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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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 さて。数日の船旅を終えて辿り着いた北の《グラスランド大陸》は、別に《南辺境大陸(サウスマーク)》と違いはなかった。
 格段、気候が違うというわけでもなし。
 建築や植生、あるいは行き交う種族などにも物珍しいものもない。

 それもそのはず、内海を挟んで船で数日程度の距離関係だ。
 劇的に何かが変わったりはしないと、理屈では分かってはいたのだけれど――

「案外、普通だなぁ、とか思っている顔ですね」

 沿岸のいくつかの街に寄港しながら進む旅の最中。
 甲板で変わり映えのしない水平線を眺めていると、トニオさんがからかうようにそう言ってきた。

「あー……ちょっと何か、期待しすぎてたのかもしれません」

 ……うん、論理的には分かっていた。
 別に劇的に何かが変わるわけでもない、なんてことは。

 ただ、感情的には別だ。
 始めて生まれ育った地域を出て、船旅をして、違う大陸まで出かけるのだ。

 一生、生まれた村と、隣近所の村くらいしか知らずに過ごす人が大半のこの世界で、これはけっこうな旅といっていい。
 何か凄いものとか、素敵な出会いとか、そういうものを無意識に期待していた感はある。

 勝手に期待して、勝手に失望してしまうのだから、人間の心というのは身勝手なものだ。
 そんな風に思っていると……

「いやいや、ここからですよ」

 と、トニオさんは笑った。

 彼は元は大きな商会の交易商人だ。
 《中つ海》を股にかけて、多くの商売を手がけてきている。
 だから、にわかにマストの見張りから声があがり、船員さんたちが騒がしくなった時、これから何が見えるのか彼には分かっていたのだろう。

「ほら」

 芝居めいて腕をかざすトニオさん。
 その向こうに現れた光景に、僕は目を奪われた。

 マリンブルーの海と、抜けるような空の先。
 最初に見えたのは、二つの塔だった。
 純度の高い白色の石で造られた、優美な双子の尖塔だ。

 近づいてゆくと、すぐに水平線の向こうから、更に塔の下部が見える。
 当たり前だけれど、塔は下にゆくにつれて、ゆっくりと太くなる。
 二つの塔はその根本で合流し、二重螺旋のように捻れあいながら更に下へ続き――下へ続き――

「え……?」

 まだ、下へ続く。
 螺旋を描く塔の基部は、もう塔ではない。
 大きな城壁をぐるぐると幾重にも巡らせた、巨大な白亜の城だ。

 その下から現れたのは、その城を中心に大きく左右に広がる、柔らかな白色の家々。
 所々に見える夕日のようなオレンジ色は、煉瓦だろうか。

「わ、ぁ……」

 僕の知る限りで一番大きな都市である、《白帆の都(ホワイトセイルズ)》でさえ比べ物にならない。
 幾つもの港を行き交う船の、色とりどりの帆。
 立ち上る炊煙は人々の営みの証。

「これがファータイル王国の首都。《中つ海の真珠》、《聖イリアの涙のきらめき》と讃えられる、栄華の都」

 トニオさんが、微笑みを浮かべる。


「――《涙滴の都(イリアスティア)》です」

  
 僕はしばらく口もきけずに、壮麗な都の様子に見入っていた。

 

 ◆



 《涙滴の都(イリアスティア)》は、《グラスランド大陸》西部を流れる大河、サンセン河の河口付近に位置する港町だ。

 ゆるやかに流れる大河の、その河口の港町。
 幾重もの運河(カナル)、行き交う水道橋(アクアダクト)
 大質量を運搬可能な水運の利と、潤沢な水資源のもとに多くの人間が集い、古来より《涙滴の都(イリアスティア)》は都として栄えてきた。

 かつての《大連邦》時代も主要な港町の一つとして、その名を轟かせ。
 およそ二百年前の、《上王》による騒乱で《南辺境大陸(サウスマーク)》や《グラスランド大陸》が大荒れになった際もなんとか持ちこたえ。
 現在では破局を乗り越えた先、新たに勃興した《グラスランド大陸》南西部の雄、《ファータイル王国》の首都となっている。

 ――そんな歴史ある古都の港は、たいそうな賑わいだった。

 あちらでは潮に焼けた船員たちが野卑な冗談に笑いあいながら下船し、こちらではたくましい荷揚げ人足たちが、もろ肌を脱いで荷箱や樽を担いで行き交う。
 周辺の倉庫では、商人たちが腰は低く、しかし油断ない顔つきで、色の付いた珠の算盤アバカス片手に商談をしている。
 尖筆と蝋板をよく見かけるのは、水が近いから安価で耐水性の高い筆記具を――という事情もあるのだろうか。
 それから船を乗り降りするのは、貴族、神官、魔法使いや学者めいた人々から、地方の街や村から買い付けにきたと思しき農民、職人……

「うわあ……」

 とかく人の流れと勢いが凄い。

「はぐれぬようにな」

 ただ、流石にエセル殿下は王の血筋に連なる貴人だ。
 もちろん、うっかり刺されでもしたら間違いなく大事になる、たいへんな重要人物であるという自覚もある。
 周囲を護衛の兵士さんたちに囲まれ大路まで進むと、迎えに四頭立ての馬車が来て、僕やトニオさんもそれに同乗することになった。

「おお……」

 古い時代の馬車というとやけに揺れて硬い、不快な乗り物というイメージがあったのだけれど。
 路面の凹凸を乗員に伝えない、サスペンション的な部品もずいぶん発達しているようだ。
 クッションも柔らかくて、思ったよりも乗り心地がいい。

 ――魔法もある世界だ。
 《大連邦時代(ユニオンエイジ)》の大戦乱で、幾つもの文化や技術が喪失したという歴史もある。
 必然、前世の技術史、発明史と部分部分で異なるというのは、考えてみれば納得できることだ。

 馬車は、とてもゆっくりと進んでゆく。
 大通りと言っても普通に人が往来している。ブレーキ機能の低い馬車で駆け足などさせたら、あっという間に事故が起こるので、これは当然のことだ。

 窓から観察しているに、おそらく運河は防衛上の機能も備えているのだろう。
 要所に水門や、運河を堀にし、塔や胸壁を備えた白塗りの市壁が存在し、街々を区画分けしている。

 おそらくは戦時となれば水門を降ろしていくつかの運河を封鎖し、あの市壁を城壁として機能させて――
 ああ、となるとさっきから随所で見られる噴水広場や大きな境内の神殿、あれは戦時は軍隊を集合、整列させるための場所として計画配置されてる?
 行政機能を重視した平地の都市とはいえ、意外と防衛力も侮れないかもしれない。

 そういう剣呑な視点をさておいて見ても、ものすごく活気のある都市だ。
 競りの声。
 甲高い槌音。
 機織り歌。
 水場での主婦の談笑。
 駆け回る子どもたち。
 神殿からは何かの経典を朗唱する声。
 広場の隅で子供を集めているあれは、黒板もあるし青空教室か何かだろうか。

「……物珍しいかね?」

 じっと街の風景を眺めていると、エセル殿下が語りかけてきた。
 トニオさんは僕の側で付き人として、穏やかな表情で黙っている。
 あんまり身分差にはうるさくないにしたって、流石に王弟殿下相手の会話に割り込むのは無礼に当たるのだ。

「ええ、とても。……良い街ですね。道行く人に活気があるし、笑顔が多い」
「そうとも」

 エセル殿下はそう言って頷いた。
 その顔には、笑みがある。

「自慢の故郷だ」

 その言葉に、僕は少し、はっとした。
 そうか。
 この人、エセル殿下にとっては、この都市こそが生まれ故郷なのだ。

 僕が、三人と過ごした死者の街を大切に思うのと同じように。
 殿下もこの街を、そしておそらくはこの国を、大切に思っているのだろう。

 ……できるだけのことをしてあげたいな、と思った。

「これから私の邸宅に着く。あまり休む暇を与えられぬが、今晩から夜会に顔を出したい」

 真面目な表情で告げてくる殿下に、僕は頷いた。
 やる気は十分である。

「僕はどんなことをしたらよいでしょう」
「うむ」

 エセル殿下はいたって真剣な視線で僕を見つめ、こう言った。

 
「――断じて何もしないでくれ」

 

 ◆

 

 ……誓って言うけど僕は何もするつもりはなかった。

 本当なのだ。
 なんだか犯罪者の言い訳っぽくなってるけど、嘘じゃない。信じて欲しい。

 立派なお屋敷につくと潮風を浴びた体を洗って、少し休んで。
 爪やら髪やら整えられて、香油とかつけてもらって。 
 フォーマルな感じの、ぱりっとした立派な服を着せられて、エセル殿下のお供として、とある邸宅で開かれている夜会に。

 それでなんかキラキラした場所に連れてこられて、偉い紳士とか着飾った貴婦人たちが押し寄せてきて。
 エセル殿下がそれを如才なくさばいて、ちょっとした南方での失敗談とか話して笑いを取る中。
 僕はニコニコ笑ってお人形のように振る舞って、殿下にお話を振られた時だけ、打ち合わせ通りの答えを返していた。
 言ってはなんだけど、なかなかのカカシぶりだったと思う。

 
 ――今代のダガー伯と出会った時だって、僕はおとなしくしていたのだ。

 
「お久しゅう御座いますな、殿下」
「ああ、ダガー伯。壮健そうで何よりだ」

 彼は髪を後ろになでつけた、思ったよりも穏やかそうな初老の人だった。
 エルフの血が入っているせいか細めの外見だけれど――引き攣れのある頬傷が、その印象を大きく裏切っている。
 ……細身の体は単に痩せているのではなく、引き締まっているのだと、観察すればすぐに分かった。

 遭遇しそうな、対立派閥の人物として、経歴は聞いている。

 グラントリ・アール・ウィザーズダガー。
 ファータイル王国の勃興時より貢献してきた武門の家柄、《魔法使いの短剣(ウィザーズダガー)》の今代当主。

 北は《氷の山脈》で、南下してきた悪神の眷属たちと矛を交え。
 西の《諸王国連合》との戦では、夜襲を指揮して多大な戦果を上げ。
 東では、現在でも戦乱の続く《争乱の百王国》と呼ばれる地域から流入してくる傭兵くずれの賊を狩り――
 話し出せばそれだけでファータイル王国のここ数十年の戦史が語れるほどの軍歴を誇る、王国の宿将の一人。
 南方開拓に反対の、《防衛派》の重要人物の一人。

 彼は僕を、鋭い目で見て――

「ほう」

 とだけ言った。

「そちらが、噂の?」
「うむ、紹介しよう。ウィリアム卿だ」

 左胸に手を当てて、一礼する。
 ダガー伯は返礼すると――それ以上、僕を見ようともしなかった。
 僕も、無理に語りかけたり、ましてガスの話題を振ろうとはしなかった。
 ……それができる状況では、ない。

「竜殺し。……はてさて、女の涙と吟遊詩人の大仰な語りほど、とは申しますが」
「ハハハ、まことの徳は見え難し、とも言うではないか」

 軽く意味深な笑みを交わし。 
 その後、エセル殿下とダガー伯――グラントリ老は幾つか、よそよそしい会話を交わす。
 どこか空気が張り詰めているのが、僕にも分かった。

「お気をつけなされ。……今年もまた、南に思いを巡らせておるものは多い様子ですからな」
「うむ、十分に注意しよう」

 そう言って、グラントリ老は去っていった。
 貴族的な会話って……貴族的な会話って、ものすごくややこしくて理解し難い。

 どういう意味だったのだろう。
 こう、今まで割と単純な世界に生きてきたので、「あの方は、とてもお洒落でいらっしゃるから」が悪口として使えるような世界とか、ついてゆけない!
 背中にイヤな汗を滲ませていると、エセル殿下がこちらを向いて言った。

「少し疲れているようだな、風に当たってきたらどうだ。……私はもう少し、会わねばならぬ方々が、な」

 事前の打ち合わせでも聞いている。
 これはあれだ、「お前はしばらくどっかで時間潰してこい」の意だ。

「では、庭の花など拝見してまいります」
「うむ」

 そうやりとりをして、礼儀にかなった動作で引き下がる。
 ここでうっかり《南辺境大陸(サウスマーク)》流にざっくばらんに下がってしまうと、それだけで噂になって殿下の評判が落ちるかもしれないというのだから怖い。
 そうして庭に出て、僕はほっと息をついた。

 《ことば》による仕掛けだろう。夜の庭にはぼんやりとした灯りが各所に設置されて、花々を美しく照らし出していた。
 爽やかさを感じさせる白い花や青い花を中心に、左右対称に美しく夏の花が咲き誇る庭からは、庭師の丹精が見て取れる。
 鮮やかな緑の蔓草と、噴水の音もまた、夏の夜のぬるい空気に、涼感を吹き込んでくれる。

 僕はしばらく何もかも忘れて、ゆっくりと庭を巡り、花々を楽しんだ。
 ――そして、そろそろ戻ろうかと思った、その時だ。

「……っ」
「――~~!」

 何やら揉め事めいた声が、生け垣の向こうから聞こえてきて。

「おやめ、くださいませ……どうかっ」

 回りこんでみると、体格の良い貴族の青年が、何やら黒いドレスの人に無理に迫っているようだった。
 夜会回りの最中ちらと耳に挟んだ限りでは、彼女は高級娼婦(コーティザン)だから、痴情のもつれなら口を挟むのはどうか……とも一瞬、思ったのだけれど。

 黒いドレスの女性は、僕を見ると縋るような視線を向けてきて――わななく唇で、何かを言おうとして、そして口をつぐみ。
 ただ涙を一筋流したあたりで、流石に僕も介入を決断せざるをえなくなった。

 ――あなたの手として嘆くものを救う。

 神さまにそう誓っているのだ。
 手を出さないわけには、いかない。

 そうして穏当に、「何か揉め事でしょうか」「彼女も嫌がっているようですし」的な感じで割って入ったところ。
 相手の青年貴族さんは、お酒も入っているのか、何だかやけに勢い良く激高して見せて。
 そうしてあれよあれよというまに、決闘せざるをえない流れに持ち込まれた、というのがここまでの流れだ。

 
 その、なんだ。……貴族社会、怖すぎませんかね?
 
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