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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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24

 ――夕刻。
 目的の酒楼に近づくと、案内してくれたサミュエルさんは「用事がある」と去っていった。
 おそらく、気を利かせてくれたのだろう。

 僕は習慣として、ざっと一渡り建物の構造や、退路を確認してから店に入る。
 店は二階建てで、《草原の大陸(グラスランド)》の大きな家屋では一般的な、中庭を囲うようなロの字型のつくりをした店構えだった。

 こういう造りには、中庭の部分から光を取り込みつつも、外と出入りの可能な窓や扉を可能な限り減らす意図がある。
 この世界はまだまだ物騒だから、防犯――つまり外部との接点を可能な限り制限して、危険なものが侵入してくることを避ける構造が普及する理由もわかる。
 加えてこういうお店では、この手の構造を取るメリットがもう一つあった。

「……わ」

 お店の従業員に案内されて、踏み入った瞬間。
 まず目に入ったのは、艶やかな朱色の空間。燭台の灯りのゆらめきに合わせ、微妙にその色合いを変える廊下だった。

 どこかの部屋から、ゆったりとした弦楽の音が聞こえてくる。
 中庭には、このあたりでは見ない《中つ海》西方の植物が葉を茂らせていた。
 ――まるでどこか、知らない国に来たかのような、不思議な雰囲気。

 閉鎖的な空間では、こういう、常と異なる情緒や雰囲気を醸すのが容易になる。
 ……流石に見事なものだ。
 そう思いつつ、僕は店員さんに案内されて、二階のある部屋に通されると、僕は「庭が見たい」と廊下に出ることを所望した。

「…………」

 朱色の回廊に出て、その見事な庭を眺めながら歩いていると――同じように、手すりに手をかけて庭を眺める人がいた。
 引き攣れた頬の古傷に、鍛え込まれ、引き締まった長身。
 髪を後ろに丁寧に撫でつけた、初老の男性。

 彼はこちらを見て、

「おや、聖騎士殿では? ――奇遇ですなぁ」

 と、軽く微笑みかけてきた。

「……ダガー卿」

 グラントリ・アール・ウィザーズダガー卿。
 《魔法使いの短剣(ウィザーズダガー)》の今代当主。《防衛派》の有力者。

「お会い出来て光栄です」

 嘘と、それから失礼にならない範囲で返答する。
 もちろんこの遭遇は奇遇などではなく、そういう段取りだ。

 なんだかんだ立場的な色々があるので、「たまさか立ち寄った酒楼の回廊で鉢合わせて、お互い無視するのも失礼なので世間話をしました」という形に落ち着けようというわけだ。
 僕だとそのへんの機微はうまくないので、無難な感じにまとめてくれたサミュエルさんには感謝しかない。
 一応、ちらりと周囲に視線を巡らせるけど――

「怪しげな耳目はありませんよ。……ああ、護衛は少し。離れてもらっておりますが」

 グラントリ老は、思ったよりも好意的な笑みを向け、そう言って下さった。

「恐縮です」
「いえ、戦士として当然の嗜みかと」

 けれどニコニコと、好々爺めいて笑う、その笑みの向こう。

「さて。……それで、何のお話を致しましょうかな?」

 その瞳はまったく、笑っていなかった。
 ……じっとこちらを見つめる無感情な瞳。

「ぅ……」

 それを見てとった僕は、思わずたじろいでしまう。
 と、グラントリ老のその瞳が、ふっと和らいだ。

「ハハハ……やれやれ。殿下もお人が悪い。こうも初々しい者を送ってきなさるとは。これではどうにも、私が若いものを苛めているようではありませんか」
「ア、アハハ……」

 なんと答えて良いのかわからず、曖昧に笑う。

「おまけに、君は魔法使いだったかな? 嘘もつけない。敬虔な神官ゆえ、誓いにも縛られる」
「はい……」

 グラントリ老は目を細めて、ふっと苦笑した。

「まことの言葉。まことの誓い。……胡乱なやりとりの行き交う、濁り水の住人には、眩しいものですな」

 発された諧謔めいた言葉。
 ――そこに幾分かの『まこと』の気配を感じ取り、僕は思わず言っていた。

「そんなことはありません」
「……ほう?」
「本当に濁り水に慣れきった方は、そのようには仰いません」

 そう微笑みかけると、眼前の老人は軽く笑った。

「――であれば良いのですが」

 
 ◆

 
 庭の見慣れない植物たちは茎も太く、葉の色は鮮やかで、生命力に満ちていた。
 この地方では本来育たぬそれを育てているのは、おそらく何がしかの魔法と、そして庭師の積み重ねた研鑽の精華なのだろう。

「さて。……それで、王弟殿下は、なんと?」
「悪魔の件に関して――事が『上』まで至っている可能性あり。排除において、閣下のご協力を仰ぎたい、と」

 あらかじめ言いつかってきていた言葉を告げる。
 けれどこの、眼前のお人は、殿下と立場を異にしている。
 どう返答がくるかと思っていると――

「成程、成程」

 と、彼は繰り返し頷いた。

「あちらの内のことであれば、殿下で対処もできましょうが。私に告げるということは――まぁ、そういうことなのでしょうな」

 そして渋い顔をして、深く嘆息する。
 それから、

「致し方ありますまい。殿下には『承知仕りました』とお伝え願えますかな」

 意外なほどにあっさりと、了承の言葉。

「……畏まりました」
「おや、意外そうですな」

 少しだけ表に出てしまったのだろうか。
 グラントリ老が、好々爺然とした笑みを浮かべる。

「確かに殿下とは立場は違えど、我ら共にこの国の禄を食むものですからなぁ。……自宅にボヤが出ているさなかに、利害損得を巡って争うのも愚かなこと」

 まずは火を消さねば、と彼は笑った。
 そこに嘘偽りの気配は、まったくない。

「そのあたりは殿下もご承知おきのことでしょう」
「あ。あー……だから僕に『行け』と」
「ええ。流石に貴方を介しての言葉に、殿下も企みを挟みますまい」

 交渉向きの人物ではなく。
 嘘がつけず、誓いにも縛られる僕にも、使いようはあるということだ。
 そして――

「それと、もう一つ」

 僕は、ゆっくりと息を吸って。
 個人的な本題を切り出すことにする。

「……たいへん恐縮なのですが、別して、私事でお伺いしたいことが御座いまして」
「おや、他に何か?」

 彼は意外そうに小首を傾げた。
 僕とこの老人との間に、『私事』の心当たりなどまったくないのだ、当然の反応だろう。

 ……もう、二百年も昔のことだ。
 ことによれば疑われるか、あるいは馬鹿馬鹿しいと言われることも覚悟の上で、僕は彼の目を見た。

「その……ことが一段落ついたら、で構わないのですが」
「ええ」

 左胸に右の手のひらを当てて。
 まっすぐに、その言葉を告げる。


「――南の果てのまた果てより、縁あって取り立ての使者として参りました」


 その言葉に。
 《魔法使いの短剣(ウィザーズダガー)》の名を継ぐ老人は、目を見開いた。

「今の我が身は、かの賢者の名代。鍵の言葉も心得ております。
 ……二百年の昔に貸し付けましたる、《しるし》の短剣と銀貨一袋。利子を加えて返済をお願い致したく、こたびまかりこしました次第です」

 丁寧に督促の言葉を述べる。
 その言葉が終わるまで、グラントリ老は目を見開いたままだった。

「…………驚いた」

 そして彼は、ぽつりと呟いた。

「驚いた。本当に、本当に驚いた。……まさか、このような日が、まことに来ようとは」

 それから僕を、まじまじと見つめる。
 その所作に、懸念していたような疑いの気配はなかった。

「――信じてくださるのですね」
「無論。これまで、取るに足らぬ偽りの督促者は幾人も。しかし……マリーブラッド、そのような姓を名乗り偉業を成し、偽りと無縁の貴方からの督促となれば」

 信じぬわけにもいきますまい、と彼は言う。
 それからまた呆然と――「驚いた」と、眼前の老人は呟いた。

 その時だ。ちょうど、酒楼の入り口がにわかに騒がしくなった。
 どうやら団体客が入ってきたようだ。

「……では、閣下。いずれ、ことが落ち着きました折には」
「ええ。我が高祖母にも伝えおきますゆえ――」

 グラントリ・アール・ウィザーズダガー卿。《魔法使いの短剣(ウィザーズダガー)》の今代当主が、やわらかに笑った。

「――聖騎士殿のご来訪を、心よりお待ち申し上げます」

 
 ◆


 翌日、僕は軽い足取りで街を歩いていた。 
 一歩を踏むたび、石畳の上に軽快な靴音が鳴る。

「なんだかご機嫌ね?」
「割とね」

 僕は笑って、ルナーリアに答えた。

 貧民窟の方はもう大丈夫。
 ダガー伯の件も無事に話が通った。

 ……このまま悪魔関係を片付けつつ、殿下の交渉関係の手伝いをして、カタがついたら《南辺境大陸サウスマーク》へ帰ればいい。
 なんとなく、見通しはついてきた気がする。

「……この都で、僕にできることなんて無いだろうって思ってたんだ」

 ぽつりと呟く。

「お飾りで行儀よくしていて、しばらくしたら帰るだけだって思っていたけれど――」
「そうでもなかった、といったところかしら」
「……ん。少しはできること、あったんだな、って」

 そう言うと、彼女は苦笑した。
 色違いの目を細め、やわらかに。

「少しは? ずいぶん色々としていた気がするのだけれど、聖騎士様は謙遜がお上手ね?」
「そんなこと――」

 と言いかけたところで、広場の方から歌が聞こえてきた。

「みなみのとちから やってきてー♪ ともしびかたてに やみてらすー♪」

 吟遊詩人の歌じゃない。
 広場を駆け回る、子供の戯れ歌だ。

「たちまち あくまが ふるえだし♪ いっちもくさーんに にげだしたー♪」

 テンポよく歌われるそれは、どうやら悪魔退治の歌のようだった。
 ……その、なんというか、僕の。

「聖騎士様は謙遜がお上手ね?」
「……むぅ」

 思わず唸ると、ルナーリアはくすくすと笑った。
 ――最近、彼女はよく笑う。
 そうして笑っていると、彼女からはとてもやわらかな雰囲気がして、つい、その表情に見入ってしまう。

「……なぁに?」

 すると、彼女はからかうように唇の端を釣り上げ、小首を傾げた。
 分かっている表情だ。

「べ、別に、大したことは……」
「あら、ちょっと見とれたくせに」
「…………」
「ふふん。声に出して賞賛してくれてもいいのよ? ……なんなら手も出してみる?」
「け、結構ですっ」

 腕を絡めてくる動作が、それだけで異様に艶めかしい。
 からかっているだけなのは分かるのだけれど、それでも赤面せざるをえない。

「つれないわね」
「釣れないの間違いじゃないですか?」
「だとすると悪食の魚ね。魅力的な餌なのに」
「釣り針が垣間見えている気がするんですが」
「ふふ」

 ぽんぽんと気楽な言葉を投げあいながら、歩く。
 互いに軽口ばかり。
 友人同士の、なんでもないやりとり。

「でもやっぱり、私はまだまだ要警戒? それとも聖騎士様ともなれば、下賤な女とは――」

 けれど彼女がそう口にしたところで、僕は顔をしかめた。
 立ち止まり、軽く手をかざして言葉を遮る。

「ルナーリア。……自分のことを下賤とか、冗談でも言うのはやめよう」

 そう言うと、彼女は眉間に皺を寄せる。

「……なによそれ、お説教?」
「友だちがそういうこと言うの、聞きたくないってだけ。……君はびっくりするくらい綺麗だし、立派な人だと思う。だからそういうのやめようよ」
「…………」

 彼女は口を噤み、しばし無言で。
 それから一つ、息をついた。

「まったく嘘がつけない身で、それ言うんだからタチが悪いわよね」
「……? えっと、」
「クソ真面目ねってこと。……ああ、そろそろ目的地よ」

 表通りからいくつか路地を外れてたどり着いたのは――二つの小さな通りの交点にある、円形の広場だ。
 壊れて水を吹き出さない、漆喰の剥げた噴水がぽつんと佇み、どこか、うら寂しい印象、

 ――会いたがっている人がいる、と彼女に言われて。
 そうして僕は今日、ここにやってきていた。
 ひょっとすると、彼女の雇い主関係――彼女はどこかの依頼で僕についているフシがある――かもしれない。
 あるいはそれとも、別口で彼女経由で僕に接触したい誰かがいるのかも、などと。

「…………」

 あれこれ考えてはいたのだけれど。
 なぜか、うなじのあたりが、チリチリする。

「こっち?」
「ええ、この奥よ」

 静かな声でそう言われて――けれど、僕は足を止めた。


 ……脳裏に、危険を訴える天啓が閃いたためだ。

 
 今、僕は剣を帯びていない。手元にあるのは、日用に用いる短剣程度。
 条件を見るなら、悪くはない。――けれど、まさか。

「このまま…………えっ」

 ルナーリアの言葉と同時。 
 《ことば》による結界などを用いて、限界まで殺していたのであろう気配が、周囲に立ち上がるのを感じた。
 寂れた路地。
 周囲の建物からゆらゆらと、異形の気配が立ち上る――

 白昼堂々の、襲撃だった。

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