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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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 ……実際やってみて分かる。
 ヴォールト神官戦士というのは、凄まじい。

 彼ら雷神に見込まれた戦士たちは、真面目で基本に忠実だ。
 つまり真面目に鍛錬を繰り返すことに余念がなく、己に課された職務に対してきわめて忠実だ。

 当然、みんな筋肉はしっかりついているし、技も徹底的に体に覚えこませてあり、治安維持を司る関係上、実戦経験も相応にある。
 ――こんなの、どう考えたって弱いわけがない!

 順番にお相手させてもらったけれど、学ぶところが本当に多い。
 特に盾の使い方がもう、洗練された機能美に満ちていた。

 接近し、盾同士をぶつけあった衝撃とともに生じる僅かな隙に、脇腹を狙って木剣を滑りこませてきたり。
 ぬっと突き出した盾で視界を封じつつ、盾の上から変形の突きを放ってきたり、上に意識が向いたと思えば脛払いに切り替えてきたり。
 こちらから割と力込めた一撃を叩き込んでみれば、手首、肘、肩の三点でがっちりと保持した盾で防ぎ切りつつノータイムでカウンターを狙ってきたり。

 特に盾を「突きこむ」動きなんか、えらく巧みだった。
 盾といえば、体を庇うように構えるイメージがあるけれど、これを縦に構えて突き込んで、へりの部分をこちらの肩や腿のあたりに捩じ込まれるときつい。
 一気に手足の可動範囲を制限されてしまう。
 そして、こちらが動作を縛られている間にも、彼らの木剣は自由自在に舞い踊る。

 彼らの剣はけして必倒を期さない。
 欲張らず、功を焦らない。
 堅守の影から軽やかに手を出し、少しずつ負傷を蓄積させて相手を行動不能に追い込んでゆく動作だ。

 ……一撃必殺というのは格好いいけれど、よほど積み上げないと、なかなか戦場の現実とはいかない部分もある。
 どうしたって実戦では、緊張と焦りで不格好なやりとりになるものだし、必殺の一撃を外せばそこに生まれるのは大きな隙だ。

 だからこそ守り勝つ、とでも言うような。
 泥臭くて慎重で、ちくりちくりと隙を突く戦い方。

 徹底して隙の無い堅守で、どこまでも執拗で粘り強い。
 当然これは、判定試合でも有利だ。

「はぁっ、はぁっ……」

 そんな持久戦の鬼たちを相手に、僕は久々に息を切らしていた。
 流石にこれだけ守り固い練達の戦士ばかりが相手だと、いくらなんでも一撃二撃では勝負がつかない。

 もちろん力任せに、雑に勝つことは可能だけれど、これは別に殺し合いではなく、試し合い、技比べなのだ。学ばなくては意味が無い。
 というわけで、ひたすら尋常の試合に徹しているのだけれど……

 珍しい部外者の参入に盛り上がったのか、皆様、勢いが良いし気合が入っている。
 そりゃもう元気よく暴れ、景気よく叫び、そうして体力が尽きた人から、順に気分よく練武場の床にぶっ倒れては引きずられて隅にどけられて、また起きて戦い……
 いったい何人まで退けたっけ、五十人から数えてないけど、辺りはなんだかもう、死屍累々のありさまだった。百人組手という言葉が脳裏をよぎる。

「ぜぇ、ぜぇ……がァッ!」

 相対する大柄な神官戦士さんが、こちらと同じように息を切らしながらも、雄叫びとともに盾を構えて突進してくる。
 腰を据えて盾で受け止める。

 盾同士が激しくぶつかりあい、押し合いになり、そして拮抗した。
 ここからは力を込めながらの駆け引きだ。
 どこで引くか、どこで逸らすか、それとも押しに押して押しこむか。

 相手の動きの出掛かりを潰しながら、歯を食いしばる。
 互いに食いしばった歯の間から、荒い息を漏らし――

「うう、う……!」
「……ぎ、ぎッ」

 ぎらぎらした目で睨み合いながら押し合う。
 しばしの睨み合い――と、次の瞬間、一転して互いに相手の盾を弾き合い、木剣を繰り出す。
 木剣が噛み合い、互いに鈍い打撃音を立てつつ、剣と盾を猛烈に応酬し――
 互いの攻撃動作を制限するために自然と距離が詰まり、近距離でもつれ合いになった。

 互いに剣と盾を捨てての組み合いに雪崩れ込む。
 僕が彼の襟をつかめば、彼も僕の襟を掴む。
 ……引き込んでくる力が強い、格闘まで練り込んでるのかこの人!

 僅かに押しこむ動作をフェイントに、一気に反転。
 相手の腕を抱えて捻り込み、背負いもどきに投げ飛ばす。

「がッ!」

 かなり手ごわかったこの人を、背中から床に叩きつける。

「勝負あり!」

 いつの間にか誰かが引き受けていた判定役の声があがり――しかし僕も流石に、限界だった。
 練武場のどまんなかで、へたり込むようにして膝が落ち、そのままぶっ倒れて大の字だ。

 天井に向かって伸びる幾本もの無骨な太い柱と、交差するアーチの曲線が綺麗だなぁ、と思う。
 誰もが疲れきった、沈黙のさなか――

「ハ、ハハハ……」

 僕に投げられた戦士さんがふと、理由もなく笑い出した。
 それがツボに入ったのか、つられるように誰かが吹き出し、次々皆が笑い出してゆく。

「ハハハハ!」
「ハハハ、いやぁ、流石流石! 英雄というのはすさまじいな、結局全員あしらわれたか!」
「だがついに英雄も倒れた! 我らの数と粘りの勝利だな!」
「あー、はい、降参、降参です……」

 いよっしゃぁ! などと叫びが上がり、また皆してげらげらと笑い合う。
 さっき練武場から抜けていったセシリアさんが、気が利くことにたくさんの檸檬水を持って戻ってきてくれた。
 皆で歓声をあげてそれに群がる。

 ……部外者である自分が、うまく見知らぬ神殿の輪に入り込めるかは、本当に不安だった。
 前世から続く対人関係に対する苦手意識は、そうそう解消はできない。

 けれど案外、飛び込んでみたらなんとかなるものだ。
 特に戦士同士ならなんだかんだ言って、お互い思い切り暴れに暴れてこそ通じるもの、認め合えるものがある。

 ……やはり筋肉はいいだろうと、ブラッドが脳裏でからからと笑った。



 ◆



 鍛錬の後、交流会を兼ねて、街の食堂に繰り出して昼食でも食べようかという話になった。
 皆で練武場を掃除し、大暴れによる汗や汚れを《きよめ》の祈りで除いてから、退出する。

 柱の並ぶ柱廊を歩きながら、神官戦士さんたちとあれこれと雑談を交わした。
 南の情勢はどうだとか。
 今回は魔法や祝祷なしの白兵試合だったけれど、もし込みでやるならどういう展開になるか、とか。
 あるいは南方ではどんな相手と戦ってきたのか、とか。

 いちおう、僕に対して含むところがあるような人はいないかとも、多少は探りを入れたのだけれど――

「まぁ、うちもお偉いさんになると色々と意見があるみたいなんだがな」
「我々は現場組ですしね」
「ことによると神さんの啓示か上の意向ひとつで、あの太っちょバグリーさんのとこに配置換えになるかもしれねぇし」
「したら頼れる同志だからな」

 と言われてしまえば納得するしかない。
 市民同様、やっぱり現場はこんな感じみたいだ。
 時代的に参政権なんて当然ないわけで、あんまり無茶を言われたら下から突き上げもあるだろうけれど、害がないうちはこういう反応が自然なのかもしれない。

 わいわいと互いの武勇譚など話しながら大きな食堂に着く。
 神官戦士さんたちが気安い声をあげ、幾人かの店員のおばちゃんが愛想の良い声で応じる。
 すぐに料理が運ばれてきた。

 シンプルな料理だった。
 大きな盆には山程の雑穀のパン。木の椀には塩気の強そうなスープ煮込み。
 中には分厚く切られたベーコンや、ざく切りの葉菜や根菜が突っ込まれている。

 とても美味しそうだった。
 皆で一転して静かになり、神と食べ物への祈りを捧げる。
 そうして、料理を口にしてみると……

「わ、美味しい」
「だろう?」
「この店の料理はいい」

 神官戦士さんたちが口々に頷く。

 雑穀のパンは、どっしりと身が詰まっていて、空きっ腹に満足感がある。
 スープ煮込みの塩気の強さは運動後の疲れた体に染み渡るし、ごろりとした具には噛みごたえがあった。
 特に分厚いベーコンを噛んだ時の脂が美味しい。
 汁を吸った根菜も、実によかった。

「ここ、完全に肉体労働者向けの味付けですからね……すっかり戦士隊御用達です」

 と苦笑するのはセシリアさんだ。

「神官というと、割と神殿内で完結している印象がありましたけれど……外部のお店も利用されるんですね」
「内勤の、祈りの日々を送る神官ですとそれが正しいのですが……外回りで治安維持をするとなると、あちこちのお店を利用するのもお仕事のうちなのですよ。
 お店の様子を見て、そこに住まう人たちに積極的に声をかけて、戦士隊と地域の住民の間に友好的な関係を維持するのは、重要なつとめです」

 セシリアさんが言うには、「官憲は敵だ」と思われると、地域住民は罪を犯した血縁者や、友人知人を匿うことに抵抗がなくなるのだという。
 それどころか、あの手この手で官憲を欺こうとしてくる。

「ほとんど無関係な相手の都合より、身内の声を聞き、その願いを優先するのは情理として当然のことです。
 だからこそ我々は、身内とはいかないまでも、担当地域の人々と、適度に気安い仲である必要があります」

 しっかりした治安維持の方針だ。
 色街のあたりが以前はだいぶ穏やかだったというのも、彼らがあの辺りでも活動していたというなら、納得だ。
 けれど、じゃあ――


「なぜ、ヴォールト神殿は色街から撤退したのですか?」


 そう問いかけると、和やかな空気が、一気に凍りついた。



 ◆



「ご存知なのですか」

 声は、強張り気味だった。
 明らかにまずいことをつついてしまった感じだった。

「く、詳しくは把握していないのですが……なぜだか退かれたと、あちらの住人が」

 言葉に迷いながらそう返す。
 セシリアさんはほっそりした顎に手を当て、難しい顔をして……

「…………身内の恥を晒すようで、恐縮、なのですが」
「は、はい」

 ため息ひとつ。


「気安い仲になりすぎた、というか。……一人、娼婦と懇ろな仲になった挙句に、身請け目当てで賄賂を受けた馬鹿者がおりまして」


 あっ……

「いくらかは情状酌量の余地があったため、内々に処分し遠方の神殿へ左遷とあいなったのですが……事が事だけに、管区長のメイナードが激怒しまして」

 管区長といえば、複数の神殿が所属する管区を統括する管区の、その責任者だ。
 バグリー神殿長より更に偉い立場にある、と言えばその偉さは分かりやすいだろう。

「汚らわしい色街などに出入りするから神官が堕落するのだ、と……」

 汚らわしい?
 それに、色街から戦士隊を撤退させた?
 でも、それは――

「ええ。大きな声では言えませんが、少々、偏った見方、荒っぽすぎる判断だと」

 僕の考えを察したように、セシリアさんが頷く。

「メイナード爺さん、年食って怒りの抑えがきかなくなってきたんじゃねぇかと、俺たちも噂したもんだ」

 感情失禁、というやつだろうか。
 最後に盾をぶつけあい、組み合った、あの大柄な神官戦士さんも、難しい顔で頷く。

「近頃、どうも物忘れも激しいしな」
「前はもうちょっと落ち着いたお方だったんだが……」
「最近はちょっと、なぁ……」

 どうも、しょんぼりした空気になってしまった。
 美味しかったはずの昼食が、なんだかぼそぼそと、味気ない感じだ。

「…………あー、はいはい、やめやめ!」

 と、そこでセシリアさんが勢い良く手を叩いた。

「話し出した私が言うのもなんですが、いかに神の加護ありとはいえ、人は老いるもの、調子を崩すもの。どこの世界でもあることです!
 メイナード管区長はこれまで立派な行いをなさってきた方! 少しばかり老い、少しばかり気難しくなろうと、それが帳消しにされるわけではありません!
 ウィリアム卿、湿っぽい話を失礼いたしました! 偉大なるヴォールトよ、陰口を叩いたこと、懺悔します!」

 そう言って聖印を手にセシリアさんは祈りの動作を一つ。
 なんというか、もう、実に男らしい場の切り替え方だった。
 皆もその勢いにつられて、しょんぼりした空気が雲散霧消してしまう。

「察するに色街の問題にお関わりに?」
「ええ、いくらかの施療を」
「申し訳ありません。折を見て我々も直言するつもりではおりますが、今は――」

 ヴォールト神殿としては動けない、ということだろう。
 それはまぁ確かに、秩序を奉ずる雷神の神殿が、管区長の方針をそうころころ覆すわけにもいかない。

「はい。いずれ管区長さんの気持ちが落ち着かれた頃にでも」

 そう言って僕は、笑って頷いた。
 それから食堂で冗談を交わし合ったり、武術談義や信仰談義などをして――
 お店を出て笑顔で解散した頃には、もう結構な時間だった。

「…………」

 問題はつかめた。
 大きくて複雑な権利の話だとかではなく、あくまで身内の問題での撤退なら、やりようはある。
 まずはおカネの支度と、他の神さまの神殿にかけあうところからだろうかなどと、考えつつ歩いていると、前方が騒がしい。

 どうやら身分の高い神官の一団が通るようで、人々が道を譲り、手を組んで祈っている。
 掲げられた旗は雷神の紋章。染め抜きの色は管区長を示す赤だ。
 僕も道の脇に下がって手を組むと、幾人も伴の僧侶を連れて、豪奢な僧服をまとったほっそりした白髪の老人が歩いてゆく。
 ああ、これが例のお年を召したメイナード管区長――と、思った瞬間だった。


 ――ぞくり(・・・)と悪寒が走る(・・・・・・)


 竜の因子によって拡大された感覚が告げていた。
 あの老人は、おかしい、と。

「あ……」

 でも、そんなことが、あるのだろうか。
 天下のヴォールト神殿の、大管区の高位役職者が、そんな。

「っ……」

 咄嗟に口元を押さえる。
 こみ上げる悪寒をこらえ、祈りの仕草にかこつけて俯き、気配を殺し、僧服の集団をやり過ごす。
 何かの間違いであって欲しかった。
 けれどそれは、何かの間違いだと切って捨てるには、あまりにも大きな違和感だった。


 ……だって人間は、心臓が脈を打たねば、生きていけないはずなのだから。


 
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