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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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「つかまってっ!」 
「んっ」

 ルナーリアを左腕で抱き締め、抱え込みつつ、僕が最初に選んだ行動は跳躍だった。
 斜め後ろに跳ねて、涸れた噴水広場の壁際へ移動する。

 弩は構えて撃つ以上、まともに狙いをつけて射撃可能な角度には自ずと限界があり、よって真下に近い角度を狙い撃つことは困難だ。
 壁際を確保すれば、警戒すべき範囲は円から扇状に狭まる。

 と同時に、頭上に更に《聖なる盾(セイクリッドシールド)》を展開。
 ばちり、とまた強烈な弩の矢(ボルト)の炸裂音。

 落とし仔(スポーン)たちが僕たちを追うように膝をたわめ、剣を構え。
 来るか、と思った時だ。


「《竜よ(ドラコ・)、滅ぶべし(デレンダ・エスト)》――」


 ホシバナモグラに似た《隊長級コマンダー》、タルピダが淀んだ声で唱えたのは、未だ竜が世界に満ちていた時代の古き魔法、《竜滅のことば(ドラゴンベイン)》。
 いびつな人形めいた落とし仔(スポーン)たちが構える武器に、次々に《ことば》によって収束したマナが凝ってゆく。

 古い時代の魔法使いたちが用いた、竜やその眷属に対する破壊力を高める《ことば》。
 竜の因子を有する僕に対しても、恐らくかなりの効果が見込める術だ。
 そして対抗、相殺するために神代の竜たちが用いた《ことば》は、既に《失われたことば(ロスト・ワード)》となっている。

 それこそ邪竜ヴァラキアカであれば、対抗魔法も知っていたのだろうけれど――
 残念ながら今は竜の去った現代で、ヴァラキアカも死んでいて。
 《竜滅のことば(ドラゴンベイン)》を唱えられる魔法使いさえ珍しいのに、《竜滅のことば(ドラゴンベイン)》を破るための《ことば》だなんて誰も覚えてはいないのだ。

「ギイイィィィッ!!」

 落とし仔(スポーン)たちが、竜殺しの剣先を揃えて突っ込んでくる。
 ぬとりと黒い粘液のまぶされたそれは、間違いなく毒剣。
 あのいずれの刃で刺されたとしても、生死に関わる。

 左腕に抱えたルナーリアの体から、震えと緊張が伝わってきた。
 だから、僕は――


「お、おおっ!!」


 気合を入れて、いつも通りに肉弾戦を挑むことにした。

 小さく悲鳴をあげるルナーリアを左に抱えたまま、右手を前に左斜め前に跳躍。
 出せる最高速で左端の落とし仔(スポーン)に接近、突き込まれた刃を右の掌で小さい円を描き、腕と手首の捻りでコンパクトに外に払う。
 そのまま剣を握る手首を掴み、引き寄せ、

「らあッ!!」

 剣をもぎとりざま、その体を、横蹴りに蹴り飛ばした。
 砲弾めいて蹴り飛ばされた落とし仔(スポーン)が、仲間を巻き込んでドミノ倒しのように転倒する。

「《落ちる(カデーレ)》《蜘蛛網(アラーネウム)》!」

 そこに蜘蛛糸(ウェブ)をかぶせて離脱を妨げると同時、僕は奪い取った剣を振りかぶり、網をかぶった落とし仔(スポーン)たちに銛のように叩き込む。

「~~~~~~~ッッ!!!」

 串刺し。絶叫。
 飛来する弩の矢(ボルト)を回避。

 更に敵の二波に向けて、

「《走る(クルレレ)》《あぶら(オレーム)》」

 分厚い(グリース)を走らせ行動制限。
 転倒する悪魔たちに構わず、指運により狙いを定める《しるし》を描き、


「――《雷条(トニトルス)》ッ!」


 普段はあまり使わない攻撃魔法を、先程からの射撃で特定した弩の射手のおよその位置に向けて叩き込む。
 弩の金属に誘導された雷撃が、矢狭間へと吸い込まれ、断末魔の絶叫があがった。
 そのまま淀みなく、《聖なる盾(セイクリッドシールド)》を再展開して守りを固める。

 鍛え抜いた体は、まるでよく整備した機械装置のように。
 数多の懸念をよそに、いつも通りに動いてくれた。

 悪魔たちの、表情が歪む。



 ◆



 ……毒に呪いに弩に、希少な竜殺し魔法。
 おまけに傍らには、ルナーリアという守るべき存在。
 なるほど本当に、僕という人間を殺すことしか考えていない布陣だ。

 死ぬ可能性は十分にあるだろう。
 剣で斬られたら死ぬ。
 矢が当たったら死ぬ。

 だから竜によって無敵を得た僕は、再び訪れた死に怯む……とでも、悪魔たちは考えていたのだろうか。
 だとしたら、考えが甘いと言わざるをえない。


 だってそれは、当たり前のことだ(・・・・・・・・)


 人間は普通、剣で斬られたら死ぬし、矢が当たったら死ぬ。
 それが戦いで、それが暴力なのだ。

 元より竜の血ごときで無敵の超人になった気はないし、そういう慢心をずっと潰そうと鍛錬してきたのだ。
 死の恐怖を無視して動く、強靭な体を作り上げること。
 それが戦士の鍛錬。それが死者の街のあの丘で、ブラッドとちゃんばら稽古をしていた頃から、形作ってきた『戦士としての自分』だ。

「す、ごい……」

 抱えたルナーリアが呆然と呟く声が聞こえた。
 考えてみると、魔法も含めて本気で立ち回る姿を彼女に見せるのは、これが初めてだ。

「少しは見直した?」

 あえて冗談めかして問いかけてみる。
 実際には、そんなに良い状況ではない、普段は封印気味の攻撃魔法という札まで切りながら、ギリギリ凌いでいるのが現状だ。
 ……けれど、守るべき彼女の前では、余裕の顔を繕っておきたかった。

「ええ。ぽやっとしたお人好しってだけじゃないとは分かったわ」

 なかなか手厳しい返答だった。

 青ざめた顔で、それでも気丈に笑ってみせる彼女に笑みを返し。
 ――そして、落とし仔(スポーン)たちを従えた《隊長級コマンダー》、タルピダに視線を向ける。

「……さあ、どうします?」

 涸れた噴水広場の一角は既に脂で覆い尽くされ、徒歩での突入は範囲を制限されている。
 弩の矢(ボルト)の攻撃は有効だろうけれど、こちらも優先して対処しているので決め手にならない。
 もちろん集中力は削がれるし、隙の多い動きは制限されるけれど、順番に《雷のことば》で潰していける。
 そして何より――

「時間は、こちらの味方だと思いますが」

 いくら寂れた治安の悪い通りとはいえ、ここは《涙滴の都(イリアスティア)》。
 ファータイル王国の、その都なのだ。

 悪魔が長時間暴れていれば、当然ながら神殿や騎士団に所属する戦士たちが群れをなしてやってくる。
 そうすれば、悪魔たちとて全滅は免れないだろう。

 タルピダが、ある種の虫の口器めいた口に、みっしりと生えた細い牙を軋らせる。

「■■■■■■■■■■――!」

 まるでノイズのような、悪魔の言葉(デーモンジャバー)による叫び。
 何を指示した、と思う間もなく、落とし仔(スポーン)たちが突っ込んでくる。

 破れかぶれの無策の突撃か? と一瞬考え、それを否定する。

 悪魔たちは基本的に奸智に長け、狡猾だ。
 さらなる策があると思って良いだろう。

 けれど、次は何を――と頭が考える間にも、訓練された肉体は滑らかに戦闘動作に移行する。

「《破壊よ在れ(ワースターレ)》ッ!」

 強烈な破壊の渦動で一群の先頭をめちゃくちゃに破砕。
 その隙に配置した《聖なる盾(セイクリッドシールド)》の耐久力の残余に注意を払うけど、どうも先程から弩の攻撃が減っている。
 撃ち尽くして巻き上げにかかっているのか、雷撃を警戒して射手が位置を変えているのか。

 と、そこまで考えた瞬間、頭上から鎧戸の割れる音。
 見上げれば剣を構えた有翼の悪魔が、滑空めいた斜め落下で僕を狙ってくる。

「つかまって、強く!」

 ルナーリアを抱え直し、踏み込み、

「っ、やぁぁッ!」

 斜めに踏み込み、突きを回避しざまのカウンター。
 全体重をかけた体当たりめいた突撃と、僕の拳が衝突し、互いの肉体が軋みをあげ――その激突に、力任せに打ち勝った。
 拳が悪魔の顔面を破砕する。

 その隙に踏み込んできた何体もの落とし仔(スポーン)たちの攻撃を、ルナーリアを守りながら払い、捌き、逆に武器を奪って斬りつける。
 何か《ことば》を唱えようとするタルピダの気配を察し、

「《沈黙する(タケーレ)》《(オース)》!」
「――ッ!」

 口を封じる。
 落とし仔(スポーン)が突き出す、腹を狙った短剣を右手ではたき落とし、反動を使って顎に孤拳。
 直撃、顎を砕いた手応え。

 直後、別の落とし仔(スポーン)が大振りに剣を振り上げる間に、迅雷のように踏み込んで喉に貫き手。
 剣を振り上げたまま喉首を貫かれて痙攣する落とし仔(スポーン)

 そのまま素早く貫き手を引いて、次の相手に移ろうとした時だ。



 ――ぱぁん、と落とし仔(スポーン)の頭が弾けた。



「……え?」

 次の瞬間、右腕に痛みが走って、気づく。 
 右の腕に、弩の矢(ボルト)が突き刺さっていた。

「っ、がぁッ!!」

 僕は落とし仔(スポーン)の喉から手を引き抜くと、思い切り跳躍する。
 瀕死の悪魔の体を貫いて、僕が居たはずの場所に幾つもの弩の矢(ボルト)が突き立った。

「ウィ、ウィル……っ!?」
「だい、じょうぶ……っ!」

 幾つもの呪詛が重ねがけされた弩の矢(ボルト)から、どす黒く輝く呪いの鎖が溢れ出し、腕に絡みつく。
 神さまに祈る。
 もっとも致命的な効果を持ついくつかの呪詛が浄化され、けれど祈りが追いつかない。

 ルナーリアが矢を抜こうと手を伸ばし、

「ぁつっ!?」

 ばちり、と密度の高い呪詛に手を弾かれた。

 ほぼ同時に、落とし仔(スポーン)たちが押し寄せてくる。
 もはや目論見を隠す気もない、《竜滅のことば(ドラゴンベイン)》のかかった短剣を手に、完全に僕に組み付こうとする構えだ。



 ◆ 


 
 ……僕はふと、前世の映画を思い出していた。
 銃撃戦で、倒れたソファや机なんかを遮蔽にするアクション俳優たち。
 でも現実に即して考えれば、悪役たちが持つ大口径の重火器は、あの程度の遮蔽を容易に貫通してしまうだろう。
 けれど『なんとなく感覚的には』視聴者はソファや机を、じゅうぶんな遮蔽と思って見てしまう。

 まさに、あの思い込みだ。
 分かっていたはずだ、大型の弩のその矢は鎧兜や巨獣さえ――つまり当然、人間大の生き物なんてそれ以上にあっさりと――貫通するほどの威力だと。
 なのにいつの間にか、僕は落とし仔(スポーン)たちを遮蔽として考えてしまっていた。

 仲間を撃ち殺す射撃を、悪魔(デーモン)たちが躊躇う理由なんて、無いと言うのに!

「ぐっ! ぅぅううう……ッ!」

 ぐらぐらと視界が揺れ始める。
 平衡感覚がおかしい。

 それでも体は戦うために動く。
 このまま悪魔たちに組み付かれたら、ハリネズミにされる。

「ウィルっ、ウィル……っ! しっかりして……!」

 この腕の中の、ルナーリアももろともに。
 ――させない。
 させるわけには、いかない。


「《落ちる(カデーレ)》《蜘蛛網(アラーネウム)》!」


 蜘蛛糸を張る。
 張る間にも、突然、前衛の落とし仔(スポーン)の体を貫通した矢が僕の右肩に突き立つ。
 強烈な衝撃、肩の骨が砕けたかもしれない。

「っ~~ッ!」

 群れの方、後列のどこかに弩持ちが潜んでいる。
 駄目だ、持ちこたえられない。

 離脱しなければ。
 でも、どこに。

 通路? 悪魔の想定内だ、絶対に罠がある。
 壁を破って屋内へ? 想定外かもしれない、でも建物ごと魔法で潰されたら、僕はともかくルナーリアは耐えられない。
 けれど、なら、どこへ。

「――――!」

 その時、僕の脳裏に閃き。
 記憶をよぎる影、風神の使徒。
 彼は――


「《霧よ(ネイブラ)》ッッ!!」


 力強く、叫ぶように、ありったけのマナを込めて霧を展開。
 タルピダが《打ち消しのことば》を唱える一瞬に、僕は無事な左腕で彼女を強く抱きしめ――


「――《加速(アクケレレティオ)》ッ!」


 上方。
 噴水周囲を囲うように建つ、ごみごみと建て増しされた住宅。
 その二階の窓に向かって、僕は全力で跳躍した。

 
「《加速(アクケレレティオ)》ッ!」
「――っっ!?」

 
 窓枠を蹴り壊す勢いで、蹴り飛ばし、三角飛びの要領で斜め上に再加速。
 みしみしと体が軋む。
 抱えたルナーリアの声にならない悲鳴。

「《加速(アクケレレティオ)》ッ!」

 もう一度、更に壁を蹴り飛ばす。
 耳元で風が唸る。
 視界の中、粗雑な建物が斜め下へと流れてゆく。

「《加速(アクケレレティオ)》ッ!!」

 喉も枯れよと叫び、最後の一蹴り。
 ――――空が、広がった。

 
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