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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第四章:栄華の都の娼女〉

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2

 
 数え十八歳の晩秋。
 僕は邪竜ヴァラキアカと戦い、これを打ち倒した。

 神々や英霊の加護と、仲間の助力を得てなお、己の全てを絞り尽くすようなぎりぎりの決戦だった。
 もう一度繰り返しても、あれと同じことをやれる気がしない。

 けれどそうして竜を打ち倒した後に待っていたのは、「その後、聖騎士は幸せにくらしましたとさ」なんてめでたしめでたしでは、ない。

 体は竜の因子を取り込んで人間を半歩踏み越えてしまうし、愛用の武器防具を失うし、事後処理は膨大。
 ――本当に、英雄なんて役回りは楽じゃない。

 竜に怯える人々が暴徒とならないよう、竜殺しを喧伝して各地を慰撫して回ったり。
 くだんの騒動で出会った、森林巨人の部族との交渉をまとめたり。

 邪竜討伐の旅で見つけた、森の民エルフの生き残りが住まう集落、《花の国(ロスドール)》へ救援物資を送ったり。
 山の民ドワーフたちの《くろがねの国》から追い散らした悪魔の残党との、小規模な戦いも幾度もあった。
 もちろん通常の領主としての仕事や魔獣退治もあったし、《白帆の都(ホワイトセイルズ)》へは事態の報告や、今後についての協議にも向かわないといけない。 

 《南辺境大陸(サウスマーク)》の雪もほとんどない穏やかな秋冬の間、僕はそんな諸々に追われ続け――
 そして困ったことに、竜に呪われた僕の体は平然とそれに耐えた。

 日数が経過して、否応にも気づかされたのだけれど、僕には食事も睡眠もほとんど必要なくなっていたのだ。
 食べることはできるし、それなりにお腹も空く。
 けれど別に、数日食べなくてもほとんど体調に変化がない。
 眠ることはできるし、それなりに眠くもなる。
 けれど別に、数日眠らなくてもほとんど体調に変化がない。

 《賢者の学院(アカデミー)》のハイラム師にも相談してみたのだけれど、やはり竜の因子の影響と考える他ないようだ。
 ――食べず、眠らずとも衰えを知らぬ竜の力そのものである、と。

 加えて言えば衰え知らずの言葉からも察せるように、ほとんど疲労が蓄積しないし、素でどうしようもない怪力なうえ鍛えなくても筋力が低下しない。
 ……そう、鍛錬が無意味化した。

 これには参った。
 ブラッドが聞いたら、なんて言うだろうか。

 ひどい呪いだな、とか。
 鈍るぞ、技の錬磨を切らすなよ、とか。
 そんな風に言って、困ったように眼窩の鬼火を揺らめかせるブラッドが、まざまざと見える気がした。

 力と技は両輪だ。
 今ある力を最大効率で振るうために技があり、技をより効果的に運用するために力がある。

 少しずつ戦士としての体を造り上げ、それに合わせて技を調整してゆく。
 それこそが、鍛錬の骨子だ。 
 その片輪を外された。

 鍛錬をしても、鍛錬にならない。
 戦士としては致命的なことになるかもしれないな、と思った。

 
 ――なのでとりあえず、前以上に鍛錬をすることにした。

 
 忙しいけれど、竜の力に頼って睡眠も食事も削ったりはせず、なんとか時間を捻出して。
 だいたいのものが軽くなってしまったので、執拗にものの重さを増す《しるし》を刻んだ器具で筋力を鍛え。
 あるいは竜の力を得た自分の筋力そのものを負荷に、等尺性収縮(アイソメトリック)系のトレーニングを行い。

 魔法の剣や槍を素振りして、竜の力を得た身での動きを見直し、効率化し。
 あるいは弱体や鈍化の効果をもつ《ことば》を幾重にも自分にかけたうえで、試合を行ったり――

 してみたところ、少しだけ動きのキレがよくなり、筋力の増加も見られた。
 安心した。

 やはり筋肉というのは鍛え抜けば応えてくれるのだ。
 そして鍛えぬかれた筋肉による暴力があれば、大抵のことは解決する。

 ――隙のない、完璧無欠(パーフェクト)な論理だ。

 
 ◆

 
 そんなこんなでブラッド理論の完璧さが証明され。
 冬至を迎えて僕が数え十九歳になり、そして春になると、だいぶ状況は落ち着いていた。

 もちろん春になれば春になったで冬眠明けの魔獣が巣穴から湧いて出るけれど、それは僕でなくてももう対処できる。
 多くの冒険者が魔獣狩りに精を出した。

 その中に、黒髪の気の強い野伏せり(レンジャー)と、トネリコの杖を持つ赤毛の魔法使いもいて、少しほっとしたのを覚えている。
 彼らも彼らで順調に冒険を重ね、名を上げているようだ。

 そんな中、メネルはいったんディーネさんを連れて、故郷の《エリンの大森林》へ向かった。
 ヴァラキアカとの戦いで吐息を浴び、すっかり溶けて駄目になってしまった僕のミスリルの鎖帷子。
 アレはもとはメネルの弓の銀の弦や鏃とともに、《エリンの大森林》の英雄、テルペリオンのものだ。
 形見を届けて、それから《花の国》への援助を引き出してくるつもりなのだそうだ。

 そうして二人が出て行くのと入れ違いのようにして、《くろがねの国》や《花の国》の噂を聞いて大勢のドワーフと、幾らかのエルフとハーフリングがやってきた。
 彼らはそれぞれ事情が違った。

 ドワーフさんたちは、多くがかつての《くろがねの国》の住民か、その子孫だ。 
 故郷の山が、邪竜から奪還されたと聞いて、復興の助けになろうと馳せ参じた形だ。

 その中には各地でそれなりの立場を築き、財を成した人やその子弟にあたる人もいたし、着の身着のままの流民めいた人もいた。
 いろいろな人が居たけれど、その目はみな、かつてのアウルヴァングル王に報いよう、故郷を取り戻そうと、情熱に燃えていた。
 ――僕はそのことが、とても嬉しかった。

 エルフさんたちのほうは、ドワーフさんたちとは事情が異なり、《花の国》の出身者は少なかった。
 もともと長命で、自分たちの森に根を張り、精霊と和して森の秩序を守り、そこで完結する種族でもあるからだろう。

 ただ、彼らは知的な種族でもあり、好奇心から旅に出る者もそれなりの割合でいる。
 エルフさんたちの多くは、そんな旅の折にかつて《くろがねの国》や《花の国》に世話になったから、親切にしてもらったからと、噂を聞いてすぐに馳せ参じてきたのだ。
 多くはほんの小さな恩義のために、彼らの時間感覚からすれば、瞬くほどの間に決断を下して。
 ――彼ら彼女らの目は、誇りでまっすぐだった。

 ハーフリングさんたちは、もっと単純だ。
 流しの料理人、大道芸人、あるいは占い師、あるいは小間物や雑貨、家畜の行商、それにもちろん楽師に詩人。
 彼らは放浪を生業とし、各地を渡り歩く。
 騒ぎが起きている、熱い地域を見逃すわけがない。 
 きらきらと楽しそうに輝く目でやってきては、あちこちを賑やかして、嵐のように去ってゆく。

 そんな流れとともに、もちろん旧来の開拓民の流入もある。
 《南辺境大陸(サウスマーク)》はますます賑やかさを増していたけれど、残念ながら僕にはこのあたりの急激な人の増加に対応する技能はない。

 もちろん僕も何もしないわけじゃないけれど、《灯火の川港(トーチポート)》みたいな街単位ではトニオさんやレイストフさん。
 もっと大きな全体の枠組みで言うと、エセル殿下や神殿長でないとどうにもならない部分が多い。

 なので、春の僕は彼らのために、主に資金調達面で動き回った。
 ルゥやメネルとともに、《くろがねの国》に安置されたままの、ヴァラキアカの亡骸と財宝を回収に行ったのだ。

 ヴァラキアカの財宝は、凄まじいものだった。
 一頭の竜が神代から収集を続けた財宝群だ。

 目を疑うほど大きなルビーやサファイア。
 輝く大判のミスリル貨幣。
 金糸銀糸を連ねた豪奢な織物。
 無数の《しるし》の刻まれた魔法の道具。
 そしてそれらを納める、同じく魔法の宝箱に、周囲に緩衝材とばかりに雑然と散らばる金貨銀貨。
 目の眩むような――それこそ、幾多の人間を狂わせてなお余るほどの、魔性の輝き。

 僕はルゥやゲルレイズさんを含めた信頼できる幾人かとともに、これを淡々と整理整頓してリスト分けする作業を行った。
 そうして不心得者が手を出せないよう、《くろがねの国》の宝物庫に収めて、しっかりと施錠したのだ。
 これだけでも、一ヶ月がかりのえらい作業だった。

 そうしてリストアップした宝で、価値の算定が容易なものをドワーフ、エルフ、人間の間で分配した。
 ……金貨銀貨やちょっとした魔法具くらいならおおよその相場があるけれど、とても価値が算定できないし明らかに揉めるような品もあったので、その辺は保留だ。
 分配できない高額すぎる財宝や強力すぎる魔法具は、地域の共有財産として、何か大きな災害などの際に売却したり、使用したりする方向でまとめていきたいと思う。
 あと鑑定しきれなかった品まであるので、これは死者の町にいるガスや、《賢者の学院(アカデミー)》のハイラム師にも鑑定を頼まないとならない。

 ともあれ手っ取り早く算定できる金貨銀貨を分配し、《花の国(ロスドール)》と《くろがねの国》に回す分は復興資金に。
 僕の方に回ってきた分は、当座いくらかをエセル殿下や神殿長に預けて、開拓民の援助のための資金源にしてもらうことにした。

 そうして竜の財宝は割とあっさり片付いたのだけれど、逆に亡骸の方はとんでもなく厄介だった。
 亡骸を封印していた結界を解いて解体にかかろうとしたところ、好奇心から鱗に触れた一人のドワーフの職人さんが手のひらを押さえてのたうち回った。
 ……ヴァラキアカの亡骸は、死してなお極めて高濃度の瘴気をその身に留めていた。

 慌てて治療して、「これどう解体すればいいんだ」と頭を抱えたものだ。
 結局、幾つもの魔法と祝祷を念入りに付与した大工道具で解体したのだけれど、それでも鋸やら何やらが両手に余る本数潰れた。
 結局どうにもならず、僕が魔法の武器まで持ちだして断ち切ることになった部位もいくつかある。

 そこまでやって解体には成功しても、結局のところ鱗も内臓も骨も毒の塊だ。このままではどうにもならない。
 そこで財宝のリストアップ作業と併行して、《くろがねの国》の大神殿の遺構を復旧し、浄化の儀式を執り行った。
 今も行っている。

 ……そう、灯火の神さまの力を借りて僕が《聖域の祈り(サンクチュアリ)》で場を清め、強力な解毒や浄化のちからを持つ祈りを捧げ。
 そのうえドワーフの神官さんたちが入れ替わり立ち代わり、今でも日課の祈りによって清めているのに、ヴァラキアカの亡骸はまだ浄化されきっていない。
 一年ほど毎日儀式をして、ようやくたぶん何とかなるだろう、という見通しだ。

 頑固な汚れとか、もうそういうレベルではない。
 ある種の怨念すら感じるしつこさだった。

 なんだか脳裏にあの邪竜の笑い声が響いた気がして、僕は頭を左右に振ったものだ。
 ……竜のうろこ(ドラゴンスケイル)でできた装備を身につける日は、もう少し先になりそうだ。

 
 ◆

 
 そして、初夏。
 まだまだ情勢が完全に安定したとは言いがたいのだけれど、僕は信頼する商人のトニオさんや、エセル殿下とともに、船上の人となっていた。
 海を越えて、ファータイル王国本国、その首都たる《涙滴の都(イリアスティア)》へと向かうためだ。

 これはエセル殿下の要請であり、ファータイル王国からの召喚でもあるらしい。
 そろそろ開拓関係での政治運動が必要な時期であると同時に、正体不明の竜殺しをいい加減に本国にも紹介しておかないと、色々まずいのだそうだ。
 日頃お世話になっているエセル殿下からのお言葉とあれば、僕にも否やはない。

「わぁ……!」

 波の音。
 爽やかな海風が吹き抜ける。
 あたりを行き交う海鳥の白い翼と、鳴き交わされる賑やかな声。
 幾枚もの白い帆が風を孕んで、大きく膨らんでいる。

 ――船旅というのは、初めてだった。

 竜の因子を得たためかもしれないけれど、船酔いをすることもなく、僕は船旅を満喫していた。

 北方の《グラスランド大陸》とを隔てるのは、《中つ海》と呼ばれる広い内海だ。
 あちこちに島があって、寄港地には事欠かない。

 ちなみにガスの故郷の島もこの《中つ海》にあるそうなのだけれど、それは今の航路よりもっと西の方なのだそうだ。
 立ち寄れたら、土産話の一つもできただけに少し残念だ。
 話を聞くにその島は今でも平和で、羊を飼い、のどかな暮らしをしているらしい。
 いつか行ってみたいな、などと甲板上でぼんやり考えていると――

「ウィリアム卿」
「あっ、はい」

 エセル殿下が話しかけてきた。
 灰色の髪に、眉間には皺が寄り、視線は鋭い。
 隙のない身なりと相まって、いつも通り、いかにも辣腕といった風だ。

「今のうちに話しておこうと思うが……」
「何でしょうか」

 真剣な声音に、僕も居住まいを正す。

「《防衛派》は、おそらく(けい)にちょっかいをかけてくるだろう」
「僕に……ですか?」
「《防衛派》と言っても《開拓派》同様、内部に色々と思惑はあるのだが、建前上、彼らは防衛上の懸念を建前に開拓を渋っている」
「防衛上の懸念……」
「分かるだろう? (けい)は、身をもってそれを体感しているはずだ」
「ええ」

 魔獣。妖鬼。悪魔。巨人。――きわめつけに、神代の竜。
 《南辺境大陸(サウスマーク)》は、危険の詰まったビックリ箱だ。

「下手につついて寝た子を起こしたくない、と思うものは多い。――以前に(けい)より聞いた、《上王》の封印に関してもそうだ」
「…………」

 僕の育った死者の街の事情については、エセル殿下にも先日、きちんと改めてお話をしていた。
 流石に殿下も、竜殺しを成し遂げた僕の言葉ということで、無下には扱わずにきちんと聞いて下さった。

 ――悪魔たちは彼らの王の封印を破ろうとしている。
 放置するよりはあの街を復興して、ガスが今もって僕にも教えてくれない封印地点をきちんと管理したほうが安全だということは、殿下も理解している。
 ただ、殿下が理解しているのと、皆がそれを理解するのは別だ。

「存在を公表しても良いが、あると知れればむしろ紛糾するだろうな。知っているのは私と(けい)を含めごく少数……いったん、黙するべきだ」

 それが未来の破滅に繋がると察せず、騒ぎ立てて自派の優位に持って行こうとする者は必ず現れる。
 前世もそうだったけれど、政治というのは難しいものだ。
 そんな世界に紛れ込むことになって――僕は、上手くやれるだろうか。
 ……不安な思いが顔に出たのだろう。

「心配するな、悪いようにはしない」

 エセル殿下は、僕を安心させようとするかのように笑った。
 頼りがいのある、大人の笑みだ。

「ともあれ目下は《防衛派》のちょっかいだな。……既に(けい)は《南辺境大陸(サウスマーク)》の守護の要だ、それは理解していよう?」
「ええ。まぁ、流石に……」

 僕の武勲はビィによって歌にされ、各地に広まっている。

 《最果ての聖騎士》
 《辺境の灯火》
 《魔獣殺しにして悪魔殺し》
 《三英傑の再来》
 《流転の神に愛されしもの》
 《くろがね山の解放者》
 そして極めつけは、《竜殺し(ドラゴンスレイヤー)》――

 あれこれの大仰な美称は、数え上げればキリがない。

(けい)についての醜聞ひとつが、南方開拓の行く末を揺るがす可能性もある」

 エセル殿下は真剣な顔だった。
 眉間の皺が、きゅっと深くなる。

「あれこれと仕掛けられるだろうが、くれぐれも自重し、余計な騒ぎを起こさぬよう。良いな?」
「はいっ!」

 僕は、とても元気よく返事をした。
 大丈夫。僕ももう大人です、ご安心ください! きちんと身を謹んで、絶対に企みにひっかかったりはしません! と、その時の僕は本気でそう思っていた。

 ……なお、結果はご存知の通りだ。
 
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