに挑むカルナやクー・フリン。
 ああいう物語のヒーローというのは、本当に凄いことをしていたのだな、と思う。

 ――備えていたはずの力を、十全に発揮できない戦いに臨むのは、こんなにも怖いことなのだ。

 触手を蠢かせる《隊長級》タルピダと、それが率いる幾体もの悪魔たちに向かい合い――そして、身構える。
 悪魔たちは口々に、ノイズめいた叫びや唸りとともに、武器を構えつつ後退、散開を始めた。
 恐らくまともに打ち合わず、散りながら火を巻き、遠巻きに僕を嬲る狙いだろう。

 分は、たぶん相当に悪い。
 3:7か、2:8か……多分、そんなところだ。
 ヴァラキアカとの戦いほど絶望的な分の悪さではないけれど、逆にそれが現実的な恐怖と危機感を煽る。

 竜のように圧倒的な絶望へ、すべての力を投じて正面から挑みかかるのではない。
 悪意と苦痛を煮詰めた釜へと、手足を縛られながら、じりじりと引きずり込まれてしまうような。
 そんな感覚のなか。

 
「――流転の女神(グレイスフィール)の、灯火にかけて!」


 僕は再び、戦いへと身を投じた。



 ◆



 ……粘つくタールの沼でもがくような、悪夢めいた戦いだった。
 状況は、刻一刻と悪くなっていく。

 屋根の上を駆け、壁を蹴飛ばして路地に飛び降り、

「■■■――!!」
「ひぃ……っ!」

 市民を襲う悪魔を蹴り倒し、

「逃げてっ! 風上へ!」

 避難を呼びかける間にも、

「《火炎の矢(サギタ・フラメウム)》ッ!」

 あちこちの屋根で、悪魔たちが火矢の呪文を唱え、あたりに火矢をばらまく。

「《氷結の矢(サギタ・グラシエス)》!」

 とっさの応手で、幾条も放たれるそれに、追尾の《しるし》を加えた氷結の矢をぶつけて相殺。
 夕暮れの中空で、燃え盛る赤と澄んだ青の軌跡が衝突し、弾けた。

 けれど《ことば》を唱え、《しるし》を描けば、どうしてもそこで動作が停滞する。
 そしてその瞬間を狙って、

「シャアァッ!!」

 白刃をきらめかせ、あるいは鉤爪を構え、屋根や路地の影から襲いかかる複数の《兵士級ソルジャー悪魔デーモン
 躱しきれず、捌ききれない。
 竜の因子の頑強さに任せて、いくらかを強引に腕や胴で受ける。

「ぐ……」

 食い込む刃に呻きつつ、捌き、剣を奪い、切り返す。
 けれどその間にも、また。

「ギヒヒ……! 《火炎の矢(サギタ・フラメウム)》ッ!」

 めらめらと火が燃え広がり、街に燃え広がった火勢が拡大してゆく。
 飛び火が始まれば、もう手に負えない。

 悪魔たちを捌く。
 焦りながら屋根に駆け上がる。
 両手を広げ――

「《火は風(ヌトリートゥル)に養われ(・ウェントー)》、《風に(ウェントー・)よって(レスティンギトゥル)消える(・イグニス )》……ッ!!」

 喉も枯れよと、《火伏せのことば》を叫ぶ。
 轟々と風が渦を巻き、周囲に燃え上がろうとしていた火炎が火勢を減じる。

 けれど、

「っ……!」

 この《ことば》を唱える代償として、僕の脇腹に弩の矢(ボルト)が深々と突き立った。
 最初、痛みはなかった。衝撃と、奇妙な異物感。
 そして、腹部から生えるようにして突き立つその矢柄を見た瞬間――

「う゛、ぐッ!!」

 灼けるような、強烈な痛みが来た。
 奥歯を噛み締め、必死に堪える。
 涙が滲む。

 だって――

「う゛、ううう……ッ!」

 まだ、走らなければならない。
 お腹から弩の矢(ボルト)が生えていようが、呪いが体を蝕もうが。
 悪魔たちの注意をひきつけ、戦わなければならない。

 剣を振る。
 悪魔の腕を、足を、切り飛ばす。
 奇跡を盾に、魔法を矛に。

 街路を駆け回り、跳び回り、悪魔たちと戦い続ける。
 ズキズキと、腕や腹に太い釘を叩き込まれて掻き回されるような激痛。
 刺さった弩の矢(ボルト)から、失血が続く。

 ――もう十分やっただろう。

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 ――もう膝を折ってもいいはずだ。

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 ――ほら、もう走れないだろう?

 そんな言葉が幾度も脳裏をよぎるのを、「走れる」と頭のなかで繰り返し自分に言い聞かせ、無理矢理にねじふせる。
 跳躍。散った悪魔を追う。

 《隊長級コマンダー》タルピダが、屋根の一つに立ち、鉤爪を構えている。
 ――あれを仕留めれば。

「っ、あ゛あああああああああッッ!!」

 全身の余力を絞り上げるようにして、矢のように突進。
 悪魔から奪った剣で、タルピダに斬りかかろうとした、その瞬間。

 どッ、と太腿に衝撃が走った。
 覚えのある感覚だった。

 ……弩の矢(ボルト)

 誘い込み、視野が狭くなった瞬間、横合いからの一撃。
 完璧にやられた。

 足が言うことを効かず、姿勢を崩す。
 屋根を滑り落ち、真っ逆さまに転落し――衝撃。

 かろうじて受け身は取ったものの、全身に衝撃。
 更に脇腹に刺さった弩の矢(ボルト)の端が石畳に当たり、体内で鏃が捻じれる。
 体内を、内蔵をかき回す矢の異様な感覚。


「――――…………ッッッ!!」


 もう悲鳴も出なかった。
 石畳の上で悶え苦しむ。

 傾いた視界の中、人々を襲う悪魔の姿が見えるけれど……もう、体が動いてくれない。
 口の端から血泡をこぼしつつ、それでも、立ち上がろうとするけれど。

 落ちた僕を追って、周囲に着地したタルピダを始めとする悪魔たちが、武器を振り上げる。
 四方から振り下ろされる、竜殺しの呪いの篭った鋼の刃。

「…………ぁ」

 駄目だ、詰んだな、と。
 頭の中の冷静な部分が、そう呟いた。

 ……奇襲され包囲され、立てた誓いを利用されて、実力を発揮することなく袋叩きにされて、殺される。

 ふと、不死神が知ったら悲憤しそうな状況だな、と思った。
 彼女は案じてくれていたのに、悪いことをしてしまった。

 でも、それでも。
 同じ状況になったら、何度でも僕はこうするだろう。
 あの優しい神さまに、誓ったとおりに。

 走馬灯めいてよぎる、そんなとりとめもない思考。
 その間にも、自らの流す血だまりの中、鍛え抜かれた体は足掻く。

 たとえもう、生存の目が残っていなくても。
 数秒後には殺されるのだとしても。
 それでも、振り下ろされる刃をかわし、あるいは捌き、生きる目を探そうとして――けれど、振り下ろされる刃をどうにかする余力なんて、僕には一欠片もなく。

 悪魔たちが呪詛めいた叫びとともに、僕に向けて刃を叩きつけ――


 そして――どくん、と心臓が強く脈を打った。


 気づけば、僕の意識はどこか、闇の中にいて。
 そして爬虫類めいた黄金の隻眼が……ゆっくりと、目を見開くのが、確かに見えた。


 
 ◆


 
 刃が煮え立つ(・・・・)。 

 比喩ではない。
 倒れた僕の体に向けて振り下ろされ、その身を切り刻むはずだった呪いの刃が、沸騰し、見るも無残に溶け落ちていた。

 まるで――まるで、溶岩(・・)か何かにでも、突っ込んだように。

「ナ――!?」
「――ギィイイイッ!?」

 混乱し、叫ぶ悪魔たちを、僕の意識はどこか遠くから眺めていた。

 ――僕の体が(・・・・)僕を無視して動く(・・・・・・・・)

 動けないはずの傷であるにもかかわらず、発条ばね仕掛けのからくりのような動作で、恐ろしく俊敏に跳ね起きる。
 体が瘴気をまとい、瞳が怪しい輝きを帯びた。

「■■■■■――ッ!!」

 涸れた喉が、知らない《ことば》を叫ぶ。
 腕を一振りすると、間合いの外にもかかわらず、周囲の悪魔の頭があっさりと弾けた。
 マナが凝り、凝集した風の爪が悪魔たちの頭部を薙ぎ飛ばしたのだ。

「キ、サマ――!?」

 かろうじて回避したタルピダが叫ぶ間にも、変貌は進む。

「■■、■■■■」

 また、幾つかの知らない《ことば》。
 それだけで、あれほど厄介だった弩の矢(ボルト)の呪いが、引き毟るように剥ぎ取られる。

 しゅぅぅぅ、と口の端から漏れる呼気は灼けるような熱気を孕み、濃い硫黄と、瘴毒の臭いがした。

「マサカ……マサカ! 貴様――」

 悪魔が呻く。
 僕の顔を歪め、僕の声で、何かが愉快げに笑う。

「クク……クハハ……」

 どこか覚えがある、その声。
 その存在の、名は――

 
「ヴァラ――……」


 タルピダがその名を叫ぼうとした瞬間。

「■■■……」

 その右腕が一瞬で赤熱し、弾けた。
 あまりにも、あっさりと。

「ガァアアアアアアアッッ!!?」

 炭化した腕をおさえ、苦悶のうちに後方へ跳ぼうとするタルピダ。
 しかし、僕の中で荒ぶる『それ』は、そんな月並みの逃走を許さない。

 息を吸う。
 肺に呼気を貯める、いずこかから湧き上がる瘴熱が体の内で渦を巻く。



「オオオオオオオオオオオオオ――――ッッ!!」



 次の瞬間、巻き起こったのは、咆哮というのも生易しい何かだった。

 僕の肉体を中心に、石畳が捲れ上がる。
 周囲の建物が巨人の拳を受けたかのように大きく揺れ、ぼろぼろと漆喰が剥がれ落ち、鎧戸が外れて落ちる。

「ガ、ヒ……」

 真正面から咆哮を受けたタルピダが、必死に逃げようとする姿のまま硬直し――

「ふん……」

 歩み寄った僕の肉体が、その胸を貫き、五指で心臓を掴み取ると、あっさりと塵に還った。
 遠く、人々の恐慌の絶叫が聞こえる。

 この叫びを、僕は知っていた。
 それは本能に根ざした恐怖。
 それは生きとし生けるものを狂奔させる、絶対者の咆哮。

 ――《竜の吠え声(ドラゴンロアー)》。

 
 
 

 いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
 色々と文章や展開に悩み、更新だいぶ遅れてしまいまして申し訳ありません。
 ゆっくりとでも、確実に進めてゆきたいと思います。

 また宣伝を一つ。
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 どうかよろしくお願いいたします。
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
評価やブックマーク、感想、レビュー等、本当にありがとうございます。
作品を継続するモチベーションとなっております。
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