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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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 胸の内で、心臓が力強く鼓動を刻む。
 血が全身を巡るとともに、マグマのようなエネルギーが行き渡るかのようだ。
 久々に本気で暴れると決めたけれど、やはり竜の力は壮絶だ。

「せッ!」

 横蹴りを放つ。
 軸足からの動きの勢いを乗せて勢い良く突き出したそれは、通路を塞ぐような大盾を持ち出してきた《兵士級》の悪魔の、その盾に直撃し――

「ゲァッ!?」

 盾ごと蹴りぬいて、その胴体に直撃した。
 くの字に折れた悪魔の体が吹き飛び、通路をまっすぐ飛んで壁に叩きつけられ、そのままずるずると崩折れながら塵と化してゆく。
 それを見守ることもなく、更に横手の通路から手斧を振りかざして突っ込んできた一体を、

「やあッ!」

 斧の柄を払いながら踏み込み、払いの勢いのままその肘を側頭部にお見舞いしてやると、強烈な打音。
 よろいめいた悪魔の腕を掴み、股を掬うようにして肩車に抱え上げ――そのまま手近な扉に投げつける。
 木材の割れる乾いた大音。

 ――扉に、悪魔の体が刺さった。

 そうとしか言いようがない状態になった。
 ……貧民窟で活動するだけあって、やや歪な格好ながらも概ね人型の悪魔ばかりだ。
 人間用の格闘術が通用するのは、本当にありがたいと思いつつ、僕は背後を確認する。

「後ろ、異常は?」
「お、おう」
「特にはなにも」
「怪しいもんがあったら、知らせるよぅ」

 ロッドさん、トッドさん、ジニさんの三人が激しく頷く。
 彼らは倒れた悪魔たちの武器を拾い、青い顔をして、おっかなびっくり僕の後を付いてきていた。
 冒険者として隊列を組んだ経験があるのか、きちんと側面や背後を警戒してくれているのがありがたい。

 ブラッド曰く、広い平原や大通りでの戦闘なら単純に良い武装、長い鍛錬、多くの人数がモノを言うけれど。
 見通しの悪い森林や遺跡、市街地での戦闘では、土地勘、知恵、感覚の鋭さといった要素の重要度が跳ね上がる。

 見晴らしの良い平野や大通りであれば「どこに敵がいて、どのタイミングで開戦するのか」が分かりやすい。
 基本的にあらかじめ備えをして、まっすぐ進んで、射撃しあったり、武器で打ちあう形にならざるをえない場合が多い。

 対して視界の悪い森林や市街では、まず相手の所在が掴みづらい。
 ヨーイドンではなく、気づいたら戦闘は始まっていて、しかも相手はもう数歩の距離に、なんてこともありうるのだ。

 良い武装をつけ長く鍛錬を積んだ多人数が、土地勘のない森や市街では、覚悟を決めた数人の素人に翻弄されることもある。
 弱者が強者に一撃を入れやすいのだ。
 だから鍛錬が無意味というわけではないのだけれど、自分のほうが強いからと驕ることはできない。

 いくら鍛えていても、《ことば》に通じていても、神さまの加護があっても。
 急所に刃を刺されて即死したら、僕にはもうどうにもならないのだ。

「引き続き、警戒お願いします」

 僕の目は二つで、耳も二つ、意識は一つだ。
 細かく注意できる方向は限られるし、戦闘に集中していると、どうしても周囲への注意が疎かになる瞬間がある。
 だから少なくとも後ろと側面の警戒について、彼ら三兄弟に委ねられるのは安心材料だった。

「…………」

 昼だというのに薄暗い廊下。
 明かりとなるのは閉めっぱなしの鎧戸から差し込む僅かな光と、手元に《ことば》で生み出した魔法の明かりだけだ。

 襲撃をかけた建物は二階建てで、なかなか奥行きがある。
 水路のすぐ傍で浸水の懸念が強い立地だから、この手の拠点で定番の、地下室のたぐいは存在しないものと判断した。
 悪魔たちが《ことば》を駆使すれば、あるいは作れなくもないかもしれないけれど――ここは悪魔たちの恒久的な基地ではなく、いつでも放棄が可能な程度の拠点なのだ。
 コストとリターンからして、そこまで『凝る』理由がない。
 なので、順番にまっすぐ制圧すれば良さそうだと判断し、僕は建物内をまっすぐ進み、悪魔の気配のある部屋へ突入しては戦闘を繰り返していた。

 建物内の部屋には、不気味なほど人間味がなかった。
 板張りの床に、いくらかゴミが転がった程度の、空き部屋としか思えないような部屋がいくつもある。
 これまで十体近い悪魔を倒してきたのに、だ。

「な、なぁ、あいつら、どこで寝てるんだ?」

 トッドさんの疑問ももっともだけれど――

「奈落の悪魔は異界の写し身。眠りもしませんし、食事もしません」
「へ?」
「だから多分、ここ、彼らの部屋ですよ。……これで暮らしてるんです」

 深夜、誰もが眠りにつく時間帯。
 がらんどうの空き部屋の中で並んで、爛々と赤い目を闇に輝かせながら、眠りもせずに待機する幾体もの悪魔たち――
 そんな気味の悪い光景を想像したのか、三人の顔色がますます悪くなった。
 実際、気味が悪い話ではあるけれど、このへんフォローしている時間はない。時間との勝負だ。

「……よっ」

 僕は次の扉を勢い良く蹴り開ける。
 行儀が悪いけれど、こういう状況では扉の向こうで敵が武器を振り上げて待機していることもある。
 蹴り飛ばして様子を見るのが定石だ。

 そして――

「……っ」

 思わず、息を呑んだ。

 その部屋は、悪魔はいなかった。
 ぶぶぶ、と無数の蝿が飛び回る音がして。
 床には白く小さな、肥えた蛆虫が這いまわっていた。
 ――遅れて嗅覚を刺激する、むんと籠った、鼻が曲がりそうな悪臭。

 僕は顔をしかめたまま、無言で部屋に踏み入る。

「おい、何が……」
「悪魔はいないのか?」
「ここ、何の部屋……」

 おっかなびっくりの三人が、小声であれやこれやと言いつつ付いてきて――
 それが何なのか理解して、顔色を失い、口元を押さえて立ちすくんだ。
 僕も、ひどく顔をしかめていた。

 ――開いた扉の先、食堂には、腐肉と人骨が散乱していた。

  
 ◆

 
 日々の営みとしての食事。
 食卓に並ぶ温かい料理。
 そういうものの尊さ、かけがえのなさを、僕はマリーから教わった。

 これは、そういう大切なものに、泥をぶちまけて踏みにじったような光景だった。

 腐敗臭を撒き散らし、蝿のたかる鍋。
 机に染みた腐汁と、皿もなしに乱雑に転がる骨付きの肉。
 部屋の隅には、邪魔だから除けた、程度の乱雑さで骨と腐肉が転がり、水たまりめいた腐汁のなかに同じく腐った内臓が浮いていた。
 腰骨や肋骨、頭蓋骨の形から、その大半が人のものだと分かる。

「……っ、う、ぷ……」
「うげ、ェ……」
「おえッ……げほっ、げほ……!」

 部屋の入口で嘔吐する三人を置いて、僕は蝿を払いのけながら、部屋の中へと無言で踏み入る。
 ――許せないのは。

 ――許せないのは、連中に食事の必要が無いことだ。

「…………」

 異界の悪魔は喫食による栄養補給を必要としない。
 どうもマナかなにかを動力源に動いているらしく、疲労はあれど空腹はない。

 だからこれは、遊び(・・)だ。

 人間の真似をして、遊び半分に調理とか、食卓とか、そういうものを真似てみる。
 材料は――そうだ、ありあわせのもの(・・・・・・・・)でいい。
 だってこれは、遊びなのだから。

 そんな思考の残骸だと、ありありと分かる。
 僕もここ数年、悪魔どもの悪趣味の産物は何度も見てきたけれど――これは、久々に、極めつけだ。

「…………」

 蝿と蛆がたかる、転がる腐肉と骨の山。
 その前に、膝をつく。

「――《のたくる虫を除けイリミナレ・ウェルミス》、《節ある虫を除けイリミナレ・インセクタ》」

 《虫よけのことば》を唱えて蝿を追い払う。
 まるで黒い霧のように蝿が逃げていった。

 手を組み、目を伏せる。

 神さま。
 どうか、彼らの魂を喜びの野へ導いて下さい。
 輪廻に還るその時まで、その心に平穏を。その魂に安息を。

「…………」

 ――短く、それでも思いを込めて祈ると、立ち上がった。
 ここまで奇襲の勢いのまま制圧してきたけれど、そろそろ相手も襲撃を察知して態勢を整え始める頃だ。
 遭遇した悪魔は一体たりと逃がしていないので、まだ僕の正体はつかめていないはず。

 つまり悪魔にとっては、正体不明の少数の襲撃。
 いったん引いて態勢を立て直したうえで反撃にかかるか、それともこの場で囲み殺すかの選択を迫られる。

 引く方が安全確実ではあるのだけれど、『敗走した』という事実は彼らがこの貧民窟で築いてきた、物騒な評判を投げ捨てることになる。
 こういう場所で芋を引いてしまうと、あとあとの活動に差し支えることを考えると――

「多分、そろそろ大きいのが来ます」

 荒い息を整えていた三兄弟に、そう告げる。
 緊張状態で、これだけのものを見て――逆に覚悟が決まったのか、彼らの目は据わっていた。
 互いに目と目を合わせ、頷きあった瞬間だった。

 ――天井を破る音とともに、二階から悪魔たちが飛び降りてきた。

    
 ◆

 
 それは、人と魚の奇妙な合成物のようだった。
 やけに左右に離れた、飛び出し気味の濁った眼球。
 削げ落ちたような鼻に、鱗めいた皮膚。だぶついた首の皮。
 生臭い泥沼のような臭いを帯び、錆びた鎧を着込んで短槍を構えるそれは――残虐な《隊長級》の悪魔デーモン、フアグンというのだと、僕は知っていた。

 フアグンの周囲を囲うのは、《兵士級》の落とし仔(スポーン)たち。いずれも鎧兜を身に纏い、剣や槌を手にした完全武装だ。
 ゆらゆらと奇妙に体を揺らしながら、僕たちに向けて迫ってくる。
 その光景に――

「お、わ!?」
「あああぁっ!」
「ひぃ!?」

 背後。三人がそんな声をあげて、ドタバタと駆け出す音がした。

「ギぃっ、ぎぃッ、ギぃッ」

 嗜虐的に笑うフアグン。

「人の子ごときが、よくも」

 その前口上を無視して、僕は踏み込んだ。
 一足でフアグンの槍を払いながら間合いの内側に飛び込み、力強く腕を振りかぶると――

「ひゃ?」

 顔面に思い切り掌底を叩き込んだ。
 フアグンの頬骨が砕け、首が一気に捻じ曲がり、そのままテーブルを巻き込みながら吹き飛び、壁に激突する。
 折れた乱杭歯がいくつも宙を飛んだ。

 ――そのまま、僕は暴風になった。

 手近な落とし仔(スポーン)に襲いかかると貫手一つで首を貫き、引き抜きざまに戦槌メイスを奪って振り返りざまに一閃。
 横薙ぎに二体が胴を砕かれ、くの字に折れて壁に吹き飛ぶ。

 ――手元、戦鎚が完全にひん曲がっていた。
 やっぱり普通の武器じゃ、もう駄目みたいだな、と思いつつ、僕は曲がった戦槌を投げつけて一体の膝を砕き。
 逃れられなくしたところで、止めの一撃を繰り出すために足を振り上げる。

 どくん、と心臓が鼓動する。
 全身が熱くなる。

 頭を蹴り飛ばす。
 蹴った首が、そのまま天井に突き刺さった。
 湧き上がる圧倒的な力。
 脳からある種の快感が溢れだす。

 次。左右から振り下ろされた剣、雑な剣筋のそれらを両の腕で受ける。
 目を見開いた悪魔たちに向けて、拳を振るい、蹴りを放つ。
 柔い油粘土でも叩くかのように、悪魔たちの体があっさりと陥没し、引きちぎられる。

「オ、オオオオオオオッ!!」

 久々に、頭にきていた。
 憎むべき敵、戦うべき理由、力を振るうに不足はなく……



 ――この力に驕り高ぶらず、身を慎みたまえ。でなくば滅びの要因となるぞ。



「……っ!」

 歯を噛みしめる。
 呼吸を深く、鎮め、力任せの大振りになりかけていた動きを小さくまとめ。
 内で荒れ狂う衝動を、丁寧にいなしてゆく。

 衝動と暴威ではなく。
 体に染み付いた鍛錬と技術でもって、落とし仔(スポーン)たちを、制圧する。

 ――人間は、正義の怒りにかられて戦うとき、どこまでも残酷になれる。
 暴れて良いだけの名分、相手を罰する正義があればあるほど、人はどこまでも敵に対して容赦がなくなる。暴力の枷が外れる。
 竜の呪いが染み出してくるのは、そんな時だ。

「……はッ!」

 どんなに頭にきても、枷を外してはいけないと、改めて己に言い聞かせつつ、最後の一体の鎧の隙間に奪った剣の刃先を滑りこませる。
 貫いた。
 耳障りな絶叫をあげ、落とし仔(スポーン)が塵になり――

「あれ?」

 気づけば最初に殴り飛ばしたフアグンがいない。
 見回せば、真っ黒な血の跡が戸口の一つから廊下に向かっている。

「……あ!」

 しまった、と思って廊下に駆け出すと――けれどそこには、予想外の光景があった。

「おう、聖騎士さまよ」
「ひ、ひひひ! ……殊勲章だよな?」
「や、やった! やったぞぉ……!」

 剣で手足を串刺しにされ、床に磔にされたフアグンが、そこにいた。
 周りを囲っているのは――ロッドさん、トッドさん、ジニさんの三兄弟だ。

「よう、聖騎士さま!」
「やっぱコイツ、俺たちゃ逃げたと思いこんで、すっかりお忘れであられやがったぜハハハ!」
「うまく不意打てたなぁ! ワール神に感謝せにゃ」

 彼らはいくらかの傷を負い、瞳の端には恐怖のあまり涙を浮かべ。
 それでも誇らしげに、僕に対して笑いかけた。

 ――僕に任せて下さい。皆さんは何かあったら逃げて、隠れて――
 ――で、運が良ければ隙を突いて一刺ししてやりましょう。
 ――悪魔殺し(デモンスレイヤー)の一丁あがりです。一生、語り草にできますよ?

「逃げるの得意だもんな俺ら」
「そうそう」
「これだけは負けない」

 戦闘の緊張が抜けたためか、ぽろぽろと涙をこぼしながら笑い続ける三人につられるように、僕も笑った。
 ――恐ろしい竜の暴力衝動は、もうどこかに消え去っていた。


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