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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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「なんというか……今日は記念すべき日だな」

 サミュエルさんは引きつった顔をなんとか崩すと、苦笑してそう言った。
 夜会の時は髪を後ろになでつけていたけれど、くせ毛をそのままにした今は、なんだか少し親しみやすそうな雰囲気だ。

「竜殺しの聖騎士さまの訪問を受けたんだ、大層な自慢になる。――おっと、うちのメイドが失礼をしなかったか? 働き者なんだが、どうにも愛想が悪くてな」
「いえ、親切にして頂きました。――傷の具合は如何ですか?」
「あれだけ綺麗に切られたんだ、すぐ治ったさ」

 この間、僕が裂傷を負わせた腕を叩き。
 頷いて僕の前に歩み寄ってきた彼は、

「――先だっての晩の侮辱は全て撤回し、謝罪する。その節は、まことに申し訳のないことをした」

 と、立ち止まって頭を下げた。
 折り目正しい、綺麗な動作だった。

「謝罪を受け入れてもらえるだろうか?」
「はい、勿論です。――灯火にかけて、遺恨は残しません」
「そうか、ほっとしたよ」

 そう言って、彼は息をついて笑った。

「恨みに思われたら、尻に帆をかけて逃げ出すつもりだった。流石にアンタは、敵に回すにゃヤバ過ぎる。骨身に染みたよ」

 からりとした、夏の青空のような笑みとともに、手を差し出してくる。
 つられて笑みを浮かべながら、和解の握手を交わした。

 一応、ごく基本的な下準備として、この人に関する基本的な情報は調べてから来てはある。
 ――サミュエル・サンフォード。ファータイル王国南西部のサンフォード港を治めるサンフォード男爵の嫡子。
 サンフォード男爵家は、爵位は男爵と低いながらも天然の良港であったサンフォード港周辺の開発に成功し、交易で利益をあげている、商業的に成功した貴族家だ。
 現在の当主であるサンフォード男爵は温厚な人柄なのだけれど病弱で、奥方を亡くして以来、あまり好んで領地を動かない。

 代わりに都で名代として動いているのが彼、サミュエル氏だ。
 彼には色々と、毀誉褒貶がつきまとう。
 外見は爽やかだし、人柄は快活で家族思い、そして社交的で、救貧活動などもけっこうお金を投じる好人物。
 加えてお父上が病弱ゆえの武術好みだったこともあり、幼少期から屋敷に出入りする著名な武人たちに師事し、数派の剣術の達人マスターでもある。

 ――反面で激情家で、とかく喧嘩っ早い。
 ある夜会で三人のガラの悪い貴族子弟に父親について侮辱され、カッとなって全員に決闘を挑み、軽くない怪我を負いながら三人まとめて倒して発言を撤回、謝罪させたなんて話もある。

 どうも、お酒を飲むとそこが悪い方向に転がるそうで、彼にまつわる決闘沙汰や喧嘩沙汰は多い。
 些細な理由で剣をとっての決闘になるし、貴族以外にも、商人の用心棒などと、肩がぶつかったのぶつからないので殴りあったこともあるそうだ。

 けれど、それが後を引くこともない。
 幸い死者を出さないだけの技量と分別は酔っても残っている点と、素面になると、彼はきちんと謝罪を行い事態を精算する点。
 そのあたりを加味して、多くの人は「やり場のない力や苛立ちをもてあましているのだろう」「若い時期は腕試しがしたくなるものだ」程度に彼を評する。
 結婚でもすれば落ち着くのだろうから、早くセシリア嬢あたりと身を固めてくれれば良いのだが、などと語っている貴族さんもいた。

 ただ多分、まったく世評通りの人でもないのだろうとは思う。
 酔ってカッとなったにしては、僕との戦いは段取りが良すぎるし――彼の気配には、引っかかるものがある。

「それで、傷の見舞いって話だったが。――まさか本当に見舞って茶ぁ飲んで喋くって帰ろうって腹でもねぇんだろう?」

 ……だから今日は、和解がてら、それを確かめに来た。

「本音を言えば、ただお茶を飲んで貴方と武術談義というのも、それはそれで心惹かれるのですが」

 ここまで鍛え込んだ才能ある剣士さんとお話するというのは、とても刺激になりそうだし。
 細剣術についてとか、これまでの武勇伝とか聞いてみたい気持ちはあるのだけれど、まぁそれは後の楽しみとするとして……

「――率直に伺いますが、あの決闘、誰に頼まれたんです?」

 とりあえず、切り込んでみることにした。


 ◆


「…………なんとも、真っ向勝負だな」
「それができるときは、そうするのが一番だと思います」

 迂遠な策を巡らせて、見事に成就させられるような繊細な頭脳はもとより持っていないのだ。
 とりあえず押せるときにはぐいぐい押しておこう。

「謝罪をするなら誠意を見せてくださいよ、誠意を!」

 ぐいぐい押しておこう!

「ゆすりか!」
「……おやぁ、あの謝罪は嘘だったんですかぁ?」
「だから聖騎士様が真顔でならず者のモノマネとかやめろよ! 笑っちまう!」

 彼は破顔して肩をすくめた。

「……なんつーか、うちは旗幟を明確にしてねぇんで、付き合い自体は手広いが……あの宴の前には、《防衛派》の若い奴らに焚き付けられてな」

 焚き付けられた、とな。

「事前に『大きな声では言えぬが王弟殿下には叛意があるのでは』とか『竜殺しの聖騎士など、誇大な噂を利用しているのではないか』とか、色々と聞かされて――」

 くるくると指を回し。

「そんで当日にほら、『お前は軟派を気取っているが、所詮はあの幼なじみの神官殿に尻に敷かれておるのだ』だの『女を口説く勇気がない』だの言われて、酒を飲まされて。
 ああこりゃなんかあるなと思ったんだが、しかし応じぬも恥かと酒を煽ってな。思えばそれが失敗だった。
 『軟派師なら娼婦の一人くらい』なんて煽られて、例のルナーリア嬢を口説きにいったらものの見事に貴方に遭遇しちまって。……まぁ、酔った勢いだから誰が言ったかまでは」
「素面でしたよね。……あと明らかにもっと複雑な仕込みでしたよね」
「ハハハ、どうだろうな。酔ってたんで記憶が怪しいな」

 言葉の何箇所かから、嘘いつわりの気配を感じる。
 彼も僕が腕利きの魔法使いであることは知っているだろうし、嘘としてはあまりにお粗末だから、恐らく嘘と知られることが前提の嘘なのだろう。

 ……その意図もわかるし、この場合は嘘をつかれたことで逆に安心できる。
 正直、ここで名前まで出されるようなら、ちょっとサミュエル氏からの情報の信頼度について考えないといけないからだ。
 簡単に知人を売り渡す類の人間に、自分だけが売られないと考えるのはちょっと自信過剰に過ぎる。

 そして……知人をやすやすと売らないという以外にも、彼はいくつか情報をくれた。
 やっぱりあの騒ぎで僕を狙ったのは、《防衛派》のほうで間違いない、と。
 けれど、彼自身はこの一件でどう得をしたのだろう。あっさり踊らされるような人物だとは、とても思えない。
 と、すると。やはり彼が――などと、ぐるぐる思考を巡らせていると、彼は目を細め、

「ま、最大の収穫は、《最果ての聖騎士》殿が噂通りの腕と性格だと知れたこと、かね?」

 口の端をつり上げて、快活な笑みを浮かべ、そう言った。
 嘘いつわりの気配は、まったくない。まことの言葉。

「……確かめるために、決闘ですか」
「武人同士が分かり合うには、剣を交えるのが一番だ。――それに、辺境最強、灯火の神の加護あつき聖騎士相手に自分の剣を試せる。興味深い事柄じゃないか?」

 成る程。
 たしかにそれも、嘘ではないのだろう。


「神の加護といえば。――決闘の折も今も、貴方から風神ワールの気配を感じます。
 貴方もご加護を得ていらっしゃるのですか?」


 タイミングを見計らい、切り返してみる。
 かつてバグリー神殿長から、雷神ヴォールトの強い加護を感じたように――どうしてか、同じく高位の加護を得ている人の雰囲気というのは、なんとなく分かる。
 彼のそれはとても薄いものだから、どうにも確証が得られないのだけれど……
 この話題に、彼がどう対応するか、というのは色々なパターンを考えていた。

「ワールのご加護? そんなもんねぇよ」
「へ?」

 けれど、想定外の即答だった。

「確かに港の生まれってことで守護神に立てたが……この間、いけると思った博打で大負けして、幼馴染にどやされてなぁ。
 あそこで勝たせてくれなかった風神は最低の根性悪だぜ、まったく。ぜってぇ俺の負けっぷり見てゲラゲラ笑ってやがる、何が加護だよ仕事しろよな、クソ!」

 ああ、なるほど。
 まったくの嘘でもないようだし、うまい回答だ。
 これは僕じゃあ確証を得るのは無理かなぁ、と思いつつ。

「セシリアさんと、本当に仲がよろしいんですね」
「…………」

 ふと他意なしにその名前をこぼした瞬間。風神ワールの名前を出しても動揺しなかった彼の笑みが、けれどすぅっと深くなった。
 抜身の刃のような気配が僅かに覗く。決闘の時よりも、ずっと鋭利な気配。
 あの犯行現場で感じた、残り香のような気配と、それはずいぶん似通っていた。
 疾く、鋭く、軽やかで――そして、内外の二面性を内包したそれ。

「あれはお節介な女だが、大切に思っていますよ」

 含みのある言葉だった。とても。

「ご懸念のようなことは、何も。王弟殿下の散歩中に、たまたま行きあっただけです。貴方にふっかけられた決闘の件で、ずいぶん謝られましたよ」

 そのひりつくような気配に、両手を上げた。
 どうやら急所はこちらにあったらしい。
 おかげで、おおよそは把握できた。なんとなくそうじゃないかと思って訪ねてきたのだけれど――やっぱり多分、彼がそうなのだろう。

「――貴方とまた決闘をするつもりはありません。できれば、協力したいと思っているくらいで」
「ほう」

 そう告げると、するりと気配が引っ込んだ。
 ひりつく感覚が消える。出し入れ自在、見事なものだ。

「ったく、《竜殺し》の感覚ってのは恐ろしいな。論理もなにもすっ飛ばして勘で直かよ」
「自分でも、少し持て余しています。……それはそれとして、目下、『進捗』はいかがですか?」
「難航している。必要なのは、時間だな」

 女性の話の皮をかぶせながら問いかけると、彼は顔をしかめながら答えた。

「差し支えなければ、問題は『どこ』だか伺っても?」
複数箇所(・・・・)

 僕も顔をしかめた。
 割と最悪の答えだった。


 ◆


 思わず無言になった僕に対して、サミュエルさんは何か考えているようだった。
 ――そして彼は一つ頷くと、思い出したかのように言った。

「そうだ。なぁ、ちょいとアンタに頼みがあるんだが」
「頼みですか?」
「ああ。俺ぁ、救貧事業にも金を出してるんだが、近頃、貧民街や色街の幾つかの神殿がちょいと厳しいらしくてな」
「厳しい?」
「政局が混乱してると、貴族や商人が守りに入るからな……」
「ああ」

 大口の支援者が出資を渋ると、その辺りは真っ先にまずくなる。

「うちも家を傾けるほど金を出すわけにはいかねぇし、最近『忙しくて』な、そのへん滞ってるんだ。かと言って放っておくと、ああいう場所は『よからぬこと』の温床になる」
「ああ……確かにそれは懸念ですね」
「灯火の神の加護厚く、おまけに白磁や竜の財宝で儲けてるんだろ?
 よけりゃあ聖騎士殿も一枚噛んじゃくれないか。そっちの商人さん、察するに聖騎士殿の金庫番と見たが、どうだ?」
「ええ、勿論。……よろしければそれ以外にも、サンフォード港に関して、色々とお話したくはありますが」

 話題を振られて、これまで黙って――黙りながらサミュエル氏をじっと観察していた――トニオさんが微笑みを浮かべた。

「ハハハ、抜け目がないな。とはいえ、それは親父殿の管轄なんだ。口添えくらいはできんこともないが」
「十分です。では、その件は後ほど連絡と――継続的な交渉を」
「なるほど。『継続的な交渉』ね……窓口は大切だものな」
「ええ。よろしくお願い致します。……事業に関しては、十分な支援ができるものかと」
「そりゃありがたい」

 サミュエルさんは口元を緩め、僕に頷きかけた。

「そっちを頼めるなら、俺としても助かる。――『進捗』があったら、商売の話がてら、連絡するようにするさ」
「助かりました。なにぶん都は不案内なもので、詳しい方と知り合えて、本当に良かった」
「なに、迷惑をかけた詫びさ。今後も親しく付き合ってくれりゃあ、それに勝る幸いはない」

 核心に触れない程度の会話ではあったけれど。
 それでもサミュエルさんの言葉には、親しみと敬意が込められていた。

「ウィリアムさんよ、アンタはしばらくは、王弟殿下について存在感のアピールがお仕事かい?」
「ええ、結局そういうことになると思います」

 それじゃあ、なんだ――と、彼は少し逡巡し。

「余計なお世話かも知れねぇが。……都は色々とややこしいし、誰を信じていいか分からなくなるかもしれん。
 やれること、やったほうがいいかもしれないこと、やるべきことが積み上がると、気づけば思考はあちこちに分散し、そのうちわけがわからなくなる。
 ――自由ってのは、必ずしも良いことばかりじゃない」

 ぽつぽつと、サミュエルさんがこぼす言葉は、実感が篭っていた。

「そんな時は、神への誓いを確かめ直し、目の前のことを一つ一つこなしていくんだ。気づけば道が見えてくる」
「……ありがとうございます。」

 気遣いの篭った言葉に、僕は微笑み、頷いた。

 ……結局、あれこれの予想が正解であれ不正解であれ、殿下には何かのビジョンがあって、それを通すためにしばらくは懐柔や説得を繰り返すのだろう。
 それについて、僕にできることは少ない。
 それなりに気前よく振る舞って、王弟殿下の駒としての存在感を見せつける程度。
 できれば多少、人を《開拓派》に取り込めれば万々歳程度で、それも必須ではない。

 悪神の眷属については、今、暗に協定を結んだサミュエルさんから情報があらばこれを討つ。
 当初の目的であったダガー伯については、どこかでなんとか口実を見つけて訪問する。
 だいぶ状況がややこしくなっている感もあるけれど――確かに、考えてみると大変なのは僕以外で、僕自身がすべきことは割と単純だ。

 困っている人を助ける。邪悪の眷属がいればこれを討つ。
 かつて神さまに誓ったままに。
 サミュエルさんの言うとおりだ。――都のややこしさに惑わされてはいけない。まっすぐにいこう。

「そういえば、これは興味本位なのですが。……サミュエルさんは神さまに、なんて誓ったんです?」
「ちょいとのっぴきならない事態になった時、『三度、アンタのために命を張る』って誓って、加護を願ったんだけどなー……」

 願ったんだけどなぁ、と繰り返し、彼はとびきり渋い顔をしていた。
 ――僕の調べた限りでも、謎の義賊《空ゆくもの(スカイウォーカー)》の活動回数は十を越えていた。
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