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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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 そんなわけで、なんだか変わった友人が一人、増えた。

 けれどルナーリアさん……じゃない、ルナーリアと友人になっても、僕のすることは相変わらずだ。
 エセル殿下に伴われ、あちこちの式典や夜会に顔を出したりして、慣れない《涙滴の都(イリアスティア)》での活動の日々は続いてゆく。

 ……傍にいるとよく見えるのだけれど、殿下は本当に日々よく動き回る。
 多くの人に笑みを振りまき、時には対面して話を通し、説得し、援助を引き出し、利益を誘導し、僕から見える範囲だけでも凄まじくマメに、色々なことをしている。

 ――マリーの言葉を思い出す。
 良いことをしようとするときに陥りやすい最大の危険は、「自分たちは良い目的のために行動しているのだから、結果も伴うに決まっている」という錯誤だ。

 前世でもそうだったけれど、人は必ずしも論理的な正しさでは動かない。
 嫌いな人の言葉であればそれなりに正しそうでも簡単には同調できないものだし、大恩ある人の言葉なら多少無理筋でも弁護をする。
 粘り強く説得した論敵が、強い味方になることもあれば、逆に信じていた人に蔑ろにされたと感じて、愛憎がひっくり返って一度に敵になる人もいる。
 名分、利益、派閥、好悪――人を動かす要素は多数あって、しかも重層的に絡み合っている。

 正しさは、必ずしも人を動かさない。
 正しさを訴える人の、その振る舞いこそが、人を動かすのだ。

 そしてエセル殿下は、そのあたりのことをよく分かっていた。
 膨大な人と会い、話し、少しずつ、粘り強く、南方開拓の話が進むようにしていく。
 そしてそんな中でも、殿下は焦らず、落ち着いた様子だった。

 前世で読んだ小説の、とある掃除夫のお爺さんの話を思い出す。
 とても長い道路を受け持つ時、次の一歩、次の一呼吸、次の一掃きのことだけ。ただ次のことだけを考える。
 すると楽しくなってくる。楽しいから、仕事がはかどる。
 殿下の仕事ぶりには、なんだかそんな、熟練と開悟の趣があった。

 僕は時々、そんなエセル殿下のお伴を命じられ、あちこちに同行した。
 無言で立っていることもあれば、時にはいくつかの武勲を控えめに語ることを求められた。

 それほど効果があるのかとも思っていたのだけれど、「英雄である」というのは、やはりそれなりの宣伝効果があるらしい。
 僕はどこに行っても、それなりの注目され、話しかけられ、相応に遇された。

 ことに驚いたのは、きちんと騎士らしい格好をして殿下について通りを歩くと、都の市民層からの歓呼の声が聞こえることだ。
 南方開拓に好意的でない市民も多い筈なのだけれど……それはそれ、これはこれ、ということなのだろう。
 ビィの作った《最果ての聖騎士》の武勲詩は、都にもずいぶん響いている。

 聞いてみれば、先の決闘談も手の早い詩人が詩にして、ずいぶん広まっているらしい。
 酔った貴族に絡まれた、美しい高級娼婦を守って決闘に応じる聖騎士。
 こんな美味しいネタを詩人が逃すわけもなく……街角での語りを聞いてみたら、やはりなんというか、これでもかというほど美化されていた。

 詩の中の僕は物凄く格好いいこと言って、決闘相手の悪徳貴族を散々に打ちのめすし、ルナーリアは物凄く可憐で儚げで哀れな感じになっている。
 伏線みたいな感じで、夜会の前にちらと出会い、お互い視線が外せなくなり――みたいなイベントも追加され、最後は抱擁と頬へのくちづけで〆だ。

「まったく綺麗な恋よね」
「現実ではないという一点を除けば完璧だよね」
「あら? 現実であって欲しいのかしら?」
「これが現実だったら、貴重な友人が一人減るのでご勘弁を」

 苦笑してそう言うと、ルナーリアはくすくすと笑った。

「ウィル、あなた恋人より友人のほうが大事なの?」
「こんな立場だと、友人を作るのには苦労するんですよ」

 正直、僕は恋人とイチャイチャするより、友人と馬鹿なこと言い合うほうが楽しいタチだ。
 自分が恋人に愛を囁く光景だなんて、ちょっと想像がつかない。

「ふふ。そんな調子じゃ恋人を作るにはもっと苦労するんじゃないかしら?」
「そうだね。表向きの恋慕を装って近づいて来る人とか、いるしね」
「聖騎士様を相手になんて不誠実な人なんでしょうね! いつわりの愛なんて、何になるというのかしら?」
「そうだね、お金とかかな」

 真面目な顔をして語り合っていたのだけれど、このあたりでお互い、ついつい笑い出してしまった。



 ◆



 あれこれと『聖騎士さま』として政治的な諸々の働きをしつつ。
 僕は合間を縫って、色街に出掛けては何度も施療を行った。
 どういう形で援助するにしても、まずは問題の構造を把握しないといけない。

「神官さま、いつもありがとうございます」
「いえいえ。お礼は是非、灯火の神さまへ」
「まぁ、では灯火の神さま、ありがとうございます」
「あ。ルナーリアの馴染みの神官さんねぇ? よかったらうちにもきてくれないかしら、調子崩しちゃってる子がいて。もちろんお礼はするわぁ?」
「はい喜んで。たとえ銅貨一枚でも対価と、神への真摯な祈りを頂ければ、なんでも治療いたしますよ」

 積極的に名乗りはしなかったし、色街の性質上、積極的に身元を尋ねられることもない。
 僕はこの界隈では聖騎士としてではなく、「ルナーリアの馴染みの、物好きな神官の男」という感じで受け入れられた。
 ……まぁ、グレイスフィール信仰を隠しているわけではないので、たぶん察している人はそれなりにいるだろう。

 ともあれ、案内と仲介を買って出てくれたルナーリアとともに、あちこち歩きまわると――

「とにかくまずは褒めて、認めて、自分は特別だと思わせて、相手を気持よく舞い上がらせるのよ」
「でも褒める場所が見つからなかったら?」
「それが未熟の証拠よ。毛深かったら『男らしいんですね』とか、普通のおじさんだったら『オトナの男ってステキ……』とか、やりようはあるの」
「それでも見つからなかったら?」
「そうね……『お客さん、耳の形が可愛い。なんか好きだな』とか、相手を選ばなくて便利ね」

 聞こえてくる会話が、なんというか、すごい。
 ルナーリアは、僕の施療の傍ら、顔見知りの娼婦さんたちと雑談をしている。
 時には、歳若い、ほとんど見習いみたいな娼婦さんたち相手にあれこれと講釈などもしているのだけれど――

「演技力は大事よ。気持ちよさそうにしたり、恥ずかしがったり、甘えたり、ね」
「演技力、ですか」
「そう、特に大事なのが感じたフリ、恥じらうフリね。嗜虐心の強い男って適度に満足させておかないと、ムキになってしつこくなったりするから。体を守るのは大事よ?」
「なるほどっ、勉強になります」
「コトが終わったら男って急に興奮が冷めるから、そこにかぶせてしっとりと哀れっぽい身の上話をするのも、のめりこませる良い手ね」
「おおー……」
「とにかく自分が優位に居る、認められているって錯覚させるのよ。男はそういうのに弱いから――」

 男の焦らし方。
 唇の使いどころ。

 手指の仕草や香料の使い方。
 悋気や甘えの仕草とそれを使うタイミング。

 口臭や体臭の予防。
 金品を貢がせる言い回し。
 果ては褥での振る舞いから交合のコツ、陰部の手入れまで、雑談がてらに彼女が語る教えは多岐にわたった。

 もう彼女は僕を籠絡するとかそういうのは一切諦めているのか、手の内の話を僕が聞いていると知りつつも、気にした様子がない。
 平然と、見習いの少女たち相手に明け透けな話をする。

「歳を取れば女は容色が衰え、色香を失い、男は去ってゆくものよ。頼れるのはお金と宝石。――真実の愛なんて、犬にでも食わせてやりなさい」

 なんとも実際的だ。



 ◆



「ルナーリアの話、なんというか、すごいよね」
「あら。商売女の裏舞台に、幻滅?」

 話しながら、次の施療先に向かうため、遊郭が軒を並べる通りを歩く。
 辻には消火用の雨水を貯める瓶なんかがあって、火事への対策が感じられる。
 防火や消火の技術が発達した前世の感覚だと忘れがちになるけど、この時代、この規模の都市での火事は大災害になりうる。

「ううん。すごい」
「……すごい?」

 首を傾げる彼女に、僕は頷いた。


「積み重ねた練達の技で、綺麗なものを見せてる」


 なんだかんだ、僕は戦士だ。
 壊して、殺して、打ちのめす技術を、日々磨いている。
 英雄と称され、強敵を討つことで、神さまの教えや威光を宣揚している。
 それが悪いとは思わないけれど、でも――

「……綺麗な夢を誰かに見せられるって、すごいことだと思う」

 よく出来た夢や幻は、たとえ嘘と分かっていたって、今日を生きる力になる。
 ビィのような吟遊詩人の詩にも思うことだけれど。そういう綺麗なものを作るというのは、すごいことだ。

「壊したり、殺したり、打ちのめしたりすることよりも……きっと、ずっと」

 隣を歩いていたルナーリアが、立ち止まった。
 振り向くと、彼女はなんとも、形容しがたい表情を浮かべていた。
 笑っているような、泣いているような、不思議な表情。

「……あなた、やっぱり変わってるわね」

 あんまり自覚はないので、首を傾げる。

「そうかな?」
「そうよ。……ほんと、へんなひと」

 彼女は目を細めて、そう言うけれど――

「君だって、自分の手管をただで人に教えたりして」
「あら、私のあれはいいのよ。あの子たちと相争うことなんて、ないでしょうし」
「それはそうだろうけど……」
「それにあの子たちの行く末なんて、あんまり良いものじゃないでしょうしね」

 その言葉に、思わず無言になってしまった。
 娼婦というのも様々だけれど、彼女たちは、負債を背負って妓楼に買われた子らだ。

 本当に最低辺の売春窟――ああいう場所は『性的搾取』って言葉がどういうものか理解できる――あたりに比べれば、まだマシとはいえ。
 失職などで減少した収入に補いをつけるために、一時的につなぎの仕事として娼婦をしているような人たちとは事情が違う。
 妓楼に拘束されるし、負債を完済しなければ自由になれない。そして――

「自分で負債をなんとかするなり、身請けしてくれる相手を見つけてもね。娼婦が普通のおかみさんになるの、難しいのよ」
「…………」
「男を蕩かす方法しか知らないのだものね。……普通の子なら普通の家庭でずっと見聞きする、家中の差配について、全然知らない」

 だから結局は破綻する。
 あるいは妾のような立場になって、それはそれでややこしいことになるのだと。
 ルナーリアは、淡々と語る。

「幸せになれることが、ないとは言わないけれど。皆、良い男を見つけてめでたしめでたしとは、いかないものよ。――私も含めてね」

 皮肉げに肩を竦める彼女は、ずいぶんと頼りなげに見えた。
 それから、彼女はふっと苦笑して――

「だから遊女には騙されないようにしときなさい。……真面目な結婚を考える貴方みたいなひとには、絶対に不適だから」
「……そうかな」
「そうよ。裏とか抜きで、友人として忠告しておくわ」

 しばし、無言で歩いた。
 傍らの水路を小舟が行き交う。
 船棹を手にした水手かこが、よく知らない民謡を口ずさんでいた。

「それで、ここ数日通いつめて、色々考えてたみたいだけれど、何か浮かんだの?」
「…………うん、まぁ。少しだけ」

 そういう諸々を、何もかもすっきり解決できるような手ではないけれど。
 けれど、この優しい友人のためにも。

「少しだけでも、何かしておかないとね」

 僕は決意を込めて、そう呟いた。

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