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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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「ひぇぁっ!?」

 悲鳴じみた声が路地裏に響く。

 人のような背丈。
 人のような体型。
 彼らの目の前に身構える、破れたフード姿のそれは、人に似ていた。

 けれど、それはけして人ではなかった。
 両の眼窩に当たる部分から、赤ん坊の腕めいた触覚が生えている人間など、いるはずもない。
 小さな指めいた触覚の先端が、奇怪にうごめく。
 その動作と連動するように、その両腕がメキメキと変形し、手指が鋭い鉤爪へと変形した。
 ――《兵士級ソルジャー悪魔デーモン、バンナ。

 視覚に依存せず、音や振動を感知して行動する、暗中に最適化したそのデーモンに対し――

「うわあぁああああ!?」

 彼ら――ロッドさん、トッドさん、ジニさんの三兄弟が突っ込んだ。
 情けない声をあげているけれど、行動自体は的確だ。

 最初に大きめの円盾を持ったロッドさんがまっすぐ進んで爪と噛み付きを防御し、組み付こうとする動きを肩を押さえて止める。
 その間に、

「くそっ、くそっ! 死ね! 死んじまえ!」
「ひぃっ!? こんにゃろぅっ!?」

 トッドさんとロッドさんが左右から回り込んで、ぴかぴかの剣と戦槌で滅多打ちにする。
 仮にも悪魔デーモンであるバンナの全身は極めて頑強だけれど、流石に業物を何度も叩きつけられれば傷も負うし血も流れる。

 バンナが石に爪を立てて思い切り引っ掻いたような、不気味な軋りをあげ暴れる。
 しかし三兄弟は付かず離れず、バンナを斬りつけ、叩き、負傷を与え続ける。

 一人を狙えば、その一人が守り、他の二人が攻勢に出る。
 引けば三人で連携して追い詰め、強引に突破しようとすれば二人がかりで止めながらもう一人が背後からの攻撃を狙う。
 ――数の利を活かしきった連携だ。

「ィイ゛ィィィッ!!」

 口から血泡を噴いたバンナ。
 奥の手か、その眼窩の小さな触手が恐ろしい勢いで伸びる。

「ひぃっ!?」

 てらてらした粘液を撒き散らす、赤ん坊の手めいたそれを、ジニさんが小盾を振り回して必死にかわし――

「ッらぁっ!」

 ロッドさんが円盾の影から、片手剣でバンナの腹を突いた
 盾の影から腹や鎧の継ぎ目を狙う片手剣と円盾を組み合わせた戦闘術は、見た目地味だけれど守りは固くて殺傷力も高く、きわめて実戦的だ。
 冴えた刃先が悪魔の強靭な外皮を破り、腹を裂く。

 そしてバンナが怯んだ瞬間、トッドさんが剣の持ち方を変える。
 なんと刃を篭手で握りしめ、振りかぶり――

「おらぁっ!」

 堅固な鍔で、思い切りバンナのうなじの辺りをぶん殴る。
 喧嘩殺法めいているけど、アレは全身甲冑相手にも通用する立派な剣技、殺し打ちだ。

 ごきりと鈍い音が響き。
 ついにバンナがよろめき、倒れる。

「おあっ!?」
「ゆ、ゆだ、油断すんなよっ!?」
「殴れ、殴れっ!!」

 倒れた後も油断しないどころか、恐怖のままに攻撃を続ける三人。
 彼らは真新しい鎧を身につけ、ぴかぴかの武器を手に、顔をぐしゃぐしゃにしながら涙目で倒れた悪魔を叩いている。
 その、袋叩きの光景を眺め――

「うん」

 と、僕は頷いた。
 まだまだ未熟だし、欠点もないとは言わないけれど、もともと兄弟ということもあって息は合っているし、実戦経験だって無いわけでもない。
 ちゃんとした装備を身につければ、安定するものだと、そんな風に考えていた時。

「目標施設は制圧した――! 一匹そちらに逃したが、大丈夫か!?」

 金の髪をなびかせ、兜を外した、神官戦士のセシリアさんがやってきた。
 彼女はほとんど塵になってもまだ悪魔たちを殴り続ける三人を見て、一瞬びっくりしたように立ち止まった。

 ロッドさんもトッドさんもジニさんも、悪魔の塵に汚れ、顔は恐怖に引きつっているけれど。
 セシリアさんがやってきたことで、ようやく悪魔を倒したことに気づいたようだ。
 動きを止めて、驚いたように彼女を見る三人。
 セシリアさんはそんな三人に向かい――

「よし、聖騎士殿の助けも抜きで切り抜けたか! ……いい根性だ!」

 と、拳をぐっと握って賞賛の動作をし、ニヤリと笑いかけた。
 強張っりっぱなしだった三兄弟が、呆けたような顔をして、それからよろよろとへたりこんだ。
 誇らしさとか嬉しさとか、色んな情の混じった笑みを浮かべて、互いを見る。
 そこへセシリアさんがもう一度ニヤリと笑い――

「だが戻ったら再訓練だな! まだ諸々甘い!」

 三人の笑みが凍りつき、ひぇぁっ、と再び悲鳴じみた声が響いた。

 
 ◆

 
 ――午後の色街は、微睡むように静かだった。

 このあたりは、日暮れ頃からはとても賑やかだ。
 そして朝は泊り客を送り出したり後片付けをしたりで、こちらも騒がしくなるのだけれど――
 午後はそのあたりの狭間の時間帯として、意外なほどに落ち着いている。

 貧民窟での悪魔退治を終えて、「さあ帰って反省と訓練だ」などと張り切るセシリアさんと、その言葉に震え上がる三兄弟と、「約束があるので」と別れ。
 そのまま色街の通りを歩いていると、洒脱な金髪の男性――サミュエルさんが歩み寄ってきた。

「よう、偶然だな」
「ハハハ……」

 冗談めかして言われるけれど、嘘がつけないので、苦笑するほかない。
 別にたまさか行き会ったわけではない。目的あっての待ち合わせだ。

「とりあえず連絡だ、目的の人物に目立った動きなし。逃亡の線はなさそうだが、とすると何を考えているのか――」
「……何を考えていても締め上げるだけですけれど、こうも動きがないと不気味ですね」
「ああ……まったく連中の考えは読みづらい、と、お」

 ふと、彼が顔を上げ、微かに口の端を釣り上げる。

「……くだんの外堀から埋める作戦、いいオマケがついてきたな」

 見れば通りの向こうから、一グループ、巡回の神官戦士数名が歩いてきた。
 ぺこりと会釈をすると、彼らも僕に気づいたのか、目を見開いて慌てて礼を返してくれた。
 ……悪魔の存在を衆目に晒したことで、色街や貧民窟の辺りへも、神殿の巡回が戻ってきたのだ。

 一度は不祥事をダシにして、メイナード管区長に化けたスペキュラーが取り下げたそれだけれど。
 流石に巡回やら炊き出しやらを取りやめた結果として、そこが悪神の眷属の巣になったとあらば戻す論調が主流にもなる。
 いくら管区長がそれなりの権力を持っていると言っても、ここで強硬に突っ張れば疑念を抱かれるだけだし、むしろ以前の発言の責任を問われかねない。

 ……結果として、戻ってきた神官さんたちの動きは迅速だった。
 不在の間の諸々を謝罪し、信頼回復につとめながら、まずは施療や炊き出しから再開し。
 追って悪魔の存在を口実に問題の多い妓楼には立ち入りを増やして圧力をかけ、治安の悪い場所には巡回を増やし、貧困者には就労先を斡旋し――
 僕だけではとても手が出せなかったような部分まで、組織の力を生かして健全化に取り組んでいる。

 この通りも、以前にくらべて少し、雰囲気が良くなった気がする。

「最近は、神官戦士連中の訓練や施療に付き合ってるんだって?」
「ええ。知り合いを三人ほど、訓練に混ぜてもらっているので、お礼も兼ねて」 
「セシリアからも噂は聞いてるよ、鍛え甲斐があるってな。……しかしどうもそいつら、虚名が先行してるっぽいが、大丈夫なのか?」

 確かにロッドさん、トッドさん、ジニさんの三兄弟は悪魔殺しの武勲はあげたけれど、実力が名前に追いついていない。
 名前ばかりが先行した状態で放り出してしまえば、身の丈に合わない依頼を持ち込まれて破滅する可能性が高い。
 サミュエルさんの懸念はもっともだ。僕もそれについては十分に考えている。
 そして到達した答えは一つだ。

「名前に追いつくまで鍛え込めばいいんですよ」
「…………」

 鍛錬は正義だ。
 そう言うと、サミュエルさんは面食らったような顔をして――それから笑った。

「そうだな。結局、戦士はそういうものだものな」
「名前が後から追いついてくるか、先に走った名前を追いかけるかなんて、些細な問題です」
「まったくだ」

 彼らの武勲を喧伝したのは僕だ。
 虚名を先行させるだけ先行させて、そのまま放り出すのは、無責任と言えるだろう。

 だから、鍛える環境は用意した。
 ヴォールト神官戦士団の鍛錬に耐えられれば、しばらくすれば一端の技量が身につく。
 ……けれど、そこまでだ。それ以上の世話は焼けないし、焼くべきではない。

 未熟であれ、彼らは戦士だ。子供ではない。
 母親のように何もかも面倒を見ようだなんて、それこそ誇りを取り戻し、冒険者として再起したいという彼らの覚悟に対する侮辱だろう。

「いい戦士になると良いな」
「そうですね」

 だから、あと、彼らのためにできることと言えば……

「そう祈りたいと思います」

 祈りを捧げるくらいだ。
 良き導きがありますように。
 その道行きの上に、善と正義、そして多くの幸いがありますようにと。

「そうだな」

 サミュエルさんはその言葉に、僅かに瞑目して頷いた。
 おそらくは彼も、少しだけ祈ってくれたのだろう。

 それからしばし、無言で歩き。
 辺りを見回し、聞き耳を立てている存在の無いことを確認し――僕は、本題を切り出すことにした。

「……それで、お願いしていた件なのですが」
「ああ、繋ぎは取れたし、向こうも承諾した」

 その答えに、ほっとする。
 突っぱねられる可能性も考慮していたからだ。

「あちらさん、酒楼でお待ちだが――なんだってまた、わざわざ会おうとするんだ?」

 一方、サミュエルさんは訝しげだった。

「お前さんとあのお人に、繋がりなんて無いと思っていたが」
「そうですね。確かに声を交わしたことも無いに等しいですし、エセル殿下のオマケで顔を合わせた程度。初対面に近いです」
「……なら、なんでまた」
「事情がありまして、会っておかなきゃならないんです」

 今ならば、多分。
 呼びかければ、応じてもらえると思った。

「――《魔法使いの短剣(ウィザーズダガー)》のグラントリ老には、大事な用件がありまして」


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